第243話 村人転生者、森の散策から帰る
「二人ともお疲れ。それじゃ剣士さんとローブさんを部屋に運んであげてくれる?
月影は悪いけど暫く二人の面倒をお願い。
キャロルとマッシュは畑の小屋に帰るよ、明日からはボビー師匠の畑の管理をお願い。それと子供たちの修行に参加してくれる?その身体にも馴染まないといけないんで。
例の作戦は一月後だから、先の事はその結果次第?俺にもどうなるのか予想出来ないんだよね。
まぁ無駄にはならないと思うから、後は進化次第って事で」
大森林中層部、結界により隠されたシルビアさんの秘密の花園で行ったゴブリンズの呪いからの解放は、無事完了した。
月影の見立てではキャロルとマッシュに移された“愛の試練”は正常に作動しており、後から上乗せされた教会による誓約も何故か二体の魔物に移譲されてしまった。
えっ?誓約って光属性魔法か何かだったんじゃないの?とか思わなくもなかったが、解術を行うのって教会関係者なんだよね~。
呪いにより人を縛る、誓約により人を縛る。字面は違えどやってる事は同じ・・・。
教会も闇が深いと言う事で。
なんでこの二体は自分の名前が言えません。って言うか最初から自分の名前なんて言ってなかったんだけどね、魔物には無意味な誓約だったみたいっす。
シルビーさんとイザベルさんは好奇心が大爆発、ずっと静かだと思っていたら観察モードに入っていたみたいで、呪いから解放された二人の女性の事も積極的に介抱(触診目的)してくださいました。
呪いを引き受ける形になったキャロルとマッシュですが、月影の見立てだとビッグワームとゴブリンの身体は良い感じに調和している様で、互いの生体に引っ張られると言った感じではないとの事。元々どちらも悪食であり繁殖力旺盛な底辺魔物、寿命も共に十年以内、進化でもすればその限りではないと言った所。
進化についてはこれまで進化した魔物の観察の結果、その鍵は食事と生存環境にあると推測、極端な話魔力の多寡で決まると言ってもいい。
人族の編み出した呪いに掛かった魔物が進化したら一体どうなるのか?楽しみでなりません。
賢者師弟にその事を話したら絶対立ち会わせろって言うんで、準備が整ったらお伺いしますと伝えておきました。
で、いつまでも目を覚まさないお二人を放置とも行かないんで(多分)剣士さんをジミーが、(おそらく)ローブさんを月影が背負って村まで帰って来たって訳です。
そこはジェイク君じゃないのか?いや~、エミリーちゃんの目がですね~。
“分かってるよね?ケビンお兄ちゃん♪”って感じでこちらを見詰められてしまいまして。
もうね、俺とジェイク君ガクブルよ?
何この十歳児、十歳って言ったら第二次性徴期だっけ?異性を意識し初めて心のバランスが崩れやすくなるんだったっけ?
俗に言う思春期、エミリーちゃんはお年頃なのかな?お年頃の女の子ってこんなにヤバいのかな?
まぁエミリーちゃんは同世代の女の子の友達なんていないし、マルセル村の暇な女衆の英才教育を受けて耳年増になってるからな~。
でも創作物の主人公様ってそんな女性達に囲まれて平然としてるんだよな~、鈍感系主人公様ってスゲー。
「ジミー、ジェイク君、エミリーちゃん、今日はお疲れ様でした。
色々聞きたい事もあるだろうし分からない事も多かったと思うけど、こういう現実がある事、こういう解決法もあるって事が分かって貰えたと思います。
何も道は一つだけじゃない、色んな可能性、方向性を考えて、何が一番いいのかを常に模索するようにしてください。一つの物事に囚われて周りが見えなくなる事が一番危険だから、これは普段の冒険にも言えることだからね?
授けの儀を終えて冒険者になったら、街の雑用依頼を積極的に受ける事をお勧めするよ。与えられた仕事を創意工夫して行う、力技じゃなく知恵を使い道具を使い、時には人に頼ってもいい。
そうした生活の中での経験が必ず冒険に役立つから。実際俺もマルセル村のお年寄り、おっと違ったお姉様方から教わる事が多いし、村の困りごとに奔走する中で成長して行った部分がほとんどだからね。
まぁ俺はあまり才能が無いから殆ど力技だったけど。
じゃあ今日は解散、剣士さんとローブさんは落ち着くまで暫く訓練の参加は見合わせます。皆も何かと気に掛けてあげてください」
「「「はい、ケビンお兄ちゃん、ありがとうございました」」」
時刻は夕刻、子供たちは三人連れだって家路につく。
ケビンはそんな彼らを見送りながら大きくため息を吐く。
取り敢えず問題は解決した、後はドレイク村長たちが帰村してからになるけど、面倒な話は全てお任せ。いやだってここから先は大人の思惑次第だし?それこそ俺が口出し出来る様な話じゃないし?
二人の呪われた令嬢様方の命が助かった、今はその事を素直に喜ぶとしよう。
・・・はぁ~、でも勿体無い。畑の戦力が手に入る所だったのに。
“愛の試練”ゴブリンの呪い、これを知った時俺は思った、“これって変身魔法じゃね?”と。本体を変容させる、何らかの方法で別空間に仕舞い込む。どちらにしろ変身には違いない。
これに興奮しない奴は<仮性>じゃない!
ゴブリンは思いのほか手先が器用で自ら道具を作り出す高等種族、上下関係が確りしていて上の命令は絶対。過去ゴブリンエンペラー率いる数百万と言うゴブリンの大軍勢が幾つもの国を滅ぼした事は有名な話、進化すればするほど知能も理性も発達すると言われている人類の敵、それがゴブリン。
でも連中、本能に忠実だから。食欲、性欲にまっしぐら。産めや増やせや世に満ちよとはよく言ったもので、まぁ増える増える。
そりゃそれだけバカスカ産んでりゃいくらでも食べ物は必要ですがな、悪食でもなければ生きて行けませんがな。
そんな種族なんで畑のお手伝いなんて期待出来なかった訳なんですけどね、呪いでゴブリンに変わるだけなら話が違うんですね~。
見た目はゴブリン、中身は畑の専門家、ビッグワーム(育成済)。
進化させればさらに長生き、これでうちの農場も安泰って思ったんですけどね。
バルカン帝国~~~~~!!何で絡んで来るかな、バルカン帝国!
これがお貴族様のお家騒動くらいなら放置でも良かったんですが、戦争案件が絡んで来ると話は違う、面倒事てんこ盛りじゃないですか。
泣く泣く解術ですよ、畑の従業員計画がパーですよ。
キャロルとマッシュの育成が無駄とは言わないけど、トホホですよ。
だもんでちょっと嫌がらせを。
解術を行えばいつ解術されたのか、どこで解術されたのか、それは死亡かそれとも生存か等が呪術師に伝わる。誓約の方は“誓約が切れた、とうとう亡くなってしまったのですね”程度らしいんですけど、呪術の方は確り作り込まれていたみたいです。
これは賢者師弟と月影の共同見解、この呪いは本当に良く出来てるそうです。
世の中何でもその道の達人ってのがいるもんですね、バルカン帝国、恐るべし。
俺は世界の広さに戦慄しつつ、綿密なプランが脆くも崩れ去った事に、ガックリと肩を落とすのでした。
――――――――――
時は流れる、夜の闇は去り東の空が白み始める。
窓の扉が開けられているのだろう、爽やかな空気が部屋の中に入り込む。
マルセル村の朝は忙しい、日が昇る前に起き出して畑の手入れを行うのは村人の仕事。家の主であるボビー師匠が不在の今、それは自分たちの役目。ボビー師匠の畑を管理し野菜を育てる事が、穢れた呪いを受けた自分たちを匿い、尚且つ生きる為の技術と戦う術を与えてくれているボビー師匠に報いる事。
“ギャウギャウギャウ”
庭先から聞こえるのは剣士の声、彼女は先に起きて作業を始めているのか。
声がすると言う事は既にジミー君が訪ねて来ているのか。
未だ眠気の残る頭を振るい、掛け布団を剥いでベッドから起き上がる。
でもさっき剣士は何と言っていたのだろう?
“ギャウギャウギャウ”
思い出す剣士の言葉、だがその意味が分からない。ただの雑音の様にしか聞こえなかったそれ。途端血の気が引き、意識が覚める。
彼女の言葉が分からない、一体何が!?
“ガチャッ”
部屋の扉が開き、そこから地味なワンピースを着た女性が姿を現す。
「おはようございます。お嬢様、お目覚めでしょうか?」
彼女の言葉に途端身体が硬直する。それはかつて公爵家の屋敷で掛けられていた言葉。寝起きの悪い私を気遣って、毎朝起こしに来てくれた彼女の声音。
「お嬢様、おはようございます。このデイトリアル、再び美しいお嬢様と再会出来ましたこと、心よりお喜び申し上げます」
そう言い深々と頭を下げる我が護衛騎士デイトリアル・エルガード。
彼女は今何と言った?“再び美しいお嬢様と再会出来ましたこと、心よりお喜び申し上げます”と言わなかっただろうか?
私は彼女に向けていた視線を切り、手元を見詰める。そこには白く長い人の手。そのあまりに弱々しくも頼りない手に、乾いた笑いが漏れる。
その笑いは止まることなく、瞳からは熱い雫が溢れ出す。
「アハハハハ、デイトリアル、私・・・。デイトリアル!!」
「お嬢様!!」
そこから先の事は覚えていない。ただ只管デイトリアルの名前を叫び、涙し、抱き締め合っていた様な気はするが、気が付いた時には再びベッドの上に寝かされているのであった。
「お嬢様、お目覚めになられましたか?」
その声はベッドの脇の椅子に腰掛け、心配そうにこちらを覗き込むデイトリアルのもの。その顔は泣き腫らした酷い状態。
「デイトリアル、酷い顔よ?外の井戸で洗って来たら?」
「フリージアお嬢様も人の事は言えませんよ?百年の恋も冷めそうな程です。
一緒に行かれませんか?」
デイトリアルに言われ慌てて鏡を探す私。・・・あぁ、そうか、私はもうブルガリア公爵家のフリージア・ブルガリアじゃなかったんだ。
気を失うほど泣いたお陰か自身の置かれた現状、今の状態がすんなり理解出来る。
「デイトリアル、随分と遠くに来てしまいましたね」
「そうでございますね。この一年半、色々な事がごさいましたから」
互いの顔を見合わせどちらともなくクスリと笑う。本当に酷い顔だ、こんなの笑ってしまうのも仕方がない。そして本当に酷い一年半だった。
「デイトリアル、これからどうしましょうか?」
「そうですね、本当にどういたしましょう。幸い考える時間はたっぷりあります、ボビー師匠には悪いですが暫くはお世話になる方向で。
先程月影さんにも言われたのですが、独り身の老人はやる事がなくなると呆けるそうです。“多少迷惑を掛けるくらいの方がボビー師匠の為になる”、ケビン君がそう言っていたそうですよ?」
“ブフッ”
思わず吹き出す私に、苦笑いを浮かべるデイトリアル。
「そうですね、私達がこの様な所でうじうじ考えていても仕方がありません。
ここは開き直ってボビー師匠におすがりいたしましょう。それにまだ剣術の修行も始めたばかり、私達はまだまだ弱い」
「そうですね、せめてジミー君の足手纏いにならない様にしないと」
ん?今デイトリアルが聞き捨てならない事を言わなかったかしら?
「えっと何を言っているのかしら?ほら、デイトリアルは呪いも解けたのだし騎士の道に戻らなければ。ジミー君には私が生涯を掛けて恩返しをいたしますから安心して下さい。
折角自由な身になったのです、デイトリアルを縛るものはもう何もないのですよ?」
「ハハハハ、お嬢様、その様な事はこのデイトリアルにお任せください。お嬢様は高貴なる御方、ジミー様の事はこの
そうだ、ケビン殿にお願いすればどうにかなるやもしれません。あの御方は直接グロリア辺境伯様とお言葉を交わされる様な御方、私共には考えもつかない方法でお嬢様の事も救ってくださるやもしれません。
ケビン殿こそまさに救世主、お嬢様に相応しい御方。弟君のジミー様は
「ちょっとそれってズルくない!?
確かに私たちを助けて下さったのはケビン様ですけど、ケビン様の立ち位置って物語で言う所の森の賢者様とか祠の神様とか泉の精霊様じゃない。
王子様はジミー君でしょうが!!」
「え~、それだと王子様が二人いる事になりませんか?共に研鑽に励んだのはジミー君とジェイク君ですし」
「デイトリアル、その冗談は危険よ?エミリーちゃんに聞かれたら明日の朝日は拝めないわよ?」
「これは大変失礼しました。私も少々浮かれていた様でございます」
「「プフッ、アハハハハハ」」
互いに目を見合わせ、大きな声をあげて笑う二人。
元護衛騎士デイトリアル・エルガードと元公爵家令嬢フリージア・ブルガリアの長く苦しい旅は終わった。
「デイトリアル、これだけは言わせて。これまで私の為に尽くしてくれてありがとう。あなたは最高の護衛騎士であり、最高の親友よ」
フリージアがずっと心に秘めていた思い。フリージアは親友に対しきちんと礼の言葉を伝える事が出来た喜びに、目を潤ませる。
「お嬢様、いえ、フリージア。あなたこそ私の最高の友達。これまでも、これからも、あなたこそ掛け替えの無い親友よ」
結ばれた友情。それは主従と言う枠を超え、永遠に結ばれ続く心の絆。
「「でもジミー君の事は別ですから!」」
二人の友情は、“強敵と書いて友と読む”系統の友情であった様です。
それはそれ、これはこれ。
世界が変わろうとも失われる事の無い真理、彼女たちの戦いはまだ始まったばかりなのであった。
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