第249話 村人転生者、既成事実を積み上げる

街中が歓喜と興奮に溢れる領都グルセリア。

領軍の勝利と無事な帰還、目前にまで迫ったスタンピードをたった五騎で鎮圧せしめたアルバート男爵家騎兵団の活躍。

魔物暴走の脅威からの解放と言う反動も伴って、その熱狂は止まる事を知らず。

飲み、歌い、騒ぎ。皆が笑顔で、思い思いの方法で、内なる感情を爆発させる。


そんな喧騒漂う領都の中において、人通りの少ない裏通りにひっそりと佇む一軒の酒場。騒ぎから取り残された様なそんな場所から、いつの間にか現れた一人のメイド。


「やぁ月影、ご苦労様」

彼女は掛けられた声に顔を向けると、慇懃に礼をし言葉を紡ぐ。


「ご主人様、全ては恙無く。暫くは領都グルセリアも静かになるかと」

「あ~、やっぱり馬鹿は何処にでもいたんだね、折角グロリア辺境伯様の大粛清からも生き延びたんだから大人しくしてればいいものを。

ランドール侯爵家の間者は引き上げただろうし、騒ぎを起こすなら帝国の間者かそそのかされた強欲のどちらかだと思ってたけど、強欲の方だったね。どうせ手駒なんて残ってないだろうから暗殺者ギルドを頼ると思ったら案の定、シルバーから帰還するって業務連絡を受けて様子を見に来れば頑張っちゃってるんだもん、ビックリだよ。


月影が入れ替わってた男は席に戻しておいたよ、色々お話を聞いたら魔物暴走装置は三台あったんだってさ。それも今回の作戦で全部使っちゃったみたい。

炸薬の類は支給されてなかったみたいだね、グロリア辺境伯領で起こしてよい騒動はあくまで事故を装う必要があったのと、ランドール侯爵が帝国産の新しい炸薬の危険性を熟知していたからなんだろうね。

下手に広めない辺り危機管理が確りしてたんだろうな、飼い犬に手を噛まれるのも馬鹿馬鹿しいしね。

にしても暗殺者ギルドのワインはおっかないね、全員気持ちよく旅立って行ったみたいじゃない。これ普通に気が付かないよ?

今後はあまり関わり合いになりたくないわ~。


そうそう、ドレイク村長たちは暫く帰れないみたいだし、早くマルセル村に帰って例の面倒事を片付けちゃおうか?

本人たちは凄く帰りたいんだろうけど英雄様だし?グロリア辺境伯様のメンツってものもあるしね、御愁傷様って感じ?」


メイドに声を掛けた者は自らの影を伸ばすと、彼女をその闇の中に沈めて行く。

メイドは恭しく礼をしたまま闇の中に消えて行った。


「さて、面倒事は次で終了、これで暫くのんびりと・・・礼拝堂建設があった。蒼雲さん親子の家も作らないといけないし、ボイルさん夫婦の新居、シルバーたちの厩舎、ゴルド村までの街道整備もやるのか?

めっちゃ忙しいじゃん、ジミーたちの修行に付き合えないじゃん。

早くキャタピラーになりたい。(T T)」


“バッ”

気配が消える。裏路地には始めから誰もいなかったかのように静けさが漂う。

街の喧騒はそんな場所にも響き届いて来る。

領都グルセリアのお祭り騒ぎは、その後三日間続くのであった。


―――――――――――――――


フィヨルド山脈。切り立った崖、標高八千メートルを優に超える山々が連なるそこは、世界でも有数の危険地帯であり、天災級の魔物ドラゴンが住まう場所とまことしやかに囁かれる伝説の地でもある。

このフィヨルド山脈には一体でも人里に降りれば災害を引き起こすレベルの魔物が多く生息し、命の奪い合いをしている。なぜそれほどまでの魔物が生息しているかと言えば、山脈全体に溢れる高濃度の魔力による影響と言わざるを得ない。

人々はこの人外領域を畏怖の念を込め“魔境”と呼ぶ。


「ハッ、フッ、ホッ!」


大地には幌馬車を一呑みにしそうな巨大蛇が這いずり、空には恐怖の象徴ワイバーンが飛び交う。そんな地獄の様な環境の山脈を、軽快な掛け声と共に跳び上がる一人の青年。

魔物たちは彼の存在がまるで見えていないかの様に、横をすり抜け様が背中を蹴り上がろうが見向きもしない。

雨粒が当たっても気にしない様に、綿毛が触れても不快に思わない様に、青年は災厄の地を遊び場のような感覚で駆け抜ける。


「到着~、本当にあったよ良さげな洞窟。やっぱり山の事は山の主に聞くのが一番だね。あの最強生物、図体が巨大なのに意外に繊細だよな、山の地理に詳しい詳しい。

こんな山頂近くにある洞窟なんてよく知ってるよな~」


青年ケビンが辿り着いた場所、それはフィヨルド山脈の中心部、険しい山々に囲まれた前人未踏の地。濃厚な魔力溢れる山岳部にぽっかりと開いた洞窟。


「でもここって表面がガラス状に溶けてない?もしかしなくてもドラゴンブレスでブチ開けた場所とか?

それじゃ今の棲み処も自分で掘り抜いた?あんな巨大な洞窟を?

やべぇ、スケールが違い過ぎて笑えねぇ。ランドール侯爵家の炸薬が線香花火に思えて来た。TNT爆薬と線香花火、いや、核爆弾と線香花火?

あの最強生物が本気で暴れたら国どころか大陸が滅びるぞ、これ。

よし、これからもお供え物は欠かさず行おう。まさか保身の為のカクテルで世界の命運を背負う羽目になるとは思わんかったわ。

適切な距離感、信仰対象と一般信者の関係。あの御方様にはおやしろ(洞窟)で恙無くお過ごしあそばそう。俗世に関わらせちゃだめだね、うん」


目の前の霊峰にぽっかりと開いた洞窟を前に、改めて彼の存在の危険性を認識する青年ケビンなのでありました。



周囲がキラキラと煌めく洞窟、それは恐ろしい程の高熱により大地が焼かれ、ガラス状に変化した事の証左。過去に一体この場所で何が起きたのか、大地に刻まれた爪痕はそんな歴史の闇に思いを馳せさせる。

中空に浮かぶライトボールは洞窟内部を明るく照らし出し、人々に様々な空想を巡らせる。

って最強生物のドラゴンブレス一択なんですけどね、多分棲み処を作るのに良さげな場所を調べていた感じ?試し撃ちみたいな?

崩壊してない所を見ると頑丈さでは悪く無さ気だったんだろうけど奥行きと高さの問題?山の下層の方が広い洞窟を掘れるしね。

まさか洞窟を進みながらドラゴンのハウジング計画を夢想する日が来るとは、人生何がどうなるのかなんて本当に分からない。

おっ、ここらが最奥かな?良さ気な広場になってるし、少しは掘り進めて何かが気に入らなかったのかな?

もしくは別荘的な、気分転換のキャンプ地?昔はあちこち飛び回っていたって言ってたし、本格的に住み始める前は各地にこうした場所を作ってたのかもしれない。

ドラゴンのセカンドハウス、なんかいいかも。

俺は取り敢えず整理整頓とばかりに空間全体に闇属性魔力を展開、転がっている石や岩、よく分からない魔物の骨やら多分最強生物の抜け殻と言ったゴミを収納の腕輪に仕舞い込むのでした。


「さてと、それじゃ早速土属性魔力を床面全体に薄く広げて<破砕>っと。

おぉ~、フラットな床の出来上がり、<破砕>ってマジで便利だわ。

そんでもって予め用意した舞台セットを設置してっと。よし、出来た。

それじゃ主役とゲストをお呼びしますか、月影、キャロル、マッシュ、出て来てくれる?」


俺の呼び掛けに伸ばした影から次々と現れる三人。


「ご主人様、お呼びで、ウグッ!?」

「あっ、ごめん。ここの濃厚な魔力は月影には毒だったみたいだね。今結界を張るから」


俺は急ぎ月影の周囲をドーム状の魔力障壁で覆い、中の空間魔力を吸い取る事で魔力濃度を下げるのでした。


「ハァ、ハァ、ハァ、申し訳、ハァ、ハァ、ございません。しかしここは一体!?

重圧を感じる程の濃厚な魔力、普通の場所ではないと言う事は分かるのですが」

「あぁ、フィヨルド山脈、魔境のほぼ中心部かな?あまりの魔力濃度に魔物すらほとんどいないって言う場所、最強生物に嫌がらせに適した場所は無いかって聞いたらこの場所を教えて貰ってね。結構ゴミが散らかっていたし、昔のねぐらか何かだったんじゃない?分からないけど。

で、キャロルとマッシュは」


“ギャウギャ”

“ウギャギャウギャ”


「うん、平気みたいだね。やっぱり魔物の進化は環境と魔力、より豊富な魔力を含む食材をどれだけ食べたかで決まるって言う考察はあながち的外れでもなかったみたい。

これは底辺魔物特有の性質の勝利なんだろうけど、どんな食材でも食べる事が出来る<悪食>ってこうやってみると凶悪だよね。ビッグワームの身体の状態で最強生物の抜け殻まで食べさせて進化待機状態にしたうえで、ゴブリンの身体でもそこまで持って行ったんだから魔力に対する耐性は相当なものになってると思うんだ。

現にこの場でも平気そうだし、緑や黄色も魔境の環境で余裕だったしね。

恐らく進化の切っ掛けがなかっただけで何時でも行ける状態だったのかも、魔物ってやっぱり謎だらけだわ。

それじゃゲストもお呼びしますか、<オープン>」


“ピカッ”

ケビンが差し出した左手、その指に嵌められた武骨な指輪から光が生じ、その煌めきから二人の人物を顕現させる。


「漸くついたのね、ウグッ、何・・・この濃厚な魔力は・・・」

「お師匠様、ウゴッ、全身が、何でこの身体が苦痛を感じてるの!?」

指輪から現れた花園の隠者、賢者師弟はなぜか苦しみに悶えている様な?


「えっとここは魔境の最深部ですけども?肉体がきついんなら霊体に戻ったらいいんじゃないんですか?」

「「はぁ~!?魔境の最深部ってフィヨルド山脈の?そんな場所、魔力の深淵じゃない。そんなところで肉体を解除したら霊体なんて消し飛んじゃうわよ!!」」


うげっ、それってヤバいじゃん。知らぬ事とは言えお二人を強制成仏させるところだったじゃん。いや、消し飛ぶって言ってるから消滅?もっと不味いじゃん、危なかった~。

俺は急ぎ魔力障壁ドームで二人を覆うと空間の魔力を吸い取り魔力濃度を下げるのでした。


「フゥ~、危なかった。ケビン、あんた何考えてるのよ!こんな無茶苦茶な所に来るんだったら予め言っておきなさいよね、何の対策もしてなかったから下手したら存在自体消去されちゃうところだったんですからね!」

「いや、これは本当に申し訳ない。霊体のお二人ならどこでも大丈夫だと勝手に思い込んでおりました。

強い魔力は霊体にも影響する、二度と同じ間違いを犯さないように覚えておきます」


俺はその場で土下座をし、謝罪の意を伝えるのでした。



「さて、色々と問題はございましたが早速始めたいと思います」

「「切り替え早い、本当に反省してる?こっち死に掛けたんだけど?」」


「してます、してます。流石に存在消去は洒落になりませんから、せめて強制成仏ですよね、分かります」

「「分かってないよね!?まぁいいけど。それじゃ早速始めましょう」」


流石賢者師弟、終わった事はくどくど言わない、それよりも好奇心最優先。

自身が消え掛けたにも関わらずこの態度、ブレない、全くブレない!そこに痺れる憧れる。


「それじゃまずは進化しちゃいましょうか、キャロル、マッシュ、そこの柱の真ん中に立ってくれる?」

それは大人の背丈ほどの六本の六角柱、床面にはそれぞれが直線により結ばれた重なり合う二つの三角形と柱同士を結んだ六角形が描かれており、全体を円で囲っている。

その中心に二体のゴブリンが立った時、床の模様と六本の柱が淡い光を放ち始める。


「ケビン君、これは一体?」

「フッフッフッフッ、良く出来てるでしょう?これ、ただ光るだけの魔道具なんです。中心に立つ者の余剰魔力を糧にただ光る、なんて意味の無い無駄な装置、だがそれがいい!

この場所を発見した物は思うはずです、この装置は一体何かと。意味ありげな模様、六本の光る柱、この遺跡には何か凄い秘密がある、もしかしたら転移の遺物か!?

頑張って研究してください、この柱にしろ床の模様にしろ無駄にいい材料を使ってますから。

まぁ鑑定されちゃったら一発でバレるんですけどね、こんな場所にまで来れる鑑定士っているのかな?白金級冒険者でも命懸けですよ?ここ」


「「う~わ、根性悪、凄い嫌がらせじゃない」」

「ワハハハハ、そんなに褒めないでくださいよ。早速進化しますんで、霊体になるなりしておいてくださいね。月影は後ろ向いて目を覆っておいた方がいいよ、洒落にならないくらい眩しいから、俺もそうするし。

それじゃ行きます。<昇進>」


“ビガ~~~~ッ!!”

うげっ、ちょっといつもより強烈じゃね?後ろ向いて目を覆ってるのに瞼が赤く見えるんだけど!?


「う~わ、すっごいわ。えっ、魔物の進化ってこんなに物凄かったの?前の時も目が焼かれるかと思ったけど、今回は浄化して成仏するかと思ったわよ。

霊体化しててもヤバかったわ、この結界がなかったらどうなってたか分からなかったわ」

「そうですね、それに進化って質量とか関係なく大きくなったりするんですね。脱皮と同じで多少大きくなるとは思ってましたが、子供サイズのゴブリンが大人サイズに化けるとは。

ゴブリンがホブゴブリンに進化するってこう言う事だったんですね」


どうやら進化は終わったみたいです。俺はゆっくり目を開け周囲を見回します。ちょっと見えずらいな、ローポーションでも飲んでおこう。

月影にも渡してクイッと一飲み。視界も安定したところで二体の方を向くと・・・。

スラリとした背丈、ジミーと同じか少し低いくらい。長い髪に鴉天狗の様な顔、爬虫類の様なお肌に女性らしいプロポーション。シュルリとした尻尾もお持ちでございます。

・・・ドラゴニュート?ゴブリンとビッグワーム何処に行ったし。

えっと、ちょっと意味が分かんない。

呆けてるのは俺だけじゃなく月影も一緒の様で、口をポカンと開けておられます。

普段沈着冷静な月影にしては珍しい、って言うかそうなるよね、俺も似た様な顔してたと思うし。


「オホンッ、月影さんや、それで呪いの方はどうなってるのか分かる?大体でいいんだけど」

俺に話を振られ、ハッと我に返る月影。そんなに気にしなくてもいいからね、俺も気持ちは同じだから。


「も、申し訳ありません、少々取り乱してしまいました。

呪いに関してですが、既にゴブリンとは別物となっている為術自体の影響力は定かではありません。ただ未だ術者との伝達は完全に切れてはいない様です」


ふむ、凄いな“愛の試練”。それじゃ本命を行ってみましょう。

俺は腕輪収納の中から嘗て封印したとある品を取り出しました。それはポーション瓶の中で淡く光る液体、ポーションビッグワームの黄色が生み出した奇跡の雫。


「ちょっとケビン、それって何!?どう見ても霊薬だけど、そんな薬見た事ないんだけど!?」

あっ、うん。やっぱダメな奴でしたか、世に出さなくて良かった。

俺は進化したキャロルとマッシュそれぞれに謎ポーションを渡すと、「クイッと飲んじゃって♪」と指示を出すのでした。


““グビッ、グビッ、プハ~。クワッ、キュワッ♪””


どうも飲み口が良いらしく、二体とも大満足。“疲れた身体に染み渡る~”とか仰っておられます。

あっ、黒い靄みたいのが身体から溢れてきた。これってゴブリンモード終了のお知らせ?

はぁ~、短い夢だったな~。でもまぁドラゴニュート擬きも見れたし、これはこれで満足なんですけどね。

キャロルとマッシュの身体から溢れた黒い霧は二体の全身を覆い、そのブラインドが晴れた時、そこには二体のビッグワームの進化体が佇んでいるのでした。


うん、緑や黄色よりも小振り?顔は鴉天狗をやや前に伸ばした感じ、長い髪はそのままなのね。身体もあの二体よりも細身でシュッとした感じですね。


““キュイ~、クワックワッ””

“なんか凄いスッキリした、お腹減った!”と仰っておられます。

まぁ身体の調子も良い様で、良かった良かった。

俺は腕輪収納からこの洞窟で見つけた最強生物の抜け殻を取り出すと、二体の前に積み上げるのでした。

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