第259話 村人転生者、酔っぱらいの愚痴を聞く (4)
“コトッ”
天窓より月の明かりが降り注ぐ礼拝堂。
壁際には巨大ステータス画面が淡い光を放ち、テーブルに座り水割りを飲んでいる二名の超常なる存在を照らし出す。
俺はテーブルにでっかい亀の肉(エクアドルラ)と夏野菜の煮込みスープをお出しして思う。“料理を食べるには暗いよね”と。
ただな~、ライトボールじゃ明るすぎるしプチライトを礼拝堂全体に浮かべるのもな~。神秘的ではあるんだけどね。
なんで壁際に<魔力障壁>で幾つか台座を作ってその上に照明の魔道具(カンテラバージョン)を並べてですね。
ちょっとした隠れ家的バーって感じですかな?魔道具なら煤も出ませんし、礼拝堂内を汚す心配もありませんからね。
この<魔力障壁>、基礎魔力運用の基本技術なんですけど、一般冒険者はあまり得意ではないんですよね。と言うかほとんど使えない、<魔力纏い>自体が高度な技術って言われているくらいだからな~、そりゃ出来ないわな。
基礎魔力は魔法適性の有無に関係なく使える魔力自体を操る技法、その運用、応用範囲は広く、マルセル村の豊かな生活を支える基盤生活術となっています。
俺が最近よく使っていた<天翔ける>も中空に<魔法障壁>の足場を築いて駆け抜けるって技ですからね。
スキルになった事で<魔力障壁>の足場作りを自動制御で行えるので、かなりのスピードで走る事が出来る様になりましたが。
田舎暮らしの必須技能<魔力纏い>、本当に便利だわ~。
「それにしても見事な魔力制御ですね。<魔力障壁>をその様に使う普人族はケビン君くらいだと思いますよ?
エルフ族などは魔力運用に対する造詣も深いのでそうした使用方法を取る方もいますが、それこそ長年修行を重ねた長老クラスの者たちくらいではないでしょうか?
ケビン君の年でそこまでの熟達した技術を持つ者はまずいないかと」
俺が聖堂内の雰囲気に一人満足していると、本部長様からお褒めの言葉を装った追撃が・・・。
そう言えば昔アナさんにもエルフの長老みたいとか種族を偽ってるとか散々言われたんだよな~。この世界の人って変に真面目と言うか硬く考え過ぎなんだよね。
折角の魔力だよ?もっと普段使いして行けばいいのに。
魔物蔓延るこの世界、民度も低く常に危険と隣り合わせじゃ遊び心が少なくなるのも分からなくもないけどさ、あまりにも戦闘に偏り過ぎ。
知ってる?生活魔法<ウォーター>で水を作る際に風属性魔力を込めつつ炭酸水をイメージすると、あのシュワシュワッとしたのど越しが再現出来ちゃうのよ?
要は遊び心を持って如何に生活を楽しむか、これに限るでしょう。
俺は本部長様のグラスにブランデー風のお酒と風属性魔力シュワシュワウォーター(冷水)を入れ、軽くマドラーで掻き混ぜてからお出しするのでした。
「!?」
本部長様、シュワシュワッとしたのど越しに大変驚かれております。悪戯大成功と言った所でしょうか。
「これは、鉱山地帯で見られる炭酸水と言うものですね。現在は大魔境と呼ばれる地域になりますが、この大陸の北東部地域でよく飲まれていたと記憶しています。
ケビン君が住むオーランド王国ではあまり利用されてはいないのではないでしょうか。
でもこうしてお酒と混ぜ合わせて飲む事でこのような味わいになるとは、流石は神級バーテンダー、素晴らしい一杯でした」
あぁ、そう言えば天然の炭酸水ってのがあったんでしたね、ドヤ顔をしていたであろう自分がちょっと恥ずかしいです。
「そう言えばステータスの称号のところに“進化魔物の雇い主(詳細希望)”と言うものがありましたが、<魔物の雇用主>のスキル<出張>のお試しがてら呼んでみましょうか?」
俺がそう提案すると、本部長様はキランッと目を輝かせて「是非、お願いします」とお返事を下さるのでした。
決して恥ずかしいから話を誤魔化したとか、そんなんじゃないからね。
「“あぁ、大福?夜中に悪いんだけどちょっとスキルの実験に付き合ってくれる?
こっちから呼び出すんでそれに応じてくれるだけでいいから。
それじゃ行くね?<出張:大福>”」
“ポワンッ”
礼拝堂の床に現れた光る六芒星の魔法陣、込められてる魔力は水属性魔力かな?
その中心に魔力が集まり、まるで影空間から現れるかのように六芒星の真ん中からニュイッと漆黒のスライム大福が姿を現すのでした。
「おぉ、これが魔物の<雇用主>の<出張>による召喚術ですか、素晴らしい。
こうしてみると本当に転移とは違うのですね。転移の場合は突然その場に現れると言った形で出現するんです。
召喚の場合は魔法陣から現れる、まるで門を通ってやって来るかの様なんですね」
門を通ってね~、上手い事を言う。要するに転移ゲートと言った感じなんだろうか?
でもあなた様や本部長様の場合は光りが集束して顕現なさったって感じだったよな?
各属性によって現れ方が違うとか?
それはそれで仮性心を
「この<出張>も凄く興味深いのですが、それよりも進化した魔物です。
そちらがケビン君が雇用契約を結んでいるスライムなのですね?何か内包する力と言いますか、物凄い貫録を感じますが」
「おぉ、分かりますか。良かったな大福、本部長様からお褒めの言葉を頂いたぞ?
それじゃ早速ステータスの方をお願いします」
「分かりました。“管理者権限、ステータスオープン、モニター表示”」
俺の言葉にパッと手を翳す本部長様。すると壁側に光っていた俺のステータス画面が消え、代わりに大福のステータス画面が現れるのでした。
名前 大福
年齢 九歳
種族 フーディースライム
スキル
魔力支配 空間支配 粘体自在 学習進化 環境適応 水中生活 金剛柔体 美食 無限胃袋 龍装
魔法適性
全属性
称号
進化せし者 共に歩みし者 勇者の師匠 スライムの王
「「・・・・・」」
うん、なんて言ったらいいんだろう。そっか、スライムの王様なんだ、スゲー。
「えっとケビン君?何か目の前にとんでもないステータスが映し出されているんですけど?称号に“勇者の師匠”ってあるんですけど?
大福さんはただのスライムだったんですよね?」
「そうですね、ただのスライムでしたね。いやー凄いなースライム。流石は環境適応に特化した最下層魔物、何でも食べる森の掃除屋さんは伊達じゃないですね~」
全属性は知ってたけど、魔力支配に空間支配、学習進化って勇者様じゃん。無限胃袋に龍装って、暴食龍?でも美食って付いてるし、グルメなの?フードファイターなのかな?
「何か初めて見るスキルが多いですが、<魔力支配>はケビン君のものと同じ様な効果でしょうか?
<空間支配>は文字通り空間を支配します。人の動き、物の配置、全てを把握し切るだけでなく、空間座標なども正確に割り出します。
転移魔法を使う者にとっては必須のスキルですね」
ゲッ、大福先生転移魔法が使える様になるかもしれないの?何度か<出張>を経験すれば自分から好きな座標に転移し始めちゃったり?
大福先生パね~。
「<粘体自在>、<環境適応>、<水中生活>はスライムだからと言われればそれまでですが、<学習進化>を持つ魔物はあまり聞いた事がありません。人族のスキルには<学習>と言うものもありますが、その上位スキルではないかと。
それと<美食>ですか。
ケビン君には以前お話ししましたが、魔物のスキルと言うものはシステムによる観測結果をステータスと言う形で示したものです。つまり与えられたスキルとは違い、“観測対象の魔物の状態を言葉にするのならまるでこう言ったスキルの様ですね”と言った表現に過ぎないのです。
その上で通常スライムが持つとされる<悪食>がなく<美食>となっていると言う事は、相当に美味しい餌を食べ続けてきた証拠かと。
一体何を与え続けて来たらこう言ったスキルが生じるのでしょうか?」
うわ~、これって魔力水とポーションビッグワームの弊害?元々大福は水辺のスライムだったから若草とか癒し草しか食べてなかったんだよね~。あそこの水ってそんなに汚れてもいないし、<悪食>が芽生える条件がなかった感じ?
そんで魔力豊富なおいしい餌ばっかり食べてたと。そりゃ美食家にもなるわな。
「そして<無限胃袋>と<龍装>ですか、どちらも初見のスキルです。詳細を表示します」
スキル詳細
<無限胃袋>
その胃袋は無限大、取り込んだすべてのモノを亜空間に収納する事が出来る。物体はおろか魔力と言ったエネルギー体であろうが取り込み可能、取り込んだ時の状態のまま排出する事も出来る。
取り込んだものは任意で吸収する事も出来る。
<龍装>
それは龍の如く。自らをドラゴンの様に装う事が可能。
「「・・・・」」
えっと、要するに亜空間収納兼胃袋とドラゴンチェンジ?何でもアリって事?
大福って今サイズダウンしてるのよ?本体って冒険者ギルドの建物よりも大きいのよ?最強生物よりもやや小さいサイズのドラゴンになれるって事?
こんなん勝てるか~~~!!
「ケビン君、今の話って本当でしょうか?大福さんが巨大化出来るということですが?」
「あっ、そう言えば本部長様も思考が読めるんでしたよね。
はい、大福は自分の体を小さくする事で動き易さを実現しています」
俺の言葉に暫し考え込むそぶりをする本部長様。何か問題でもあったんだろうか?
「今のお話は進化前のものでしょうか、それとも進化後のものでしょうか?
それと進化した後に最大サイズになったところを確認なさった事はありますか?」
ん?どう言う事だろう?確かサイズの話をしたのは抜け殻処理場の時だから進化前だった様な・・・まさか!?
「一度確認してみた方がいいかもしれません。念の為私達と周辺の時の流れをずらしておきましょう。外の草原で大きくなってもらえれば良いでしょう」
俺たちは酔い潰れたあなた様を礼拝堂に残し、夜の草原へと出向くのでした。
月明かりが煌々と辺りを照らす夜中の草原。時の流れから切り離されている為か周囲には物音一つしない不思議な世界が広がっている。
“ポヨンポヨンポヨン”
そんな夜の草原の真ん中で楽し気に跳ね回るヤバい生物。
「お~い、大福~。それじゃまずは大きくなれるだけ大きくなってくれる~?」
俺の声にポヨンポヨン跳ねていた大福は動きを止める。
周囲の静寂が妙な緊張感を醸し出す。
“ボウボウボウボウボウボウボウボウ”
急速に膨らむ巨大水風船の様に、体表を激しく波立たせその威容を現す大福。
それはこれまで差し込んでいた月明かりを覆い隠し、俺の身体を黒い影の中に沈めて行く。
「・・・山じゃん」
思わず洩れる呟き、その大きさは家二軒分どころかグロリア辺境伯家居城を覆い尽くさんばかりに巨大で、その身からはまるで最強生物の様な強大な気配を漂わせている。
「“喰らいし者”、“暴食の王”。嘗て魔王の職業を与えられしスライムが辿り着いた進化の果て。多くの国と都市を襲い、その悉くを喰らい尽くした厄災。その者の求めるは闇属性魔力、本能に突き動かされるが如くより濃厚な悪意、より濃厚な負の感情を求め暴れまくった歴史の闇。
なぜあの厄災がまた現れたの!?
世界は再びあの混乱の時代を迎えようと言うの!!」
何か本部長様が仮性心を擽る様なヤバヤバキーワードを呟いておられますが、コイツ大福ですから。濃厚な魔力水と最強生物の抜け殻を齧ってれば大満足の奴ですから。
人の悪意や欲望?興味もございませんってタイプですからね?
「お~い、大福~。次は多頭ヒドラになってみようか?八本尻尾に八つ頭の奴でお願い~」
俺の言葉が聞こえたのか一度ブルブルと身を震わせた大福は、村の子供たちとの遊び“多頭ヒドラに挑戦”のラスボス、八つ頭のヒドラに姿を変えるのでした。
“Gugaーーーーーー!!”
何とこのヒドラバージョン、咆哮が出せるんですね~。大福と一緒に研究を重ねましてね、風属性魔法と疑似的に声帯部分を作って空気を震わせる事で再現しています。
やっぱりヒドラは叫ばないと駄目でしょう。
あっ、本部長様が固まってる。ここまではまだ想定の範囲内だと思うんだけどな~。肝心の<龍装>も使ってないですし。
「よ~し、大福先生、次が本番です。イメージは魔境の飲んだくれ、最強生物です。
おそらくですが、龍装ってスキルも最強生物の抜け殻を食べまくった結果生まれたものかと。体内のドラゴンの因子に呼び掛ける様にすれば再現も可能かと思われます。
行っちゃってください!!」
“ゴボゴボゴボ”
多頭ヒドラの身体をもとのスライム状に戻し、再び巨大化を始める大福。
創り出せしは地上最強の存在、エンシェントドラゴン!
“ゴボゴボゴボ、Gugaーーーーーー!!”
唸りを上げ大地を揺らす咆哮、漆黒の身体が月明かりに照らされ、偉大なる姿を顕現させる。
その者から発せられる気配、それは嘗て大森林の深淵で恐怖に身を震わせたときに感じていた決して抗う事の出来ない絶対的恐怖。
ドラゴン、それは人類が触れる事の許されない、天災現象そのものなのだから。
「・・・スゲ~~~~~~~~~!!大福先生、完璧です!!
ブラックドラゴンって奴ですね、って言うか魔境の最強生物より少しシャープな感じ?緑と黄色の要素も取り入れてみたの?く~、流石大福先生、分かってらっしゃる。
・・・もしかして飛べちゃったり?
行けそう!?マジで!
是非、是非その飛行を見せていただきたい!!」
俺のリクエストに大きく翼を広げられる大福先生。
“ブワッサッ”
その大きな翼が軽くはためいた瞬間、その巨体をふわりと宙に浮かせた大福ドラゴン。
“ブワッサッ、ブワッサッ、ブワッサッ”
そのままゆっくりと中空に浮かび上がったかと思うとその首を天空に向け、そして。
“ブォーーー”
天空を翔けるドラゴンのシルエット。感動に打ち震える俺と、ポカンと口を開けその場に固まる本部長様。
月夜に舞うドラゴンと言う幻想的な光景は、気持ち良さげに大空を飛ぶ大福先生の気が済むまで続けられるのでした。
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