第272話 転生勇者、収穫祭を楽しむ

「お集りの皆さん、今年も無事秋の収穫を終え、こうして収穫祭を迎える事が出来ました。これもひとえに皆さんのご協力の賜物、本当にありがとうございます。

難しい事は言いません、飲んで騒いで、一年の疲れを吹き飛ばしてください。

乾杯!!」

「「「乾杯!!」」」


打ち鳴らされるコップとコップ、長テーブルに並べられた数々の料理からは旨そうな匂いが漂い、自然胃袋を刺激する。


「ジェイク君、一緒に食べよう?」

テーブルの隣の席にはいつの間にか前の子爵様席から抜け出して来たエミリーが腰を下ろし、空のお皿に料理を盛り始める。


「えっ、いいの?今日はお祭りだし領主様家族のエミリーは子爵様席に座っていないといけないんじゃないの?」

ジェイクの素直な疑問。この世界に転生したと自覚して早四年、ジェイクは彼なりに貴族と平民との身分の違いやそれに伴う義務、社会の在り方を学んで来た。

少なくとも公式の場において貴族籍に連なるエミリーに対し失礼な態度を取ってはいけない事ぐらい分かるし、逆に言えばエミリーにも貴族としての在り様が求められるはず。

どこぞのラノベじゃあるまいし、平民の自分と貴族であるエミリーがなぁなぁな関係を築けば互いにとって不幸な結果を招きかねない。


「ん?大丈夫だよ?

えっと、もしかしてジェイク君はうちのお父さんがお貴族様になっちゃったから気にしてるとか?」

キョトンとした顔で答えるエミリー。イヤイヤイヤ、気にするだろう。ケビンお兄ちゃんの言葉じゃないけどお貴族様って怖いのよ?

さっきのザルバさんを見てたでしょ?オーランド王国でお貴族様に逆らったら頭と身体がサヨナラバイバイなのよ?

俺ってただの平民なのよ?ケビンお兄ちゃんみたいに大森林を余裕で走り抜けるなんて真似は出来ないのよ!?


「う、うん。まぁ普段は剣術の訓練って事で見逃して貰ってるけど、やっぱりこう言った晴れの席だとね。

ほら、前にグロリア辺境伯様のお孫様がいらした事があったじゃない?あの時のケビンお兄ちゃんみたいに畏まった方がいいのかなって」


ジェイクの言葉に側に座っていた父トーマスが優しげな視線を送る。この辺境の地マルセル村にいるうちはいい、だがこれから世界に羽ばたきより多くのものを見、より多くの経験をするだろう息子は、この世の仕組みを正確に理解し行動しなければならない。

本人同士が良くても周りがそれを許さない、それが世の中。エミリーの父ユーゴがどう考えても事故とは思えない死を迎えた様に、母ミランダが身重の身体でここマルセル村に逃げ延びた様に。

自分達の息子はその事をちゃんと理解し、行動しようとしている。

冒険者の中には大きな力を得て増長し、身を滅ぼす者たちがいる。素晴らしい職業を得て、その事で身動きの取れなくなる者たちがいる。

“この子は大丈夫”

トーマスは自らの力に溺れる事無く立派に育ってくれたジェイクに、一人の父親として頼もしさを感じるのであった。


「あっ、うん、その事なんだけどね?お父さんが“エミリーは貴族のしがらみに縛られる事なく自由にしていいよ”って言ってたの。

なんかエミリーは庶子って扱いになるみたいで、お貴族様のところに嫁いでもあまり良くは思われないんだって。

それよりも自分の思う様に生きなさいだって。

ヘヘヘッ、ジェイク君、お父さんのお許しを貰っちゃったね♪」

そう言い朗らかに笑うエミリー。

ジェイクは思う、“えっ、俺今そんな内容の会話してたっけ?貴族と庶民の身分制度について話をしてたんじゃないの?エミリーの思考はいつの間に恋愛関係の話題にシフトしていたの?俺ちょっとついて行けないんだけど!?”と。

そんな子供たちの様子を見ていたトーマスは思う、“ジェイク、男には諦めも肝心だ。所詮男は女には敵わん、強く生きろ!”と。


秋空の下行われるマルセル村の収穫祭、村人たちは旨い料理に舌鼓を打ち、酒を飲み、おしゃべりに花を咲かせる。

上空高く舞うビッグクローはそんな人間の営みを、ただ黙って見下ろすのでした。


――――――――――――


「皆さん、聞いて下さい」

宴もたけなわ、大いに盛り上がりを見せる秋の収穫祭。

そんな中、領主であるドレイク・アルバート子爵は村人たちの注意を促す様に声を上げる。


「え~皆さん、それぞれお楽しみの処申し訳ない。先の戦において我がアルバート子爵家騎兵団として従軍して下さったヘンリーさん、ボビー師匠、ザルバ、グルゴ、ギースの五人がアルバート子爵家の騎士となったお話は既にしてあると思います。

この度それぞれの家の家名が決まりましたので皆さんに御報告したいと思います。

五人は前に来て下さい」

「「「おぉ~~~~~」」」


アルバート子爵の言葉に、会場にどよめきが走る。先に活躍した五人が名目上騎士になった話とその経緯については既にアルバート子爵より聞き及んでいた。だが家名が付いたと言った話はまだ聞いていなかったからだ。

皆は思う“なんか本格的に騎士様になったみたいだ”と。

実際先の五人は既に騎士であり準貴族と言う身分ではあるのだが、共に畑を耕し酒を酌み交わす村人にとって、今いちピンと来ていないと言う事も事実であった。


「あ~、うん、ヘンリーだ。我が家の家名だが、妻メアリーともよく話し合ったんだが、俺の得意武技“双龍牙”にちなんでドラゴンロードとした。

これはランドール侯爵領スターリンでの戦いで、炎に包まれた草原に残された一本の道からも来ている。今あそこは“地這龍の道”と呼ばれているらしい。

ヘンリー・ドラゴンロード、家族ともどもよろしく頼む」

“““パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”””

会場の村人達から送られる祝福の拍手、ヘンリー家はアルバート子爵家の騎士ドラゴンロード家としての一歩を踏み出したのであった。


「次は儂かの。まあ儂は今更騎士とか言われてもあれなんじゃが、これも世の習い、致し方あるまいて。

儂の家名はソード。剣に生き剣に死ぬ、儂にはこれしかないからの、単純なもんじゃて。

そうそう、それと皆に報告じゃ、フィリー、ディア、ちとこっちに来んかの。

皆も知っての通り、儂の弟子のフィリーとディアじゃ。この二人を儂の養女にする事になっての。

これでこの二人も正式にマルセル村の一員じゃ、皆もよろしく頼むぞい。

ほれ、二人共挨拶せんか」


「ボビー師匠の養女となりましたフィリー・ソードです。まだまだ修行中の身ですが、よろしくお願いします」

「同じく養女となったディア・ソードです。よろしくお願いします」

“““パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”””


マルセル村の者は知っている、彼女達がかつて呪われゴブリンの姿となっていた事を。そんな絶望の中懸命に前を向き、真剣に剣と向き合っていた事を。

良かった、本当に良かった。心の底からの祝福は大きな拍手となって、ボビー師匠、フィリー、ディアの三人に贈られるのであった。


「皆さん、秋の収穫祭、楽しまれている様で結構です。私もアルバート家の執事としてこのような晴れの席に参列出来る事、心から嬉しく思います。

私の新しい名前はザルバ・フロンティア。この辺境の地で新たに生まれ変わった自身に相応しい家名だと自負しております。

これからもアルバート子爵家を共に支えて行きましょう」

“““パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”””

ザルバは自身の在り様を宣言した。アルバート子爵家の執事として、この地で生涯を全うしようと堅く心に誓うのであった。


「まぁなんだ、人生なにがどう転ぶかなんて分からないって事だな。

妻のガブリエラともよく話し合ったんだが、俺にはこれしかないだろうと言う事で決めたんだ。

グルゴ・ナイト、まんまだけどな。これまでもこれからも、俺は騎士として生きて行く、そう言う事だ」

“““パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”””

ぶっきらぼうなグルゴの言葉、だがそれも彼らしい。村人たちは照れ臭そうにする騎士グルゴ・ナイトに優しい眼差しを向けるのだった。


「えっと、俺って“転んだ先の魔石”って奴?なんか気が付いたら騎士様になってるんだけど、可愛い嫁さんも貰って順風満帆?人生の運を使い切っちゃったとかって無いよね?

俺ってば婚約者は奪われるわ家からは追い出されるわ暗殺者には狙われるわってろくでもない人生だったのよ?それが逃げ延びた先で待ってたのが可愛い嫁さんに定職、捨てられて良かったわって心から思えるんですけど?

そうそう、家名ね、ギース・ブレイド。もう何も奪わせはしないって言う決意?

嫁さんも、子供も。

エリザの様子がおかしいんでセシルさんに見て貰ったら、「おめでとう」って言われました!!

ケビン君、ありがとう!君から受けた恩は一生忘れないよ!」

“““パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”””

「「「いよ、お父さん、おめでとう!!」」」


鳴り響く祝福の拍手。マルセル村にまた新たな命がやって来た。

村人たちの喜びは、止まる事を知らないのであった。



「アルバート子爵殿、叙爵おめでとう。いや、これからはアルバート子爵様とお呼びしなければなりませんね」


「これはこれは賢者様方、よくぞお出で下さいました。ありがたい事に今年もまた無事に秋の収穫祭を行う事が出来ました。

賢者様方も存分に楽しんで行ってください」

マルセル村のお祭り名物、賢者様方の来訪。マルセル村の人々は賢者様方を背に乗せた真っ白なフェンリルの姿に、“来賓の登場だ”と気分を高揚させる。


「先ほどは何やら楽し気な雰囲気でしたがどうなさったのですか?」

フェンリルの背から飛び降りた賢者イザベルがアルバート子爵に問い掛ける。


「いえ、そちらに控えるギースの妻エリザが懐妊いたしまして、その事を皆して祝福していたのですよ。

エリザ、賢者様にご挨拶を」


「ギースの妻エリザです。賢者様には以前多大な恩を。今ではこうして幸せな家庭を築いております、本当にありがとうございます」

エリザは自身に掛けられていた呪いを晴らしてくれた賢者イザベルに、何時か礼を言いたいと思っていた。だがその事で賢者イザベルに御迷惑を掛けてしまってはと、ずっと躊躇していたのであった。


「あぁ、あの事ですか。その件についてはケビン君より聞いています。色々と差しさわりのある話、今はただエリザさんの幸せを喜びましょう。

それでは私よりエリザさんにクリーンの魔法を・・・えっとそちらの方、確かお名前はガブリエラさんでしたっけ?

あなたのお腹からも新しい命の波動を感じるのですが・・・」


「なに?ちょっと失礼。ほう、これは気付かなんだ。流石賢者様ですな。

ガブリエラさんや、おめでとう。無事懐妊しておるよ、よく頑張ったの」

賢者イザベルの言葉に飛び出した元助産師のセシルは、僅かな命の反応を感じ取った賢者の実力に感嘆すると共に、新しい命を宿したガブリエラに祝福の言葉を贈る。


「ガブリエラ、お前、良かった、本当に良かった」

抱き締め合い喜びを露にするグルゴとガブリエラ。

マルセル村の収穫祭は、温かな祝福に包まれ何時までも盛り上がって行くのであった。


―――――――――――


「メイド長、何か白くて巨大な狼がいるんですけど、あれって伝承に聞くフェンリルって魔獣でしょうか?私見た事がないものですから、その辺の判断がちょっと」

アルバート子爵家メイドリンダは、空になった陶器のポットにワインを足しながら上司であるガーネットに言葉を掛ける。


「そうね、私も実物を見た事がある訳じゃないからはっきりした事は言えないけど、伝承にあるフェンリルは確かにああした姿をしていたわね。

空のポットはここに置きますね」

ガーネットは平静を装いつつ、混乱する思考を収めようと静かに観察を続ける。


「メイド長、先程賢者イザベルと言う名前が聞こえたんですけど、以前王都の王宮図書館で魔法の勇者様に関する文献を読んでいた時にその様な名前を見た事があるんですが・・・。

偶然ですよね?

こちらのポット、ワイン入りました。お願いします」


「そうね、過去の偉人にあやかるなんてことはよくありますものね。

あっ、ジミー君、どうしたんですか?」


「いえ、お忙しそうにしていたんでお手伝いをと思いまして。それとメアリーお母さんが賢者イザベル様と大賢者シルビア・マリーゴールド様にもワインをお運びするようにって。

こちらのポットを貰ってもいいでしょうか?」


「えっ、えぇ、大丈夫ですよ。それじゃ、よろしくお願いしますね」

ガーネットから掛けられた声に、「はい、失礼します」と言葉を返しワインの入ったポットを運ぶジミー。


「「過去の偉人にあやかる事はよくある事」」

メイドたちは脳裏によぎる可能性に蓋をして自らの職務に戻る。

尚この後、酒に酔った鬼神ヘンリーと剣鬼ボビーがいつもの如くマルセル村の理不尽に勝負を挑み両者揃ってボロボロにされる光景に、再び虚無の目になるのだが・・・。

彼女達はまだ、その運命を知らないのであった。


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