第246話 辺境男爵、領都グルセリアに凱旋す

“パッカパッカパッカパッカ”

隣領セザール伯爵領から続く街道を騎兵の集団が進む。目指す先はグロリア辺境伯領領都グルセリア。

彼らこそグロリア辺境伯家が誇る戦士達、この度発生したランドール侯爵家との武力衝突において圧倒的な武威によりランドール侯爵家の軍勢を一人の死者を出す事なく黙らせた精鋭たち。

鋭い視線で一路故郷を目指す彼ら、その醸し出す強者の気配は激しい戦場を生き抜いた戦士のそれ。


“パッカパッカパッカパッカ”

そんな武人の集団の中でも格の違いを見せる巨漢の偉丈夫。その二つ名を“鬼神”へと変えた男ヘンリーは思う、“いい加減帰りたいんだが”と。

男の役割は“コケ脅し”であった。その身から溢れる覇気、それを全開まで振り撒いて周囲を威圧する。圧倒的な力の差があると思い込ませ相手の心を折る。

彼の息子ケビンは言った、「たかがお貴族様の意地の張り合いの為に命を懸けるなんてばかばかしい。ならこんな事が二度と起きないよう内に外に脅しを掛ければいい、下手に手を出したら洒落にならない相手がいるぞってね」と。

マルセル村には男の戦闘欲求を満たし、尚も高みに君臨する化け物がいた。それも一体や二体ではない、少なくとも五体、全身全霊を掛けても届かぬ相手。

彼らは男の滾る想いを正面から受け止め叩きのめし続けた。

農閑期と言う事もあり時間の許す限り続けられた闘争の日々。腕が折れ、内臓がひしゃげようとも与えられるポーションにより翌日には全力で挑む事が出来る。その事に疑問を持つなどと言う勿体無い事はしない、男にとって己の全てを持って挑む事の出来る環境こそ全て。

結果男は現役時代“笑うオーガ”と呼ばれた自身の何倍もの力を手に入れるに至った。

それは共に化け物に挑み続けたボビー師匠も同様であり、技も肉体も精神も、その全てがこれまでになく充実して行く事を感じ、喜びに打ち震えていた。


男に野心はなかった。愛する妻、可愛い子供たち、充実した生活、己の欲求を満たしてくれる化け物たち。

マルセル村には自身を満たしてくれるモノの全てがあった。

今度の茶番はそんなマルセル村を守る為の戦い、ただのお披露目。

だからだろう、全ての役割が終わった男はボツリと呟いた。

「ドレイク村長、もう帰っていいか?」と。


「イヤイヤイヤ、ヘンリーさん、もうちょっと我慢しましょう?これから領都に凱旋する所ですから、そんなに無気力な顔をしないで。

ボビー師匠も“はよ帰って弟子たちの指導をせんとの~”とか言わないでください?

お二人は今度の遠征の主役なんですから、“鬼神ヘンリー”“剣鬼ボビー”、お二人に抜けられちゃうと本当に困るんですよ。

ってグルゴさんとギースさん、“なら俺たちはお先に”って抜けようとしないで。

ザルバさん、ケイトちゃんに会いに行くのは領都での式典が終わってからにしてください、自分一人くらい抜けても分からないよね、大して活躍してないしって分からない訳ないじゃないですか、マルセル村からは私を含めて六人しかいないんですから。

勝手にどこか行かないでくださいよ!?」


辺境の寒村、冬場の食糧の心配がなくなり豊かになった彼ら。だがそれは多くの悪意を呼び寄せる誘蛾灯、戦う事の必要性を知った村人たちは、あらゆる外敵を自分たちの力で排除する戦士へと姿を変えた。

農閑期、寒風吹きすさぶ草原で行われた戦闘訓練、絶対的強者の醸し出す武威は命の削り合いが日常となる修羅もかくやと言う強さを彼らに齎す事となった。

元々戦う力を持っていた、様々な事情により逃げ延びた訳アリのよそ者たち。

多くの修羅場を潜り抜けて来た彼らをもってしても、理不尽は遥か高みに君臨し続けた。


続く行軍、勝利者たちは自分たちの武威を示すが如く威風堂々と帰路につく。

蛮族たちは思う、“なんか飽きちゃった、早く村に帰りたい”と。


「こいつら遅いな~、馬足を早くしたら早く帰れるのかな~」

誰の呟きか、それはその場にいた者たちにある記憶を呼び覚まさせる事となる。

“ランドール侯爵領に行った時みたいに先駆けしちゃう?”


「駄目ですからね!?本気で止めて、振りじゃないですから!!」

「「「チィッ、は~い、分かりましたアルバート男爵閣下」」」


力を持て余した不良の集団。引率のドレイク・アルバート男爵はキリキリと痛む胃に手を当てながら、“次の休憩でポーションを飲もう”と堅く心に誓うのでした。


―――――――――――


冒険者ギルドグルセリア支部、多くの冒険者が集うそこは日々魔物と戦い人々を危険から守る戦士たちの集う場所。

そんな戦う事を生業とする者達が集うギルド受付ホールにおいてグロリア辺境伯軍の凱旋が話題にならない筈も無く、ランドール侯爵領スターリンにおける両軍の戦いの様子は冒険者ギルドの独自の情報網により即座に冒険者たちに共有される事となった。


「スゲーよな、“笑うオーガ”。十五年前の英雄だっけ?すっかり名前を聞かないから死んだと思ってたらいつの間に仕官してたんだか。

その覇気だけでランドール侯爵軍を黙らせるってあり得ないだろう、そんなのオーガなんてもんじゃねえよ」

テーブル席でエールを飲みながら噂する冒険者、その声音は興奮と歓喜に溢れていた。


「馬鹿だなお前、今やオーガじゃなくて“鬼神”様って呼ばれてるぞ。聞いた話じゃ帰路でセザール伯爵領のジェンガを通過した時には、皆して手を合わせて拝んでいたらしいぞ?

すでに人間を辞めてるって話だ。現役時代ですらその実力だけなら白金級冒険者とも渡り合えるって話だったからな~」


「マジかよ、でも普通は現役を辞めたら弱くなるんじゃねえのか?聞いた話では明らかにスタンピードを単騎で鎮圧した頃と遜色ないんだが」


「いや、それ以上じゃないのか?戦争と魔物の討伐は大分話が違うって言うしな」


冒険者たちの会話は尽きない、それ程までに今度の武力衝突は衝撃的であり、彼らの武勇は底知れぬものがあったからであった。


だが、凶報と言うものは常に時と場所を選ばず訪れる。

「ギルドマスターはいるか!?緊急事態だ、至急面会を求める!!」


飛び込んで来た者は冒険者らしき者と領兵、受付職員は急の事態に狼狽えるも、急ぎギルドマスターを呼びに走る。


「何事だ!この忙しい時に」

行き成り引っ張り出されたことに不機嫌さを露にするギルドマスターに、領兵が告げる。


「スタンピードの発生が確認された、冒険者ギルドグルセリア支部は協定に従い緊急事態態勢に入って欲しい。詳しくは報告者でもあるこの冒険者に聞いて欲しい。我々は既に各街門の閉鎖を行いスタンピード発生時態勢に移行しつつある。

繰り返す、スタンピードの発生が確認された、冒険者ギルドグルセリア支部は協定に従い緊急事態態勢に入って欲しい、以上である」


“カンカンカンカンカンカンカン”

領兵の宣言に応呼するかのように、グルセリアの街全体に響き渡る警鐘の音。騒然とする冒険者たちに対しギルドマスターの一喝が入る。


「騒ぐんじゃねぇ、これより第一級緊急依頼を発動する。これは強制だ、拒否は許さん、参加しない者はそれなりの罰則があるものと覚悟しろよ。銅級以下の冒険者は街民の誘導や物資の搬出等の後方支援の仕事に入ってもらう。銀級以上は大会議室へ向かえ、指示はそこで出す。

各職員は緊急事態手引きに従い各自の役割を果たせ、時間がない、すぐに行動を開始せよ!!」


スタンピードの発生、その知らせは瞬く間にグルセリア全体に伝わる。冒険者は走り領兵は魔物の襲来に備える。

街門外に取り残された者たちはそれぞれの荷物を捨て、その身一つで街門脇の通用門に向かわねばならない。

そこに身分の違いは無く閉ざされた街門が開く事はない。

その措置も魔物の襲来が目視されるその時まで、奴らが来てしまえばすべては終わり、少数の人間の為に多くの者を危険に晒す訳にはいかないのだ。



“ドドドドドドドドドドドドドッ”

大地を染め、土煙を立て迫り来る魔物の群れ。それはさながら大地を覆う津波、その波に呑まれたが最後、人であれ物であれ跡形も無く踏み潰されることは疑いようがない、それがスタンピード。

過去幾度となく繰り返されてきた魔物災害、その前に多くの者が、街が、力なく消え去って行った事か。

人の歴史とは魔物との戦いの歴史、その象徴的な事象、それがスタンピードなのである。


「ん?」

それはちょっとした違和感、男は感じた、大気が震えていると。大きな力の固まりがうねりとなって迫って来ていると。

男はこの感覚を知っていた。それは嘗て自身が“笑うオーガ”と呼ばれる様になった切っ掛け、以降幾度となく体験した血沸き肉躍るパーティーへの誘い。


「ドレイク・アルバート男爵閣下、どうやら私の出番の様です。隊列を離れる事をお許し願いませんでしょうか?」

男は自身の上官に当たる男爵に行動の許可を願い出る。その口元は獰猛に引き上げられ、目には狂喜の光が宿っていた。


「ほう、これはこれは、中々うれしい歓迎じゃて。シルバーよ、どちらが多く獲物を倒せるか競い合わんかの?」

“ヒヒ~ン、ブルルルル”

老人は歓喜に身を震わせ、騎馬は負けじと嘶きを上げる。


「あぁ、これは私も経験があります。あの時はオークキングでしたが、今回はどう言った獲物が掛かるやら。実は私も剣を振るう事が出来ずにうずうずしていたんですよ。これ、村の子供たちには内緒にしておいてくださいね?彼らには個人の武勇の危険性とその愚かさを説いているものですから」

ホーンラビット牧場の管理者は腰の剣に手をやり、“今度こそ”と過去の雪辱を果たさんと立ち向かう。


「ギース、マルセル村は戦闘狂の集まりかなんかだったのか?どう考えても絶体絶命の状況にも関わらず、かえってそれを喜んでいる様に見えるのだが」

マルセル村の助役は村人の青年に問い質す。


「あ~、ちょっとおかしいのかもしれませんね~。やっぱり冬場に理不尽と剣を合わせ続けたのが悪かったのかと。って言うかザルバさんもめちゃくちゃ笑顔なんですが?人の事言えないと思いますよ?」


「いや~、今回の遠征ではなにも良い所がなかったからな。スタンピードを止めたとなれば娘に“お父さん格好いい”とか言って貰えるんじゃないかと・・・」


「イヤイヤイヤ、出陣の理由。まぁ俺もずっと騎乗していたんで身体が鈍っちゃって。お付き合いさせて頂きます。

ドレイク・アルバート男爵、そう言う事ですんでグロリア辺境伯様に至急連絡を、向こうはまだ気が付いてないみたいですんで」

村の青年は集団の代表にそう告げると、力一杯口角を上げる。


「あ、うん、連絡はこっちでしておこう。それと本気を出すのは接敵してからにしてくれるかな?余波で周りの騎兵たちが倒れちゃうから。

アルバート男爵騎兵団、油断は許さん、敵を殲滅し全員無事に帰還するように、これは命令である」

「「「ハッ、アルバート男爵閣下の思し召しのままに」」」


解き放たれた猛獣たち、彼らは彼方の戦場を目指し駆け抜ける。

それはさながら遊び場に急ぐ少年の様に喜びに溢れていたと言う。

彼らの保護者は、その後ろ姿を見送りながら、“家に帰ったらしばらくお休みを貰おう、ミランダにお弁当を作って貰ってお出掛けもいいよな”と、現実逃避に走るのであった。


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