第257話 村人転生者、酔っぱらいの愚痴を聞く (2)

“わらひらってね、頑張ってるんですよ。それをやれ<仕事が遅い>だの<まだ報告書が上がって来ないんですか?>だのって少しはこっちの仕事量を考えてくださいってんですよ。

同じ部署で明らかに仕事量が違うんですよ!?

自分のお気に入りには<疲れてるでしょう?あなたは頑張り過ぎなんです、今日はもう休んでいいですよ?>とか言いながらその分の仕事をこっちに振るっておかしくないですか?

**#@様、聞いてます?わらひはね、仕事が嫌いって言ってるんらないんれふよ、その量が尋常じゃないって、聞いてまふ?

マスターお代わり、水割りで~!”


飴色のテーブルに差し出された厚底のグラス、氷の入ったそれにブランデーの様なまったりとした香りの酒を注ぎ入れる。

加えて指先より光属性マシマシマシマシウォーター(冷水)を注ぎ、マドラーで軽く掻き混ぜる。


“カランカランカラン”

中の氷がグラスに当たり、子気味良い音色を奏でる。


“コトッ”

差し出されたグラスに女性はうれしそうな表情を浮かべ、手に取ってチビリチビリ口にしながら、隣に座っている上役に向かい直属の上司の愚痴を話し始める。


「マスター、私にもお代わりを」

苦笑いを浮かべながらグラスを差し出す聞き役の女性に、俺は寡黙に水割りを作り始める。

・・・どうしてこうなったし。


事は少々遡る。

前々からあなた様にせっつかれていた礼拝堂の建設を無事に終え、マルセル村の村人たちにお披露目を行った俺氏。“祈りの床”の光のギミックに呆れ顔になる者もいたが村人の反応はおおむね良好で、礼拝堂は村人の心のオアシスとして受け入れられる事となった。

村に受け入れられたのなら次は本命のあちらの方との交流、あなた様の話では簡単な祭壇と女神様像さえあれば問題なく交信を行う事が出来るとの事であった為、事態は何の過不足もなく執り行われるはずであった。

時刻は深夜、村人の寝静まった時間帯、俺は一人礼拝堂に赴き悪戯ギミックを発動。

暗闇に淡く光る六芒星の魔法陣、六つある星の頂点から中空に伸びる光の柱、それだけでもうテンション爆上げ。

ノリノリのままいと尊き高位存在にお伺いの祈りを捧げてると、目の前の女神様像が光り出して天空より光の柱が降り注ぎ、ご注文の品をお届けするはずのあなた様が顕現なさっちゃったって訳です。


まぁパニックですわ、訳分からんですわ。

何とか互いに気持ちを落ち着けて取り敢えず本部長様に連絡、こちらでも検証を行って何かが分かり次第連絡する事にして、あなた様の指示の下最初から行動の再現を行っていたんですけどね。

どうもこの悪戯ギミック、魔法陣として成立しちゃってたみたいでして、それが原因であなた様の残業が増えていたらしくってですね~。あなた様が切れちゃったって言うか、心が決壊しちゃったって言いますか、色々限界だったんでしょうね~。


まぁ大変でしたよ、えぇ。一歩間違えば闇落ち決定?って感じでしたから。天界の人間が闇属性魔力を溢れさせたら不味いでしょう、生成される端からか魔力の腕輪さんに回収して貰ったんで染まる事も無かったんですけどね、あれマジでヤバかったわ~。


んで落ち着いたって言うか落ち込んだって言うか、取り敢えず酒飲みには酒だってんで今回お渡しする予定分の光属性マシマシマシマシ蜂蜜カクテル(キラービーバージョン)をお出ししたんですけどね。酔っぱらいの絡み酒と言いますか、お仕事上の愚痴やら何やらがですね~。その愚痴を聞いてたらまぁ出るわ出るわ、パワハラ上司の実体がドバドバと。

いや~、どこの世界でもあるんですね~。

異世界の天界、夢がないわ~、天国に行けるよって言われても喜べね~。


でもいつまでもこのままって訳にもいかないんで、女神様像の前で普通に本部長様に祈りを捧げて交信を行ったんですよ。そうしたら“検証実験がしたいので先ほど言われた手順で今度は私を呼んでみてください”って言うんで、仕方がなくやってみたんですわ。

・・・現れちゃったんですけどね。

顕現なさった本部長様、ご報告申し上げた魔法陣ギミックと女神様像、それと礼拝堂の様子を繫々と観察された後、「あぁ、なるほどね、そう言う事ですか」と何か納得なされておられました。


「これは信託の聖女と同じような現象ですね。今回の場合はシステム上の問題と言う訳ではなく新たに発見された<召喚術>とでも申しましょうか。いくつかクリアしなければならない条件はありますが、準備さえ整えれば再現可能な新技術ですね」

本部長様のお話によれば今回の現象は前回のようなシステム上の欠陥、誤認によるバグではなく、法則として成立した技術、魔法陣による<召喚術>なのだそうです。

あるのか召喚術!?使い魔とか呼び出せるのか?ちょっとテンション上がるんだが!

そんな俺の心の声は本部長様に筒抜けだったようで、幼子を見る保護者のような優し気な笑みを浮かべ疑問に答えてくださいました。


「残念ながらこの世界でこれまで<召喚術>なる技術は観測されておりません。ケビン君は既にお気付きかもしれませんが、世界と言うモノは多層構造と言いますかいくつもの次元世界が存在します。私どもの住み暮らす天界、地上と呼んでいるこの世界、そして遥か次元の彼方の別世界。

この地上世界にも別世界から紛れ込んだ魂の痕跡や別世界から訪れたいわゆる転移者と言った存在が確認されています。

以前天界でお話ししたエルフの里に逃げ込んだ転移者の事を覚えておいででしょうか?職業がなく不審人物として捕らえられていた方です。

こうした事実から別世界からの召喚魔法、召喚術と言った物はずいぶんと昔から試みられて来た手法ではあったのです。

ですが上手く行かなかった。

ケビン君は転移魔法と言う物をご存じでしょうか?私たち天界の者が移動の際に使う技術の一つです。地上世界では神聖魔法と言う名で伝わっていると記憶しています。私たちが神罰として地上の者を粛正した際に使っていた魔法がそうした名称で伝わったと言ったところでしょうか。

この転移魔法ですら地上では再現されていません。古代にそれを試みて滅んだ国はあったようですが。

それ程に空間を超える、次元を超えるという技術は難しいのです。

物語等で語られる召喚士は、幻影魔法を使い作り出した魔獣を操る術者であったと記録されています。


ではなぜ今回はその召喚が行えたのか、それはこの場の環境とこの魔法陣、そして術者であるケビン君、より正確に言えばケビン君が身に着けている神具が原因と思われます。

この建物、そして交信の要である女神様の像、そのどちらからも強い光属性の性質を感じます。これはこの場所がある種の聖域として成立している事、あの女神様像が大規模な教会の巨大な女神様像、一例ですがボルク教国の首都にある大聖堂に匹敵する交信ポイントであることを示しています。

次にこの魔法陣、聖なる者の通行を可能とする転移ポイントの役割を担っています。

これは信託の聖女が天界に招かれる際の転移ポイントの設定を魔方陣が担っている事になります。

この魔法陣と言う技術ですが、我々天界が齎した魔方陣とは異なりその形状とそこに込められる魔力の性質が問題となります。エルフの術者は魔力の性質変化をよく熟知してる為作製が可能なのですが、普人族はそうした事があまりよく分かっていないようですね。これはこちらが許可制で与えている属性魔法の弊害なのではないかと言われていますが。

今回はこの魔法陣の形状とそこに込められた光属性魔力が、聖なる者の通行を許可する転移ポイントとして作用したようです。

最後にケビン君の持つ神具です。神具の存在は我々天界の者にとっての目印となる物です。

大容量のエネルギーが通過できる回線、転移ポイント、そして目印。呼び掛けに応じた者はその場に顕現する。聖女が天界に現れる様に、ケビン君が私たちの下に紛れ込んだ様に、天使が地上に移動する様に。

要するに転移して来た訳です。

ですがこれはこれまでの転移とは違う地上の者からの呼び出し、つまり正しく召喚なのです。

おめでとうケビン君、あなたはこの世界で初となる<召喚術>を成功させた者となったのです。この事はシステムに記録され未来永劫語り継がれる事でしょう」


“・・・嬉しくね~~!!”

満面の笑みで祝福の言葉を掛ける本部長様に対し、“何てこったい”と言わんばかりの絶望的な表情で頭を抱える青年ケビン。



“キンコン♪

条件が更新されました。新要素、<召喚術>がシステムに構築された事により、スキル<魔物の雇用主>に<出張>が加わりました。


“うわっ、何!?このタイミングでアナウンス?新要素の構築って<召喚術>がシステムさんに観測されたって事?そんでもって取り込まれたと。

で、俺っちの<魔物の雇用主>に反映されたって事は、<召喚術>のスキルに目覚めちゃったって事じゃん。ますます人には言えないスキル構成になったって事じゃん!!”

追撃とばかりに脳内に響く謎のアナウンスに、その場でへたり込むケビン。

そんなケビンの姿に気分を高揚させていた本部長様も、“はて、どうしたんだろう?”と訝しみの目を向ける。


「ケビン君、一体どうなさったのですか?ケビン君が功績を人に誇るタイプではない事は知っていますが、これは天界を含めて歴史に残る誇るべき快挙なのですよ?

まぁそれでも地上の者には刺激が強過ぎる為、秘匿する事を推奨いたしますが」


ケビンの偉業を称えつつその身を心配する本部長様の言葉に、幾分回復したケビンが口を開く。


「いえ、その、さっき頭にアナウンスがありましてね?<魔物の雇用主>に新たに<出張>という機能が加わった様でして。その原因が召喚術がシステムに構築された事とあったものですから、ちょっと。

これでまた人には見せれない鑑定結果になったんだなっと思ったものでつい」


「?アナウンスですか?システムにはアナウンス機能などは無かったと思うのですが。スキルに目覚めた場合も本人は何となく何かに目覚めた感覚はありますが、アナウンス等で知らせると言った事は無いはずなのですが」


「あぁ~、そうですね。俺も気になって色々周りの大人に相談したんですが、そう言った話は聞いた事もないそうです。おそらくですが俺のスキル<魔物の雇用主>と<自己診断>が何らかの相乗効果を発揮しているものかと。

このアナウンスも<魔物の雇用主>に関するものしか聞く事が出来ませんから」

俺の言葉に興味深いと言った表情になる本部長様。


「そうですね、スキル同士の相乗効果と言う話は複数の事例が報告されているのであり得ますが、アナウンスと言うものは初めて聞きました。

本当にケビン君は興味深い。

それと先程の話しぶりからすると、ケビン君は召喚術のスキルに目覚めたという事なんでしょうか?」


「おそらくは。<魔物の雇用主>はそれを受けて新たに<出張>という機能を追加したようですので」


「あの、失礼かとは思いますがステータスを見せていただいても?」


「えぇ、別に構いませんよ。今更ですし。

俺自身色々やり過ぎてる自覚はあったんで、また変な称号が増えてるんじゃないかと思って<自己診断>をしてませんでしたからね。自身の鑑定結果で心にダメージを受けたくなかったんですよね」

そう言いどこか遠い目をするケビンに、“仕方のない方ですね”とやんちゃな生徒を見詰める保健室の先生のような表情になる本部長様。


「“管理者権限、ステータスオープン、モニター表示”」

“ブオンッ”


音を立て夜の礼拝堂に浮かび上がる巨大なステータス画面。本部長様はそれを見易い様に壁際に移動し、サイズを調整するのでした。


名前 ケビン

年齢 十三歳

種族 普人族

職業 田舎者(辺境)

スキル

棒 自然児 田舎暮らし(*) 自己診断

魔力適性 無し


称号 

辺境の勇者病仮性患者(*)


加護

食料神の加護


スキル詳細

<田舎暮らし>

・田舎暮らし(魔法)・・・魔力支配(統合済み)(+魔力枯渇状態異常完全無効、+魔力状態異常完全無効、+魔力超回復)、影魔法、全属性魔法、生活魔法

・田舎暮らし(戦闘)・・・刀術、体術、斧術、弓術、槍術、盾術、身体支配(統合済み)(+剛腕剛脚、+鉄壁無双、+体力超回復、+身体超回復)、索敵、走術、ラビット格闘術(中伝)、空間把握、龍の籠手

・田舎暮らし(生産)・・・調薬術、鍛冶、錬金術、魔道具作成、農業全般

・田舎暮らし(生活)・・・解体、調理、清掃、建築、生存術、魔物の雇用主(+出張)、送りびと、食いしん坊、まねっこ⇒模倣、召喚術(New)


称号詳細

<辺境の勇者病仮性患者>

魔物の親友 食のチャレンジャー 通貨を創りし者 新薬を創りし者 生活魔法を創りし者 魔力を理解せし者 小さな賢者 大森林の住人 導く者 進化を促せし者 呪いを解きし者 厄災の討伐者 発明家 魔物を飼育せし者 辺境の隠者 森の聖者 闇に潜む者 交渉人 魂の救済者 干し肉の勇者 風神速脚 鉄壁の門番 魔境を訪れし者 ドラゴンさんちの掃除夫(笑) ドラゴンさんちのバーテンダー(供物希望) 恐怖を乗り越えし者 進化魔物の雇い主(詳細希望) ダンジョンマスターの友 ダンジョンの盟友 天界の御用聞き(供物希望) 鬼軍曹(笑) 天然の魔王 呪われし青年ポンポコラクーン(笑) 影の英雄 月下の女誑し(ニヤニヤ) 魔境の深淵に至りし者 特殊進化魔物を造りし者 聖域を造りし者 召喚術を創りし者 堕天を食い止めし者


「・・・あの、称号のところの括弧書きって消せます?ちょっとイラッとするんで」

「ハハハ、そうですね。高い権限でシステムにアクセスしないといけないのでセキュリティーの関係でこの場では出来ませんが、後で消しておきます。

それと$$%&にはよくよく言い聞かせておきます、本当に申し訳ありません」


本部長様はそう言うと深々と頭を下げられるのでした。

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