第265話 辺境子爵、夏の行楽から帰村する
“ガタガタガタガタ”
地方都市エルセルのストール監督官屋敷で一夜を過ごしたアルバート子爵家一行は、早朝にエルセルを出発、一路アルバート子爵領マルセル村を目指し幌馬車を進めた。
幌馬車の周辺には三体のグラスウルフが展開、周囲の魔物に対し威圧を行い、後方からはケルピーが追走し背後の守りを固める。
アルバート子爵家の幌馬車はこれ以上ないと言わんばかりの守りの中、グラスウルフの草原の街道を疾走し、昼過ぎにはゴルド村に到着してしまっているのだった。
「これはこれはアルバート子爵様、よくぞ無事にお戻りになられました」
ゴルド村ではホルン村長がドレイク・アルバート子爵の来村と無事な帰りを歓迎するのであった。
「ハハハ、ホルン村長、そんなに畏まらないでください。お互い隣同士の村長じゃないですか。まぁ私はなんやかんやでお貴族様になってしまいましたが、だからと言って行き成りお貴族様風の態度を取れと言われましてもね。
ストール監督官様にはいざとなったら以前の強欲村長風の態度を取っておれば問題ないと言われましたけど、凄く不安で。
ホルン村長にはこれからも何かとお世話になりますのでよろしくお願いします。
それとこの従魔達はケビン君のところのグラスウルフ隊ですね。
今後この従魔が手紙を運んで来る事もあると思いますので、覚えておいてください。
その前に一度ケビン君が説明に来るとは思いますけど、あの子は本当に何をし始めるのか皆目見当が付きませんよ」
アルバート子爵の砕けた態度に緊張がほぐれるホルン村長。元は近隣の村長であったとは言え今では領地持ちのれっきとした貴族、しかもグロリア辺境伯領では知らぬ者などいないアルバート子爵家。控えるはスタンピードを単騎で制圧する鬼神ヘンリー、剣鬼ボビー、領都で発生したスタンピードで大活躍したアルバート子爵家騎兵団。
失礼な態度を取ればどのような目に遭うのか分からず、戦々恐々としていたと言った方が正しいだろう。それ程に貴族の理不尽さは辺境の地に住み暮らす者、住み暮らさざるを得なかった者にとって身近な事実であったからである。
「それはそうと周辺五箇村農業重要地区入りの件はその後進展がありましたか?
我がマルセル村はアルバート子爵領として独立してしまったため四箇村となってしまいましたが、監察官様が派遣されているのでしたらご挨拶をと思ったのですが」
「あぁ、あの話ですか。ついこないだですが新たに監察官に就任なされた御方が徴税に参られました。春先からのグロリア辺境伯家のゴタゴタで伸ばし伸ばしと成っていた本格的な派遣ですが、来春になるそうですよ。近々ここゴルド村に監察官屋敷が建設される予定になっています。
それに伴い領兵の小隊が派遣されるとか、各村を交代制で巡察して回るとの事です。
ヨーク村とスルベ村に領兵詰め所が作られると聞いています。
スルベ村とマルガス村は近いですからね、一つの管轄となった様です」
グロリア辺境伯領で起きた動乱の影響は、グロリア辺境伯領内各地で起きていた。それは避暑地レンドールばかりでなく、隣村と言う身近な場所でも発生していた事に、改めて事態の深刻さを認識するアルバート子爵なのであった。
「そうですか、これから大変でしょうが頑張ってください。それとマルセル村からゴルド村までの街道整備を行いますので、道が行き成り変わっていても驚かないでください。何せ我が村には“穴掘り職人”のケビン君がいますから。
どうも職業を授かってから更に凄まじくなったと言いますか、何と言いますか。
まぁよろしくお願いします」
そう言い疲れた笑いを浮かべるアルバート子爵に、“あのドレイク村長にここまで疲れた顔をさせるとは、ケビン少年、一体何をした!?”と戦慄するホルン村長。
「あぁ、そうだった。ヨーク村のケイジ村長がぶつくさ言っていたが、“お前は子爵様に喧嘩を売るつもりか?ならばヨーク村単体で行ってくれ、巻き添えはごめん被る”と言ったらすごすごと引き下がって行ったぞ?
あの成り上がり物がどんな卑怯な手をとかほざいていたが、その内顔を出すやもしれん。しれません。
失礼な言葉使い、申し訳ありませんでした」
ヤバいとばかりに謝罪するホルン村長に、苦笑いを浮かべながら気にしないでくださいと答えるアルバート子爵。
お互い距離感や接し方を確立するのには、まだまだ時間が掛かりそうであった。
「それでは何かありましたらマルセル村に連絡をください。村の者がすぐに駆け付けますので」
ゴルド村での挨拶を済ませたアルバート子爵は、再び幌馬車を走らせる。帰るべき我が家、マルセル村に向かって。
「お帰りなさい、アルバート子爵様。ギースさんもお疲れ様でした。
と言うか何をどうしたらケルピーを連れて帰るって話になるんです?俺が言うのもなんですが、意味が分からないんですが?」
マルセル村の境界、二本の柱の前ではマルセル村の青年ケビンが一行の帰りを出迎える為、まるで門番の様に棍棒を手に持ちながら佇んでいた。
「ただいまケビン君、私達が留守の間に問題はなかったかな?と言うか問題は起こさなかったかな?
言って置いたと思うけど、あまり酷かったら叙爵だからね?私ばかりに問題を押し付けようとしないでね?」
「嫌だな~、子爵様、俺がそんなことする訳ないじゃないですか。それに俺はただの村人ですよ?そんな俺が男爵になんてなれるはずがないじゃないですか。
そんな事をしたらオーランド王国中の貴族が怒っちゃいますよ?」
アルバート子爵の言葉に冗談が過ぎますよと軽く受け流す青年ケビン、だがアルバート子爵は口元をニヤリと歪め言葉を返す。
「ケビン君、残念ながら君は既にただの村人ではないのだよ?君のお父さん、ヘンリーさんが今どう言った立場なのかよく思い出してごらん?」
「えっ、ヘンリーお父さんですか?確か名目上の騎士って事に・・・まさか、一代騎士じゃ」
アルバート子爵の言葉に、“えっ、嘘でしょ!?”と言った顔になるケビン。
「フフフ、そうだね、戦での武功、普通なら一代貴族と考えちゃうよね。でもヘンリーさんはほぼ単騎でランドール侯爵家を制圧した鬼神、更に領都で起きたスタンピードをアルバート子爵家騎兵団の一員として鎮圧した英雄。それだけの功績がたかだか一代貴族で収まると思うのかい?この決定はグロリア辺境伯家やほかの貴族家からも全く異論が出なかったんだよ。
そう言う訳で騎士家の長男ケビン君が何らかの功績を上げたらどうなるのでしょう?
と言うかこれまでの功績を持ってって手もあるけどどうする?」
してやったりと言った顔でニヤニヤと微笑むアルバート子爵、片や“大人ってズルい!!”と言った表情の青年ケビン。
だが次の瞬間、ケビンはニヤリと表情を変える。
「ドレイク・アルバート子爵閣下、数々の功績を持っての陞爵、おめでとうございます。私ケビン、閣下のお力になれた事、騎士家の者として生涯の誉れでございます。
伯爵、侯爵ですか?イヤイヤ、アルバート家はますます栄えますな~。
えっと男爵位でしたっけ?それは即ちアルバート家の寄り子、寄り親の為にこのケビン方々に働きかけねばなりませんかな?
いや~、忙しい忙しい」
「ウグッ、まさかケビン君・・・」
ケビンの発言に苦悶の表情を浮かべるアルバート子爵。
「ネタは豊富にご用意してございます。
まぁ、村人ケビンには意味の無い話ではありますが?爵位はそうですね、弟のジミーにでも継いで頂きますか。
彼は見た目人格実力共に一級品ですから。騎士家を継いで男爵位を給わっても誰も文句は言わないと思いますよ?
本人は冒険者志望なので継いでくれるかどうかは分かりませんが。父ヘンリーは爵位云々は気にしないと思いますけどね?」
深謀の策士ドレイク・アルバート子爵とマルセル村の理不尽ケビンの攻防、一先ずは引き分け。
互いに一歩も引かぬ戦いに、“どこの貴族政治だ”と戦慄する騎士ギースなのでありました。
「ジェイク君ただいま~♪エミリーがいなくて寂しかった?寂しかったよね?ごめんね、寂しい思いをさせて」
マルセル村の村役場(旧村長宅)前にはジミー、ジェイクと言った村の子供たちをはじめ、ザルバ、ボイル、グルゴと言った村の経営に携わる大人たちが集まり、アルバート子爵の無事な帰村を歓迎していた。
「アルバート子爵閣下、お帰りなさいませ。無事な帰村、お慶び申し上げます」
慇懃に礼をするザルバに、アルバート子爵は早速留守中の村の報告を促す。
「そうでございますね、まずはケビン君が建築を行っていたボイルの家が完成いたしました。ボイル・マイヤー夫妻は現在引っ越しの準備を行っているところでございます。近いうちに新居に移り長屋に空きが出来るかと。
それと村の礼拝堂が完成しました。外観は落ち着いた雰囲気の村の集会場と言った所でしょうか。
村人の中には早速毎朝の礼拝に訪れる者もおり、評判は上々の様です。
アルバート子爵閣下には後程足を運んでいただきたいと思います。
モルガン商会のギース氏ですが三週間程前にお越しになられ、夏野菜、角無しホーンラビット干し肉、ビッグワーム干し肉を大型マジックバッグ二つ分購入して行かれました。その際今後の購入量を増やしたい旨のお話をいただいております。
バストール商会商会長様宛の書状はアルバート子爵閣下が旅立たれてすぐにお届けさせて頂きました。
その他数件取引を望む商会などの訪問がございましたが、子爵様不在を理由に飛び込みの行商と同様の扱いとさせていただきました」
「そうですか、概ね大きな問題は無かった様で何よりです。
それとこちらの二名が新しくメイドとして雇い入れた者になります。お互い自己紹介もありますが、二人にはまずケビン君の実験農場を見ていただいて、それから詳しい話をしようかと」
アルバート子爵の言葉にギョッとした表情になる一同。
「あの、子爵閣下、それでしたら今日のところはホーンラビット牧場にしておきませんか?ケビン君のところは少々刺激が強いかと」
グルゴが心配そうに言葉を掛けるも、アルバート子爵はニッコリと笑顔でそれを制する。
「大丈夫ですよ、この二人はそれくらいで挫けたりしませんから。それに皆にも伝えておかなければならない事もありますし、一緒に来て頂けますか?
ギースはミランダを家に送ってください。エミリーちゃんは水辺にケルちゃんを連れて行ってくれるかな?大福にはよく伝えておいてね。
ケビン君、案内をお願い出来ますか?」
アルバート子爵の言葉に、「あぁ、やっぱりそう言う。まぁいずれ入って来るなら分かり易い方がいいですしね」と呟いてから先導を始めるケビン。
マルセル村に到着してからずっと黙って控えていたメイドのガーネットとリンダは、一体何が始まるのかと訝しみながらも、アルバート子爵の言葉に従い“ケビン君の実験農場”とやらに向かうのでした。
“キュキュッ、キュイッ、コテン”
“““キュイキュイッ、コテン”””
そこは不思議な光景が広がる場所であった。
一体のホーンラビットの指導の下、可愛い動作を懸命にマスターしようとする複数のホーンラビット達。
畑脇の小屋に置かれた巣箱の周りを飛び交うフォレストビーの群れ、その隣を悠然と歩く大きなブラックウルフ。
「アルバート子爵閣下、ここは一体?と言うかなんでホーンラビットがあんなに大人しく。もしかして全てそちらのケビンさんの従魔なのでしょうか?それにしては数が」
通常テイマーが使役できる従魔の数は二体から三体とされている。例外的に<魔物の友>と言うスキルの持ち主は複数体の従魔を従える事が出来ると言われているが、その場合最下層魔物と呼ばれるスライムやビッグワームしかテイム出来ないと言われている。
目の前にいる魔獣の数は十体を越えており、その全てが従魔だとすれば、それはこれまでの常識を変える話となるのだ。
「あぁ、あちらのホーンラビット達は指導役の団子君以外は従魔ではありませんね。
ですがケビン君の従魔の個体数は十体以上はいますよ?
それよりも問題は。ケビン君、緑と黄色、キャロルとマッシュを呼んでくれますか?」
ドレイク・アルバート子爵の言葉に何やら畑に向かい声を上げるケビン。すると遠くから何やら二人の人影と巨大な魔物の姿が。
““キャウキャウ、キュワ””
““クルギャ~ウ””
爬虫類の様な鱗を身に纏い、大きな嘴の様なものを付けた顔をしたナニカ、その姿は人型と大蛇の姿をしたドラゴン。
そんな有り得ない存在の登場に思考が止まり表情の抜けるメイドたち。
「あぁ、流石に驚きますよね。でもこれはマルセル村の入り口に過ぎないんですよ。
お二人にはこれからマルセル村について学んで行ってもらいます。
その上でどう報告しどう判断するのか。マルセル村の事を正確に伝えるのは難しいでしょうが頑張ってください?
ベルツシュタイン家当主ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵閣下は聡明な方とお聞きしています。誤った判断はなさらないかと」
アルバート子爵の言葉にピクリと反応し視線だけを向けるメイドたち、この場に集まった者たちが皆、子爵の言葉の真意を知ろうと顔を向ける。
「あぁ、ご紹介がまだでしたね。こちらのお二人は王都の諜報機関“影”の構成員、“耳目”の方々です。先ほど言ったベルツシュタイン家当主ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵閣下は“影”の元締めですね。皆さんもそうした機関がある事は御存じでしょう?」
そう言いニッコリ微笑むアルバート子爵に筆頭執事のザルバが疑問をぶつける。
「アルバート子爵閣下、そこまで分かっていながらなぜ彼女らをこの場に?流石にケビン君の実験農場の秘密は色々問題があるのでは?」
ザルバの言葉は至極尤もであり、誰もが思う疑問。耳目の二人は抜け落ちた表情のままアルバート子爵の言葉を待つ。
「まぁ話は簡単ですよ。我がアルバート子爵家は目立ち過ぎた、多くの注目を集める我が家の秘密を知ろうとする者は多いはず。現に私の留守中にもそうしたものが多く訪れたのではないですか?
であるのならば初めから村内に入れてしまえばいい。分かっているのならわざわざ疑う面倒もないでしょう?
それに秘密と言うものは大概バレるものです。中途半端にバレるくらいなら確りとした機関に正確にバレた方がまし、私はレンドールの街で彼女たちに会った時にそう判断しました。
そして最大の理由ですが、彼女達は任務の関係で逃げだせないんですよ。
今も普通のメイドなら気を失ってしまう様な状況でもちゃんと私の話を聞いている。
ガーネットさんは恐らくランドール侯爵家居城に潜入していた耳目の方なんでしょう、エミリーがケルピーを従えている様子を見ても動揺していませんでしたから。
意識のどこかで“アルバート子爵家ならこれくらいの事も起こすだろう”と考えていたのかもしれません。長年あの別邸で勤めていたのならあの場面ではリンダさんくらい驚かなければなりませんでしたね?
これからいろいろな事が起きると思いますが、メイド業務、よろしくお願いしますね、ガーネットさん、リンダさん」
ドレイク・アルバート子爵は満面の笑みを浮かべながら、未だ表情を失った二人のメイドにそう宣言するのでした。
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