第269話 村人転生者、観光客を出迎える

マルセル村村長兼領主のドレイク・アルバート子爵が夏のバカンスから戻って暫く、マルセル村ではこれまでにない新たな問題が浮上していた。


御免ごめん、私は銀級冒険者“瞬剣のライオス”、“鬼神ヘンリー”殿との手合わせをお願いしたい!」

「私は金級冒険者“爆殺のリリー”、“剣鬼ボビー”、私と勝負しろ!!」


馬鹿ども(観光客)の襲来である。


冒険者ってホント脳筋馬鹿ばっか!!こっちは秋の収穫期なんだよ!!忙しいんだよ!!夏野菜の畝の片付けも終わってないんだよ!!

マジで魔物の手も借りたいほど忙しい所に訪れたこの問題、本気で頭が痛いです。


「ケビン君、これどうしようか?」

蒼雲邸建設で忙しくしていた俺氏、アルバート子爵様にお呼び出しを喰らっちゃいまして。急ぎ駆け付ければこれですよ、マジいい加減にしてって感じ?

お前は畑の方は良いのか?ウチには優秀な従業員がいますから。

緑と黄色、キャロルとマッシュ、マジ優秀。収穫物はアナさんに預けてあるマジックバッグに仕舞って置いて貰って、後で収納の腕輪にポン。村に収める分と保存分に分けているって感じです。

毎年貯め込んでるのでミルガルの街で一年間八百屋をやれるくらいの量はあるんじゃないだろうか。

そんなに保存してどうするのか?備えあれば患いなしって言うじゃん?心の余裕って大事だと思います。


アルバート子爵様が戦時協力のお礼って事で本年度のマルセル村の納税を免除するって言ってたし、村の余剰小麦を買い取ってもいいよね。毎年の販売分に手を出すとバストール商会のドラゴ氏やモルガン商会のギース氏から睨まれそうなんでしないけど。

でもな~、飲んだくれのマルコお爺さんたちが狙ってるんだよな~。何でもエールの仕込みに使うとかなんとか。納税免除で一番喜んでたのも実はマルコお爺さんたちエール作製チームだったりします。

「「「仕込みの小麦が手に入るぞ~!!」」」とか言って気合い入れて新しい樽を作ってたもんな~。

辺境には娯楽も必要、ここは涙を飲んでマルコお爺さんに譲る事にしますか。だから出資を俺に求めないでね?資金が足りない様なら子爵様にお願いしてください?

もう頼んだ?それじゃ足りない?知らんがな。

呑み助の欲望は際限ない様です。


「なんか領都でのスタンピード制圧やランドール侯爵家とのいざこざの話が冒険者ギルド経由でオーランド王国中の冒険者に広がってるみたいでね、武者修行じゃないけど一旗上げようって冒険者が次から次へと。

上手い事ヘンリーさんやボビー師匠を倒せば名を売れるとでも思ってるんじゃないのかな?

それと仕官願いがね、ウチって新興貴族家で配下もいないだろう?だからかやたら売り込みが。

でもね、こんな狭い領地にそんなに何人も騎士や領兵が要ると思う?雇うのにもお金が掛かるのよ?大森林からのスタンピードに対する備えとか言われても、そんなものが起きたらどの道お終いよ?

皆さん夢を見過ぎだと思わない?」


アルバート子爵様、未だお貴族様になり切れず。

まぁ気持ちは分かりますけどね、立場が変わっても心は村長ですもんね。子爵様って言われても支配地域ってマルセル村と周辺の草原だけですもんね。働き手になる移住希望者ならともかく騎士や領兵希望はいらんわな。


方法は無い事もない、簡単な所だと村門に父ヘンリーを立たせておいて威圧を掛けさせておくだけで解決なんだけど、お父様、野菜の収穫で忙しいのよ。

ボビー師匠はな~、そう言うのが煩わしくてマルセル村に来た様な人だからな~。

イラっとしたら「切ってもいいかの?」とか言い出しかねないんだよね。

基本今の時期のマルセル村に暇人はいないし、かと言ってジミーたちに任せるのもな~。言葉巧みに丸め込まれそうで嫌だわ。


「「う~~~~ん」」

アルバート子爵様と俺が村役場の村長執務室で頭を悩ませていると、不意に声を掛ける者が。


「あの、ご主人様、一つ宜しいでしょうか?」

それは“メイドとは背景、出しゃばらず主人に付き従う者でございます”と言って常に気配を消し、いつの間にか背後に控えている月影からのものでありました。


―――――――――――――


ゴルド村からマルセル村に向かう街道は、草原の中を抜ける一本道である。そんな何もない街道を進むこと暫し、見えて来たのはおそらくマルセル村の境界を示すであろう二本の、そしてその脇に建てられた門番詰め所の様な建物。

石柱の前には門番であろう鎧姿の大男が立っており、訪れる者に対し門番詰め所の受付に向かう様指し示す。


「御免、私は銀級冒険者のロバートと言う。門番殿よりこちらに向かう様に指示されたのだが」

“マルセル村を訪れた者は一々門番詰め所に向かわねばならないのか?”

銀級冒険者ロバートは多少の面倒さを感じながらも、己の目的の為と言葉を飲み込む。


「はい、お待たせ致しました。アルバート子爵領マルセル村へようこそ。

本日はどう言ったご用件でしょうか?」

それはまるで冒険者ギルドの受付の様な対応であった。現れたのはいかにも村娘と言った風のパッとしない女性だが、子爵家の関係者であるのかきちんとした制服を着こみ、いかにも受付嬢と言った風に言葉を掛けて来た。


「あっ、あぁ。この村に“鬼神ヘンリー”、“剣鬼ボビー”と言う豪の者がいると聞き及んでな、是非手合わせを願いたいのだが」

銀級冒険者ロバートの言葉に受付嬢はやや難しそうな顔をして口を開いた。


「申し訳ありません。アルバート子爵家騎士ヘンリー並びに騎士ボビーは、私用での手合わせにお応えする訳には参りません。

それは他の貴族家の騎士であろうと同じはず、その事は銀級冒険者であるロバート様もよくご存じかと。

先ずは冒険者ギルドの上層部に申し込み、冒険者ギルド側からアルバート子爵様に交渉して頂き、その上で許可が下りた場合のみ手合わせが許される。これはどの貴族家であろうとも同じではないでしょうか?」


そう、騎士とは各貴族家の家臣である。騎士は主家の為に戦い領民を守るのが使命、であればこそ勝手にその武力を振るう事は許されておらず、たとえそれが望まれた手合わせであろうとも受ける訳にはいかないのだ。


「そこを曲げてお願いしたい。私は二人の武勇を聞き是非その剣技に触れたいとここまでやって来たのだ」


「しかしこれは規則ですので、お一人だけでもそれを曲げてしまえば後はなし崩し的にと言う事になってしまいます。それではアルバート子爵領の治安は守れないし、アルバート子爵家の貴族としての矜持も守れなくなる。

勝手が許されないのも騎士の側面、どうかご理解ください」


受付嬢の正論に言葉の詰まるロバート。だが彼も冒険者、ここで引き下がる訳にはいかない。


“ガタガタガタガタ”

二人がそんなやり取りをしていると、背後の街道を何やら物音を立ててやって来るものあり、それはいかにも冒険者と言った風体の者が操る幌馬車であった。


「兄貴、到着しやしたぜ。ここが噂のマルセル村でさ。なんかいかにもと言った村門に門番ですぜ、本当にこんな所に噂の鬼神とやらはいるんですかい?」

御者の冒険者が幌馬車の荷台に向け声を掛ける。


「あぁ?んなもんはどうでもいいんだよ、どうせ俺の方がつええんだからよ。

なんかちんけなスタンピードを制圧し、お貴族様の小競り合いだので活躍したって名が売れてるんだろう?

本当に強者だったら今頃そのグロリア辺境伯様だかって所に召し抱えられてるってんだよ、馬鹿馬鹿しい。

だがそんな張ったり野郎でも倒したとなれば箔が付くってもんだ。

大体“笑うオーガ”にしても“下町の剣聖”にしても、引退したロートルにジジイじゃねえか。そんな連中をありがたがって鬼神だの剣鬼だの、これだから辺境の田舎者はよ。

少なくとも王都の武闘大会で本選に進んでから名乗れってんだ。

なぁ、お前もそう思うだろうが?」


そう言いながら幌馬車より姿を現したのは身の丈二メートルを超える巨漢。

その全身から漂う威圧は、その者がただ者ではない事を知らしめる。


「ですです、流石兄貴、言う事が一々尤もでさ。

おいそこのでくの坊、何突っ立ってやがる、そこをどきな。ウチの兄貴がわざわざ出向いて下さってるんだ、その鬼神ヘンリーとか言うロートルをさっさと出しやがれ!」


幌馬車の御者台から大きな声を上げる冒険者。それに対し鎧姿の門番は身じろぎ一つせず、ただじっと二人の冒険者を見据える。


「失礼いたします。そちらの方々は“挑戦者”と言う事でよろしいでしょうか?でしたら挑戦者料金が掛かりますので、こちらの受付で金貨十枚のお支払いをお願いいたします」

その声は先程から銀級冒険者ロバートに説明を行っていた門番詰め所の受付嬢から掛けられたものであった。


「はぁ?何だそれは、そんなものを払う訳ねえだろうが!

なんだあれか?俺たちが冒険者だからって馬鹿にしてんのか?高い金を吹っ掛ければ後に下がるとかそう言う事か?

か~、これだから貴族って連中はよ~、変に悪知恵だけ働きやがる、嫌だ嫌だ。

だったら初めから看板にでも書いておけよな?“私達は実は弱いんです、どうかお許しください”ってよ!アッハッハッハッ」


ワイバーンの鳴き真似をするビッグクロー、他人の尻馬に乗り自分が強者であるかのごとき振る舞いに走る冒険者。だがそんな彼に、受付嬢は冷静に言葉を続ける。


「そうですか、“挑戦者”ではないと言う事でしたら入村は認められません、そのままお帰り下さい。ここはアルバート子爵領です、入村には子爵閣下の許可を必要とします。許可の無い者の入村は処罰の対象となります」


「はぁ?今度はお貴族様風を吹かせちゃいますか?こんな村一つしか持たない貧乏貴族が何を言ってるんでしょうかね~、俺みたいな平民にはとんと理解出来ない事で。

兄貴、女がこんな事を言ってますがどうしますか?」

御者の冒険者は幌馬車の荷台に引っ込んだ兄貴と呼ばれる者に声を掛ける。


「あん?そんなもんほっとけ。噂の鬼神様がボロ負けすりゃあ、どうせ貴族の矜持とやらが邪魔をして文句の一つも言えなくなるってな。悲しいよな、貧乏貴族様って奴はよ」

「ちげえねえ、流石兄貴、俺とは頭の出来が違いやすぜ。ほらでくの坊、さっさと道を開けな!」


“ピシンッ!”

打ち鳴らされる鞭の音、だが幌馬車は微動だにしない。


「あん?どうしたんだよ、さっさと進まねえか!」

“ピシンッ、ピシンッ!”

再び引き馬の尻目掛け振るわれる鞭、だが引き馬たちは前に進むどころかプルプルと身を震わせ、その場から決して動こうとはしない。


「あん?一体何をやってやがる。

ほう、そこの門番、お前か。引き馬に覇気を当てて動きを止めているな?もしかしてお前が例の騎士様って奴か?」

幌馬車の荷台から顔を覗かせた巨漢は嫌らしく口元を歪め、ぎしぎしと幌馬車を揺らしながらその身を地面へと降ろす。そして背に負った大剣の鞘を抜くと門番の男に向かい言葉を掛ける。


「なぁロートルさんよ、何か調子に乗ってる見てえじゃねえか。まぁいいや、アンタのそのガラクタ市でお宝な名声はこの“剛腕のテリー”様がそっくりいただいてやるよ。

アンタはその身の不幸を呪いながらあの世に行っちまいな」


「“剛腕のテリー”だと!?王都の武術大会本選出場の常連、繰り出す剛剣は他に並ぶ者なしと謳われるあの!」

銀級冒険者ロバートは巨漢から告げられた名に驚きの声を上げる。それは紛れもない強者の名前、オーランド王国の冒険者の中でも上澄みとされる剛の者。


「“剛腕のテリー”さんとやらに申し上げます。今あなたが行っている行為は王国法においても明らかな犯罪行為です。そのまま切り捨てられても文句の一つも言えない行いと言う事をご理解なさっておいでですか?

それとそこの御者台の方?あなたはその共犯となりますがよろしいですか?」

受付嬢から掛けられた声に御者台の冒険者は鼻を鳴らして言葉を返す。


「フンッ、こっちは目的の“笑うオーガ”に出会えればそれでいいのよ。兄貴、思いっきりやっちまってください!」

「おうよ、剣の錆びにしてやるよ!」


対峙する門番と巨漢。門番は背後の石柱に立て掛けてあった大剣型の木剣を手にすると、両手で掲げるかの様な構えをとる。


「なんだその変な構えは?腹回りががら空きじゃねえか。もしかして自殺志願者か?潔く討ち死にしましたってか、まぁ死んじまえば言い訳も立つもんな。

お望み通り一撃で決めてやるよ!」


“うおおおおおおおおおおお!!”

巨漢から上がる咆哮、その大きな身体から繰り出されるとは思えない程の鋭い踏み込みは、門番のがら空きの胴元を目掛け大剣を滑らせる。

まるで小枝の如く振るわれた大剣は、剛腕の名に相応しい威力を持って門番に迫る。


“ドゴンッ、ドガンッ”

それは一瞬の攻防であった。顔面から血を流し後方へと吹き飛ぶ巨漢、何が何だか分からず口を開けたまま固まる御者台の冒険者。


「打ち下ろしからの打ち上げ・・・だと、あの一瞬で!?」

村門前の草原に、銀級冒険者ロバートの呟きが虚しく響く。


「ロバートさんは中々よい目をお持ちですね。正確には巨漢が打ち込みを放った両腕を上段から叩き落とした反動を使い、顎からのカチ上げを行った返し技。

いかに剣と一体化出来るか、その一点に特化した技と言えるのではないでしょうか。

ブー太郎、お見事でした」

受付嬢から掛けられた声に、フルフェイスのフレムを上げ、“フゴフゴブヒ”と返事をする一体のオーク。


「・・・はぁ!?オークって、はぁ!?鬼神ヘンリー殿ではないのか!?

えっ、今の剣技をオークが!?」

突然の事態に混乱し、口をパクパクさせる銀級冒険者ロバート。対して受付嬢は冷静に門番オークのブー太郎に声を掛ける。


「あ、ブー太郎、そこの御者台の冒険者も捕らえておいて下さいね。いま太郎にグルゴさんを呼びに行って貰っています。

犯罪者ですから見せしめにエルセルの街に引き渡しましょう。

それなりに名のある冒険者みたいですし、冒険者ギルドに口座があるやもしれません。そこの幌馬車も売れば幾ばくかの金になるでしょう」


「ヒッ!!」

受付嬢の言葉に途端御者台を飛び降り逃げ出そうとする冒険者、だが。

“ドサッ”


「馬鹿ですね、さっきそこの巨漢も言っていたでしょうに、ブー太郎が覇気の使い手だと。そこの巨漢ならいざ知らず、あなた程度がブー太郎の覇気に耐えられる筈が無いじゃないですか。

あっ、申し訳ありません、ロバート様。そう言った事情でして騎士ヘンリーは手合わせをお受けすることが出来ないのです。

それでもそうですね、態々遠くマルセル村にお越しいただいた訳ですし、村の見学でもなさいますか?

いまの季節でしたらここでしか味わえない秋野菜とホーンラビット肉の煮込み料理を味わう事が出来ますよ?

入村には見学料金として食事込みで銀貨一枚頂いております。

それとマルセル村では村民の移住も受け付けてますので、参考になさって頂ければと思います」


「あ、あぁ。折角ここまで来たんだしな。それじゃお言葉に甘えて見学させて貰おうかな?」


その後受付嬢のアナに案内されマルセル村の見学を行った銀級冒険者ロバートは、秋野菜と角無しホーンラビット肉の煮込みの旨さに目を見開き、水辺で行われているマルセル村の若者たちによる“大福チャレンジヒドラに挑戦(六つ首)”の光景に心をボッキリ折られる事になるのだが、それはまた別のお話。

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