第256話 村人転生者、酔っぱらいの愚痴を聞く

“コトッ”

飴色のテーブルの上に置かれた急須、その蓋を開け茶缶から木製の匙で茶葉を注ぎ入れる。

指先から光属性マシマシマシマシウォーター(熱湯)を注ぎ入れ待つこと暫し、茶葉が完全に開き切ったところで氷の入ったシェイカーの中に注ぎ入れる。

収納の腕輪の中から以前本部長様より賜ったお酒を取り出し封を切る。

空間に立ち込めるまったりとした香り。

これはちょっと違うかなと別の酒瓶、あなた様の忘れ物を取り出しシェイカーに注ぎ入れる。


“シャッカシャッカシャッカシャッカシャッカ”

軽く振ること五回、蓋を開け中の液体を厚底のグラスに注ぎ入れる。


“スーーーッ”

完成したカクテルを目の前の席に座る女性に差し出すと、テーブルに出した道具を収納の腕輪に仕舞い込む。

女性は未だ混乱し訳の分からないと言った表情ながらも、差し出されたグラスに口を付ける。

口腔に広がる爽やかな若葉の香り、スッキリとしたのど越しが先ほどまでの焦りと不安に駆られていた心を鎮めてくれる。乱れまくっていた神力が身体中に広がる光属性魔力によって穏やかに流れ始める。

心の落ち着きと共に思考がクリアになり、冷静に現状を考えられる様になる。

“フゥ~”

吐き出された吐息、天井の窓から降り注ぐ月明かりが、自身の身体を淡く照らす。


定命じょうみょうなる者よ、清廉なる飲み物を与えてくれた事、感謝します。

して此度はどの様な仔細があって我を召喚せしめたのか、お聞かせ願いましょうか”


その声音は音ではなく心に直接響くメッセージ。

声を掛けられし者は頭を垂れ、絶対的上位者である目の前の神性に対し言葉を紡ぐ。


「いと尊き御方よ、その御名を口にするのも憚られる神聖なる御方よ。

この矮小なる人の子の呼び掛けにお応えいただけた事、感謝の至りでございます。

願わくば今一度我が呼び掛けをお聞き届けいただけますれば、これにまさる喜びはございません」


自らを矮小と謙る者は、目の前の神性を前にその身を震わせ、感激を露にする。


“構いません、申してみなさい、その呼び掛けとやらを”

気高き高位存在、絶対なる者はその溢れる威厳を崩すことなく、目の前の地上人に許可を与える。


「そのお言葉終生の誉れ、感謝申し上げます。

では失礼いたします。“ちわ~っす、酒屋のケビンで~す”」

矮小なる地上人、マルセル村の理不尽ケビンは折り曲げた姿勢を戻し顔を上げると、満面の笑みを浮かべ名乗りを上げるのでした。


「ワッハッハッハッハッハッ、あなた様最高♪

定命じょうみょうなる者よ、清廉なる飲み物を与えてくれた事、感謝します”ってもう殺しに来てるでしょう?

“構いません、申してみなさい、その呼び掛けとやらを”って、吹き出しそうになるのを必死でこらえちゃいましたよ」


神聖なる高位存在を前に大爆笑をかますマルセル村の理不尽ケビン、対してそんな理不尽を指差したまま顔を真っ赤にして口をパクパクさせる高位存在たるあなた様。


“な、な、な、何なのよ~!!って言うかどうしてケビンが私の事を召喚出来るのよ!こんな事例って今まで報告されてないんですけど!!”


けたたましく上げられる魂の叫び(思念)に、「頭が~~~、直接頭にキンキン声をぶつけないで~~!!」と悶え苦しむ理不尽。(自業自得)


「あ~、酷い目に遭った。って言うかこっちが聞きたいんですけど、なんであなた様が地上にいるんです?こっちに来るのって許可なり申請なりがいるんじゃないんですか?

勝手に下りて来ちゃったら又本部長様に怒られちゃうんじゃないんですか?」


こめかみを両手で押さえながら言葉を返すケビンに、しまったと言う顔をする高位存在。


“そうよ、すぐにでも**#@様に連絡を入れないと。

あ~、あ~、すみません**#@様、突然ご連絡差し上げて申し訳ありませんが緊急事態でして、はい、私の現在地の座標を見ていただければ状況が分かるかと。

はい、地上になります。はい、はい、分かりました。

詳しい状況が判明し次第ご連絡申し上げます。はい、失礼いたします。

フゥ~、参ったわ、何が何だかサッパリよ。

で、ケビン、どうしてこうなったのか詳しく話してくれるんでしょうね”


あなた様より響く圧の籠った声音こわね(思念)に、“はい、喜んで!”と姿勢を正した俺は悪くないと思います。


“で、マルセル村に礼拝堂が完成したからいつもの様に連絡しようとしたらこんな事態になってしまったと?”


「ですです。まぁ折角気合いを入れて作り上げたんでそれなりに仮性心を満たしつつお呼び掛けいたしましたけどね?まさかご降臨あそばされるとは露程も思わず。

いや~、焦ったのなんの。でも自分以上に混乱しているあなた様の姿を拝見していたら何か冷静に考えられる様になっちゃったんですけどね?

アレですね、他人が混乱する姿を見ると冷静になれるって本当だったんですね、勉強になりました」


“ダ~~~~ッ、あれは忘れなさい、私はいたって冷静だった、いいわね、そんな姿は見なかったの!”


「でもあれはどう見ても・・・」


“な・に・も・見・な・かった、いいわね”


「はい、何も見てはおりません、幻覚ですね。俺も相当混乱してましたから、アハハハハハ」

“やべぇ、高位存在大人げねえ、超怖え”

白き翼を広げし高位存在、その身から溢れる尋常じゃない格の違い。

ケビンは額から冷や汗を流すと共に、自身がいかに矮小な存在であるのかを身をもって知るのであった。


“う~ん、でもそうなると何が原因なのかさっぱりなのよね~。

そうだわ、ケビン、ちょっと再現して見なさいよ。そうすれば何か分かるかもしれないから”

てのひらをポンッと叩きそう提案してくるあなた様、なんかリアクションが昭和チックだぞ?こうした動作って次元を超えて共通項があるんだろうか?

俺は言われた通り礼拝堂から入って来るところから再現するのでした。


“コツンッ、コツンッ、コツンッ”

礼拝堂の扉を開け祭壇に向かい歩を進める。


“ザッ”

礼拝堂の中央、悪戯ギミックの上で片膝を突き、女神像に向かい祈りを捧げる。


“ホワ~~~ッ”

床の文様が淡い光を上げる、床に埋め込まれた六カ所の緑色をしたガラスから光の柱が天井に向かい立ち昇る。


「天にましますいと尊き御方よ、天上より我ら“ちょっと待てい、何これ、床が光ってるんですけど?六本の光柱が天井に向けて伸びてるんですけど!?”」


「あぁ、これですか?ちょっとした演出です。格好いいでしょう?

これってエルフ族に伝わる魔法陣の形だけ真似て作ったんですよ。この模様の中央に立って魔力を込めると床の模様が光るんです。

そんで六つのガラス面から光の柱が伸びるんですよ。この模様のところだけ光らせるってのがなかなか難しくってですね、魔道具職人のマルコお爺さんと頭を悩ませまくっちゃいましたよ。

初期型は魔境の中心部で遺跡風に鎮座してます。そっちは光りの柱じゃなくて光る柱がありますね。ここは礼拝堂ですんで流石に柱は邪魔なんで光の柱に変えたんですが、これが大正解。わざわざ夜中に教会に来た甲斐がありましたってくらい盛り上がっちゃいましたよ♪」


俺の解説に何故か俯いたまま肩をプルプル震わせるあなた様。一体何があったんでしょうか?


“お~前~か~、あたしの残業の原因は~!!”

震える大気、目の前で荒ぶる高位存在、これってちょっとまずいかも。

俺は急ぎ収納の腕輪から黒鴉(鞘ベルトセット済み)を取り出し装着。


「黒鴉、この空間に溢れてる光属性魔力だか神力だか分からないけど、行けるだけ行っちゃって、俺も頑張ってみるから。魔法の腕輪さんは漏れ出て来てる闇属性魔力の回収と俺の余剰魔力の回収、収納の腕輪さんも俺の魔力で空間拡張しちゃって!

皆さん、ご協力お願いしまーーーす!!」


もうここからは時間との闘い、あなた様の荒ぶる感情のままに溢れ出して暴れ狂う神力だか魔力だかを吸い取れる限り吸い取る作業、幸いあなた様はプルプルするだけで動かないからいいけど、これで本人も暴れ出したら余裕で死ねる。

そんで怒りの感情が原因かは分からないんだけど色濃い闇属性魔力迄生まれちゃってるって言うね。

流石高位存在、何でも濃いのなんの。

喜んでるのは黒鴉と収納の腕輪さんくらいじゃない?魔力の腕輪さんなんか結構必至よ?あの濃厚な闇属性魔力って相当にヤバい奴みたいよ?

あんな闇属性魔力・・・・出せるな。うん、俺平気みたい。

まぁそんなこんなで時間にすれば十分少々なんですがね?結構な死闘を繰り広げまして。


“・・・マスター、お代わり!!”

「はいはいただいま~」


テーブルの上のグラスをクイッと飲み干しお代わりを要求する女性。そう、あなた様でございます。・・・どうしてこうなったし。

まぁ原因は俺なんですけどね。

どうもあなた様、急激に体内の神力を失った事で気持ちがダウナー方向に走っちゃったみたいで泣き出しちゃったんですね~。

“何で私ばっかりー!!”とか言い出しちゃったんで“まぁまぁこれでも飲んで落ち着いて”って言って今回お渡しするはずだった光属性魔力マシマシマシマシ蜂蜜カクテル(キラービーバージョン)の入った甕の封を開けてお出ししたところ、ガッパガッパ止まらなくなっちゃいまして。

まぁこっちも悪い事ばかりじゃなかったんで良かったんですけどね?


黒鴉さん、久々の食べ放題にテンション爆上がり!超ノリノリでお食事なさった様で、こっちの身体が浮き上がるんじゃないかってくらい軽くなられておられました。

身体からベルトを外したらそのまま浮いてるのを見た時はギョッとしましたけどね。

“そっか~、軽さを極めると浮くのか~、スゲーな~”ってどこか他人事のような感想が漏れたのは言うまでもありません。


収納の腕輪さん、何か艶々になってるんですけど?これってもしかして限界値に達しちゃったとか?

そう言えば本部長様が収納拡張が一杯になったら自己修復機能の方に魔力が回るように改造したって言ってたよな。でもそっか、限界値に達しちゃったのか。

収納の腕輪さん、これまで俺のトレーニングに付き合ってくれてありがとうございました。これからは本来の使い方、収納の腕輪として頑張ってください。

末永くよろしくお願いします。


魔法の腕輪さん、なんか疲れてません?ちょっと艶が落ちてるんですけど。

でも流石は神器、あれだけガンガン魔力を回収してくれたのに全然平気そう。

・・・平気でも無いのか、艶がなくなってるし。あとで植物油を塗ってあげよう、本当にご苦労様でした。


“わらしらってね、頑張ってるのよ。それをやれあなたは優秀なんでしょう?ならこれくらい大丈夫よねってどんどん仕事を押し付けて!

手前も少しは仕事をしやがれくそ上司!!”


う~わ、所謂パワハラ上司に当たっちゃってるのか~。あなた様相当溜まってるじゃん、そりゃお酒に逃げる訳だわな。

でもなんで俺が切れられちゃったんだ?俺関係なくね?意味解らん。

俺がそんな事を考えているとあなた様がガバッと顔を上げられました。


“ケビン、あなたね、今自分は関係ないよねとか思ってるでしょ!

関係ない訳ないじゃない!フィヨルド山脈、魔境の中心で今何が起きてるのか、あなた知らない訳がないわよね!!”


何かいきなり怒り出したんですけど?酔っぱらいって意味解んない。大体俺が魔境の中心の事を知る訳ないじゃないですか。


“行き成りじゃ無いれふ、わらしたちが人の心を読めるって事を忘れたとは言わさないわよ!あんたの考えなんてマルっと全部お見通しなんれふからね!”

“ビシッ”

何かこっちに向かってドヤ顔で指を指してくるあなた様。美形だから似合ってますが、物凄くうざいです!


「で、その魔境の中心で何が起きてるって言うんです?正直あんな場所魔物すら近寄りませんよ?」

そう、あまりの魔力濃度の濃さから魔物すら近付かない最上生物のセカンドハウス、それが魔境の中心部なのだから。


“聖域”

「ん?今何と?」


“聖域が出来ちゃってるのよ、魔境のど真ん中に!その調査の為に私がここ何日も残業に次ぐ残業で、他にも色々案件が回って来るし、もう限界なのよ~!!”


・・・あ~、うん、聖域ね~。そっか~、聖域が出来ちゃったのか~。

あの嫌がらせ用遺跡風ギミック、素材は今回の礼拝堂と同じ光属性マシマシマシマシブロックを使用、光る柱も確り同じ素材を使ってるんだよな~。魔力回路を引く為のインクは御神木様の樹脂から作った墨と大福のスライム液、光属性マシマシマシマシ魔力水を使って超強化、数百年単位で持つように工夫させていただいた逸品、でも機能はただ光るだけだし、中心部に魔力を注がないと光らないんじゃ・・・あそこって辺り一帯濃厚な魔力の塊だったわ。あの時は色々あり過ぎて気が付かなかっただけで、光りっぱなしだったのかもしれない。

でもそれだけで聖域が出来るかね、普通?


“この床から発せられてる光、確り神聖な力を纏ってるから。あとこの魔法陣、聖なる力、調和、そう言ったものに干渉してるわよ?

私も専門家じゃないからそれ以上は分からないけど、神聖な領域を作り出す効果があるのかもしれないわね。

そして先程の呼び掛け。あなた私の事を呼ぼうとした時もあんな祝詞みたいなことしたんでしょう。

で、極め付けがこの建物全体とあの女神様像、何で濃厚な光属性を帯びてるかな~、これじゃ完全に聖域じゃない、そりゃ私が引っ張られちゃう訳よ、聖域から呼ばれちゃってるんだもん。

もう嫌だこいつ、無茶苦茶なんだもん。

マスターお代わり!!”

そう言い更なるお代わりを要求するあなた様。


“コトッ、カタッ”

勇者病<仮性>心が引き起こした事態。偶然、でも必然。

いたたまれなくなった俺は、グラスに光属性マシマシマシマシ蜂蜜カクテルのお代わりを注ぎ、後で食べようと収納の腕輪に仕舞っていたポーションビッグワームの炙り焼きの載った皿をそっと差し出すのでした。

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