第244話 王都の偉い人、混乱する

オーランド王国。

その歴史は古く、過去幾度となく見舞われた他国からの侵攻、フィヨルド山脈に端を発する大森林からの大スタンピード、ドラゴンの襲来、その悉くを退けてきた専制君主国家である。

王都の名はバルセン。そこは初代国王バルセリア・グラン・オーランドの名を冠する人口五十万人を超す大都市であり、政治、軍事、経済の中心地。

オーランド王国の頭脳であり心臓部でもあるその地には、様々な物、人、情報が集まって来る。

そして今日、その頭脳にオーランド王国北西部地域から新たなる情報を携えた一団が舞い戻った。


「宰相閣下に申し上げます。ベルツシュタイン卿が至急面会を求められておりますがいかがいたしましょうか?」


オーランド王国宰相ヘルザー・ハンセン、彼は急な来客の知らせに眉間にしわを寄せる。それは決して予定にない不躾な客人に対するものではない、宰相と言う立場上予期せぬ事態の発生と言うものは常に想定していなければならない事。

では何故か、それは訪れた人物がこの国の諜報を司るベルツシュタイン卿、その人であったからである。


ベルツシュタイン家は、オーランド王国誕生以来国内外の諜報を一手に引き受けてきた名家である。爵位こそ伯爵家と言う身分ではあるがその発言力は強く、多くの貴族家が一目置く存在、それがベルツシュタイン家当主ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵と言う人物であった。

彼は基本的に表には出ない。“ベルツシュタイン家は王家の影であり盾である”、初代から続くその誓いは、王家を影から支え、王家の敵を排除し続けて来た。

そんなベルツシュタイン卿が直接自身を訪ねる、それはそこまでしなければならない事態が起こった証左に他ならない。


「通してくれ。それと暫くこの部屋に誰も近付けさせない様に。余程の緊急事態以外、扉に近付く事も禁止する。これは身分を問わん、例え王族でも徹底しろ」

「ハッ、閣下の御申しつけのままに」


一礼の後退室する文官たち、入れ替わる様に扉からはくだんの人物、ベルツシュタイン卿が顔を現す。


「やぁ、ヘルザー閣下、御機嫌麗しゅう」

そう言い慇懃に礼をするベルツシュタイン卿に、宰相は冷めた視線を送る。


「フンッ、白々しい挨拶は止めろ。卿が立てるのは王家のみ、例え国王とてオーランド王家にとって害とみなせば排除に動く、卿はそう言う人間であろう。

無用の敬意はかえって癪に障る」

そう言い不快な態度を崩さぬまま応接用のソファーに腰を下ろすヘルザー。ベルツシュタインはそんな宰相の態度に肩を竦めながら席に着く。


「で、卿が来たと言う事はよっぽどの事が起きたと言うことなのだろう?話を聞こうか」

ヘルザー宰相は直ぐに教えろとばかりに話を促す。


“バサッ”

ベルツシュタインが懐から出した紙束、ヘルザーはその報告書に目を通し、書かれている内容に言葉を失う。


「うん、気持ちは分かるよ。私も“耳”から報告があった時は思わず聞き返したくらいだからね。

それで“目”からの報告を待って詳しく聞いたんだけどね、ヘルザー宰相には直ぐに知らせる必要があると思って。

馬鹿大将と馬鹿息子が本気で馬鹿な事をしてくれたもんだよ、先々を考えて自ら勇退を選んだ臣下に砂を掛けたんだ、呆れて離れていくのは当然。

更に言えば地方の小競り合いと高を括って、国内にヒドラを招こうとした、この責任を一体どう考えているのか」


目の前で頭を抱える宰相に、ベルツシュタインは更に言葉を続ける。


「馬鹿息子はランドールの馬鹿息子と組んで北西部地域での影響力を高めようとしたんだろうけど、その計画は文字通り完全に吹き飛んだから。

あの地域は王家と決別したと思った方がいいね。


“目”の報告ではランドール侯爵領領都スターリン南門前の草原は、天に届かんばかりの火柱と共に完全に吹き飛んだそうだよ。

これまで使われて来た様なコケ脅しの炸薬とは全くの別物と考えた方がいい、これは大賢者の極大魔法に匹敵する兵器、使いようによっては本気で国が亡ぶ。

追加であった“耳”からの報告では、スターリン西側廃教会周辺の土地は跡形もなく吹き飛び、大きく抉れてしまっているとのことだ。その場にあったであろう城の隠し通路は、完全に埋まってしまったんじゃないかな?

それとグロリア辺境伯軍の鬼神“笑うオーガ”と剣鬼“下町の剣聖”。

その身体から溢れる覇気のみでランドール侯爵軍を屈服させた二大巨頭、せっかく辺境の田舎で大人しくしてた要注意人物たちを起こしてどうするのさ?

ベルツシュタイン家としてはこの件で動く気はないかな、下手をするとオーランド王国自体が滅ぶ可能性があるからね。

独立にしろ自治領にしろ、一定の距離を持って接する事をお勧めするよ。


それと報告書にも書いたけど、名目上“鑑賞者”としたナニカ、これは駄目だね。

直接その場にいた者たちの報告では、このナニカに関わる事はドラゴンに喧嘩を売る行為に等しいって言ってたかな?

全力で挑む鬼神と剣鬼を一蹴って意味が分からない。この二人、それぞれが単独でスタンピードを止めれるんだよ?それが手加減をされて一瞬で倒されるって。

そんなのが王都に来たら戯れに王城が消えるよ?


でも肝心なのがこの後、ドレイク・アルバート男爵の考察。その前のナニカが行った全体評価もとんでもないけど、この男爵の見解は見事の一言だね、これによってグロリア辺境伯家とランドール侯爵家は様々な確執を横において手を結んだだろうね。

地方の小競り合いでは流石に馬鹿親子も手を出せない、“地方の問題は地方で解決せよ”と言った手前ね。本当にうちの部下に欲しいくらいだよ。

バルカン帝国とヨークシャー森林国、王家としてはどう対処するつもりなんだろうね?

うちではあの国でまだ大きな動きはないとみているんだけど、アルバート男爵は何か掴んでるっぽいんだよね。そのうえで自分たちの住むオーランド王国北西部地域を守ろうとしている。見方を変えれば他地域で何かが起きるとみている。

流石にそこがどこかまでは分かっていないだろうけど、流れ的にその可能性が高いと考えているんじゃないのかな?

じゃなければこんな落としどころを用意しないだろう、今回の戦に関しては完全勝利だったんだから。

グロリア辺境伯家としてはいざこざを早急に終わらせて自領の安定と強化を図る必要性があると判断した、更に言えばヨークシャー森林国との関係強化を行うつもりかも。ヨークシャー森林国に問題が起きて一番被害を被るのは他でもないグロリア辺境伯領だからね。


ベルツシュタイン家としては今の王家は馬鹿だけど最悪ではないとみている。自身が優秀と思って正義を振りかざす奴に比べれば相当まし、上が馬鹿でも周りが支えればいい。

ただ今回は色々とまずかったかな?

王家にとっての最善はランドール侯爵家の問題を残しつつグロリア辺境伯家に恩を売る事だった。グロリア辺境伯家が王家に頼る様に仕向ける事が出来れば最上、自然その影響力も削ぐ事が出来た。

それを何でランドール侯爵家と組んじゃうかな?グロリア辺境伯家があの地に留まり続ける意味が全く分かっていない。

フィヨルド山脈の脅威と帝国によるヨークシャー森林国に対する侵攻。グロリア辺境伯家の役割はそれらの危険からオーランド王国を守る事であり、グロリア辺境伯家もその役割を全うしようとしていた、自らを守る盾が重いからと言って放り投げて踏み潰す。

これってヘルザー宰相としては知りませんでしたじゃ済まないからね?


まぁこっちも帝国の動きを舐めていたと言われちゃうと返す言葉もないんだけどさ。

今回のいざこざだって騎士同士の剣の打ち合いでお茶を濁すと思ってたからね。

双方とも本気出し過ぎ、何あの戦闘民族たち、正直辺境舐めてたわ。もっと文化的に行こうよ全く。

じゃあ報告はしたから、これ以上馬鹿が北西部を刺激しない様に目を光らせておいてね。立場上こちらから頭を下げる訳にもいかないんでしょ?向こうもそれは十分分かっているからこその今回の決着、折角両者が矛を収めてくれたんだからこれ以上薮を突く事は得策じゃない。

陛下と皇太子殿下が揃って体調不良なんて事になったら大変じゃない?」


ベルツシュタインはそう言うとスッと席を立ち部屋を後にする。にこやかな笑顔の中に鈍く光る冷徹な眼差し、これはベルツシュタイン家からの警告。


「フゥ~、全くなんだって私の代でこうも色々と」


テーブルの上に残されるベルツシュタイン家の報告書、オーランド王国宰相ヘルザー・ハンセンは始まるであろう動乱の予感に、背もたれに身体を預け天井を仰ぎ見るのであった。


―――――――――――


「ランドール侯爵が負けた!?それは一体どういうことだ。長年に渡る調略、万全な防衛、確定された勝利ではなかったのか?」


オーランド王国国王執務室、そこでは現国王ゾルバ・グラン・オーランドと皇太子レブル・ウル・オーランドが、報告者であるランドール侯爵家長男テルズ・ランドールの報告に表情を歪めていた。


「ハッ、それがその、誠に持ってなぜこのような事となったのか。

我が父ランドール侯爵家現当主ガレリア・ランドールは執拗な程に慎重で狡猾な男、此度の戦に対する備えは万全であったはず。

またランドール侯爵家の諜報部隊は周辺各貴族家に根を張り巡らせており、グロリア辺境伯家の動きは全て筒抜けでありました。

此度の戦はランドール侯爵家の力を示す為だけのお披露目、そうなるはずだったのです。

そして万が一にも我がランドール侯爵家が負ける様な事があっても、父ガレリア・ランドールがその責を取りグロリア辺境伯軍もろとも自刃する、その手筈は整っておりました」


テルズ・ランドールは床に片膝を突き頭を垂れた姿勢で報告を行う。

この屈辱、これも全ては父ガレリア・ランドールとグロリア辺境伯家当主マケドニアル・フォン・グロリアによるもの。言い様のない憎悪の感情が、テルズの心を支配する。


「失礼いたします。陛下、グロリア辺境伯家よりの書状が届いておりますがいかがいたしましょうか?使いの者の話ではグロリア辺境伯様より“緊急事態に対する報告である為、出来るだけ早くお知らせするように”との言葉を預かっているとの事でありましたが・・・」

側近の者より執務室に届けられた知らせ、それは今三人の頭を悩ませている問題の当事者からの報告。


「よい、書状をこれへ」

「ハッ」


“パラッ”

側近より手渡され国王の手により開かれた書状。国王はその書面に目を通し苦々しげに表情を歪ませる。


「陛下、グロリア辺境伯は一体何を?」

皇太子の呼び掛けに、国王ゾルバは無言で書状を手渡す。


「“ご心配いただきましたランドール侯爵家とのは、無事話し合いが付きましたことをグロリア辺境伯家当主マケドニアル・フォン・グロリアの名においてご報告申し上げます。

以後この件に関しまして一切の関心は御遠慮申し上げますことお願い申し上げます。


グロリア辺境伯家当主 マケドニアル・フォン・グロリア

ランドール侯爵家当主 ガレリア・ランドール”

陛下、これは」


皇太子レブル・ウル・オーランドの問い掛けに、国王ゾルバは顔をしかめたまま答える。


「見ての通りだ。

“此度の事態は全て終息した、オーランド王国北西部は手を取り合った、以降口出しは不要”、そう言う宣言だ。こちらとしても“地方の事は地方でどうにかせよ”とグロリア辺境伯を突っぱねた以上、こうも正面から“どうにかした、文句はないよな?”と言われては手出しも出来ん。

例えランドール侯爵家が所持していた炸薬や誘魔草の件を問題にして王家として干渉しようにも、それはランドール侯爵家に対してだけのもの。

その処分を不服としてグロリア辺境伯家に下ると宣言されてしまえば、グロリア公国の出来上がりだ。


あの地は既に自治領宣言をしているし、周辺の寄り子貴族もそれに同調している。切り崩しを行うにしても、戦勝したばかりの今は時期が悪い。

今や北西部地域でのグロリア辺境伯家の求心力は絶対的となっている筈だ、こうならない為の方策が完全に裏目に出てしまった。


テルズ・ランドールと言ったか?もうよいぞ、下がるがいい。この件は仕舞だ、ご苦労であった」


「ハッ、いえ、しかし・・・」

国王ゾルバからの突然の退室勧告、テルズは困惑しつつ言葉を返そうとするが。


「ん、何をしておる?すぐに下がらんか。この件は仕舞と言ったであろう?

まったく、これではまたヘルザーに小言を言われてしまう。レブル、逃がさんからな?」


「えっ、いや、ここは陛下が男気をですね」

「喧しい、一蓮托生じゃ。あ奴の事、今頃はメルビアの下に今後の方針について話し合いに行っておるはず。いかん、今から震えが」


「あ、そうでした、私はこの後所用が。陛下、誠に申し訳ございませんが私はここで」

「逃がさんと言っておろうが!

ん、何を見ておる?早く下がらんか」

国王ゾルバはそう言うやチラリと側近に目配せをする。


「テルズ・ランドール殿、陛下の仰せです。御退出を」

笑顔でありながら掛けられる威圧、テルズは何も出来ぬままその場を下がるしか術がないのであった。


―――――――――――


「くそっ、何だってこのような事に」

ランドール侯爵家王都屋敷、その執務室でテルズ・ランドールは大いに荒れていた。


「テルズ様、気をお鎮めください。確かに状況は思い通りに行きませんでしたが最悪ではありません。

王家はこの度の事態を理由にランドール侯爵家を責める訳にもいかない、グロリア辺境伯家は小競り合いと言って事態を収めた手前、ランドール侯爵家に対し強い態度に出る訳にはいかない。

我々が失ったものは長い時間を掛けて準備してきた策謀だけであって、領都も各都市も何も失ってはいない。

形式上負けを認めた事にはなっていますが、実質負けてはいないんです。

我々には時間も資金もある。それにグロリア辺境伯が新たな道を示してくれた、ランドール公国、その初代君主、悪い話ではないではありませんか」


そう言いワインを進める側近に、不服そうな顔でグラスを受け取るテルズ。


「それでその後グラムとの連絡はどうなっている?

予定ではスターリン城を爆破後セカンドリアへと向かうはずではなかったのか?

それが爆発は城の庭先と出入口のみ、そして何故か地下避難路の出口である廃教会周辺部の爆破。

一体なにがどうなっている」


苛立たし気にワインを飲み干すテルズ。側近はそんなテルズのグラスに再びワインを注ぎ入れ言葉を返す。


「スターリンの居城で爆破が行われた、これはその時点でグラム様の指示の下作戦が遂行されたことにほかなりません。

問題はそれがどの地点で行われたのか。諜報の者の話によれば、グロリア辺境伯家の軍勢はスターリン南門前の炸薬爆破が行われた後いかずちの如く城へ攻め上り、瞬く間に城内を制圧したとか。その様な騒ぎの中グラム様が逃げ延びたとなれば、おそらくは地下避難路を使われたはず。

そして爆破が行われた。

吹き飛んだのは居城の庭と出入口、そして打ち捨てられた廃教会」


「では、グラムは・・・。

どこからか情報が漏れていたと言うのか、いや、それにしても城を崩壊させるほどの炸薬を一体どうやって・・・」

椅子に腰掛け黙り込むテルズ、そして。


“カタンッ”


「テルズ様?

誰か、テルズ様はお休みになられてしまった様だ。このところの激務で疲労が溜まられていたのだろう、ベッドにお運びしろ」


側近の指示で寝室に運ばれて行くテルズ。側近はその姿を見送ると、執務室の窓を開け、手に持つワインボトルを逆さまにする。

“ドボドボドボドボドボ”


「テルズ様、今は御兄弟でこのワインをお楽しみください。いずれそちらに参った際には土産話の一つでもお聞かせ致しますので。

その時を楽しみにしております」


王都の風が執務室に吹き抜ける、ふと見上げた夜空には満天の星々が煌めいている。

側近は執務室の窓を閉め、グラスとボトルを手持ちの袋に仕舞い込むと、一礼をして部屋を後にする。

誰もいなくなった暗い執務室には、窓辺からそっと月明かりが差し込むのであった。

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