第271話 子爵家筆頭執事、ヨーク村村長を出迎える

秋、それは実りの季節。多くの野菜の収穫が行われ、村の備蓄倉庫には山のように根菜類が収納される。日持ちする野菜、寒さに強い野菜は辺境の村人にとっての生命線なのだ。

では葉物野菜や果菜類はどうかと言えば、これまで同様ドレイク・アルバート子爵所有の大容量マジックバッグに仕舞われる他、村人ケビンが複数所有する大容量マジックバッグ(出所については追及してはいけない)に仕舞われ、春野菜の収穫が始まる迄の村人のお腹を満たして余りある備蓄量を確保する事が出来ている。

小麦は新たに建設された食糧庫(「ドレイク・アルバート、ふざけるな!!納期ってものを考えやがれ!!」ケビン、心の叫び)に貯えられ、マルセル村の食卓を支えるに余りある量を保存する事が出来ている。

秋野菜と各種ビッグワーム干し肉、角無しホーンラビット干し肉を買い付けに来たモルガン商会、バストール商会との商談も無事に済み、冬籠りの準備が全て整った今、マルセル村では恒例となったとある行事が行われようとしていた。

そう、秋の収穫祭である。


「ガーネットさん、この料理持ってくね。お皿が足りなくなったら言って、ケビンお兄ちゃんがすぐに作ってくれるから」

会場となるのはマルセル村の真ん中、健康広場。そこには例年の如く青年ケビンが土属性魔力で作り出した長テーブルと長椅子が用意され、村の女衆が各家で作った料理が並べられていく。

だが今年からは広場のすぐ隣に出来た食堂兼酒場“渡り鳥の箱舟亭”からの料理の供給がある為、全体の準備がとってもスムーズ。あって良かった村の食堂、既にマルセル村にとって欠かせない存在になっております。


これで宿屋でもあれば完璧なんでしょうが、マルセル村って泊ってまで何かをする様な所じゃないからな~。

冒険者が狩りをする?魔の森のホーンラビットですか?危険な割に実入りは少ないですよ?冬場は冬眠しちゃいますし。

大森林?度胸がありますね、頑張ってください。売り先はエルセルですか?結構遠いですね。

馬車を預かって欲しい?構いませんよ、帰村予定期日から十日経ってもお戻りにならない場合は処分させて頂きますがよろしいですか?ではこちらの書類にサインをお願いします。

まぁそんな感じで冒険者にとっては余り旨味のある土地じゃないんですね~、これが。

唯一の需要はホーンラビット牧場のウサギさん達目当ての観光客だけど、冬場は冬眠しちゃうんだよな~。結局マルセル村では宿屋の必要性が薄いって事に。


それでもまだゴルド村なら成立するんですけどね、あそこは周辺四箇村の中継地点ですから。

てな訳で実はゴルド村、宿屋が有ったりします。これまではそれ程利用者が多くはなかったんですけど、農業重要地区入りに伴う公共事業が始まりまして、建設ラッシュで大変賑わっているそうです。

ホルン村長たちゴルド村の男衆も下請けの仕事を請け負っているとか、外貨が入るってありがたい事でございますともさ。

この恩恵を受けているのは何もゴルド村に限りません。ゴルド村から続くヨーク村、スルベ村、マルガス村を繋ぐ街道は全て整備され、その街道整備の為の人員を各村で募っているとか。

農作業の終わった村民にとってまたとない稼ぎ時になっているって訳です。

で、その全てを取り仕切っているのが新しく就任なさった監察官様ご一行。流石に監察官様方にテント生活をさせる訳にも行きませんからね、宿屋や空き家を解放して対応しているって訳です。

女衆はそのお手伝い、要は飯炊き洗濯おばさんですが、無論賃金は払われますから皆ニッコリって訳です。


ってな感じで皆さんそれぞれいい感じに生活している筈なんですがね?一体何をしにいらしたんでしょうね、ヨーク村村長ケイジ・ヨーク氏は。

俺は収穫祭の準備を手伝いつつ、不満顔を隠そうともしない不遜な態度のケイジ村長に目を向けるのでした。


―――――――――――


「これはこれはヨーク村村長ケイジ・ヨーク氏ではありませんか。お久し振りでございます。本日はマルセル村の秋の収穫祭ですが、ヨーク村から祝福に駆け付けて下さったのですか?これは大変喜ばしい」

訪れた一団に満面の笑みで語り掛けるのはアルバート子爵家筆頭執事のザルバ。

ピシッとした姿勢の執事服姿からは、嘗ての疲れ果てやせ細った姿など想像する事すら出来ない。

だがそんな事は今のケイジ村長には関係ないと見えて、苛立たし気に言葉を返す。


「ふん、死にぞこないのザルバではないか。貴様一体誰に対して口をきいていると思っているんだ?俺様はヨーク村村長ケイジ・ヨーク様だぞ?

どんな卑怯な手を使ったのかは知らんが“最果ての人身御供”ドレイクが子爵様だと?

馬鹿馬鹿しい、一体何様だと言うのだ」


・・・その言葉に忙しなく準備を行っていた村の者たちの手が止まる。皆の思いは一つ、“この馬鹿は一体何を言っているんだ?”である。

専制君主制貴族制社会であるここオーランド王国において身分制度は絶対。貴族と平民との間には決して越える事の出来ない壁がある。

この事はたとえどの様な立場の者であろうとも守らなければならない絶対ルール。

例え借金まみれの貧乏男爵であろうとも、大商人は頭を下げねばならず、その気がなくとも丁寧な言葉づかいで遇さねばならない。

なぜならばそれこそがオーランド王国の根幹であり国の在り様、その事を批判するような発言は、王家に、王国の全ての貴族に喧嘩を売っているに等しいのである。

では今コイツは何と言った?

“どんな卑怯な手を使ったのかは知らんが“最果ての人身御供”ドレイクが子爵様だと?馬鹿馬鹿しい、一体何様だと言うのだ”と言わなかったか?

この馬鹿の発言は完全な貴族批判、これを見逃す事はたとえどの様な立場の貴族であろうとも許されない。何故なら貴族制度に対する批判は国の在り様に対する批判であるから。明確な国家反逆罪であるからだ。


「ハハハ、どうやらケイジ村長はお疲れで言葉をお間違えの様だ」

“ドスッ”


「訂正を」

それは瞬きの一撃、腹部に深くねじ込まれた拳は激しい痛みと共にヨーク村村長ケイジ・ヨークに刻み付けられる。

“グゴアオ”

あまりの痛みと苦しみに、崩れ落ち言葉にならないうめきを上げるケイジ村長。そんな光景に一瞬唖然としていたケイジ村長の取り巻き達が声を上げる。


「貴様、死にぞこないの分際でケイジ村長に何をするか!!」

「そうだ!よそ者である貴様を受け入れて下さったケイジ村長に対する恩を忘れた愚か者が、一体何様のつもりだ!!」


だがザルバはそんな取り巻き達をいっそ憐れな者でも見るかのように見下した視線で見詰め、ため息交じりに言葉を返す。


「ケイジ村長に対する恩義ですか。一体何に対して恩を感じればよいのか。食べる物もろくに与えられず住むところは家と呼んでよいのかも分からない様な吹き曝し。

日に日に弱りいつ死んでもおかしくない状態の娘と必死になって過ごす日々、それでも村人の義務と言って駆り出される農作業。我ながらよく生き残れたものと思いますよ。

まぁそれでも行き場を失った私たちを受け入れてくださったと言う一点においては感謝しなければなりませんか。

であるのならば、それは今しがたケイジ村長の御命を御救いした事で相殺とさせていただきとうございます」

そう言い慇懃に礼をするザルバに「何の事だ!」と怒声を上げる取り巻き達。

そんな取り巻き達にザルバは心底呆れたように言葉を掛ける。


「あなた方は未だ現状を把握なさっておられない様ですのでご説明申し上げます。

先ず第一、マルセル村村長代理であったドレイク・ブラウン氏は妻であるミランダ夫人の実家の爵位を引き継ぎドレイク・アルバート男爵になられた。

これはドレイク・ブラウン氏がブラン男爵家の四男であったこと、ミランダ夫人以外の御姉妹がすでに他家に嫁がれアルバート男爵家に後継ぎがいなかった事、ドレイク氏とミランダ氏の間に御長男がお生まれになったこと等複数の理由が存在しますが、今は然程関係ないでしょう。

重要なのはドレイク・アルバート様がれっきとした貴族であり、その資格を元々お持ちであったと言う事実です」


ザルバさんはここで一度言葉を切りじっくりと取り巻きたちを見渡す。その顔は驚きと困惑、だが事態の把握にまでは至っていない様であった。


「次にこのマルセル村を含む周辺の草原は既にグロリア辺境伯領ではなくアルバート子爵領であると言う点、これは我がマルセル村で行われた数々の農業改革、ビッグワーム干し肉然り、ビッグワーム農法然り、ホーンラビット牧場然り。それらを総合的にグロリア辺境伯閣下が御認めになられた結果です。

それも当然でしょう。冬の餓死者を無くし農産物の増産を行う事、そのことはオーランド王国北西部地域に位置するグロリア辺境伯領にとっての悲願、ドレイク・アルバート様は少なくともその道筋を立て確かな結果を示したのです。

その事に報いないと言う事は貴族としての矜持に関わります。それを行わなければどの様なそしりを受けるのか分からない、例え齎された恩恵が叙爵以前のものであったとしても関係ないのです。

つまりこの土地の支配者は正確にドレイク・アルバート様であり、そのドレイク様を貶める行為は為政者に弓引く事、極刑に値するのです」


ここに来てはじめて事態の深刻さに気付き、顔を青ざめさせた取り巻きたち。だがザルバの口撃はここでは収まらない。


「そして最後にドレイク・アルバート様は子爵様であらせられます。それはなぜか?

先に起きたグロリア辺境伯家とランドール侯爵家との武力衝突、その戦場において我らアルバート男爵家騎兵団は多大な功績をあげた。そればかりかその後領都グルセリアで発生したスタンピードを我らだけで制圧せしめた。

その武功を持って我らが主ドレイク・アルバート様は子爵位に任じられた」

“バウッ”

膨れ上がる覇気、ザルバから放出されるそれは怒りを伴いヨーク村から訪れた男共に襲い掛かる。

彼らは皆その場にへたり込み、ガタガタ歯を振るわせる。その思いは恐怖、逃れようのない死の予感。


「貴様らはそんな素晴らしい我らが主を愚弄したのだ。それも村の代表たる村長自らな。そんな不敬な連中が暮らす村など必要か?一族族滅?そんな生温い処断で許されると思っているのか?

貴様らはオーランド王国の根幹たる貴族制度を否定したんだぞ?そもそも国に仇なす者を我らが許すと思っているのか?」

ザルバの言葉、それは宣言。ヨーク村は今この瞬間消滅の時を迎えようとしていた。


“フッ”

瞬時に覇気が霧散する。それに伴い周囲を覆っていた強烈な殺気が姿を消し、祭りの喧騒が蘇る。


「さて、ヨーク村の代表ケイジ・ヨーク村長様にお聞きいたします。先程の言葉、訂正なさいますか?今なら聞き及んでいるのは私だけ、お疲れのケイジ村長の戯言と聞き流す事も出来るやもしれませんが・・・」


「む、無論訂正しよう。どうも俺様は農業重要地区入りのゴタゴタで疲れていた様だ。いや、ザルバ殿、要らぬ心配をお掛けして申し訳なかった、ここに深く謝罪しよう」

途端手のひらを返し下手に出るケイジ・ヨーク村長に、「いえいえ、間違いは誰にでもありますから」と笑顔で言葉を返すザルバ。


「それでは改めてお聞きいたしますが、先程のお話ぶりですと秋の収穫祭を訪ねて来られたのではないご様子。何か火急のご用件でもございましたでしょうか?」

ザルバの問い掛けに何やら言いよどむ素振りを見せるケイジ村長。それは取り巻き達も同様で、途端口を噤む。

その様子にザルバは暫し考えを巡らせた後、「あぁ~、あの事ですか」と口を開くのであった。


「間違っていたのなら申し訳ございません。もしやケイジ村長のご用件と言うのは農業重要地区入りに伴う村長権限の委譲に関する事ではないでしょうか?

まぁそうでしょう、ヨーク村はゴルド村に続いて歴史ある由緒正しい村、その村を代々守られて来たヨーク一族の主たるケイジ村長にとっては由々しき問題。

そのお気持ちは理解出来ます。ですがこれも全ては未来を繋ぐため、各村に住む村人たちの為。あの時点ではそれが最善であったことはお分かりいただけますでしょうか?」


「だがドレイクの奴は「ケイジ殿?」いや、アルバート子爵様はその・・・」

途端尻つぼみになるケイジ村長の言葉。そんなケイジ村長に対し、ザルバの視線が絶対零度の冷たさをもって注がれる。


「はぁ~、全く我が主はお優し過ぎる、この様な者の為になぜ。

お話は分かりました。ヨーク村長の不満、それはこれ迄奥様が行われていた書類仕事の一切をヨーク村長自らが行わなければならなくなった事、村長権限がなくなり実質的に村の役員と変わらなくなってしまった事、村の予算配分等ケイジ村長の自由が全く効かず、これまでの予算の使い方等で注意を受けた事。

まぁそんな所でしょうか。

ヨーク村はケイジ村長の国のような場所でしたからさぞ戸惑われた事でしょう。

これは解決策ではありませんが一つの提案です、ケイジ村長自らが商会を立ち上げればよろしいのではありませんか?ヨーク村には誰にも負けない商材があるのですから」


ザルバの言葉に目を見開き口をポカンと開けるケイジ村長。ザルバはそんなケイジ村長の様子などどうでもいいとばかりに言葉を続ける。


「ドレイク・アルバート子爵様は聡明な御方です。代々の村長であったケイジ氏が中々新しい体制に馴染めないであろうことは予想なさっておいででした。

そしてそのための方策も用意なさっていた。

あぁ、丁度来たようですね」


そこに現れたのは手にキャタピラーを抱えたマルセル村の若者たち、そしてその後ろからやって来たのは何か毛皮の様なものを張り付けた盾を持った小柄な青年と女性。


「先ほどは話に出ませんでしたが、我がマルセル村では現在キャタピラー繊維を使った縫製業に取り組んでいます。元々マルセル村周辺にはキャタピラーはいなかった、それこそヨーク村から譲り受けたキャタピラーを増やし少しずつ形にしようと頑張っているところです。

そうした事情もあり、一般的に行われているキャタピラー繊維業の様にキャタピラーを殺して糸玉を取り出す訳にはいかない。

そこで考え出されたのがキャタピラーを怒らせる事で攻撃糸を吐き出させると言う方法です。

ケビン君、アナさん、お願いします」


村の若者たちが、持ち込んだキャタピラーを地面に降ろす。キャタピラーたちは何が起きたのかも分からないまま、もぞもぞと動き出す。そこに。


「お~い、キャタピラーども、こっちだぞ~」

左手に盾を構え、木の棒をガンガンと打ち付けてキャタピラーを挑発する青年。隣の女性も同様に挑発行為を行う。

するとどうだろう、キャタピラー達は一斉に二人目掛けて攻撃糸を飛ばし始めるではないか。二人は飛んできた攻撃糸を器用に右手の棒に絡め取ると、腰に差していたであろう別の棒に持ち替えて再び挑発を繰り返す。


「どうですか?キャタピラーの攻撃糸はこうやって集める事が出来る。であるのなら何も殺す必要は無いんです。御存じの様にその繊維は高級素材として扱われ攻撃糸に加工した物であれば大手商会が喜び勇んで商談に訪れるでしょう。

現に我がマルセル村は未だ実験段階であるにも関わらず領都のモルガン商会、ミルガルのバストール商会と提携を結んでおります。

しかし既に多くのキャタピラーを抱えるヨーク村であればどうでしょう?その生産量は?

ですが商売は水物、どの道にも優れた者がいるように商売相手は誰でもいいと言う訳にはいかない。そうした事は監察官様等とご相談なさった方がよろしいかと。

村長業務に関してはその職責ごと奥様にお譲りなさってはいかがでしょう?現在は村長とは言え権限など無いのですから惜しくもないでしょうし。

それと一つ、キャタピラーはただ挑発したからと言って攻撃糸を出す訳ではありません。全てはこの盾に秘密がある。流石にそこはアルバート子爵家の秘密、お教えする訳には行きませんが、特別にこの盾をお譲りする事は可能です。

ですが本日は村の収穫祭、その商談は後程といたしましょう。そちらの盾と棒に絡め取った攻撃糸繊維は差し上げましょう。どうぞお持ち帰りになって御自分方でお試しになって下さい。

なに、近隣の者同士、ささやかな餞別です。

ヨーク商会の御商売が順調に行かれますことをお祈り申し上げます」


マルセル村より齎された新たな商機、ケイジ村長がそれを活かせるのかそれとも溺れてしまうのかは、今後のケイジ村長次第。

アルバート子爵家筆頭執事ザルバは、攻撃糸繊維の絡め取られた棒とゴブリンの盾を持ってすごすごと引き上げて行くヨーク村村長一団の後ろ姿を、感情の籠らぬ瞳でただ見詰めるのでした。


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