第268話 王都諜報員、マルセル村を調査する (3)

「ブー太郎とボビー師匠の戦い、見応えあったな~。やっぱり全力を出せる試合って良いよね。狩りは対峙したらすぐに終わっちゃうから。

瞬間の真剣勝負もいいんだけど、やっぱり持てる力を出し切るってのもロマンだよ。

ガーネットさんとリンダさんはお貴族様のところに勤めていたんでしょう?お貴族様ってこう言った試合とかってするのかな?」


ボビー師匠の訓練場を後にしミランダの自宅で食事を摂った三人は、マルセル村の外れにある水辺に向かう道すがら午前中に行われたボビー師匠とブー太郎の戦いについて振り返っていた。


「そうですね、貴族家の中には武勇を重んじる家柄もございます。そうした家同士では交流を兼ねて剣を交えることもあると聞き及んでいます。

また冒険者同士であれば模擬戦と称し冒険者ギルド脇に設置された訓練場で互いの技量を確かめ合っているとか。

王都では年に一回王家主催の武術大会が行われております。そこではオーランド王国中の武術自慢が集まって、己の技を比べ合うとか。

その大会で注目された者は仕官の道も開けるとあって、王都民の娯楽として毎年盛況であると聞き及んでおります」


「へ~、やっぱり王都は凄いね。マルセル村じゃボビー師匠やヘンリーおじさんが強いけど、王都に行ったらもっと凄い人が一杯いるんだろうな~。

ケビンお兄ちゃんが“貴族恐い、豪商怖い、冒険者恐い、王都、駄目、絶対!!”ってよく言ってるけど、オーランド王国中から強い人が集まって研鑽している様なところだったら確かに怖いかもね。

私ももっと頑張らないと、じゃないといずれは世界に旅立つ冒険者になれないよね?」


エミリーはガーネットの話を聞き、井の中の蛙である自身を戒める。

ガーネットはそんなエミリーの姿を見て思う、“十歳でケルピーを拳で殴って従わせるような令嬢はエミリーお嬢様の他にいませんから!少しは自重して!!”と。


「お~い、エミリー、早く~。ケルちゃんがエミリーに会いたがってるぞ~」


水辺では既に来ていたジェイクが、水辺の悪魔ケルピーと戯れながらエミリーが来るのを待っているのだった。


「ジェイク君お待たせ。ジミー君は?」

「ん?ジミーはフィリーちゃん達を迎えに行ってる。それで今日の大福チャレンジなんだけど、暫くエミリーが外れてただろう?だから三つ首からやり直して五つ首まで行ければと思って。

こう言った連携は行き成りだと上手く行かないからね」


ジェイクの言葉に「そうだね、どうしてもフィリーちゃん達とはズレが生じ易いもんね」と答えるエミリー。


「まぁそれは仕方がないんじゃないかな、俺たちは六歳の頃から一緒に修行をしている仲だし、後からその輪に加われって言われてもそうそう上手くは行かないって。

でもディアさんが盾役になってくれた事は大きいよ、お陰で僕たちが自由に動けるし、ジミーも十分に力を蓄える事が出来る。

フィリーちゃんの指示出しもいいよね、不意の攻撃を喰らいにくくなったよ。

でもケビンお兄ちゃんに見て貰ったんだけど、僕たちは空間把握が甘いんだって。全体を俯瞰で見れる様になればもっと連携が上手く行くし、攻撃も当たらなくなるって言われちゃった。

ケビンお兄ちゃんて先が見えてるかの様に動くもんね、あれも空間把握と全体俯瞰の成果なんだって」


「やっぱりケビンお兄ちゃんて凄いよね。あれで剣術も上手くなったらどうなっちゃうんだろう」

エミリーは呆れ交じりの表情で言葉を紡ぐ。それに対しジェイクは「それがさ~」と何とも言えない表情で話を続ける。


「二人ともお待たせ、早速始めようか。今年こそ八つ首を落としたいもんね」

そんな二人の下にフィリーとディアを連れたジミーがやって来る。

メンバーは揃った。水辺の大福チャレンジ、若者たちの挑戦が今始まろうとしていた。


「ジミー、ジェイク、左右に展開。エミリーちゃんは正面で気を引いて。ディアは受け流し、首攻撃、来ます」


“ドドドドドド~ン”

振り下ろされる死神の鎌、水辺に現れた巨大な水塊が四本の鎌首をもたげ頭上より襲い掛かる。


「全員後退、尻尾来ます!」

“バウンッ”

横なぎに振るわれる四本の尻尾、巨体から繰り出されるそれは凶器。

大技の隙を縫って払われた凶刃から間一髪逃れた若者たちは、すぐさま反撃に転じる。


「<流麗・一閃>」

「<疾風怒濤>」

「<剛腕一撃>」

「<ソードスラッシュ>」


過剰とも思える連携の取れた多重攻撃は、果たして強大な敵の首と尻尾を切り裂き、この勝負に終止符を打つのであった。


「「「「「四つ首討ち取ったり~。次は五つ首だ~!!」」」」」


目の前では今の戦いを振り返り総評を行う若者たち、そんな彼らの姿をただ茫然と見詰める二人のメイド。

ガーネットは思う、“これは一体何なんだ!?”と。


エミリーに連れられ到着した水辺、一見何の変哲もないそこに突如現れた水の身体を持つ三つ首の巨大なヒドラ。

単体で王都騎士団一師団の戦力を必要としそうなそれを、まだ授けの儀も受けていない様な子供たちが討ち倒す、これは一体どんな夢物語であるのか。

若者は英雄に憧れ勇者に憧れ戦いに身を投じる。だがそれはあくまで見果てぬ夢、ある者は草原のグラスウルフに、ある者は森の悪魔ホーンラビットに、またある者は徒党を組んだゴブリンの群れに。

各々が戦いと挫折の中で自らの限界を知り、戦い方を学び、一介の兵士に、一介の冒険者にと現実的な道を選び取って行く。

巨大ヒドラとの戦い!?それこそ勇者物語の一幕の様な戦いなどあり得ないし、ましてやそれを少人数のパーティーで打ち倒すなど・・・。

そんな思いに呆けている間に若者たちは次なる強敵四つ首ヒドラを呼び出し、それをも見事打ち倒して見せた。

自身の中に知らず知らず育まれて来た常識が、“耳目”としてあらゆる偏見を廃し、その目で見て、その耳で聞いた事実のみを伝えると言う矜持が。

その全てが音を立てて崩れ去って行く。

心の中の常識が訴える、“有り得ない”と。

貴族家の中には幼い頃より鍛え抜かれ大の大人を打ち倒すような才気溢れた若者もいる。そうした者は大概有望な職を授かり、国の行く末を支える大人物へと育って行く。

だが目の前の子供たちは・・・。


「よし、それじゃ次は五つ首ね。先ずは連携がてら縛りなしで挑んで、大体の傾向が掴めたら再挑戦って事で。

エミリーも気を付けてね、五つ首から上は別世界だから。尻尾もあれだけど首から繰り出される放水や水球が厄介なことこの上なくって。

何か大福、去年よりも水魔法の扱いが上手くなってるんだもん。毎年強さが上がるって、何なんだよ一体」

「どうどう、ジェイク落ち着け。今年は五人だ、絶対に行ける。まずは五つ首を落としてから考えよう」


何やら相談をしていたエミリーお嬢様方が再び動き出す。


「あっ、ガーネットさん。これから魔法を使った戦いになるから少し下がっててもらえますか?ちょっと危ないんで」


エミリーお嬢様から掛けられた注意を促す言葉、これから一体何が始まると言うのか。

ガーネットは未だ呆けるリンダを引っ張り、急ぎ後方へと下がる。


「それじゃ行ってみようか。<挑発>“出て来い水饅頭!お前なんかズタンズタンのギッタンギッタンだ~!!”」


“ザバ~~~~~ッ”

水辺より現れた五つの首を持つ巨大ヒドラ、その姿は災害級魔物の域を超え厄災級と呼ぶに相応しい威圧を漂わせる。


“GAAAAAAAAAAAAA~!!”

上げられる咆哮に、克服したはずの恐怖が目を覚ます。


「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を打ち滅ぼせ、<打ち鳴らされる雷鳴の如く>ライトボール”」

“バシュバシュバシュバシュバシュバシュ”

エミリーの掌から撃ち出された複数の光弾が、天空から降り注ぐ幾重もの雷の如く、雷鳴の速さでヒドラに叩き付けられる。


「“ファイヤーボール×30”」

“ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクッ”

ジェイクから撃ち出された炎弾は機関砲の様に敵を貫き、激しい爆発音を立て目標を破壊する。


「・・・エミリー、ジェイク、やり過ぎ。って言うか魔力込め過ぎ。ケビンお兄ちゃんが言ってたじゃん、魔力効率が上がってるから気を付けろって。

ケイトさんが冬場にやってた訓練見てたでしょう?一般の魔法の威力ってもっと低いんだよ?これじゃ連携の訓練にならないじゃん。

あれだったら大福にお願いして本体でヒドラをやって貰う?それだったら思う存分魔法が撃てるから」


「「すみませんでした、調子に乗りました!!大福本体は勘弁してください!!」」

途端姿勢を正して謝罪の礼をするエミリーお嬢様とジェイク君。そんな二人を呆れ顔で見詰めるジミー君。

・・・理解が追い付かない。彼らは剣士ではなかったのか?授けの儀の前の子供が魔法を撃つ、それはさほど珍しい事でもない。だが先ほどの威力は?

放たれた魔法は初級魔法であるボール魔法、ボール魔法ではあるのだが、その速さ、その弾数、その威力。あれほどの魔法を使える者が魔法師団にいただろうか?

彼らは確かに宮廷魔法使いと呼ばれる様に多彩な魔法を操り、上級魔法と呼ばれる大魔法を繰り出す者たちだ。だがその準備に時間が掛かったり回数の制限が付いたり。上級と呼ばれる者ほど実戦において使いどころの難しい人材となる。

だが目の前の彼らの持つ技術は、戦場において輝かしい成果を上げるだろう事間違いない。

英雄、その言葉が自然脳裏に浮かぶ若者たち。自分は今何を見せられているのか。


「お~い、頑張ってる~?」

英雄たちの訓練場、そんな水辺に場違いな程呑気な声を掛けてくる者、それは先程ブー太郎を連れてボビー師匠の訓練場に姿を見せたケビン青年であった。


「ケビンお兄ちゃん、それに白雲さんと白玉先生も。皆してどうしたの?」

「いや~、白が大福本体の八つ首ヒドラの戦いが見たいとか言い出してさ。白玉も目標にするにはちょうどいいだろうとか言い出して。

ジミーたちもこの夏中に大福チャレンジの八つ首までは行くんだろう?そうしたら今度は本体だし丁度いいかなと思って。

お邪魔なら日を改めるけど」

ケビン君から掛けられた言葉に首を横に振るジミー君。


「丁度先の戦いについて相談しようと思っていた所だから問題ないよ。

でも大丈夫?水辺が壊れちゃうとか心配なんだけど」


「あぁ、その辺は魔力障壁で結界を張るから大丈夫じゃね?それに触りだけだから、本格的にはやり合わないしね。

本気でやったら大福マジヤバだから、頭おかしいから。

皆も気を付けな?大福って常識ないからね?

“いい加減にしろ!!”って叫びたくなること請け合いよ?」

ケビン君はそう言い何かを思い出したかのように遠くの空を見詰めるのでした。


「それじゃ始めるね、白、よく見ておけよ。<範囲指定:水辺周辺全域、広域多重結界>」

張り巡らされた見事な魔力障壁。そんな空間の中に取り残されたケビン君と漆黒のスライム“大福”。


“ボコボコボコボコ”

膨れ上がる大福の身体、そして形を現したのは先程エミリーお嬢様方が戦っていた巨大ヒドラ。だがその姿は漆黒に染められし八本の首と八本の尻尾を持つ異形、そして放たれる存在感は正に厄災。

身体の震えが止まらない、心が、魂が訴える、逃げろ逃げろ逃げろ!!

隣に控えるリンダは膝を突きへたり込み、空虚な瞳で目の前の厄災を見詰める。

結界で覆われている?そんなことはもはや関係ない。

絶対的な絶望が、この世の終わりを告げる警鐘を打ち鳴らす。

目の前のそれはそう言う存在。

過去ドラゴンに立ち向かった英雄たちは、なぜそれほどの偉業を成し遂げる事が出来たのか。身動き一つ出来ない状態の中で、ふとそんな事を考える。


「ラビット格闘術中伝、マルセル村のケビン、推して参る!!」


“シュタッ、タンッ”

「<昇龍撃、重装連脚>」

“ドゴドゴドゴドゴ”


瞬時に姿を消したかと思った次の瞬間、ヒドラの足元から飛び上がりざまの蹴りによる重連撃。


“GAAAAA~、ゴォーーーーーー!!”

吹き飛ばされる首など関係ないとばかりに咆哮を上げ反撃の火炎を放つヒドラ。


「受けるかよ!!」

“タンタンタン”

中空を蹴り縦横無尽に跳ね回るケビン君、その立体機動に八つ頭と八尾の追撃が迫る。


“ドガドガドガ、バゴバゴバゴ”

鳴り響く打撃音。


“GAAAAA~!!ボッボッボッボッ”

撃ち出される複数属性の攻撃魔法。火属性、水属性、風属性 土属性、光属性、闇属性。全属性の魔法が一斉にケビン君に襲い来る。


「魔力纏い奥義、<清流の舞>」

だがケビン君はその全てを受け流し、逆に勢いを付けて相手に弾き返す。


“ドドドドドド~ン”


目の前で繰り広げられる神話級の戦い。剣の勇者様の戦いが、魔法の勇者様の戦いが、その全てが誇張された夢物語ではなく歴然とした史実である事を示すかの様な光景。

少年が憧れた、若者たちが追い求めた、そんな英雄の姿がそこにはあった。

繰り広げられる厄災と英雄の戦いは、若者たちが見守る中いつまでも続けられるのであった。

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