第266話 王都諜報員、マルセル村を調査する

“オーランド王国北西部グロリア辺境伯領の更に北の端、魔の森に囲まれ大森林に最も近い村、マルセル村。現在はアルバート子爵領と名を変えたそこは、<オーランド王国の最果て>、<貴族令嬢の幽閉地>として王都貴族子女の間では最も恐れられ忌み嫌われている土地である。

だがそこは、今や違う意味で多くの人々の注目を集めようとしていた。


美味しく食べれる畑のお肉<ビッグワーム干し肉>の開発、ビッグワーム農法による新鮮で瑞々しく日持ちする美味しい野菜の生産地、<聖水布>と言う女性にとって夢の様な商品の発信地、これまでの物とは一線を画す新たな<ホーンラビット干し肉>の生産地。


動く市場、交錯する欲望。商人が、貴族が、盗賊が。皆がその蜜に群がろうと蠢き始める。

だがその市場は固く閉ざされ、裏の力を使い富を奪い取ろうとした強欲なる者たちは、まるで深淵に誘い込まれる亡者の如く姿を消して行く。

出てくる情報は穏やかで牧歌的な村人の暮らす寒村と言ったもの。

まるで分らない内情に、どんな秘密があるのかと憶測が走る。


だがその秘められた実態が遂に明るみに出る。アルバート男爵家とアルバート男爵領の誕生、それに伴いグロリア辺境伯家の呼び掛けに参集したアルバート男爵家騎兵団。

グロリア辺境伯家の動乱に端を発するグロリア辺境伯家とランドール侯爵家の武力衝突において、鬼神の如き活躍を示した<笑うオーガ>ヘンリーと<下町の剣聖>ボビー。

領都グルセリアで発生したスタンピードをたった五騎で鎮圧せしめたアルバート男爵家騎兵団の武功。

隠された秘密とは何の事はない、圧倒的武力によりすべての悪意が殲滅されていただけの事。


ではなぜ辺境の寒村にその様な力が?

その武力、その財力、その全てを我が物に。

欲望は際限なく膨らみ、行動の理性を失わせる。たとえそれが地獄へと向かう帰らぬ道と知りながらも”


「かくして盲目なる者たちは自ら蜘蛛の巣に嵌り、一人、また一人と、巣窟の主ドレイク・アルバート子爵の餌食となるのであった~♪」


「やめて?何か私がどこぞの悪の頭目の様になってない?私、悪い事してないよね?この辺境の寒村マルセル村を盛り立てようと必死に頑張って来たよね?

“辺境の魔王役”は私じゃないよね?」

何故か俺のナレーションに全力でツッコミを入れるドレイク・アルバート子爵閣下。

閣下は未だ事実認識をなされておられないご様子、長旅でお疲れなのでしょう、おいたわしや。


「ケビン君、何か酷く誤解を生みそうなことを考えてない?今回の件だって色々と考えた上で決めた事なのよ?

えっと、ガーネットさんとリンダさん、まずはその性犯罪被害者みたいな無表情をやめようか?

ほら、任務任務、ちゃんとメイドさんをしないと。あとザルバとグルゴとボイルは私の事いじめっ子を見る様な目で見ない。“う~わ、酷い。村長鬼畜”って私泣いちゃうよ?これでも子爵様なのよ?未だに自覚は薄いけどお貴族様って偉いのよ?多分。


え~、ガーネットさんとリンダさんは特にメイド業務に支障がない限りは普段通りの生活をしていてもらって構いません。我がアルバート子爵家でメイドを求めていたと言うのは本当ですしね。ただ先程も言いましたがマルセル村では時々常識の向こう側の様な出来事がですね~、主に原因は村の理不尽が引き起こすんですが。

ですんで普通の方ではアルバート子爵家のメイドは務まらないんですよ。

お二人には常識人側の人間として頑張っていただければと。何か最近村人全員が理不尽に染められて来ている気がするんですよね」


アルバート子爵の言葉に何故かこちらを見ながら、“あ~、確かに”と納得顔になる一同。

ってそれって俺のせい?俺、別に悪い事してないよね?その発言には抗議申し上げたいです、はい。


「あの、発言を宜しいでしょうか?」

言葉を発したのは恐らく上官であろうガーネットさんであった。


「アルバート子爵閣下にお聞きいたします。いつから私達が王家の間者であると?

先程そちらのケビンさんが仰っていた様に多くの者がこのアルバート子爵家には注目しています。それらの者の中から王家の間者であると確信するに至る事は難しいと思うのですが?」

ガーネットの疑問、それはザルバたちマルセル村の者たちも思う疑問。だがドレイク・アルバートは“あぁ、それはですね”と簡単な問題に応えるかの様に解説を始める。


「そうですね、避暑地において他貴族もしくは商人からの接触がある事は想定していました。ストール監督官様に紹介して頂いた丘の上の高級宿などはその典型、宿の関係者並びに多くの貴族や商人が手ぐすねを引いて待ち構えていた事でしょう。

ストール監督官様のお話では、事前に予約の手紙も出していただいていた様ですし。

ただ宿によっては宿泊客の余暇を最優先とする良心的な所もあります。ですのでストール監察官様の御心使いに感謝しつつ宿に向かったのですが、門番に引き留められましてね。

その態度から“この宿は高貴な方々の社交を第一とする宿である”と判断した訳です。


今回の旅はあくまで余暇、ミランダやエミリーちゃんに楽しんでもらいたい、私もゆっくりしたいと言うのが主な目的です。多くの貴族や商人に囲まれて気の休まる暇もないとなっては、本末転倒もいいところ。

ただ下町では従魔を預かってくれる様な宿は無くどうしたものかと思案していた所でした。そんな中でのリンダさんの提案は渡りに船でした。

レンドールに到着してからも警戒は常にしていましたし情報収集は欠かしませんでしたよ?グラスウルフ隊も周囲に対する警戒を続けていましたしね。

そして滞在中に入ってきた情報から“湖畔の木洩れ日亭”が売りに出されている貴族の別邸である事、ガーネットさんとリンダさんが元々あの屋敷の者ではないと言う事を知った。

であるのならあなた方は何者か、その目的は?


行動の端々から感じる優秀さ、そしてさり気ない売り込み。私があの屋敷が売りに出されている事に気が付く事も織り込み済みで行動していたのでしょう。

案の定私の誘いにすぐに反応し、不動産を扱う商会が現れた。

まぁ仮に私が気が付かずともあの商会の者がやって来てひと悶着あってと言った流れだったのでしょうが。

家の者は“湖畔の木洩れ日亭”での日々を相当に気に入っていましたからね、手を差し伸べたくもなるでしょう。お二人はその恩返しにと言った形で我が家に奉公すると言った手筈であったのかと。


単に路頭に迷い再雇用先を探していたのであれば、契約時に私の身分を知った段階でそれなりの行動に出たはずです。私達はあの宿に着いてから契約の話が出るまで一切身分を明かしませんでしたしね。

不動産を扱う商会の者の態度も疑いの目で見ていた私には十分おかしかった。

でも彼はちゃんとレンドール不動産商会に勤めていたし、その事は帰りに寄ったレンドールの街で確認出来た。

避暑地レンドールに根を張る工作員を持ち、今回の様な大規模な工作活動を行える様な組織、ランドール侯爵家は先の戦の後グロリア辺境伯家からは手を引いています。

では他の貴族家?商人?規模と人員を考えればそうではないでしょう。バルカン帝国の間者?もしそうであったとしても彼らが動くのならあと数年後、グロリア辺境伯家が落ち着いてから、動乱後である今は警戒の目が多過ぎる。

であるのなら国内の組織と考えるのが妥当、暗殺者ギルドかそれとも。

王都の諜報機関“影”の存在とベルツシュタイン家当主ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵閣下の話は、領都での戦功会の後グロリア辺境伯閣下から伺っていますからね、いつかは接触を図って来ると思っていました。

レンドールでお二人を我が家にと思った時には、ほぼ確信していたんですよ」


ドレイク・アルバート子爵の話に唯々言葉を失う諜報員たち。子爵は自らの考えを一切悟らせる事なく、観察し、考察し、類推し、答えを導き出していたのだから。


「そうですね、まずは明日一日エミリーの行動に付いてみてください。別にマルセル村は逃げませんから、少しずつ慣れて行きましょう」


ドレイク・アルバート子爵の声の下、解散となった一同。彼らの目は、諜報員の二人に対する同情の感情に溢れていたと言う。



「ガーネットさん、リンダさん、おはようございます。今日はエミリーがマルセル村を案内するね。私、頑張ります!」

空が白み始めた早朝、村役場の客室で一夜を明かしたガーネットとリンダは、エミリーの訪問により一日の行動を始める事となった。


「マルセル村では朝日が昇る前には起き出して畑仕事をするの。普通に村の畑に行ってもいいんだけど、お父さんが折角だからケビンお兄ちゃんの畑の様子を見せて貰って来なさいだって」


エミリーの言葉は昨日訪れた“ケビン君の実験農場”へ向かうと言う宣告。ガーネットとリンダは不覚にもビクッと身を震わせる。


「緑と黄色は怖くないから大丈夫だよ?確かにマルセル村の四強の一角だけど、暴れたりしないから。

キャロルちゃんとマッシュちゃんはまだよく分からないかな?ケビンお兄ちゃん曰く、農場の従業員としては最高って事だったけど、ボビー師匠の訓練場に顔を出す事もないし」


道すがら語るエミリーの言葉、昨日見た大きな蛇型のドラゴンが緑と黄色と呼ばれる個体なのだろう。


「そうそう、この礼拝堂は私が避暑地に行ってる最中にケビンお兄ちゃんが作ったんだって。二週間くらいで作ったって言ってたかな?本当に凄いよね。

ケビンお兄ちゃんなら街で石工さんの仕事も出来るんじゃないかな?本格的な石工さんには敵わないって言ってたけど、村の新しい建物はみんなケビンお兄ちゃんが作ってるんだよ」


それは村道脇に佇む礼拝堂、落ち着いた雰囲気のそこは村の牧歌的な空気によく似合う立派な建物であった。だがこれだけの建物を二週間で?石工が何名いればそれだけの仕事が出来るのか。


「着いたよ、ここがケビンお兄ちゃんの実験農場だよ。緑~、黄色~、おはよう~」

畝と畝の間が広く取られた畑、その合間を大きな身体の地這龍が音も無く移動し、口元より雨状の水を作物の根元に撒き続けている。その脇ではオーバーオールにワイシャツ姿の人型のドラゴンが籠を抱えながらトメートの収穫を行っている。


“キュアキュア”

“ギャウアキュア”

エミリーの声に作業を止め返事をするドラゴンたち。


「あら、エミリーちゃんおはよう。そっちの二人は新しく村に来たメイドさんね、今日はエミリーちゃんが村の案内をしているのかしら?」

声を掛けて来たのは、畑脇の小屋から出て来た地味目の女性。その脇に大きなブラックウルフを従えていると言う事は、彼女がこのドラゴンたちを従えているテイマーなのか?


「アナさん、おはようございます。今日はエミリーが二人に村の案内をしてるの。この後ホーンラビット牧場によって、ご飯を食べてからボビー師匠の訓練場に行くの」


「そう、それじゃブー太郎に偶にはグラスウルフ隊を遊びに寄越しなさいって伝えてくれる?ケビン君に言ってもすぐに忘れちゃうから」


「うん、分かった。ケビンお兄ちゃんって意外にうっかり屋さんだもんね」

二人の会話に出て来た気になる単語、ブー太郎、グラスウルフ隊。そのブー太郎なる者がグラスウルフを使役している?だが避暑地に来た者の中にそうした名の者はいなかった筈、この村には複数のテイマーが存在しているとでも言うのだろうか?


「アナさん、それじゃまたね。二人とも、次はホーンラビット牧場だよ」

子供は大人の思惑など関係なく走り出す。次々に浮かぶ疑問もそのままに、次なる目的地“ホーンラビット牧場”に向かう一行。


“ヒヒ~ン、ブルルルルル”

そこには多くの馬が集い、水桶で喉を潤していた。その一頭一頭から漂う迫力は、王都第一騎士団で飼育されている一級の軍馬に引けを取らないものであった。


「ここがホーンラビット牧場だね。ブー太郎、おはよう~」

エミリーが声を掛けた先、井戸より水を汲み上げ水桶に継ぎ足して行っている大男。

彼がブー太郎なる人物なのだろうか?だがその姿は・・・


“フゴ、フゴブヒフゴ”

その行動は理知的であり体格の確りした偉丈夫、偉丈夫ではあるが、その顔はオーク?ズボンを穿き、ジャケットを羽織り、麦わら帽子を被った馬の世話をするオークの姿がそこにはあるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る