第247話 辺境男爵、領都グルセリアに凱旋す (2)

スタンピード

魔物暴走とも呼ばれる現象であり、その発生原因は多岐に渡ると言われている。

ある一定の地域で魔物が爆発的に増殖する、強力な魔物の出現により周辺の魔物がパニック行動を起こす、何らかの誘発物により魔物が一斉に移動を開始する等々。

だがその行動は一様で、人の住む都市を狙い突き進む。

これは人々の持つ魔力に魔物が引き寄せられる為とも言われているが、何故魔物が人の魔力に吸い寄せられるのかと言った事は未だ解明されていない。

(「魔物学基礎」~魔物の行動と原理~より抜粋)



“ドドドドドドドドドドドドドッ”


「何だ、一体何が起きている!?」

大地を揺るがす轟音、立ち昇る土煙、それは迫り来る死の気配。

グロリア辺境伯領領都グルセリア、その周囲を取り囲む長大な街壁がハッキリと目視出来る位置において、それは発生した。


「グロリア辺境伯様に申し上げます。これは魔物による土煙、魔物の集団暴走、スタンピードが発生したものと思われます」

「なに、スタンピードだと!?なぜこの様な時に。

閣下、急ぎグルセリアへお戻りを。総員、閣下をお守りして街門内へお届けしろ!!」


「いえ、今からでは間に合いません。緊急事態手引きに従い既に街門は閉鎖されているかと。無理に開門を行えば魔物がグルセリアに侵入してしまう恐れがあります!」

「えぇい、何を言うか、閣下の御命以上に大切なものなどあろうはずがなかろうが!

無理やりにでも開門させ閣下を街壁の中に・・・」

突然の事態、混乱する寄り子貴族。ランドール侯爵家とのいざこざを勝利で収め、いざ凱旋と言うタイミングでの厄災の発生に浮足立つ騎兵たち。


「者ども、狼狽えるな!我らは何者だ!

我らはここグロリア辺境伯領を守護せし戦士、多くの厄災、多くの外敵を討ち滅ぼせし精鋭。

スタンピード?それがどうした、魔物の襲来?ならばやる事は一つであろう。

第一・第二騎士団、なすべき事は分かっているな?」

グロリア辺境伯の一喝、それは辺境の地を収める為政者の矜持。魔境フィヨルド山脈に接し、大森林を擁するここグロリア辺境伯領を治める者として、なすべき事はただ一つ。


「「ハッ、我らはオーランド王国の盾、全ての厄災を打ち砕く絶対の防壁!!」」


「ならば行け、己の矜持を示せ!寄り子衆は急ぎ街門前に移動、既に集まっているであろう冒険者と協力し街門前の逃げ遅れた民衆を助けよ。

なに、魔物どもは我がグロリア辺境伯家騎士団が抑えようぞ。だが討ち漏らしがあるやもしれん、その対処を任せよう。

者ども、急ぎ行動に「グロリア辺境伯様、暫しお待ちを」」


グルセリアの目の前で起きた厄災、グロリア辺境伯家の戦士たちがその対処に動こうとした正にその時。グロリア辺境伯の言葉を遮った者、それは此度の遠征で一番の功績をあげた人物、ドレイク・アルバート男爵その人であった。


「グロリア辺境伯様ならびに寄り子の皆様方、その出陣は少しお待ちいただきたい。

その、大変申し上げにくいのですが、少々あの場は危険でして。

あっ、勘違いしないでいただきたい、これは何も皆様のお力がスタンピードに対して足りないとかそう言う話ではなくてですね。

言うなればスターリンの南街門前の草原、炎に包まれた草原に突っ込む様なものと申しましょうか。

あっ、始まったようです」


“ドウンッ”

それは衝撃、宙を舞う大量の魔物。


「「「・・・・・・」」」


「アハハハハハ、いや~、うちの戦闘狂共がですね、どうも暴れ足りなかったと言いますか、色々と溜め込んでしまっていたと言いますか。

皆様にご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございません。

あの、騎士団の皆様方には討ち漏らし対策の為に街門前に展開して頂ければ・・・」


“ゴウンッ、ドウンッ”

立ち上がる強大な覇気の奔流、魔力の竜巻が魔物を巻き込み吹き荒れる。


「・・・え~、大変危険ですので近付かない様にお願いします。第一波は終わった様ですが、第二波、第三波があると思いますので。

特にヘンリーさんとボビー師匠には近付かない様に。肩慣らしも終わった様ですし、ここから先は本当に危険ですので」


「「「・・・肩慣らし!?あれが?」」」

「アハハハハ、いや、申し訳ない!!」


乾いた笑いを浮かべ只管謝罪の言葉を述べるドレイク・アルバート男爵。

この場にいる一同は、彼の言葉に同様に乾いた笑みしか浮かばない。

訪れた厄災、絶対絶命のピンチ。

グロリア辺境伯家の者としてその矜持を胸に命を賭して戦おうとした。魔物暴走、スタンピードとはそれ程までに恐ろしい災厄、それが・・・。


「あっ、うん、ドレイク・アルバート男爵、謝罪は不要である。事態の異変に気付きいち早く行動した貴殿の働き、見事。この件に関して以降謝罪は不要とする。

第一・第二騎士団は街門前に展開、魔物の討ち漏らしに備えよ。

寄り子衆は騎士団後方に待機、門前に打ち捨てられた馬車や荷車の撤去が済み次第順次街門入りし城にて休まれたし。

此度の遠征は本当に良く働いてくれた、礼を言おう。

この騒ぎが済み次第我も入城する故、ゆるりと身体を休ませてもらいたい。

街門の門兵には私から直接話をしよう、各自行動に移られたし」


「「「ハッ、グロリア辺境伯様の思し召しのままに」」」


何とも言えない空気が辺りに立ち込める。そんな中ただ一人、ドレイク・アルバート男爵は“マルセル村に帰ったら一月のお休みを貰おう、南の方に美しい湖があったよな、家族で旅行もいいよな”と、空を見上げ現実逃避をするのであった。


―――――――――――


「はぁ~?街門を開けろ?どこの馬鹿だそんな事を言ってるのは。目の前にスタンピードが迫ってるんだぞ!?そんな事が出来る訳ないだろうが!!」


グロリア辺境伯領領都グルセリア、その西街門の責任者である門兵兵長は、部下から上げられた報告にいきどおりを露にする。

貴族の横槍、これまで様々な現場を見て来た彼であったが、目前に迫る危機を前にしてその様な戯言を抜かす権力者に怒りと呆れを感じるのであった。


「いえ、ですがその・・・」

「はぁ~、相手にするのも馬鹿馬鹿しいが俺が行こう。いいか、今は非常時、どの様な相手であっても毅然と立ち向かう。それが門兵の役割だ、よく覚えておけ!」


兵長は門兵の矜持を胸に歩を進める。人々の安全を守る、その為には己の命を懸ける。たとえどの様な貴族の我が儘であろうと突っぱねる、それが門兵としての生きざまなのだから。


「うむ、騒がせてすまんな、ちと街門前の馬車やら荷車やらが邪魔でな。領民の財産故無下にも出来ん、街門を開け急ぎ街の中に撤収して貰いたい。

なに、その時間は第一・第二騎士団および寄り子騎兵団が作ろう。領兵は皆協力して事態の収拾に当たる様に」

「「「ハッ、グロリア辺境伯様のご指示の下に」」」


兵長は思う、“先に言えよ、何でここにグロリア辺境伯様がいるんだよ!しかも第一・第二騎士団が周囲を守るって、これって荷物の撤収作戦だろうが!!”と。

門兵の矜持、貴族の横槍など許さない。だが何事にも例外はある、状況が変わった、ただそれだけの事。

兵長は部下の門兵たちに目をやり、“今夜飲みに行くぞ、逃がさんからな!”と、言外に伝えるのであった。


――――――――――――


「西門が開かれた!?どう言う事だ!!」

冒険者ギルドグルセリア支部会議室、そこにはグルセリアの街を拠点とする高位冒険者、“守護者”シンディー・マルセルをはじめとした金級冒険者や銀級上位と呼ばれる者たちが集まり、グルセリアを襲う魔物災害、スタンピードの対処の為作戦行動を話し合っていた。


「ハッ、これは西街門に辿り着いたグロリア辺境伯軍の指示により行われた様でして、西門前に放置されていた馬車や荷車を領兵が次々と街の中に運び入れている模様です。

その間第一・第二騎士団及び今回の遠征に参加した各貴族の騎兵団が周囲の守りを固めている様であります」


「イヤイヤイヤ、それはおかしいだろう!?スタンピードはすぐ目の前まで迫っていたんだぞ?それは街壁の上からも確認されている。時間的に領軍が接敵していなければおかしいし、俺たちはそれも込みで今後の作戦を練っていたんだぞ?」

会議室にギルドマスターの声が響く。冒険者は魔物を狩るのが仕事であり街の危機に一丸となって立ち向かうのは使命。ではあるが利用出来るものは利用する。

彼らは正義の集団ではない、言わば狩人。グロリア辺境伯軍が先にスタンピードに接敵するのならそれにより勢いの弱まった魔物に対処する様に立ちまわるのが定石。

だが肝心のグロリア辺境伯軍は既に西街門前に到着し防御陣を展開、門前の邪魔な馬車を撤去していると言う。ではスタンピードは一体・・・。


“バタンッ”

会議室の扉が開かれ報告の者が飛び込んで来る。冒険者たちの視線が一斉にその者に注がれた。


「ギルドマスター、西街門前に迫っていたスタンピードですが・・・」

「どうした、遂に西街門が抜かれたか!?貴族共が、馬鹿をやりやがって!」


「いえ、その、草原で完全に抑え込まれています。西街門に到達した個体は未だ確認出来ません。時折魔物が吹き飛ばされて宙を舞ったり、巨大な竜巻に巻き上げられたりしていますが、第一波、第二波は封殺されている模様です。

おそらくですがスタンピード自体このまま収束するものかと・・・」

「「「はぁ~~~!?」」」

会議室に広がる困惑、状況に付いて行けない面々。


「おい、一体何が起きているんだ!!」

声を上げるギルドマスター、報告者はそれに対し身を震わせ応える。


「“鬼神”ヘンリー、“剣鬼”ボビー、“笑うオーガ”と“下町の剣聖”は終わってなんかいなかった。現役時代の何倍も凶悪になって帰って来た、あんなのに勝てる奴なんているわけがない。

離れていても膝が笑う、草原に立ち上がる強大な覇気、あれは人間じゃない、魔物より恐ろしいナニカだ」


“ガタッ”

席を立ちあがったのは金級冒険者シンディー・マルセルであった。


「“守護者”、どこへ行く、まだ会議は終わっていないぞ!」

ギルドマスターの声に“守護者シンディー”は妖艶な笑みを浮かべ答える。


「決まっています、分からないのならば現地に向かえばいい。西街門へ向かえばすべてが分かる、状況は変わった、こんな所で会議などしていても始まらないでしょう」

“ガタガタガタガタ”

彼女の言葉に他の冒険者たちも席を立つ。高位冒険者とは好奇心の塊、謎を求め、強さを求め今に至った、そんな彼らを押し留める事など不可能。


「ええい、分かった。これより全員で西街門に向かう、後の行動は現地で決める。指示には従って貰う、それでいいな?」


方針は決まった、まずは西街門へ。

強さを頼みに、日々魔物と命を懸け戦い続けた戦士たち。彼らは目撃する事となる、真の修羅のうたげを。

遥かなる高み、そこに至った者達の狂宴きょうえんを。


―――――――――――――――


広い草原、巨馬に跨った巨漢の偉丈夫は、遥か前方から迫り来る狂気と絶望の波を前に獰猛な笑みを浮かべる。

此度の戦はただのこけおどし、戦いではなく脅す行為、それこそが目的。

敵も味方も、マルセル村に決して手出しをしたくない、そう思わせる事こそが主題。

分かっていた、その道程がどれほど退屈なものとなるのかなど。分かっていた、これまで溜め込んだ武力をぶつける相手などいないと言う事は。

分かってはいた、だが只管に退屈で只管につまらなかった。

途中に立ちはだかるであろう障害は、全て息子ケビンが取り除いていた。

ジェンガの街門、渓谷の瓦礫、草原の炸薬。

「アイツ一人楽しみやがって・・・」


レッサーラクーンの呪い、あの話は良かった。背景の確りした呪われた青年の献身の物語。息子には吟遊詩人の才能でもあるのではないかと思うほどに心が震えた。

ランドール侯爵家居城での謎の人物、その身から漂う強者の香り。

勇者病<仮性>重症患者全開のその姿、突き抜けた勇者病は男の心を鷲掴みにした。


「それにしても一瞬の一撃とは、どれ程の開きが出来てしまったんだか。子供は親を越えて行く、それは嬉しくもあり寂しくもある。前にトーマスの奴が言っていた言葉だが、なんとなく分かるよ。

確かに少し寂しいよな、だがそれ以上に嬉しくて仕方がない。どれだけ楽しませてくれるんだ、ケビン!」


男の心に宿った熱い炎、息子はそんな親の心も知らず、引き馬のロシナンテを残し一人先に帰ってしまった。アイツの事だ、今頃家でキャタピラーにでもなっているんだろう。本当に酷い奴だ。


「だがまぁ、こうやって歓迎してくれる奴もいる、スタンピード発生装置だったか?まだ残っていたんだな。本当にありがたい」

“ガチャッ、スーーーーッ”


特殊なギミックにより背中から静かに引き抜かれた二本の狂気、大剣と呼ぶには大き過ぎるそれは、殺意が具現化した鉄塊。


「吹き飛べ、<双龍牙>!!」

それはランドール侯爵家居城の城門を吹き飛ばした武技、かつて息子ケビンを吹き飛ばそうとして見事防がれてしまった必殺の一撃。凝縮された覇気が二本の狂気を包み込み、龍のあぎととなって前方の魔物を喰らい尽くす。


“ドウンッ”

舞い上がる魔物、男は、鬼神ヘンリーは両の手に握る相棒に満足気に微笑む。


「ふむ、ヘンリーよ、お主一人だけで楽しむでないわい。シルバーよ、すまんがここからは別行動じゃ。儂は騎乗での戦闘は不慣れでの、お主も全力で暴れたいであろう?」

剣鬼ボビーは馬上よりサッと飛び降りると、前方の魔物の群れに向かい宣言する。


「儂を楽しませい、<旋風領域>、<疾風怒濤>!!」

巻き起こる竜巻は魔物の群れを容赦なく巻き上げる。そして身動きの取れなくなった魔物たちは神速の剣技により次々に葬り去られて行く。


「なんか楽しそうですね。私なんかただの元騎士隊長、中間管理職も良い所でしたから大した剣技も無いんですよ」

ザルバは派手な大技を楽し気に繰り出す怪物たちに羨望の眼差しを向けながら、流麗な動きで周囲の魔物を切り裂き続ける。


「イヤイヤ、大したものではないですか。私も似た様なものですよ、伯爵家に仕えてはいましたが元は下級貴族、泥臭い剣技でのし上がっただけですから。

ザルバさんの様にしっかりした流派の剣を使える方が羨ましい」

“ババババババババババッ”

それは神速、縮地と呼ばれるスキルを独自の身体操作により再現したもの。

グルゴは持ち合わせない才能を自身の努力で掴み取って来た。その力はマルセル村の修行の中で更なる飛躍を遂げ、新たなスキルの開花を齎した。


「<クロックアップ>、世界は解放される」

“ザザザザザザザザザザッ”

“ドサドサドサドサドサドサドサドサッ”


まるで時間から切り離されたかの様な神速の動き、周囲一帯の全ての命は瞬く間に刈り取られる。


「うげっ、何も無いのって俺だけですか?あれですか、マルセル村じゃ必殺技の無い者は最弱って奴ですか?エリザにスリコギ棒で追い掛け回されてる俺にどうしろと?」

ギースは一人ぼやきながら魔物の群れの中で剣を振るう。派手さはない、ただ確実に切る、まるで針で縫うかのように全ての魔物を躱しながら。

彼は気が付いているのだろうか、それがどれ程異常な事であるのかを。


周囲では彼らの騎乗していた馬たちが全身に魔力を纏い、群がる魔物たちを踏み潰し、蹴り殺して行く。

修羅の宴、それは彼らがこれまで溜めに溜めたストレスが発散されるまで、只管に続けられるのであった。

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