第255話 村人転生者、辺境子爵様を見送る

「それじゃ皆さん、マルセル村の事をよろしくお願いしますね。

ザルバ、ボイル、モルガン商会のギースが来たら私がよろしく言っていたと伝えてください。それとバストール商会商会長アベル・バストール氏にはこの書状を届けておいてください。

内容は一月のお休みの事と面会は秋になってからと言った旨の事が書かれています。

後ケビン君、あまりやり過ぎない様に、本当に頼みます。あまりに酷かったらケビン君を強制的に男爵にしちゃいますからね?」


マルセル村村長宅前、お貴族様となられたドレイク・アルバート子爵様は奥様のミランダ・アルバート様、お嬢様のエミリー・アルバート様、息子様のロバート・アルバート様と共に幌馬車に乗り込まれて行きます。

ドレイク・アルバート子爵様、以前から公言していた通りご家族と共にグロリア辺境伯領南部にある美しい湖で有名な保養地にお出掛けなさることになりました。

旅のお供はギースさんとエリザさん。ギースさんは護衛って事だからまだ分かるんですが、エリザさんは一体・・・。あっ、置いて行くと後が怖いんですね、了解です。


ちなみにこの幌馬車は以前暗殺者ギルドの連中が乗って来た板バネサスペンション付きの高級品ですね。既に金属部品と車軸は魔鉄製と大森林木材製の物に交換済み、パッと見ただの高機能幌馬車ですが実は凄いんですと言う車体になっております。

まぁ今回はドレイク村長にかなりの無茶振りをしましたからね。お詫びの品ではないですが陞爵祝いにプレゼントさせていただきました。

引き馬は念のためうちのお馬さん(魔馬)から派遣、何かあったら業務連絡を貰えるように手配してございます。

で、それだけだとちょっと不安なのでグラスウルフ隊から良狼と他二体を選抜、アルバート子爵家の紋章入りワンコジャケットを付けてもらって護衛に就いてもらいました。

ドレイク・アルバート子爵は最初引き攣った顔をなさっておいででしたが、“ご自身のお立場を考えてください”と説得し、納得していただきました。我が領の人手は有限なんです、農繁期なんです、魔物の手も借りたいくらいなんです、諦めてください。


「えっ、男爵様って叙爵って事ですか?それだけは勘弁して下さい。って言うかそうなったら大森林に逃げます。既に目処は立ってますんで」(どや顔)


何かドレイク・アルバート子爵が訳の分からないことをおっしゃってますがスルー。

既に逃げ道(物理)は確保しているのでどうという事はありません。

この男爵位ですが、グロリア辺境伯様から褒賞として子爵位を委譲されたので以前の男爵位が空位としてアルバート子爵家に残った形になっているものですね。

高位貴族の場合配下の者に褒賞として爵位を与える事もあり、後継者のいない貴族家の爵位や借金で没落した貴族家の爵位などが高位貴族家に買い上げられることがままあります。

王国法においては貴族籍の売買は禁止されていますが、高位貴族においては爵位を保存するという名目で収集所有することが許されています。

中位下位貴族の場合は今回の場合の様に褒賞などでいただいた爵位に陞爵し、もともと持っていた貴族籍が空席になった場合のみ所有を許されています。こうした貴族籍は家を継げない次男や三男に移譲したり、配下の騎士を陞爵させたい場合などに使われたりします。

ですがラノベなどでよくある平民を貴族に取り立てるなどと言ったことには使えません。貴族と平民との身分差はそれほどまでに厚く、厳格に守られているからです。

貴族になりたければマイケル・マルセル様のように準貴族である騎士家を興し、その上で功績をあげて陞爵するしかないのです。

どうもお疲れのドレイク・アルバート子爵様はその辺が分かっておられない様です。


騎士家といえば先の戦に従軍したアルバート子爵家騎兵団の面々は全員名目上アルバート子爵家の騎士という事になっています。理由は単純で活躍し過ぎてしまったからですね。

領都での論功行賞の後も多くの貴族家の者が五人に接触し、仕官を打診したそうです。まぁあの五人はそう言うしがらみから逃れる為にマルセル村にやって来た様な人たちなんで誰も応えようとはしなかったのですが、只管鬱陶しいという事になり、それならばとアルバート子爵家の正式な騎士となったと言う訳です。

実は貴族家が騎士を任命するのは割と簡単で、やろうと思えば乱発も可能。ですが、それに伴う責任も生じるため普通はこうした事はしません。

ただしアルバート子爵家は新興も新興、代々の騎士どころか執事すらいない状況。

また一躍有名になったアルバート子爵家騎兵団が配下ではなくただの領民と言うのは一貴族家として大変人聞きが悪く、都合の悪い事態であった。

そうした要因もあり父ヘンリー、ボビー師匠、グルゴさん、ギースさんを騎士に、ザルバさんを筆頭秘書にという事になったわけです。

ボイルさん、ジョンさん、ジェラルドさんも村の助役からアルバート子爵家の文官として雇われることになりました。

こうなるとメイドはと思うでしょうが人材がいない。マイヤーさんには「わたくしにはすでにお仕えしている方がおりますので」とお断りされ、月影には笑顔でスルーされてしまいました。

ドレイク・アルバート子爵、ドンマイ。


そうそう、そう言えばマルセル村での論功行賞ですが帰村祝賀会の時に行われまして、第一位の父ヘンリーにはマルセル村所有の荷馬車(盗賊の置き土産)と引き馬、金貨二百枚が渡されました。ボビー師匠には金貨百五十枚、ザルバさん、グルゴさん、ギースさんには百枚ずつ。

防具一式の作製に携わったマルコお爺さんやベネットお婆さんのところには別途報酬を支払い、マルセル村の村民全体には本年度の税金をタダにする措置が取られました。

ドレイク・アルバート子爵大盤振る舞い、狭い村でのヘイト管理は大変です。


で、私はと言うとボイル夫妻と蒼雲親子の住宅建設と礼拝堂建設、お馬さんの厩舎造りとゴルド村までの街道整備の依頼を正式にアルバート子爵家から発注するという形をですね~。

おい、ドレイク・アルバート、おいらに対する扱いが酷くないか?まぁ勝手に動いた事で報酬をくれって程厚かましくはないけど、俺っちこう見えて結構な持ち出しをしてるのよ?

ん?報酬金額がヤバすぎてここでは発表出来ない?見合うものを用意出来ないから爵位でいいか?

要らんわボケ!大森林に逃げるぞ!

取り敢えず仕事の報酬という形で支払って行くから勘弁して欲しい?

チッ、仕方がない、今回はそれで手を打とうじゃないか。

ってな感じの事がありましたです、はい。


「だからそう言うところだから、ああ言えばこう言う、少しは私の身体と心をいたわって!?」


「でしたらこないだの新茶を・・・」


「だからそう言うところ!!」


何かお疲れの様でしたので旅のお供にとマルセル村産の新茶をお渡ししようとしたのですが、なぜか余計に怒られてしまいました。解せん。


「良狼、グラスウルフ隊、アルバート子爵家の方々及びギースさん、エリザさんの護衛を任せる。何かあれば業務連絡を寄こすように。お馬さん方も道中気を付けて、グラスウルフ隊と連絡は密にすること、いいな?」


“““ウォンウォンウォン”””

““ヒヒ~ン、ブルルル””

グラスウルフ隊の面々とお馬さん、皆さん気合十分のいいお返事です。


「う、うん。頼もしいね。それじゃ行ってくるよ」


“ハッ”

“ガタガタガタガタ”

村の関係者が見送る中、ギースさんの掛け声で幌馬車は進み出します。


“幌馬車は進む、ガタガタ音を立てて。心身ともに疲れ果てた戦士は、家族と共に旅立った。英気を養い再びマルセル村の代表として皆をけん引し戦う為に。

戦士は訪れるであろう激闘に向けその力を蓄えるのであった”


「ケビンお兄ちゃん、また下らない事を考えて悦に浸ってるでしょう?」

「ん?何のこと?俺はただドレイク村長たちが無事に帰ってきます様にって祈ってただけだよ?

ジミーも知っての通りこのご時世、旅は危険に溢れてるからね。ギースさんにグラスウルフ隊もついてるから大丈夫だとは思うけど、物事に絶対はないから」


俺の返答にいつまでもジト目を向ける弟ジミー、相変わらず鋭いな~。その鋭さの十分の一でもフィリーちゃんとディアさんに向けてあげればいいのに、そう言うところだけは鈍感系主人公なんだよな~。ジミーってもしかして呪われてるとか?光属性マシマシ蜂蜜ウォーターでも飲む?

相変わらず健気にジミーにアプローチを掛ける呪いから解放されたお二人、三人の若者が紡ぎ出すジレジレ、堪りません、ごちそうさまです。

村の暇人、もといお姉様方も近頃はジミーを巡るお嬢様方の恋模様に夢中。目下マルセル村最大の娯楽と化しております。

ジミー、フィリーちゃん、ディアさん、頑張れ。


――――――――――――――


マルセル村のやや外れ、村道脇に拓かれた土地に建てられた新しい建物。大きな石組レンガによって組まれたそれはパッと見倉庫の様にも見えるも、玄関扉上部に括り付けられた丸い明かり取り用の細工窓や三角屋根に数カ所設置された天窓などの様子からそうした目的の建物ではない事が伺える。

重厚な木製玄関扉を開け、まず目に入るのは最奥に備えられている女神像の祭壇。その大きさは街の教会の物に比べれば随分と小振りではあるもののその造りは確りとしており、何か神聖な雰囲気さえ漂わせている。

天井からは屋根に設置された明かり取り用の天窓から外光が注ぎ、建物内部を明るく照らす。

床面には三角形を二つ合わせて作った星のような形とそれを囲む様に引かれた六角形、更にその周りを取り囲む円という不思議な模様が描かれており、六角形の各頂点の場所には六角形の緑色のガラスが埋め込まれている。

清廉な空気の漂うそこはまさに女神様に祈りを捧げるに相応しい場所、マルセル村の勇者病<仮性>重症患者が全精力を傾けて造り出した渾身の建物、村の礼拝堂なのであった。


いや~、ドレイク村長がお出掛けになってから二週間、俺頑張りました。

ボイルさんちは造らなくていいのか?そっちも並行して建設してますともさ。

向こうは住居だからね、住み心地も考えて木の温もりを感じられるお家にしてございます。完成予定は後三週間後ですかね、時々ボイルさんやマイヤーさんに意見を聞いて修正を加えたりしてるんで時間が掛るんでございます。


じゃあなんで礼拝堂なんか造って遊んでるのか?あなた様がね、枕元に立ってうるさいのよ、早く礼拝堂か祭壇だけでも造ってくれって。

“そんなにお酒が飲みたいんかい!こっちも忙しいんじゃい!”って言ったら、“残業続きでストレスが溜まって仕方がないんです、こないだのお酒も全部飲んじゃったんです!!”って開き直りやがんの。

マジ何なん?あの残念さん。


で、仕方が無いんで突貫工事で礼拝堂を造ったって訳です。

当初の計画では魔法レンガで雰囲気のある礼拝堂を造る予定だったんですけどね、そんな事言ってられないんで干し肉の倉庫を造った時と同じ巨大ブロックを使用、イメージとしては大谷石で造られた蔵ですかね。でもそれだと中が暗いんで天井屋根に出窓を括りつけて明り取りにしてます。


窓のガラスは領都に行った時にガラス屋から購入したクズガラスを溶かして平板にしたものですね、一からガラスを作るなんて無理、知識も材料もない。

「街でクズガラスでも買えば?」って教えてくれた花園のシルビーさんには感謝です。

ガラスなんで鉄のインゴットを作るより簡単でした、加工の仕方はほぼ魔鉄と一緒ですし。

そんでこの出来上がったガラスがまた丈夫でして、多分魔ガラスとかそんなんになってるんだろうな~、知らんけど。


女神像はおいらのお手製、多分<まねっこ>のスキルがいい働きをしてくれたのかかなり正確な女神像を造る事が出来ました。

この女神像と建物を造った巨大レンガブロック、どっちも素材粘土に光属性マシマシマシマシ魔力水をぶち込んであります。お陰で建物全体が光属性を帯びてどことなく神聖な雰囲気。

屋根は大森林中層部の太い樹木から切り出した材木を使用、丈夫で長持ちするので素材のままでもいいんですが、せっかくなので光属性マシマシマシマシ粘土を塗り付けた上に同じ材料で作った屋根瓦(洋風)を張り付けて生活魔法<ブロック>で固定化しておきました。


床の模様は例の悪戯ギミック、真ん中で祈りを捧げると光る仕組みです。

ただ光る柱は邪魔なんで「まどうのしょ」行きになった光属性マシマシインクを使ったライトの魔方陣を組み込んで魔ガラス(緑色)をはめ込んでおきました。御神木様の葉っぱをすりつぶした汁を魔ガラス作製時に練り込んだら緑色のガラスになったって言うね、あの熱変化にも負けない御神木様の葉っぱ汁ってスゲー。


まぁそんなこんなで作り上げた礼拝堂。ザルバさんやボイルさんには苦笑いされちゃいましたが、マルセル村の皆さんには概ね好評でした。

特にジェイク君には床の光るギミックが大ウケ、何度も祈りを捧げてはポワポワ光らせて遊んでおられました。

そこで呆れ顔をしているジミー君、お兄ちゃんは知ってるんだぞ?君がまんざらでもないと思ってると言う事を。フィリーちゃんとディアさんに強請られて一緒にお祈りしてる時これって面白いとか思ってただろう!?

口元がニヤケてたのをお兄ちゃんは見逃さないんだからな!

まぁそんな感じで趣味満載の礼拝堂は無事マルセル村住民に受け入れられたのでした。


“ガチャッ、ギィ~~~~ッ”

時刻は深夜、人気のない礼拝堂。


“コツンッ、コツンッ、コツンッ”

天窓から差し込む月明かりに照らされ、一人の人物が祭壇に向かい歩を進める。


“ザッ”

その人物は礼拝堂の中央、床に刻まれた謎の文様の中心で片膝を突くと、女神像に向かい祈りを捧げる。


“ホワ~~~ッ”

床の文様が淡い光を上げる、床に埋め込まれた六カ所の緑色をしたガラスから光の柱が天井に向かい立ち昇り、礼拝堂全体に神秘的な明かりが広がって行く。


「天にましますいと尊き御方よ、天上より我らを見守り下さる天使、あなた様よ。

勿体無くもそのお言葉を賜った矮小なる者でございます。

わたくしめはあなた様の要望にお応えする事が叶いましたでしょうか?

今一度この矮小なる者にその御心をお示しくださいませ」


地を這う者の言葉、それは天上に住まう高貴なる御方への祈り。


“パァ~~~”

輝きだす女神像、天上より降り注ぐ光、かくして矮小なる者の祈りは彼の御方へと届けられた。


“ファサァッ”

広げられる美しい白き翼、光の中より顕現せし天使はその瞳をゆっくりと開き・・・


“・・・はぁ~~~~!?ここ何処!?って言うか、えっ、なに?何が起きてるの?

ん?えっ?ここって地上?まさか天使召喚!?

マジ?私召喚されちゃったの?

もしかしてラノベで読んだ異世界召喚って奴?私使役されて悪魔と戦わないといけないの!?

いや、ちょっと死にたくないんですけど~~~!!”


・・・絶賛混乱中のあなた様。自分がパニックを起こしている時に自分よりも混乱している人間を見るとなぜか冷静になれるって本当だったんですね。

俺は意を決してお言葉をお掛けするのでした。


「ちわ~っす、酒屋のケビンで~す」

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