第251話 辺境子爵、凱旋す

「ボイルさん、ジョンさん、大変良い取引をありがとうございました。

ドレイク子爵がお戻りになられた際には我がバストール商会商会長アベル・バストールが直接ご挨拶にお伺いしたいと申していたとお伝え願いたい」


早朝のマルセル村村長宅前では、村の夏野菜と各種ビッグワーム干し肉、そして目玉商品である角無しホーンラビット干し肉の商談に訪れていたミルガルの大商会バストール商会の行商人ドラゴ氏が、マルセル村留守居役ボイルとジョンに出立の挨拶を行っていた。


「はい、確かに伝えさせていただきます。しかしドラゴさんの話には本当に驚かされましたよ。まさかドレイク・アルバート男爵がこの度の戦の功績で子爵に陞爵なさっておられるとは思いませんでした。ドレイク様はついこないだ男爵位を継承なさったばかりでしたから。

お陰で私共も無礼な態度を取らずに済むと言うもの、嬉しい知らせをありがとうございました。

アベル・バストール会長にも何卒よろしくお伝えください」


バストール商会の行商の馬車はマルセル村の特産品を大型マジックバックに詰め込み、壮健な護衛冒険者に守られながら去って行く。

手綱を握る行商人ドラゴは思う、あの時マルセル村との関係を繋ぎとめる事が出来て本当に良かったと。

マルセル村は、新興貴族アルバート子爵領は、今やグロリア辺境伯領では知らぬ者のいない最注目市場であると言えた。その優れた野菜や干し肉は勿論キャタピラー繊維製品の噂は耳の良い商会の者であれば既に掴んでいる情報であった。

だが今回は話が違う。一辺境の村長が貴族籍を得る、その経緯がどうであれそれは有り得ない程の快挙であった。

ただ貴族の地位を賜るだけであればその血筋により可能な者もいるだろう、だがアルバート男爵家は貴族籍継承に伴い領地までも賜った、これがどれ程凄い事か。

更に言えばグロリア辺境伯家とランドール侯爵家との武力衝突において多大な功績を示し、子爵位への陞爵を果たした。

つまりアルバート子爵家は経済力、武力の両面において優れた力を持っていると言う事を証明したのである。

貴族との商取引は非常に高いリスクを伴う。相手先の支払い能力はその地位の高さで決まるものではなく、逆に言えば高い地位の者により半ば脅しの様に財産を奪われる事などざらである。

例え良い取引を行っていた貴族がいたとしても、その相手がさらに上位の貴族により食い物にされその皺寄せを負わされる事も往々にして見られるのだ。

だが貴族との取引は利益を考えるうえで避ける事は出来ない、大商会と中小商会との線引きはこのリスクを負えるか否かに掛かっていると言っても過言ではない。


ではくだんのアルバート子爵家はどうか。通常何らかの功績で新たな貴族家を起こした場合そこに地盤は存在しない。新興貴族家とはその功績による褒賞として貴族になるのであって、経済力やその爵位に見合う発言力がすぐに備わるものではない。

よって力のある寄り親貴族家を頼り、周辺貴族家との仲を深め徐々に力を高めていくと言うのが一般的な流れである。

だがアルバート子爵家は違う。マルセル村と言う辺境の寒村を所領地として賜った一見不遇な貴族家ではあるが、その辺境を豊穣の地に変え周辺四箇村を共に農業重要地区入りにまで引き上げた功績を持って拝領した経緯がある。つまり経済基盤はすでに出来上がっている上に後ろ盾としてグロリア辺境伯家を味方につけた状態である。

またその武力も此度の戦で示されたようにオーランド北西部地域では並び立つ者がいないと言われる程のもの。

たった五騎でのスタンピード制圧、鬼神ヘンリー、剣鬼ボビー、アルバート子爵家騎兵団の武勇は瞬く間にグロリア辺境伯領領内に伝播した。

他貴族による横槍の心配のない金払いの堅実な貴族家、これ程優良な取引先はまずあり得ない。

そんな素晴らしい相手とのパイプを繋ぐ事が出来た事に安堵しない商人などいないだろう。


「若には申し訳ないが今後とも王都窓口としての仕事に専念して頂こう。ザンザの話では大分王都の取引先にも慣れた様だしな。

弟のビートさんは思慮深い方だからその点安心出来る、今度の顔繋ぎにアベル会長と共にドレイク・アルバート子爵にご挨拶させてもらってもいいかもしれない。

このアルバート子爵領は何が飛び出すのか分からないが、利益の高い取引が出来る事は間違いないからな、ビートさんにはその点確りと説明しておかねば」


行商人ドラゴは揺れる幌馬車を操りながら独り言ちる。

マルセル村の発展は止まらない、数年後この地は一体どうなっているのだろう。

行商人ドラゴはまだ見ぬ未来に夢膨らませ、久しく感じた事の無い高揚感に包まれるのであった。


―――――――――――


「しかしあの辺境村の強欲村長を演じていたドレイクが今や領地持ちの子爵殿とはな。人生何があるのかなど本当に分からぬものだ。 

エルセルの監督官の椅子についている私が言うのもなんだが、どこをどうやったらそうなるんだ?意味が分からん」


地方都市エルセル、かつて汚職と腐敗にまみれた犯罪都市はすっかりとその姿を変え、人々が安心して暮らせる平和な街となっている。その街を裏に表に支え、経済の立て直しを行っている者こそ、かつてマルセル村の監察官としてドレイク・マルセル村長と共にマルセル村を冬の餓死者ゼロへと導きその後のマルセル村の発展に多大な貢献を果たした、ストール・ポイゾン監督官であった。


「いや~、それは私にも何とも。流れと言いますか巡り合わせと言いますか。なんにしても村の者達と無事に帰って来れたのですから文句を言っては罰が当たるんですが、どうにも子爵と言う地位になれなくてですね。領都のグロリア辺境伯様の居城でも執事長様にもう少し威厳と言うものをと小言を頂いてしまいました。

そうは言われても私はついこないだまで辺境の村長ですよ?お貴族様相手に堂々と話をしろと言われましてもね。

領都では戦勝パーティーだのなんだのと引っ張り出されて大変でしたよ。

鬼神ヘンリーと剣鬼ボビーのお二人は意外にもそう言った場は慣れている様で上手く躱していましたが、私なんか貴族の出とは言っても貧乏男爵家の四男ですよ?

学園にすら通っていない私にどうしろと?

只管胃痛がですね」


テーブルを挟み会話する相手、新たに貴族籍を継承し更には戦功により陞爵したグロリア辺境伯領で最も注目される貴族ドレイク・アルバート子爵は、その肩をガックリと下げ愚痴を漏らす。


「ククククッ、それが貴族と言うものだ、諦めて務めを果たすが良い。とは言えドレイクの所領地はグロリア辺境伯領以外と接点がないうえ関わり合いになるであろう役人は私か新たに農業重要地区の監察官として派遣されて来るものだけであろう?

例の聖水布も王都の教皇様に丸投げした後であるし、然程苦労もしないのではないか?」


「ハハハ、そうだといいのですが、訳の分からない横車を押すのが貴族ですから。

問題はそうなった時うちの村の者がどう動くかでして、腕の一本や二本で済ませてくれればいいのですが、相手貴族家を潰すとか言い出さないかと心配で。

何と言っても鬼神ヘンリーと剣鬼ボビーはスタンピードを単騎で止めれる程の武勇の持ち主、他の方々もそれぞれとんでもないですからね。

今回の戦や領都のスタンピード騒ぎを聞きつけて勘違いした者が押し寄せないかと。

まぁグロリア辺境伯様はそうした事も考慮して私を陞爵なさって下さったのでしょうが、グロリア辺境伯家は王家と袂を分かったとはいえ自治領ですから。

王都の貴族が貴族風を振りかざしてやって来るんじゃないかと」


そう言いドッと疲れた顔をするドレイク・アルバート子爵に、ストール・ポイゾン監督官は“この男の心配症も変わらないな~”と同情の視線を送る。


「まぁ起きてもいない事を悩んでいても仕方がない。何かあったら私に言うがいい、相談くらいなら乗ろう。それとアルバート子爵領に対して妖しい動きを見せる者の情報が入ったら知らせる様にもしよう。

何と言ってもドレイク・アルバート子爵は我がグロリア辺境伯領を救った英雄であるからな、グロリア辺境伯様からも良く面倒を見る様にと言い使っている」


「ストール監督官様、本当にお願いします。頼みの綱はストール監督官様だけなんです」

「様付けは止めろ様付けは、爵位的にはドレイクの方が上であろうが。まぁ私にはこの監督官と言う役目があるため同等の態度で接する事が出来るが、お役目がなくなれば身分が下なのだからな?

この貴族の身分とは本当に複雑怪奇だが、うるさい者も多いからな~。

ドレイク・アルバート子爵、頑張れ」


ストール・ポイゾン監督官の言葉にガックリと項垂れるドレイク・アルバート子爵。

その姿に“こればかりは慣れだからな~”と、遠い目をするストール監督官なのでありました。


―――――――――――


青々とした緑が広がる草原を夏の風が吹き抜ける。

辺境の故郷へと続く一本道の街道を騎兵の一団が走り抜けて行く。

あるものは残してきた家族に会いたいが為に、ある者は留守を任せている弟子たちの下に戻る為に。

それぞれの思いの深さは様々、だが皆の心は一つ、“早くマルセル村に帰りたい”。


草原の先に見えるマルセル村の境界を知らせる二本の柱、そこには一人の小柄な青年が立ち彼らの帰りを出迎える。


「ドレイク・アルバート子爵様、並びにアルバート家騎兵団の皆さん、無事のお帰り、心よりお喜び申し上げます。

皆さんのご活躍は行商に訪れたバストール商会の行商人ドラゴさんより聞き及んでいます。本当にお疲れ様でした。

村の皆が村長宅前に集まって、皆さんのお帰りを心待ちにしております」


そう言い笑顔を向ける青年ケビンに、自然笑顔になるアルバート家騎兵団の面々。


「うん、お出迎えありがとう。ケビン君には色々と話があるんだけど、今はその事は置いておこうか。皆も家族に会いたがっているし私も妻と子供たちに会いたい。

一緒に皆の下に向かおうじゃないか」


ドレイク・アルバート子爵の言葉に「はい!」と元気よく応え、父親であるヘンリーの後ろに飛び乗るケビン。


“ハッ”

騎兵団は進む、マルセル村の皆が待つ村長宅前を目指して。

だがその馬足は決して速くはなく、ここマルセル村に無事に帰って来れた喜びを噛み締めるかの様にゆっくりと進んで行くのであった。



「ドレイク、お帰りなさい。それに皆さんも、マルセル村の為にどうも有難う」

全ての村人が集まる村長宅前、最初に言葉を掛けた者はアルバート子爵婦人、ミランダ・アルバートであった。


「ダウダ、パッパ、パッパ」

彼女の腕に抱かれた赤子ロバートは、拙い言葉を発しながら父ドレイクに向けパタパタと手を伸ばす。その姿に途端相好を崩し涙を流し喜ぶドレイク・アルバート子爵。


「ロバート君はお話が出来る様になったんですか?そうですよ、私がパパですよ~。

ミランダ、エミリーちゃん、ただいま。

アルバート子爵家騎兵団、一人の怪我人を出す事なく、無事帰村する事が出来ました。皆、私達がいない間、マルセル村を守ってくれてありがとう!!」

感極まりミランダ夫人に抱き付くドレイク子爵に、村人全員から温かい拍手が贈られる。


「メアリー、長い事留守にしてすまなかった。無事に帰って来る事が出来たよ」

「あなた、本当に良かった。あなたなら大丈夫、そう思っていてもどうしても心配で。ミッシェル、お父さんですよ」

メアリーはそう言うと抱きかかえていた子供をヘンリーに手渡す。ヘンリーは愛娘ミッシェルの笑顔にだらしない表情を浮かべ、「ミッシェルちゃ~ん、パパでちゅよ~」と、普段人前では見せない子煩悩ぶりを発揮する。

ミッシェルはそんな父の顔をパシパシ叩きながら、「ダウダウ、キャハハハハ」と楽しそうに笑うのであった。


「「ボビー師匠、お帰りなさい」」

「うむ、ジミー、ジェイク、長い事留守にしてしまいすまなかったの。

その顔、どうやら儂のおらん間も稽古に手を抜かんかった様じゃの」

ボビー師匠は弟子たちが自身の留守の間も己を高め更なる飛躍を果たしていた事を感じ、頬を緩める。


「さて剣士とローブの姿が見えんようじゃが、どうかしたのかの?あ奴らならお主たちと共にここに来ると思っておったのじゃが」

ボビー師匠は最後の愛弟子たちが姿を見せていない事に訝しみ、高弟に言葉を向ける。


「「お帰りなさいませ、ボビー師匠。無事なお帰り心よりお喜び申し上げます」」

その声は高弟の後ろに控える見慣れぬ女性たちから掛けられたものであった。


「はて、お主たちは誰であるかの?ちと記憶にないのじゃが」

首を傾げるボビー師匠に女性たちは言葉を続ける。


「私達はボビー師匠に教えを受けている剣士とローブでございます。この度ケビン様のお力添えにより人の姿に戻る事が出来ました。現在はフィリー、ディアと名乗らせて頂いております。

この様に姿こそ取り戻す事が出来ましたが、過ぎてしまった事を戻す事は出来ません。今後ともボビー師匠の教えを乞いたく再びのお願いに参った次第です。

ボビー師匠、私達を師匠の下においてください」

「「お願いします」」

揃い頭を下げる呪いの解けた愛弟子の姿に、ボビー師匠は驚きと共に嬉しさがこみ上げる。


「そうかそうか、呪いが解けたのだな、良かったの、ほんに良かったの。

儂は構わん、いつまでもおるとええ。姿がゴブリンから人に変わろうともお主らが儂の愛弟子である事に変わりないのじゃからの。

確りと稽古を付けるで覚悟するのじゃぞ?」

「「ありがとうございます、ボビー師匠」」

呪いが解けた事で行き場を失うと思っていたフィリーとディアは、ボビー師匠の優しい言葉に抱き付き涙を流す。

ボビー師匠はそんな二人の背中を優しくさすりながら、“良かったの、もう安心じゃ”と声を掛けるのでした。


「ザルバさん、お疲れ様でした。よく無事にお帰りになられた」

「ボイルさん、留守中は何かと大変だったでしょう、何か変わった事はありませんでしたか?と言うか先程から見慣れぬ村人の姿がちらほらと」

ザルバは家族との再会を喜ぶ他のメンバーをよそに、村人の顔ぶれの変化に疑問の声を上げる。


「ハハハ、いや~、新しく移住者の方が二人ほど、それとゴブリンさん方の呪いが解けましてね、可愛らしいお嬢さん方が村人に加わりまして」

「そうですか、新しい移住者の方が・・・。ホーンラビット族の方「鬼人族と言うそうですよ、と言うかそのネタはもうさんざんやりましたんでその辺で」違うんですね、申し訳ない。

それとあのケビン君の傍にいるお面を被った二人の女性は・・・」

ザルバの問い掛けに、顔を引き攣らせるボイル。

ボイルは大きく息を吐いた後、意を決したように口を開いた。


「ケビン君のところの魔物が進化したんだそうです。キャロルさんとマッシュさんですね、とても働き者の従魔との事ですよ」

そう言いケビンの方に顔を向けるボイル。そこには白いシャツにオーバーオールを着たビッグワームの特殊進化体、キャロルとマッシュの姿が。


「「・・・ケビン君だから仕方がない」」

ザルバとボイルは顔を見合わせ乾いた笑いを浮かべた後、“ドレイク・アルバート子爵の胃薬足りるかな?”とどこか他人事の様な感想を思い浮かべるのであった。



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