第254話 転生勇者、公式チートを目撃する
「押忍、白玉師匠。今日もよろしくお願いします、押忍!」
マルセル村の村外れ、ボビー師匠の訓練場では今日も子供たちの訓練に励む声が聞こえる。
“キュキュッ、キュキッ”
構えを取り突進するホーンラビットの白玉、その動きを察知し身を躱す動きの流れで迎撃に転じる鬼人族の白雲。
“ドガドガドガドガッ、バッ、ドガドガドガッ”
白熱する両者の攻防、激しくも冷徹に、相手の隙を見極め誘い込み、拳と蹴りの応酬は見る者の心を魅了する。
“ドガボンッ、ザザーッ”
吹き飛ばされ地面に転がる白雲に、残心を忘れず構えを向ける白玉。
“キュキュッ、キュイッキュ”
白玉の言葉にゆっくりと身を起こす白雲、その表情は悔し気に歪む。
その後二人して先程の戦いを振り返り、良かった点、悪かった点、修正すべき点の討議を始める師弟。
「ねぇジェイク君、白玉が凄く強いって事は知ってたけど、指導者としても優秀だったんだね。
白雲お兄さんって凄く強いんだけど、ケビンお兄ちゃんの話だと訓練を始めてまだ二カ月くらいって言ってたよね」
エミリーは自身も体術を使う身として、白雲の動きの鋭さに驚き目を見開く。これが体術を習い始めて二カ月程度の者の動きなのかと驚愕せざるを得ない、白雲はそれ程までに見事な体捌きを見せていた。
「いや、注目すべきはあの耐久力だろう。あれほどの動きを息を切らす事なく続ける事の出来る体力、そしてあれほどの攻撃を受けながらも平然と立ち上がる打たれ強さ。ケビンお兄ちゃんは鬼人族の種族特性じゃないのかと言っていたけど、本当に羨ましい。
あれで魔力纏いはまだ教わっていないんだ、魔力纏いと覇気の両方を覚えたらどうなるのか、今から楽しみで仕方がない」
ジミーは新たにマルセル村の一員となった白雲のポテンシャルの高さに感嘆の声を漏らす。それと同時に本気で渡り合えるかもしれない好敵手の出現に、獰猛な笑みを浮かべる。
「ハハハ、そうだね。白雲さんか、凄いよね。剣術でも覚えたらもっと強くなるのかもね」
ジェイクは乾いた笑いを浮かべながら白雲の訓練風景を見詰める。そして思う、“何で公式チートの白炎がここにいるんだよ~!!”と。
かつてジェイクが前世で遊んでいたRPGゲーム“ソード オブ ファンタジー”、そのゲームには何人かの主要キャラと呼ばれる人物が存在した。暗殺者ギルド総帥、悪鬼白炎。すべての選択キャラストーリーに登場する敵キャラであり、その涼しげな容貌からは考えられない程の戦闘力の高さから公式チートと呼ばれ、強大な敵として幾度どなくプレイヤーを苦しめた最強格の一人。
“強さこそが全て”と敵対するあらゆる存在を蹂躙する最凶最悪の暗殺者、それが白炎であった。
だがダークヒーローとしてプレイヤーからの人気は高く、その孤高の姿勢から白様と慕われコスプレイヤーが続出したキャラでもある。
“敵キャラだけど報酬次第では助っ人になってくれるんだよな~。魔王討伐の際の初心者救済キャラとか言われてたっけ。依頼料がバカ高くて多用は出来なかったけど”
ジェイクは久しく忘れていた前世の記憶を思い出し苦笑する。
“暗殺者である筈の白炎がマルセル村で修行って、これは本格的に別世界だね。へたに前世の記憶がある分逆に危険かもしれない”
改めてゲーム知識に引き摺られないようにと自身に言い聞かせる。
「ふむ、白雲よ、なかなか良い動きじゃ。ところでお主は剣は振るわんのかの?徒手空拳に拘っておってはいずれ行き詰まると思うんじゃがの」
訓練場の主ボビー師匠からの問い掛けに、白雲は“押忍、お世話になります、ボビー師匠、押忍!”と挨拶をしてから言葉を返す。
「押忍、剣術の方はまだ許可が下りていませんので。
兄弟子曰く“剣術とは手足の延長、その切っ先にまで意識を巡らせて初めて“切る”と言う目的が果たせる。幼少から剣に触れているのならまだしもある程度身体が出来上がってから始めるのなら、身体を作り全身に意識を巡らせる事が出来る様になってから剣に触れた方が結果的に上達が早い”との事でした。
この意見には白玉師匠や緑師匠、黄色師匠も賛同なさっていたので、自分もまずは身体を作り全身で戦えるように鍛え上げようと思っています、押忍」
白雲の言葉に「なるほどの~。ケビンの奴もちゃんと考えて指導しておったか」と腕を組み納得するボビー師匠。
「ふむ、ならば儂から言う事はないかの。剣の事が聞きたくなったらいつでも声を掛けるが良い」
「押忍、ありがとうございます。ご指導の程、よろしくお願いします、押忍」
ボビー師匠は“面白い若者が入って来よったわいて。これはジミーたちの良い刺激になるやもしれんの”と弟子たちの成長に繋がりそうな新人の登場に、ニヤリと口角を上げるのでした。
――――――――――――――
「緑、黄色、レンガの追加お願い。マッシュとキャロルは出来上がったレンガを積み上げてくれる?張り合わせの粘土の厚みに気を付けてね、土台が歪むと建物全体のバランスが崩れるから」
““クエックエッ””
““キャッキャ、キュイ””
俺の言葉に魔法レンガの作製を開始する緑と黄色、そして出来上がったレンガを粘土で張り合わせるキャロルとマッシュ。
マルセル村に戻った戦士達、戻った日常、それは新たなる戦いの始まりを告げる始業の鐘。
ケビン建設を待っていたもの、それはボイルさんマイヤーさん夫妻の新居建設依頼と蒼雲さん親子の新居建設依頼、それと遠征に協力してくれたお馬さん方に対する報酬としての厩舎の建設であった。
いや~、仕事が立て込み過ぎでしょう。厩舎の方は冬前までに造ってくれればいいとの話(シルバー談)なので、まずは急ぎの住宅建設に勤しんでおるところであります。
礼拝堂建設と街道整備は良いのか?うん、やるよ?やるけどさ、そんなにぱっぱと造れないっての。倉庫やマルコおじいさんたちの遊び場(エール作製工房)じゃないんだし、雑にやっていいものでもないしね。
幸い魔法レンガの素材は渓谷の瓦礫が腕輪収納に呻ってますんで、取り出して砂粒サイズに<破砕>しておけば緑と黄色がレンガに加工してくれます。
粘土の場合はもう少し細かい粒子にしないといけないんだけど、全体を土属性魔力で覆う事で自由にサイズ変更出来るのは凄く便利。ただしこのサイズはイメージが大事なので実際の土や粘土に触れることが重要、白磁器を作るサイズなんて言ったら殆ど微粒子レベルなんだろうな~、よく知らんけど。
まぁそうして微細に粉砕した元岩に魔力水を掛けて粘土としてよく練っておけば、キャロルとマッシュが魔法レンガを組み上げてくれるって流れ。
やっぱ人手って大事、細かい作業が出来る従業員って最高。今も器用にコテを使ってレンガ接着用の粘土を均しておられます。
以前はこうした作業もケイトが助手をしていてくれたけど、彼女領都の学園に行っちゃったしな~。ザルバさんの話では友達も出来て充実した学園生活を送ってるみたいなんですけどね。ベティーちゃんって言ったかな?
でも俺が顔を出したときはそう言ったことは全然教えてくれなかったんだよな~、なんでだろう。
「よ~し、ちょっと休憩。冷たい魔力水を用意するから休んでくれる?それと冷やしたトメートがあるから」
朝畑で収穫したトメートを冷水を張った桶に浮かべていたものをなんちゃってマジックバッグから取り出して、それぞれに配ります。
このなんちゃってマジックバッグ、マジックバッグと言うよりもマジックポーチですかね、バッグの口よりも大きいものは仕舞えませんから。
で、このなんちゃってマジックバッグ、利点は時間経過が外界と同じって言う点。熱々の料理が冷めたり氷水にものを冷やしておけば時間経過で冷たくなるって感じ?
更に言えば断熱効果あり、中の空間を熱くしておけば熱い状態が保たれるし冷たくしておけば冷たい状態が保たれる。この効果はつい最近思い付きでやってみて発見したんですけどね、本日は簡易冷蔵庫として使えるかどうかの実験です。
“カブリッ”
トメートの酸味と瑞々しい果汁が口いっぱいに広がって、夏の暑さに火照った体を冷やしてくれます。控え目に言って最高です!
ウッマ、目茶くそ旨いじゃん!?冷やしトメートってこんなに美味しかったの?もっと早くからやればよかった。
この辺って夏場に冷やした物を食べるって習慣が無いんですよね。以前井戸端で朝採れ野菜を冷やしていたら不思議そうな顔をされたことがあったもんな~。
基本夏の暑さは無意識で使われる魔力がカバー、よほどの暑さじゃない限り結構平気な顔で生活なさっておられます。更に言えばマルセル村の住民は皆魔力纏いを習得しているので、風属性魔力や水属性魔力を意識する事で快適に過ごされてるとか。
この時期汗だくで暑そうな顔をしてるのは俺くらい。
蒼雲さん親子にはまだ魔力纏いは教えてないんだけど、鬼人族って元々暑さ寒さに強いらしく、雪の中を草履で過ごしていたと言うから驚きです。
それじゃなんで俺がそんなに暑そうにしているかと言えば、例のごとく魔力枯渇状態だからですね。
なんかもうこれが常態化しちゃってると言うか、当たり前?筋トレした後なんかはポーションビッグワームを食べる事で筋肉繊維がミシミシ回復するって言うね。魔力枯渇を利用した超回復による基礎体力作りは、結構な肉体を作り上げて行ってるって感じです。
どれくらい凄いのかと言えば魔力枯渇状態で白玉と組み手が出来るくらいでしょうか。
まだ勝てませんけどね、いずれは白玉師匠を抜いてやると意気込んでおります。
分類的には多分ビッグワーム達の為に盥やコップを用意してから蜂蜜きな粉飴を一口。フォレストビーの蜂蜜でもそこそこの魔力回復効果がある様で、冷やし魔力水を作り出すくらいの魔力を生み出してくれます。
まぁ休憩が終わったら回復した魔力もすぐに抜いちゃうんですけどね。魔力の腕輪さんって超便利、もう手放せない逸品です。
“ゴクゴク、プハ~”
冷やし魔力水旨っ、冷たいのど越しと全身に広がる魔力の旨味、これって癖になりますね。
さて、作業も残ってるしもう一丁頑張りますか。額から流れる汗を手拭いで拭き、再び家造りに戻る俺氏。
ジリジリと茹だる様な暑さ、真っ青な空に浮かぶ眩しい太陽、夏の日差しはそんな俺の背中を容赦なく照らし続けるのでした。
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