第267話 王都諜報員、マルセル村を調査する (2)

マルセル村に朝日が昇る。夏の朝は早く、村人たちは野菜の収穫作業に精を出す。


“コトッ”

マルセル村の外れにあるホーンラビット牧場、レンガで覆われた区画の中では何頭もの角を失ったホーンラビットがピョコピョコと飛び跳ね、飼育担当のグルゴから与えられた干し草を食み続ける。区画内には幾つかの水場が設けられており、同じく飼育担当のガブリエラが井戸から汲み上げた水を継ぎ足して歩いている。


ガーネットとリンダはそんな二人の様子を牧場脇に設置されたテーブル席に腰掛け、ブー太郎に出されたお茶を飲みながら眺め続ける。

馬が走り、ホーンラビットが戯れる、牧歌的な牧場の一コマ。


・・・何これ。

ガーネットは思う。ここって一体何!?と。

馬はいい、牧場と言うくらいだし、馬くらいいるだろう。

その数が五十頭近くいる事やその全てが一流の軍馬に引けを取らない気配を漂わせている事、その内の十数頭が桁外れの存在感を放っている事など気になる事もなくはないが何か特別な飼育方法があるのだろう。

先ずおかしいのがあの大量のホーンラビット、何故“森の悪魔”と謳われるホーンラビットが村で飼育されているのか、確かにホーンラビット牧場とは言われていたけれども!

普通そこはテイムされたホーンラビットが数頭いる程度だと思うじゃないですか!何頭いるんですか何頭、百頭は軽く超えてますよね?見渡す限りホーンラビットですよね?

そんな群れの中に入って餌遣りや水遣りって、何で平気なんですか!!

魔道具ですか?特殊な魔道具でも使用してるんですか!?

こんな頭数テイム出来ませんよね!


それとさっきから隣で給仕して下さっているブー太郎さん、あなたオークですよね?何でオークがお茶出ししてるんですか!!

しかもブー太郎さん、マジックバッグからティーセットや茶葉を取り出して、ポットに指先から熱湯を注いでませんでしたか?

これってミランダ夫人がブレンドしたハーブティーなんですか、大変おいしいですねってそうじゃないんですよエミリーお嬢様!何でオークのブー太郎さんが魔法を使われてるんですか、オークマジシャンか何かなんですか!!


思考が大混乱を起こすもそれを決して表情には出さず、「このお茶美味しいでしょう?これってお母さんがブレンドしたハーブティーなの♪」と笑顔を向けるエミリーに、「そうでございますか、大変おいしゅうございます、エミリーお嬢様」と返事を送るガーネット。


片やリンダと言えば「モフモフがあんなに一杯、ピョコピョコお尻を振ってるんですけど!!私もあちらに行って来てもいいですか、メイド長!」と現実逃避に走る始末。


「ブー太郎、お茶をありがとうね。そうそう、アナさんがグラスウルフ隊を遊びに寄越してくれって言ってたよ、ちゃんと伝えたからね。

それじゃガーネットさんとリンダさん、一回家に戻ってご飯にしよっか?

その後はボビー師匠の訓練場ね」

エミリーに促されその場を後にするガーネットとリンダ。その後ろではブー太郎が“フゴブヒ~”と言いながら手を振り、テーブルのティーセットを水桶に入れて丁寧に洗う姿があるのでした。



「「「おはようございます、ボビー師匠」」」

マルセル村の外れ、魔の森と接した場所にボビー師匠の訓練場はあった。


「うむ、ジミー、ジェイク、エミリー、おはよう。してエミリーよ、後ろの二人が例の新しく雇い入れたメイドとやらかの?」

ボビー師匠はエミリーの後ろに控え礼をする二人のメイドに目を向ける。


「はい、今日は私がマルセル村を案内してるんです。私の普段通りの生活を見せてあげなさいってお父さんが」

「ふむ、普段通りと言うと、昼過ぎは大福に挑戦するのかの?」

ボビー師匠の問い掛けに、エミリーは力こぶを作り返事を返す。


「ボビー師匠、聞いて下さい。ジェイク君たち私のいない間に五つ首まで進んでるんですよ?しっかり連携が取れてるんですよ?皆楽しそうでズルいです~。

今日からはエミリーも一緒に挑戦します!」

「そうか、頑張るとよい。

メイドさん方や、仕事とは言え宮仕えは辛いの。何事も試練、愚痴くらいなら聞くぞい。

さて、おしゃべりはこのぐらいにして各自訓練を行うぞい。今日はこの後ブー太郎との手合わせがあるからの、訓練された魔物の強さ、お主らもよく見ておくが良い」


「「「はい、ボビー師匠」」」


ボビー師匠の訓練場、そこで行われる訓練は基本的な素振りや体捌き、敵を想定しての動きの確認と言った一見どこの道場でも行われている様なありふれたものであった。ただ・・・


“スーーーーッ、ボッ、スーーーーッ、ボッ”


「フィリーちゃん、軽く打ち込むから受け流してね」

「はい、エミリーちゃんよろしくお願いします」


“バッ、タンタンタンタンタンタンッ”

“カンカンカンカンカンカンッ”


その打ち込みの一つ一つ、受け流しの動作一つとっても一流の剣士のそれであり、とても辺境の村の子供たちの動きとは思えない、王都騎士団でもこれ程の腕を持った者がどれほどいるのかと言った様相であった。

そんな中。


“キュキュッ、キュキッ”

「ふむ、剣先まで意識を向ける動きは出来て来ておるの。この短期間でここまで剣をものにするのは、確かにただ剣を振るっておっただけでは難しかったやもしれんの。

後は手足の延長としてどう剣を振るうか。ケビンの目指す剣は自然体の剣、普通は型から入りやがてその境地に至るのだが、あ奴の場合まず自然体を身に着けそこに型を流し込む。

ほんに常識と言うものを悉く壊しおるわいて。

じゃが理に適っておるのも事実、儂も見る故先ずは剣を振って行くがよい」


「押忍、白玉師匠、ボビー師匠、ありがとうございます。押忍!」


何故か一匹の大きなホーンラビットがボビー師匠と共に一人の少年の指導を行って・・・えっ、角?額から角が生えている人族!?

確かあれは東方の島国扶桑国に住むと言われる鬼人族と呼ばれる種族では、何でその様な者がこのマルセル村に。


「おはようございます。ボビー師匠、今日はよろしくお願いします」

“フゴ、フゴフギフゴ”


やって来たのは昨日会った小柄な青年ケビンと今朝ホーンラビット牧場でハーブティーを入れてくれたオークのブー太郎。


「おぉ、ブー太郎、よう来たの。今日はお主の修行の成果をしかと見せて貰おうかの。それとケビンよ、お主も少しは訓練場に顔を出せと何度言わすんじゃ。

大体お主は・・・」


「だ~、分かりましたから、時間を作って顔を出しますから。

今は蒼雲さんの住宅建設があって忙しいんですよ、それが終わったらお馬さん方の厩舎を作って、街道を整備してって予定がですね。

まぁそっちはそれ程急がないんで秋祭りが終わった頃には顔を出す様にしますから。

それじゃブー太郎、胸を借りるつもりで全力で当たって来い」

“フゴフギフゴ”


ケビン君はそう言うとどこからともなくブー太郎の身の丈ほどの大きさの木剣を取り出し手渡します。・・・えっ、今それ何処から取り出したの?突然現れた様に見えたんですけど?もしかして収納のスキルをお持ちなんですか?


「皆の者、一旦訓練をやめよ。これよりブー太郎との手合わせを行う、皆はケビンの後ろに下がるとよい。

ケビンよ、全力を出すでの、障壁を頼もうかの」

ボビー師匠は自宅より取って来た木剣に目をやると、獰猛な笑みを浮かべケビン君にそう告げます。


「まぁお願いしたのはこちらですんで。ジミーたちは俺の後ろに下がって、<範囲指定:ボビー師匠の訓練場、広域多重結界>

はい、出来ましたよ。上は敢えて開けてありますから、<旋風領域>も出来ますんで」


「うむ、完璧じゃの。滾って来よったわいて」

“フゴ、フゴフギフゴフゴ”


「ブー太郎、諦めろ。ボビー師匠がああなったらぶちのめす迄止まらないから。

大丈夫、あの人目茶苦茶頑丈だから、死なない死なない」


目の前に一瞬で展開された王都魔法師団の師団長でも構築出来るかと言う見事な広域魔力障壁。えっと、調査ではこの村に魔法職を授かった者はいなかった筈。<闇魔導士>の職を授かったケイトは領都の学園に通っており、ケビン君の職業は<田舎者>、しかも魔法適性は無かったはずじゃ・・・。


「行くぞブー太郎、儂を楽しませよ。<疾風怒濤>!」

“フゴ~~!!”


“バッバッバッバッ、ガンガンガンガンガンガンッ”

瞬時に消え、瞬時に現れ、目で追う事など不可能な程の速さでブー太郎を翻弄し斬撃を加えて行くボビー師匠。対してその悉くを巨大な大剣を器用に操り、最小限の動きで受け流すブー太郎。


「ワハハハ、やるではないか。<旋風領域>!」

“ゴウンッ”

突如巻き起こる竜巻、その凶刃は砂ぼこりを巻き上げブー太郎に迫る。


“フゴ、フッ”

そんな追い詰められた状況でブー太郎は大剣を右肩に担ぎ上げると激しい踏み込みと共に一気に振り下ろす。すると大剣から生まれた波動が目の前の竜巻を真っ二つに切り裂き、その存在ごと霧散させてしまうのであった。


「ほほう、ブー太郎は確りと覇気を操れる様になっておったのかの。では遠慮はいらんかの、儂の全力、受けてみせい!」


“ボウンッ”

ボビー師匠の身体から溢れる膨大な覇気の奔流、それは障壁の外からこの戦いを見守る者たちの魂をも怯えさせる絶対的恐怖。


“フゴッフ”

対して大剣を構え静かに気配を殺すブー太郎。対局的な二人の戦いは、これからが本番であると言わんばかりの緊張を生み出す。


“バッ、ダダダダダダダダダダダダッ、バゴンバゴンバゴンバゴンッ”

目にも止まらぬ攻防、激しくも流麗なボビー師匠の打ち込みを愚直に淡々と受け流すブー太郎、一見一方的な戦いに見えてさにあらず、一瞬でも隙を与えたのならブー太郎の大剣がボビー師匠を捉えるは明らか。


これが“剣鬼ボビー”の剣、まさに一騎当千、激しくも美しい剣舞は見る者の心を魅了する。片やその攻撃の全てを受け流すブー太郎、それは目の前に立ちはだかる大岩、決して崩れぬ鉄壁の巌はその存在だけで相手の心を打ち砕く。


「<暴風・一閃>!!」

“ブモッフ!”


それは紙一重の差であった。ボビー師匠の斬撃に合わせたブー太郎のカウンターが、僅かに早くボビー師匠を捉える。そして叩き込まれた衝撃はボビー師匠を多重結界に迄吹き飛ばす。だがブー太郎もただでは済まず、ボビー師匠の放った技の余波により後方へと弾き飛ばされるのであった。


結界内に濛々もうもうと立ち込める砂埃すなぼこり。そんな中ゆっくりと立ち上がる一つの人影。


“ブモ、フゴッフ”

それは大剣を杖代わりにしてよろめく、オークのブー太郎の姿であった。


「ブー太郎、おめでとう。君は見事強化研修を乗り越えた。ブー太郎なら森のお店屋さんの店長として立派に勤め上げてくれるものと確信したよ。

その木剣は研修終了の記念に持って行ってくれたまえ。

例の腕輪は今作製依頼を出しているところだからもうしばらく待って欲しい、完成次第届ける事としよう。

それと森で何かあったら前に渡した石剣を使う様に。石剣を使うか木剣を使うか、その辺の判断はブー太郎に一任する。

今日までお疲れ様でした」


戦いに敗れたボビー師匠はケビン君がポーションを飲ませた後訓練所脇の自宅に運ばれ、ブー太郎にはポーションが渡された後何やら終了式の様なものが行われていた。


「あの、エミリーお嬢様、ブー太郎はどこかに行かれてしまうのでしょうか?何やらケビン君が森がどうとか仰られていた様なのですが」


「あぁ、ブー太郎は森のお店屋さんの店長さんなんだよ?魔の森の最奥にあるお店に住んでいて、大森林から魔物が攻めて来た時の防衛線?って奴をしているんだってケビンお兄ちゃんが言ってたよ」


「はぁ、森のお店屋さんで防衛線ですか」


ガーネットは思う、大森林からの魔物の防衛線は分かる、それだけの強さがある事は今しがた目の前で見せて貰った。だが森のお店屋さんとは一体?

エミリーお嬢様もいくら確りしているとはいえ十歳、その辺は子供と言う事なのだろうか、と。

オーランド王国の最果てマルセル村、その地に潜む強者たち。それはオーランド王国にとっての脅威となるのか否か。自分たちは“耳目”、その目で見、その耳で聞いた情報を上に伝えるのみ。

ガーネットは自らの使命を果たす為、ただ淡々と職務に着くのであった。


・・・だからリンダ、その表情の無くなった顔は止めなさい。今は任務中です。

衝撃的だったことは分かったから、“オークが来た、オークが来た、オークが来た”とかぶつくさ呟くんじゃありません!!

どこか壊れ始めた部下に、“この子は優秀だったのに”と頭を抱えるガーネットなのでありました。

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