第260話 転生勇者、夏を満喫する
それは巨大な怪物であった。見る者を威圧し、身を竦ませるに十分な存在であった。
見上げる体躯、もたげる三本の長い首、太い四つ足を地面に突き、三本の尻尾を自在に操る化け物。
「ジミー君、スイッチ!ジェイク君は大福を引き付けて。ディアは尻尾の対処、右から来ます!」
響く叫び、怪物に対し向けられる刃、無謀にも戦いを挑む若者たち。
彼らは連携し、命を燃やし、持てる力の全てを捧げる。
“ブンッ”
「<魔力障壁>!!」
“バンッ”
ディアは怪物の繰り出す尻尾による打撃を防ぎ、仲間に攻撃の隙を作る。
「ジェイク、ディア、散開!剣技<流麗一閃>!!」
“ダンッ、スパスパスパン”
後方に下がり力を蓄えていたジミーによる連撃。その流れる様な動作は、まるで一筋の流星の様に怪物の首を切り落とす。
「左、尻尾の横なぎ来ます、障壁展開!」
「「「<魔力障壁>」」」
“ドンッ”
怪物の繰り出す最後のあがき、それは全ての尻尾を使った横なぎ。
だがそれは若者たちの司令塔により察知され、<魔力障壁>により見事防がれてしまった。
怪物の動きが止まる、若者たちは残心を忘れず怪物を見詰め続ける。
“バシャッ、ポヨンポヨンポヨン”
怪物の身体が弾ける水の様に崩れ去り、その場では一匹の黒いスライムが楽し気に跳ね回る。
「「「「よっしゃ~、三つ首ヒドラクリア!!次は四つ首だ~!!」」」」
声を上げ喜びを露にする若者たち、若者たちは連携し行動し、難敵三つ首ヒドラを討伐したのだった。
暑い夏の日差しの降り注ぐマルセル村の水辺には、今日も若者たちの笑顔が溢れるのであった。
「フィリー、いい指示出しだったよ、お陰で僕たちも攻撃に集中できたし。
ディアも<魔力障壁>の展開が上手くなったね、これなら次の四つ首も行けると思うよ」
「そうだね、俺も余裕を持って動く事が出来たし、最後の尻尾攻撃にも対処出来た。やっぱり全体の戦闘を俯瞰で見れる者の指示があると行動の幅が広がるね、フィリーちゃんに指示役になって貰って大正解。
それとディアさんが盾役になってくれたのは大きいかな?これ迄は三人だったから俺が指示役と盾役と遊撃を兼任してたんだよ。エミリーも回復と盾役と遊撃の兼任だったし、ヒドラの首が増えるにしたがって厳しくなって行ってたんだよね。
今年こそ八つ首を討伐して大福をギャフンと言わせてやるんだ!」
「「「「オォ~~!!」」」」
右手を突き上げシュプレヒコールを上げるマルセル村の若者たち。それは青春の一ページのような爽やかな光景であった。
「そう言えばケビンお兄ちゃんが言ってたんだけど、八つ首討伐が終わったらいよいよ大福本体が登場するんだって。今度は水で造ったヒドラじゃなくて大福によるヒドラだから結構難しいみたい」
“ギシギシギシ”
その言葉に軋み音を立ててジミーに顔を向けるジェイク。
「えっ、それってマジ?」
「うん、あのケビンお兄ちゃんが“大福ふざけるな!”って声を荒げていたくらいだから相当なんじゃない?楽しみだよね♪」
“ケビンお兄ちゃん、鍛えてくれるのは有り難いけど、限度ってものを考えて~!!”
項垂れるジェイクに対し、獰猛な笑みを浮かべるジミー。
「「強敵に挑む男の顔、ジミー君素敵❤」」
恋は盲目、戦闘狂ジミーの笑顔は乙女たちにとってはご褒美の様です。
若者たちの暑い夏は、まだまだ始まったばかりなのでありました。
―――――――――――――――
“カランカラン、カランカラン、カランカラン”
マルセル村に鳴り響く大きな鐘の音。畑仕事に精を出していた村人たちはその音に顔を上げ、急ぎ収穫物を村長宅に運び入れようと動き始める。
頭の中では領都で流行りの洋服の購入や調味料の購入、髪飾りや娯楽本の事等々。
ここは嘗ての辺境の寒村、日々食べる物にも不自由していたマルセル村ではない。
毎日の食卓には堅パンに肉と野菜の入った具沢山スープが出され、ベネットお婆さんの服飾工房で作られた新品の服を着て、金属製の農具で農作業に勤しむ。
これ迄は想像する事すら出来なかった豊かな村、アルバート子爵領マルセル村へと生まれ変わったのだ。
そんな皮袋の大きくなった村人にとって、領都で一番のモルガン商会の行商人ギース氏の訪れは、日々心待ちにしている娯楽と言えるのであった。
「ギースさん、よく
“アルバート子爵家筆頭執事ザルバは、モルガン商会の行商人ギースの旅の労を労いつつ、領都からの主要街道沿いの情報収集に勤しむ”
「これはザルバさん、執事服が良くお似合いですよ。どうですか?もうお仕事の方は慣れましたか?
アルバート子爵家と言えばグロリア辺境伯領のみならずオーランド王国北西部地域で一番注目されている御家、様々な貴族家のご使者がいらして大変なのではありませんか?」
「だがそこは百戦錬磨の行商人ギース氏、新米執事ザルバを心配しつつさり気に各貴族家の動向を探りに行く。
両者笑顔のまま繰り広げられる言葉と言葉の応酬、その本心を隠しつつ情報は小出しにする戦略の上手さ。
アルバート家執事ザルバは思う、“そうそう簡単にお話はお聞き出来ませんか”と。
行商人ギースは思う、“やはり訳アリが集うマルセル村、一筋縄にはいかないか”と。
辺境の地マルセル村での“交渉”は、静かに始まりの鐘が鳴らされるのであった~!」
「「・・・・・」」
何やら動きを止めこちらを凝視するお二方、何か気になるモノでもあるのでしょうか?
そんな事よりファイト、ファイト!
「ケビン君、後ろをキョロキョロしなくてもいいから、別にケビン君の背後を見てたわけじゃないから」
「ケビン君、声に出てたから。別に俺は“やはり訳アリが集うマルセル村、一筋縄にはいかないか”なんて考えてないからな?」
「えっ、それじゃさっきのやり取りは天然ですか?素であそこまでの事が出来ちゃうんですか?やっぱり百戦錬磨の行商人ギース氏はスゲ~」
俺の言葉に二人して額に手を当てる執事ザルバさんと行商人ギースさん。
ん?一体どうなさったのでしょう?
「アハハハ、ケビンは相変わらずケビンだったよ。もういいや、これから敬称は付けんからな。そんなケビンに伝言だ、“一度お城に遊びに来て下さい”だそうだ。
誰とは言わんけどな、この言葉を伝えに来たのはメイド長のカミラさんだったと言う事だけは教えてやろう。
それと筆頭執事のハロルド様から“グロリア辺境伯家は何時でもケビン君を歓迎いたします”って意味深な言葉を賜ったぞ。ケビンは一体何をしたんだ?」
「アハハハ、一体何なんでしょうね~」
ちょっとご挨拶がてら顔を出したらとんでもないお言葉を頂いてしまいました。
軽く揶揄っただけなのにね~、大人げない。
「あっ、俺まだ野菜の搬入の途中でした、それじゃギースさんもごゆっくり、失礼しま~す」
三十六計逃げるに如かず、戦略的撤退は恥ではないのです。俺はすぐさまその場を離れ、仕事に戻るのでした。
背後から、「チッ、逃げやがって」とか聞こえますが気にしてはいけません。
今は収穫物の搬入が優先、俺は村人ケビン君なのです。
村長宅改め村役場を後にした俺は、村の道を村外れの実験農場に向け歩いて行きます。この道も石畳にするんだろうか?アルバート子爵様が休暇から帰って来たら作業範囲についての詳しい打ち合わせをしないといけませんね。
子爵家からの依頼はボイルさん、蒼雲さんちの建設と礼拝堂建設、ゴルド村までの街道建設と厩舎の建設。ボイルさんちはもうしばらく掛かりそうですがこの夏中に完成予定、蒼雲さんちはこれから詳しい打ち合わせですね。
厩舎と街道整備はその後、そんなに何でもかんでもちゃっちゃと作っちゃうってのも色々問題がありましてね?
そうは言っても礼拝堂はあなた様にせっつかれた事もあって突貫工事で組み上げたんですけどね、まぁこれに関しては色々あったな~。
俺は村道脇に見えて来た石作りの建物に目を向けながら、そんな事を考えるのでした。
村人にはおおむね好評なこの礼拝堂、祈りを捧げていると心が洗われると言うか気持ちが落ち着くんだそうです。礼拝堂全体が清廉な空気に包まれていると言うか、とっても爽やか。
村人の中には毎日お祈りに訪れる信心深い方もちらほらと。信仰は心のオアシスと申しますから良い事なんじゃないんでしょうか。
光のギミックで遊んでるのは子供たちぐらいですね、大人の方々は女神様像のお傍で膝を突いて祈られるスタイルが主流の様です。
そんな礼拝堂、本部長様曰く聖域になっているそうですが、特にこれと言った問題を起こすことなく村人の信仰の中心地として受け入れられております。
大きな問題を起こしてしまった張本人としては、ホッと一息と言った所ですが。
その問題と言うのは例のあなた様召喚事件ですね。あなた様を呼び出しちゃったことも大問題なんですが、フィヨルド山脈魔境の中心に設置した嫌がらせ悪戯ギミックが聖地を創り出しちゃってるとか、その事で残業続きだったあなた様が遂に切れちゃったりとかマジ大変だったな~。
天使って切れると堕天しちゃうんだもんな~。半径二十キロに渡って更地って、マルセル村が完全消失しちゃうじゃないですか、嫌だもう。
[ 休暇から 帰ってくれば 村は無し byドレイク・アルバート子爵 ]
って事になりかねなかったって言うね、ヤバいヤバい。
その後あなた様はただの酔っぱらいになっちゃうし、本部長様はいらっしゃるし、俺のステータスに<召喚術>なる妖しいスキルが目覚めちゃうし。
大体誰を呼べってさ、最強生物か?嫌だわ、国が亡ぶっての。
あなた様の現状の酷さを本部長様にお伝えして業務改善をお約束いただけたのは良かったけど、べろんべろんのあなた様が本部長様に絡む絡む。
地上世界の生活ってどうもシステムさんによって記録されてるみたいなんですよね、称号はその記録を参照し易くする為のガイド、付箋みたいなもの。
つまりあの場でべろんべろんに酔っぱらって本部長様に絡んでいたあなた様の醜態はすべて記録されていて観ようと思えば調べる事が出来る。
あなた様、立ち直る事が出来るんだろうか?社会的に、精神的に。
会社の飲み会で無礼講って言われて部長や社長相手にやっちまった平社員状態だもんな~、出社しづらいよな~。
まぁあなた様は暫くしてから酔い潰れちゃったんだけど、その場に残された本部長様が・・・。
この状況を和らげる為に以前本部長様が気にされていた進化魔物の大福を“新スキル<出張>の実験”の名目で呼び出したんだけどこれがまた。
大福君、君は一体何処に向かってるのかね。
亜空間収納にドラゴンモード、最高じゃないですか!
月夜に浮かぶドラゴンのシルエット、く~、堪らん!!これぞ異世界、これぞファンタジーワールド!!
普段なら絶対拒否の状況も、本部長様が時の流れを切り離してくれているお陰で怖いものなし!
大福が満足いくまで飛行して元の姿に戻った後は、収納の腕輪から黒鴉を取り出して大福がばら撒いた空間余剰魔力を急ぎ回収、証拠隠滅はバッチリでございますとも。
本部長様はドラゴンモードになった大福にお口ポカーンとされておられましたが、致し方ないかと。
だってスライムがドラゴンになるなんて思わないじゃん?
大福が最大の大きさになった時も相当に驚いてたのよ?
「なぜあの厄災がまた現れたの!?
世界は再びあの混乱の時代を迎えようと言うの!!」
ってまるでゴジ〇の再来におののく科学者みたいな台詞を吐かれておいでだったのよ?
本当ならあの後緑や黄色も召喚しようと思ってたんですけどね、流石にこれ以上の刺激は気の毒だったんで見合わせ。本部長様はあなた様と共にお帰りになられました。
俺も大福のドラゴンモードには驚いたと言うかすっかり魅了されたと言うか、あなた様の召喚云々が完全に吹き飛んだのは言うまでもありません。
結論、“大福は最強。ただし魔境の最強生物は除く”って感じですかね。
で、後で思い出したのが聖茶のこと。折角本部長様がいらしたってのにすっかり忘れちゃってんだから俺も動揺し過ぎってものです。
まぁ今頃本部長様は大変だろうから様子を見つつお伺いを立ててみますかね。
お茶畑に行ったけど特に巨大化しちゃったりって事もないみたいですしね。
ただ蒼雲さん曰く、ずっと茶摘みが出来ちゃうらしいんですよね。摘んでも摘んでもなくならない新芽って一体。
癒し草と同じなのか?自己再生でもしてるのか?でも枝ぶりの剪定は出来るんだよな、意味解らん。
これって後でアルバート子爵様に報告しないといけないんだろうか?大福の事は秘匿として、お茶畑の事は・・・お茶の木の事なんて誰も知らないからそう言うモノって事で通る?礼拝堂は?完成した建物を見せれば問題なし?
うん、ぱっと見ただの礼拝堂、バレないバレない。
俺は丁度真横に佇む礼拝堂に目をやり、“よし、問題なし”と呟いてから、足取り軽く実験農場へと向かうのでした。
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