第253話 転生勇者、村の英雄達を祝福する

「そこでな、ボビー師匠が言ってやったのよ、“貴族とは嘗められたらお仕舞、貴族は見栄の為に命を懸ける。ならば己を嬲り者にし辱めようとする者は敵とは言わんのかの?

儂らがお主らを傷付けようものならば、お主らの主人は恥を掻かされたとして我らの主を害するであろう?ならば命の取り合いとなるは必定、その様な簡単なことも分からずやたらに喧嘩を売っていたわけではあるまい?”ってな。

あれは痺れたね~。俺らを辱めて悦に浸ろうとしていたなんちゃら領領兵団の連中、冷や汗掻いて後ずさりしてやんの。

これから戦に行くってんだから言わば仲間だろうにその仲間に喧嘩売るって馬鹿としか思えないんだけどね、これが結構いるんだわ。そんな事してたら敵じゃなく味方に背中から切り付けられちゃうってのが何で解らないかね~。

いいか、お前たちはそんな馬鹿の真似はするんじゃないぞ?敵は少ないに越した事はない、作らないに越した事はないんだからな?」


「「「はい、ギースさん、勉強になります!」」」


村の中央広場、通称健康広場ではマルセル村中の村人が集まり、テーブルを囲み出された夏野菜料理やホーンラビット料理に舌鼓を打ちつつ、思い思いの話に花を咲かせていた。

会場の一角では村の青年ケビンがどこから持って来たのか年代物の樽ワインを振る舞い、村の男衆はおろか女衆もその味わいに大いに顔をほころばせていた。


「それにしても凄かったのはヘンリーさんだよな~。あの鎧姿もそうだけど黒龍に乗ったヘンリーさんが全身から覇気を漂わせて迫った日には敵味方関係なく道を開けてたもんな~」


マルセル村の元金級冒険者“笑うオーガ”ヘンリーはこの戦で更なる武勇を高め、その二つ名を“鬼神ヘンリー”と称される様になったらしい。

“下町の剣聖”ボビー師匠はその勇猛さから“剣鬼ボビー”へと名を改められ、アルバート子爵家の双璧として恐れられる存在となったとの事であった。


「ギースさん、それでお父さんは戦場でどんな活躍をしたんですか?ランドール侯爵家と言ったらオーランド王国北西部を代表する大貴族、その兵士の練度も相当なものって行商人のドラゴさんから聞いています。

そんな領地にこちらから乗り込んだんです。相当な激戦になったんじゃないんですか?」

村の少年?ジミーは、自身の父親の活躍を現場で共に戦ったギースの口から聞けると目を輝かせていた。それは彼の親友であるジェイクやエミリーも同様であり、ジェイクに至っては“ついにあの大剣が火を噴いたんですね!?”と鼻息を荒くして詰め寄る始末であった。


「う~ん、活躍か~。そうだな~、ランドール侯爵家居城の城門を剣技で吹き飛ばしてたかな~。<双龍牙>とか言ったかな~」

ギースはそこまで語ると腕組みをしたまま目を瞑る。

子供たちは次にどんな話が出るのかワクワクした表情でその時を待つ。


「う~ん、以上かな」

「「「ズコッ、イヤイヤイヤ、以上ってもっとあるでしょう!?」」」

ギースの言葉に吉本新喜劇張りのずっこけを披露する三人。この息の合った動きは日頃の訓練の賜物。勇者病<仮性>重症患者と勇者病<極み>による“ボケとツッコミは人生を豊かにする”と言う薫陶が生きた結果であった。


「ハハハ、まぁまぁ落ち着いて。ギース、エリザさんが探していたぞ、行ってあげなさい。子供たちの話し相手は私が変わろう」

子供たちの背後から声を掛けて来たのは、アルバート子爵家騎兵団として共に従軍したグルゴであった。


「あっ、グルゴさんすみません。皆悪いな、エリザを怒らせると後が大変なんだ」

ギースは子供たちに軽く謝罪すると、急ぎ愛妻の下へと駆け付けるのであった。


「ギースのところも大変だな。うちも人の事は言えんが。 

それで君たちが聞いていたのは今回の戦についてだったな」

グルゴはジェイク、ジミー、エミリー、それぞれの顔を見やり、そう言葉を掛けた。

三人はグルゴの顔を真っ直ぐに見詰め頷きで応える。


「ふむ、ではまずこの戦の起こりから話そうか。何で今回の戦が起こったのかが分からなかったらこれから話す事の理解が中途半端に終わってしまうからな。

君たちはランドール侯爵家と言う貴族を知ってるかな?ここグロリア辺境伯領の東に位置する広大な領地を有する大貴族家だ。

要はこの大貴族がオーランド王国北西部地域で一番の貴族家として君臨したいと言う野心を叶える為に様々な調略を行い、その結果起きたのが今回の武力衝突だった訳だ。

でもそんな事に命を懸けるのは馬鹿馬鹿しい、そんな連中脅して黙らせればいいじゃないかって考えた者がいた。言わずと知れたマルセル村の理不尽だな」

そう言いどこか遠い目をするグルゴに、「あぁ~、何か納得」と同情の視線を送る子供たち。


「まぁ普通そんなことは不可能。相手は大貴族、戦をするにあたっての準備は周到、誇り高き侯爵家が負ける様な戦をするはずも無く、勝ちを確信したからこそけしかけて来たんだからな。

グロリア辺境伯領領都グルセリアからランドール侯爵領領都スターリンまでの道程は全て敵、辿り着いた頃には半壊状態と言う事も考えられる程の不利な状況。

事実セザール伯爵領とランドール侯爵領とを結ぶ街道沿いの渓谷は完全に崩壊していて通過不可能な状態になっていたし、スターリン目前の草原は大量の炸薬が仕掛けられていて、いかに精強で知られ“オーランド王国の盾”と呼ばれるグロリア辺境伯家騎士団であろうとも全滅を免れる事が出来ない状況でもあった。

我々が無事にマルセル村に帰って来れたのは奇跡と言っても良かったんだ」


そう言いテーブルに置かれたワインの注がれたカップに口を付けるグルゴ。まさに紙一重、何かが少しでもズレていれば自身はこの場にいる事が出来なかったであろうことは間違いなかったのだから。


「えっと、それじゃ一体どうやって勝利を手にする事が出来たんですか?グルゴさんの話を聞いてますます分からなくなったんですけど」

ジェイクの言葉に共に頷くジミーとエミリー。


「そうだな。あれは私達がセザール伯爵領とランドール侯爵領の領境にある渓谷に辿り着いた時のことだったんだ」

グルゴの口から紡がれた言葉、それは呪われた青年ラクーンとアルバート男爵の心の物語。一杯のビッグワーム干し肉スープの恩を返す為に戦場に身を投じ、命を削った青年ラクーンの献身。崩壊した渓谷を一夜にして復興し、立ちはだかる街の街門を消し去り、領都スターリン南門前の草原に敷き詰められた炸薬の罠を見破り自身の命を賭してその解除に挑んだ青年ラクーン。

その代償は自身に掛けられた呪いの悪化、その姿を魔獣レッサーラクーンへと変え様とも、受けた恩を返そうとたった一杯のスープに捧げられた高潔なる思い。

その身を呪いの瘴気に包まれ巨大な八本の尻尾を持つレッサーラクーンに変えて南の空に飛び去って行った光景は、男達の心を突き動かした。

青年ラクーンの残した最後の希望、炎の草原に示された一本の道筋。

戦士達はその身に闘志を纏い、一体の地龍と化してランドール侯爵家居城を攻め落としたのであった。


「「「う~、ラクーン!!」」」

子供たちは思った、自分たちの知らない所でそんな物語があったのかと。子供たちは涙した、ドレイク村長と青年ラクーンの物語に。


「それで、その後ラクーンさんはどうなったんですか!?呪いは解けたんですか!」

縋り付くように聞いて来たのはエミリーであった。エミリーにはローブと言うゴブリンの姿に変わってしまった友人がいる。幸いローブは呪いから解放され今は人の姿を取り戻してはいるが、呪いの恐ろしさ、その辛さの一端はその身に刻まれているのだ。


「分からない。ラクーンは呪いの力が弱くなって人の姿を取り戻したらアルバート子爵に会いに来ると言っていたけどね。あれほどの呪いだ、そうそう簡単ではないんじゃないかな?

十年、二十年。今は彼の呪いが一日でも早く弱まる事を祈るしかないんだ」

グルゴはどこか遠い空を眺め、目を細める。

子供たちは思う、この戦に浮かれていた自分たちの行いの愚かしさを。戦いには犠牲が付きもの、だがその犠牲になった者やその家族はどうなのか。

“敵は少ないに越した事はない、作らないに越した事はない”

先程ギースに言われた言葉の意味を考える。貴族同士のメンツの張り合い、そんなものに命を懸けるなんて馬鹿馬鹿しい。そう公言するかのような村の理不尽の言葉は一体何を意味していたのか。


「この呪われた青年ラクーンの協力もあって今回の戦の死者は一人もいなかった。グロリア辺境伯軍、ランドール侯爵軍双方にね。

これは幾ら地方領主同士の争いと言ってもあり得ない事なんだ。

本当にこれだけのことを一人で仕込むんだから、マルセル村の理不尽って訳分からない」

「「「?」」」

グルゴのおまけのように語った言葉、その一言に意味が分からず動きを止める三人。


「ん?あぁ、分からないかな?さっき私が語って聞かせた話、青年ラクーンとアルバート男爵の物語は実際遠征先の戦場で繰り広げられた物語、この光景は遠征に参加したグロリア辺境伯軍の者全員がその目で見て感じた事実。

でも真実は違う、全てはこの戦を最小限の犠牲で終わらせようと奔走した理不尽とその無茶振りに応じたドレイク村長の即興劇。道中に立ち塞がるあらゆる障害を事前に取り除いてくれたケビン君の働きがなかったらこうも上手く事は運ばなかったって事だよ。

セザール伯爵領領都ジェンガの西門が外されて街壁に立て掛けられてる光景を見た瞬間、この戦は終わったって確信したもんだよ。同時にケビン君一体何をやらかしてるの!?とね。あとはもう腹筋との戦いだったな~。途中からアルバート子爵とケビン君の演技に引き摺られて私も入り込んでいたけどね。

あぁ、この事は内緒だよ?なんかラクーン青年の献身の物語が領都で大流行りしていてね、その内観光客が訪れるかもしれないから村の皆にはそのつもりでいる様に通達しておいてくれってアルバート子爵に頼まれているんだ」

そう言い乾いた笑いを浮かべるグルゴさん。


「「「えっ?ケビンお兄ちゃん参戦してたの?って言うか少しばかり姿が見えなかっただけで基本マルセル村にいたけど?ランドール侯爵領って近いの?意味が分からない」」」


三人が見詰める先、そこには木刀を構えた剣鬼ボビー師匠と鬼神ヘンリーに襲われて“喧しい、この酔っぱらいども~!!”と叩き潰すケビンお兄ちゃんの姿。


鬼人族の移住者蒼雲さん親子を連れて来たケビンお兄ちゃん。

大森林の中層部、大賢者シルビア・マリーゴールド様の隠された花園でゴブリンの呪いを受けていたフィリーちゃんとディアさんを呪いから解放したケビンお兄ちゃん。

ゴブリンに姿を変えたビッグワームのキャロルとマッシュを進化させて、人型と大蛇型に変身可能な謎魔物に変えちゃったケビンお兄ちゃん。

遠く離れた戦場とマルセル村を行ったり来たりし、暗躍し、結果的に一番平和な形で終戦に持ち込んだ陰の立役者、ケビンお兄ちゃん。


「「「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」」

マルセル村の子供たちは訳の分からない理不尽は取り敢えず横において、訪れた平和を喜び、テーブルに並べられた旨そうなご馳走に舌鼓を打つ事にするのでした。

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