第250話 村人転生者、既成事実を積み上げる (2)

“ガチャ”

家の扉を開け外の井戸端に向かい、盥に水を汲み上げる。


“バシャバシャバシャ、フゥ~”

農繁期を迎えたマルセル村の朝は早い。白み始めた空の下顔を洗い、未だボ~ッとする頭をしゃっきりと目覚めさせる。


「蒼雲さん、おはよう。今朝も早いね。もうマルセル村の生活には慣れたかい?」

背後より掛けられた声に振り替える。そこにいるのはマルセル村の助役で同じ長屋に住むボイルであった。


「これはボイル殿、おはようございます。いや、お恥ずかしい話、これまでの生活はかなり不摂生が続いていたもので、未だ朝が弱いんですよ。

体力の方はかなり戻っては来たんですが、全盛時には程遠い。最近は息子の方が余程強いですからね」

そう言い頭を掻く偉丈夫蒼雲に、“その身体付きでまだまだって全盛時はどんなだったんですか!?”と言う突っ込みを必死にこらえるボイル。


「う~ん、そう言う事でしたら一度村の剣術指南役ボビー師匠のところに顔を出されるといいですよ。今は村内がグロリア辺境伯様の遠征騒ぎでバタついていますが、遠征組が戻ればいろいろ落ち着くでしょう。

ボビー師匠も戻られるでしょうから、その時紹介いたしましょう」


「何やらいつも済みません、世話になります」

「いえいえ、これも村を預かる者の務めですからお気になさらずに」

“でもドレイク男爵様も驚くだろうな~”

ボイルは帰村したドレイク・アルバート男爵が蒼雲親子を見てどのような反応をするのかを想像し、心の中で手を合わせるのでした。



「オヤジ、摘み取る新芽ってこのピンと立ってるやつでいいんだよな?」

「あぁ、葉の色が黄緑色をした新芽だな。硬くなった物は摘まなくていい」

村人たちは日が昇りきる前には畑に赴きそれぞれの作業に勤しむ。通常収穫した朝採れ野菜は村長宅に集められ、マジックバッグに収納され行商人が来た際に渡される手はずになっている。

現在はそのマジックバッグをドレイク・アルバート男爵が領軍の遠征で使用している為、行商人が来村してから収穫物を集めると言った方法を取っていたのだが、マルセル村の理不尽青年ケビンがいくつかの大容量マジックバックを貸し出してくれた為、それを借りる形で通常通りの収穫を行う事が出来ている。

その出所については深く追求しない、これはマルセル村の暗黙の了解となっている。


「でもよオヤジ、この茶の木の新芽って昨日摘んだばかりだよな?なんで毎日こんなにいっぱい出てくるんだ?収穫期って奴か?」

村の外れ、日当たりの良いなだらかな斜面に開墾された蒼雲の畑には、秋の収穫に向けすくすくと伸びる芋の蔓やキャロルの青葉、お茶の木の畝が瑞々しい姿を見せている。


「白雲、気にするな。摘み取った茶葉はケビン殿から渡されたマジックバッグに収納しておいて後で加工すればいい。こないだ試しに作った蒸し茶の新茶もかなり好評だったしな。

しかしランドール侯爵家の城の地下室で使っていた物を回収してきただけだからと言ってこんな高価なものをポンと渡してくるとは、本当にケビン殿は懐が広いと言うかなんと言うか」


「あぁ、兄弟子は何も考えてないと思うぞ?兄弟子としてはお茶を加工してくれるんなら他の事はどうでもいいんじゃないのか?

あの理不尽、自分の価値観が一番ってところがあるからな。じゃなきゃ“キャタピラーの香草包み焼き”なんて思いつかないって。

“旨いから黙って食え”って言われたときはどんな嫌がらせだって思ったよ。実際食ったらめちゃくちゃ旨くてさらにびっくりしたけどな。

オヤジも兄弟子の事はあまり深く考えない方がいいぞ?

“あるがままを受け入れる、それが生き残る為のコツだ”

そんな事を暗殺者ギルドで偉そうなやつが言ってたっけな、やっぱり命懸けの連中の言葉は重みが違うわ」


“あるがままを受け入れる。そういえばこのマルセル村に来てから忌避の目で見られたことはなかったな。ホーンラビット族とはよく言われるが、侮蔑の表情じゃないんだよな、なぜなんだ?”

蒼雲はマルセル村に来てからの事を思いだす。平穏な村の暮らし、温かい寝床、温かい人々。ここまで自分たちを受け入れてくれた村など今まであっただろうか。


「あ~、オヤジもしかしてホーンラビット族って言われてることを気にしてるのか?

だったら諦めた方がいいぞ?この村ホーンラビットの飼育を村の産業として行ってるからな。

それに白玉先生の他に団子先生って古参のホーンラビットがいるらしくてな、なんでも風属性魔法の使い手で村の防衛を担ってるらしい。

マルセル村ではホーンラビットは身近な存在なんだとよ」


新芽を摘み取る、朝日が昇る。マルセル村の一日が始まる。

蒼雲は息子白雲が笑顔で茶摘みを行う姿に、“細かい事はどうでもいいか”と訪れた幸せを素直に受け入れることにするのであった。


―――――――――――――


「ジェラルドさん、おはようございます。ボビー師匠の畑の野菜を持ってきました」

「「おはようございます。お野菜をお持ちしました」」

日が昇り一日が動き出したマルセル村では、多くの村人が畑で取れた収穫物を村長宅に届けに集まってくる。


「あぁ、ジミー君か、ご苦労様。収穫物はそこの木箱に並べておいてくれるかい?

フィリーちゃんとディアさんもおはよう。二人ともしっかり村の生活に慣れて来たみたいだね。

もっとも二人はゴブリン姿の頃に既に馴染んでいたから、私たちの方が呪いの解けた二人に慣れて来たって事なんだろうけどね。

でも本当によかったよ、今の生き生きとした二人の姿を見ると心の底からそう思う。ジミー君、これからも彼女達の事よろしく頼むね」

マルセル村はオーランド王国の最果て、貴族令嬢の幽閉地。様々な事情を抱えた訳アリが辿り着く終焉の地。ゴブリンの姿に変えられた呪われた彼女たちの事も、決して他人事とは思えない様な人生を送って来た人々が集いし場所である。

そんな彼らにとって恐るべき呪いから解放された彼女たちの吉報は、我が事の様に喜ばしい出来事なのであった。


「はい、お任せください。二人は僕の大切な人(仲間)ですから」(ニコッ)

ジミーの言葉に顔を真っ赤にし俯く彼女達に、ホホウと口元を緩めるジェラルド。


「ジミー君、君もケビン君に似て隅に置けないね~。いや、ジミー君の場合は単に周りに女の子がいなかったってだけだね、これが領都や王都だったら今頃大変な事になってたと思うよ。

でもそうなるとこれからどうなるんだろう?三年後の授けの儀、ジミー君たちはどう考えても素晴らしい職業を授かると思うんだよな~。そうなったら領都か王都の学園に通う事になるだろう?ジミー君が女性で苦労する姿が目に浮かぶんだけど」


ジェラルドの言葉に途端心配顔に変わるフィリーとディア。そんな二人の気持ちを知ってか知らでかジミーは笑顔で言葉を返す。


「三年後の学園、どうなるんでしょうね。ジェイクやエミリーは今から魔法が使えるし、ジェイクに至っては複数属性持ち、あの二人は確実なんじゃないかな?

僕にはそう言ったものはないから。

でも学園ってどんな所なんだろう、今度ケイトさんが休みで帰って来たら聞いてみます。

強い相手がいればいいんですけど」


そう言い獰猛に微笑むジミー。

“あっ、うん、やっぱりヘンリーさんのお子さんだ。女性問題に悩むのは当面先だね。フィリーちゃん、ディアさん、頑張れ”

両脇からジミーの顔を心配そうにのぞき込む彼女たちにエールを贈る、ジェラルドなのでありました。


――――――――――


「緑、黄色、アナさんのところから木箱貰って来て。キャロルとマッシュは俺が引き抜いたマッシュの泥を払って木箱に詰めて行って」


村の外れ、ケビンの実験農場では、早朝から夏物野菜の収穫作業が行われていた。

ヘンリー家の長男ケビンは自分の家の畑の手入れや収穫作業もあり、ここしばらく大忙しの日々を送っているのである。


“キュアキュアキュ”

「どうしたのマッシュ?トメートの収穫はマッシュの後かな、箱詰めが終わったら一緒にやろう。ちゃんと芽かきをしたからいい大きさのトメートが出来たよ。

これはマッシュとキャロルも手伝ってくれた奴だから二人のお手柄だね」


““クアックク、キャウ~ン♪””

ケビンの言葉に嬉しそうに顔を擦り付け様とするオーバーオールを着た女性?二名。


「おいおいやめろよ、それより早く収穫しちゃうぞ、日が昇ったら暑くなるからな。俺たちはよくても収穫した野菜の鮮度が落ちる。

詰め終わったら並べておいてくれ、まとめて腕輪収納に仕舞っちゃうから」


““キャウキャウ、クワン””

収穫の朝は続く、これからしばらくは夏物野菜の収穫期。マルセル村の忙しい季節が始まるのであった。


“コトンッ”

卓袱台に差し出された湯呑み、口を付けると適度に冷やされた蒸し茶の爽やかな香りが口内に広がる。

マルセル村で始まったお茶の木の栽培と蒸し茶の製造、今後は堂々と蒸し茶を楽しめるかと思うと、自然と口元が緩む。

卓袱台の向かいに座る畑脇の小屋の主は、涼やかな顔を開け放たれた引き戸の外に向ける。そこには畑の守護者緑と黄色、そしてその助手の様に草取りに励む地龍の様な姿の二体のビッグワーム進化体。

小屋の主アナスタシア・エルファンドラは正面に向き直ると、その表情を変えずこちらの瞳をじっと見詰める。


・・・全部話せって事ですね、分かりました。

俺はこれまでの一連の流れを現在に至るまで事細かにアナさんに話して聞かせるのでした。


「それでフィヨルド山脈の最奥でマッシュとキャロルを進化させたら人型のドラゴンの様になってしまったという事なんですね?」


「はい、そうです。原因としては進化前に食べさせた最強生物の抜け殻の影響かと。

元々長生きする畑の従業員育成計画の一環だったんで、ゴブリンジェネラルかまだ見ぬゴブリンの進化体にでもなってくれればと思ってたんですが、どうもドラゴンの因子が強く働いたみたいでして。

緑と黄色もとてもじゃないけどビッグワームとは言えない姿になってますしね。顔付きは似てるからその辺は共通なんじゃないんですか?」


“ズズズズズズッ”

俺は長話で疲れた喉を潤す為、冷えた緑茶をいただきます。

あ~、なんか身体が癒される。まるでポーションでも飲んでるみたいに心と身体の疲れが消えて行く。

・・・!?これってもしかして?

・・・よし、気が付かなかったことにしよう。今はアナさんの話を聞かないと。


「それで洞窟内で解術を行ったんですよね?その為にわざわざただ光るだけのこけ脅し装置まで作って持って行ったんですから」

そう、アナさんはあの“なんかこれって凄い遺跡か何かなんじゃ!?って思わせぶりないたずらグッズ”の開発時にアイディアを貸してもらってたんですね。


「六芒星の魔法陣は聖域結界にも使われる基礎にして奥義、様々な魔方陣に使われる応用範囲の広いものですから、発見者は相当に悩むと思いますよ?

いやがらせにはもってこいだと思います。

その中心で解術を行ったんなら呪術解放の残滓もしっかり残ったでしょうからね。

でもその際にキャロルとマッシュの姿は細長いビッグワームのものに戻ったんじゃないんですか?

あの二体を連れて来た時にそう言っていませんでした?」


アナさんの鋭い追及、そう、あの二体は呪い開放と共に元の姿、進化したビッグワームの姿に戻り人型は失われた、そう思っていたんですけどね~。


“キャウキャウ”

引き戸から顔をのぞかせたキャロルがおなかが減ったと言って例の洞窟のゴミを要求して来ました。そして小屋の中に入ろうと身体から黒い靄を発し、姿を美しいスタイルのドラゴニュートモードに変えるのでした。


「うわ~、キャロル何度も言ってるでしょ、その姿になるときは服を着なさい服を。

ケビン君もじっと見詰めない、それほど見たいんなら後で私が見せてあげますから!ほら、キャロルの作業着を出してください!!」

アナさんに言われ急ぎオーバーオール一式を出す俺氏。そう、この二体、ゴブリンの身体を完全に取り込んだどころか呪いの力を自分のモノにして変身出来るようになっちゃったんですね~。

超滾る、出来れば変身ポーズをとってもらいたい!

更に言えば緑や黄色みたいに武装形態も取れるって言うね、それぞれの姿にそれぞれの武装形態で四パターン、“まだ二段階の変身を残している”が出来るんですね~、最高です!!


月影の診断によれば呪術者との関係は完全に切れてるとか、呪いの効果とゴブリンの身体が進化の過程で取り込まれたのではないかとの見解でした。まぁ<昇進>の際の光も尋常じゃなかったもんな~、賢者二人が驚くほどの変化、何があったのかと思ったけどこう言う事だったんですね、グレイトです。


さて、キャロルが人型になったという事なんでついでに村の皆さんにもお披露目しちゃいますか。

ドレイク村長が帰ってくる前に周知しちゃえば否定のしようもないでしょう。(ニヤリ)


マルセル村の新しい住民と呪いの解けたお嬢様方、そして新たな魔物の進化。

男たちが戦に出ている間もマルセル村は少しづつ変わって行く。

子供たちは少し会わないうちに大きく成長していく。

新たなる地位を得て凱旋する者たちは、その変化に時の流れの速さを感じる事だろう。


ドレイク・アルバート子爵に幸あれ。




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