第242話 転生勇者、森のお散歩に向かう (4)

美しい花々が咲き乱れる花園、蝶や蜂と言った昆虫がそよ風に揺れる花々の間を飛び回り、その蜜を求め舞い踊る。

そんな花園で花を摘む二体のゴブリン。

彼らは“ギャウギャウゴウゴ”と楽し気に言葉を交わし、目の前を飛び去る蝶の後を追い掛ける。

俺たちはそんなゴブリンたちの姿をじっと見詰める。

花園には優しいそよ風が流れ、花々を揺らす。

空に浮かぶ雲は、ゆっくりと流れて行く。


――――――――――


「まぁそうは言っても納得はいかないよね。俺も本当はこんな急性な手段は取りたくなかったんだ。でも色々な事情がそれを許してくれなくてね。

それには君たちが解決策としてエリクサー作製を目指した事を何故俺が咎めたのかも含まれるから、良く聞いてね」


ケビンお兄ちゃんの呪いの解決法、それは剣士さんとローブさんの呪いを他のモノに移すと言うもの。しかしその為に犠牲になる者は・・・。

かつてケビンお兄ちゃんは、発展し裕福になりつつあるマルセル村を襲う盗賊を単身討伐し続けていたと言う。

マルセル村の大人たちは皆いきどおった、なぜもっと早くその事を教えてくれなかったのかと、そうすれば子供一人にそんな真似はさせなかったと。

だがその時ケビンお兄ちゃんは言った、“必要だったから”と。

“この村の発展には皆の力が必要だ、この村の労働を止める訳にはいかない”と。

確かに村の大人たちが力を合わせれば盗賊に対抗出来たかもしれない、だがその中で多くの村人が傷付き倒れ、村の活動は止まってしまう。


かつてケビンお兄ちゃんは襲い来る化け物を押し留める為に走る荷馬車から単身飛び降りた。

“俺一人でならいくらでも逃げられますんで。伊達にホーンラビットの群れを横断してませんから”と言って、怯える俺たちに笑顔を向けて。


かつてケビンお兄ちゃんは寒風吹きすさぶグラスウルフの草原でただ一人、一月半にも渡り盗賊の襲来を押し留め続けた。

その間俺たちは自分たちの働きでマルセル村は守られたのだと胸を張り、いつまでも帰らぬケビンお兄ちゃんをマルセル村の恥と心のどこかで蔑んだ。


ケビンお兄ちゃんはいつもそうだ。

ケビンお兄ちゃんは己を誇らない、ケビンお兄ちゃんは偉ぶらない。

物語の様な見返りを求めぬ正義や道徳を鼻で笑い、物語の裏にある様々な人間模様に思いを馳せる。それなのに自分は・・・。

ケビンお兄ちゃんは言う、“村の防衛に英雄は要らない、正義をかざすのは物語の中だけで十分だ”と。

ケビンお兄ちゃんは正義を振りかざさない。でもそれが必要な事だと思えば平気でその身を投げ出す。

ケビンお兄ちゃん、俺は・・・。


「まずこの二人に掛けられた悪質な呪い、“愛の試練”。これのどこが悪質かって事を話すね。

この二人はオーランド王国の隣、ヨークシャー森林国の出身。ヨークシャー森林国は“森を愛し森と共に生きる”事を国是とした自然豊かな国として有名なんだ。

その主要産業は林業だけど、鉱物資源も豊富でね。その辺は国の方で厳重に管理しながら、森に影響が出ない様に様々な対策を取りつつ採掘されている。

そして何と言っても国民の全てが精霊魔法の使い手と言うのが一番知られているかな?

その力は強大で、過去二度に渡るバルカン帝国の侵攻も国民が一丸となって戦う事で見事に退けている」


ケビンお兄ちゃんは胸元から一つのペンダントを取り出す、それは以前ドレイク村長がマルセル村の代表として感謝のしるしに送ったもの。


「その精霊魔法と言うのはね、精霊と契約する儀式を行う事で身に付ける事の出来るものなんだ。このペンダントはその儀式の際に使われるものだったかな?

人は森を愛し、森を守る。精霊は人に寄り添い、力を貸し、共に戦う。

そうしてヨークシャー森林国はこれまで多くの外敵から国を、森を守って来た。

でもこの精霊契約には一般的なテイマーの魔獣契約とは違う点があってね、それは精霊から一方的に解除が出来ちゃうって所なんだ。

ヨークシャー森林国において精霊は絶対、何故なら自身の最も身近にいる味方であり共に森を守る半身なのだから。

ヨークシャー森林国において精霊を愚弄し精霊を蔑ろにする事は最大の禁忌とされている。そして精霊に見放されたものは侮蔑の対象となる。

そんな精霊契約だけど、どうも契約を解除させる方法があったみたいでね。

それがこの“ゴブリンの呪い”、精霊はどうやらゴブリンが大っ嫌いみたいでね。精霊からの一方的な契約解除、彼女達はこの呪いに掛かった事で精霊から見放されちゃったって訳」


ケビンお兄ちゃんの言葉に何かを思い出したのか、暗く沈んだ顔になる剣士さんとローブさん。ケビンお兄ちゃんはそんな二人に憐みの目を向けてから話を続ける。


「でも本当に凶悪なのはこれからでね。この呪い、ゴブリンの身体が死ぬと普通に呪われた相手も死んじゃうんだよ。何を当たり前なって顔をしてるけど、これって大変な事なんだよ。

皆はゴブリンの寿命って知ってる?これは学園に入ったら魔物学という授業で教わると思うんだけど、その寿命は五年から六年。ゴブリンは生まれて一月もすれば成体になり子供を作れると言う事を考えれば、決して短くはない。むしろ放置してしまうと爆発的に増えてしまうくらいだから。

そこから考えると剣士さんとローブさんに残された時間はおよそ一年、長くても二年と考えられるんだ。ただこれはあくまで予想、もしかしたらもう少し長く生きる事が出来るかもしれない。でも素体がゴブリンである事には変わらない以上十年以内は確実、これは生き物としていたしかたがない事なんだよ。

それを回避する方法も無い事はないんだけどね、それは魔物の存在進化、ホブゴブリンやゴブリンジェネラルを目指す道なんだけど、こうなると二人の魂と魔物の肉体の結びつきが強くなり過ぎて解術は絶望的となる。


正規の解術方法を取る事も困難、他の解術の手段を見つける事も困難、そして残された時間はわずか。

頑張って苦難を乗り越えて、旅の末遂に世界樹の葉を手に入れた、そんな喜びの中彼女達は満足げな顔をしてゆっくりと目を閉じる。

物語としてはいいかもしれないね、読者も涙なしではいられない。

でもそれじゃダメだろう。なぜもっとこの呪いの事を調べなかった?なぜヨークシャー森林国の解術師たちが揃って自らの無力を認めた?

そこには理由があり解術に至るまでの条件も含まれている。

ジミー、ジェイク君、エミリーちゃん。

君たちの冒険はただ自己満足感に浸りたいだけなのかい?そうじゃないだろう?

多くの者達が力を合わせて戦った、そして厄災は退けられた。俺たちは亡くなった多くの同胞たちの分まで生きなければならない、彼らの冥福を祈って、乾杯。

英雄の自己愛の巻き添えになった者の家族や残された人々は、彼らの死をどう受け止めたらいいんだ?

犠牲はね、少ないに越したことがないんだよ。

よく考える事、考えに詰まったら見方を変える事。

俺がこの場に君たちを連れて来たのは、そう言う事も確り考えられる様になって欲しかったからなんだ」


ケビンお兄ちゃんはそこまで話すと一旦言葉を止め、大きくため息を吐いた後話を続ける。


「それともう一つ、本当に嫌になる話なんだけどね。どうもバルカン帝国はまだヨークシャー森林国を諦めていないらしい。

いや、正確にはここオーランド王国も含めてかな。

今、村の大人たちが騎馬に乗って戦争に行ってるよね、この戦争もどうやら裏でバルカン帝国が暗躍していたみたいなんだよね。

それにモルガン商会長の話ではローブさんはヨークシャー森林国でも有数な精霊魔法の使い手、力のある精霊と契約した精霊の申し子だったんでしょう?そんな者がいつまでも生きていると分かったら。たとえ僅かでも解術の可能性が生まれたんじゃないかと考えちゃうのが人ってもの。

グロリア辺境伯領に怪しい暗殺者が送られるのは目に見えている。二人の存在は紛争の火種になりかねないんだよ」


そう言い悲し気に微笑むケビンお兄ちゃん。

マルセル村の英雄は、村のお兄ちゃんは、いつでも俺たちの事を考えてくれていた。


「月影、準備を」

「はい、ご主人様」


ケビンお兄ちゃんはいつも笑顔で、そしていつも優しく俺たちを見守っていてくれた。


「剣士さん、ローブさん、ちょっと腕を出して貰える?そう、ありがとう。

体毛を数本貰うね、ちょっとチクってするけど我慢してね」


“俺は高潔でもなんでもない、ただの辺境の村人、それ以上でもそれ以下でもない”

マルセル村を愛し、マルセル村の村人であり続けようとしたケビンお兄ちゃん。

テーブルの上に置かれた人の形に切り抜かれた二枚の紙。その上に剣士さんとローブさん、それぞれの腕から抜いた体毛を載せる。


“コトッ、コトッ”

テーブルに置かれた二本のポーション瓶、そのそれぞれに入った液体を別々に二枚の人型に垂らして行く。


「月影、焚火の準備は出来てるな?

剣士さん、ローブさん、そんな顔をしないで。大丈夫、二人の事はマルセル村でちゃんと保護するから。

ジミー、ジェイク君、エミリーちゃん。これから大変だとは思うけど、二人の事を頼む、約束だぞ?」


“コクリ”

黙って頷く俺たちに優しく微笑むと、ケビンお兄ちゃんは月影さんに目配せをしてからテーブルの紙に向かい詠唱を始める。月影さんはそんなケビンお兄ちゃんの背中に深く礼をする。


「“我願う、この者の身に降り掛かりし邪悪なる呪いを次なる者へと受け継がん”」


二つに折りたたまれた二枚の人型の紙、ケビンお兄ちゃんはそれを月影さんが用意した焚火に放り込む。

燃え上がる紙、それと同時に剣士さんとローブさんの身体から吹き出す黒い何か、そして・・・


―――――――――――


花園を飛び回る蝶と戯れる二体のゴブリン。

そんな彼らは不意に何かに気が付いた様に走り出す。


「お~い、ビッグワームが焼けたぞって早いな、今呼ぼうとしたところだったんだけど?

塩加減なら任せなさい、これでもビッグワームの焼き具合には自信があるのよ。

あれ?皆も欲しかったの?それじゃ焼くからちょっと待ってて」


そう言いいそいそと腕輪収納から出したビッグワーム干し肉を鉄串に刺し始めるケビンお兄ちゃん・・・、ウガーッ、ケビンお兄ちゃ~~~~~ん!!



ケビンお兄ちゃんが人型の紙を火にくべそれが燃え上がった瞬間、剣士さんとローブさんの身体から黒い何かが噴き出した。

あれは何時か草原で見た化け物のそれ、呪いの塊とはああ言うものを言うのだろう。

地面に倒れ込む二人の女性、そして呪いの塊はケビンお兄ちゃんと月影さんに向かって飛んで・・・行く事はなく、月影さんの背後にいつの間にか控えていた二体の巨大外骨格ビッグワームに吸い込まれ、その身体が闇の呪いに包まれたかと思うと二体は剣士さんとローブさんの姿そのものになってしまったのでした。


「「「・・・・・・」」」


「えっ、何そのジト目は。言っとくけど俺に自己犠牲の精神は端から備わってないからね?なんか前に遭った草原の化け物との邂逅を思い出しちゃっていたみたいだけど、あれは俺が一緒に逃げたところですぐに追いつかれちゃうって判断があったからで、自己犠牲とは違うから。

言い方は悪いけど、剣士さんとローブさんの為にそこまでする義理は無いからね?


言ったじゃん、月影とよく検討したって。

この呪いは人の感情を解術の鍵としている、であるのならばある程度人との意思の疎通、知能の発達したモノでなければ身代わりとして成立しない。

非人道的で良ければ街の悪党を攫って来て身代わりにすればいい、実際王家の記録では死刑囚を身代わりにしたらしいからね。

でもそれじゃロマンがないじゃん?せっかくの変身だよ?可能性に掛けたいじゃないですか。

ですんで育成しましたとも、手順は緑と黄色の再現、更に餌となる癒し草も最高級のものを使用。更に更に緑先生と黄色先生の英才教育により知能の発達もバッチリ、外骨格ビッグワームに姿が変わった段階で<長期雇用契約>も行っております。

お~い、キャロル、マッシュ、動けるか~」


ケビンお兄ちゃんが声を掛けた相手、ゴブリンとなった外骨格ビッグワームのキャロルとマッシュは、自身の身体を色々と動かしては“ギャウギャウ、ウゴウゴ”と何やら調子を確かめている様でした。


「まぁ腕も足も無いミミズの身体から人型じゃ難しいとは思うけど、そこは考えるより感じろだから。身体の動かし方は頭に刻み込まれている筈だから、何となく理解出来ると思うぞ。

今旨いビッグワーム肉を焼いてやるからその辺で遊んでてくれ。そのうちいつも通りの感覚でその身体を使える様になるはずだから。要は慣れだから、身体に魔力を流したり覇気を流したりしてれば自然馴染むと思うぞ」


“ギャウギャウギャ~”

花園を走り出すゴブリンのキャロルとマッシュ、美しい花々に囲まれて倒れる二人の女性。


「「「・・・ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」」

俺たちは混乱する思考を一時中断し、花々と戯れるゴブリンたちの姿を唯々眺めるのでした。

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