第241話 転生勇者、森のお散歩に向かう (3)

「呪い、それは人々の負の祈り。

これまでどれ程多くの者が己の感情の赴くままにその道に踏み込み、逃れえぬ呪縛に沈んで行った事か。恨みつらそねみ、羨望や嫉妬。

消し去る事の出来ない負の感情は、己の魂から湧き出でる闇属性魔力と結合し、ある奇跡を生み出す。それが呪詛であり呪い。

人々の思いを煮詰めた様なそれは、魔力と言うものが実在するこの世界において、神々が用意した魔法とは違ったまったく系統の違う技術、“呪術”として確立するに至る。


“愛の試練”、それは今より数百年前、高貴なる貴族たちの間で横行した呪い。

当時流行したとある物語。魔王との戦いに赴きカエルの姿に変えられてしまった王子、王子を心から愛し、その呪いを“真実の愛”の力で解術する貴族令嬢。

“呪われた王子様”、それは王子と貴族令嬢の奇跡と愛の物語。

そしてそんな物語を題材に財力と権力を持て余した高貴なる者たちが作り出した“遊び”、それが“愛の試練”。


当時のそれは本当にただの遊びであった。その姿は顔こそカエルの様に変えられてしまうものの、解術も容易。

正式な解術には異性との口付けが必要ではあるが、必ずしもその手順を踏まずとも一月ほど放置すれば勝手に解術される、そんな子供の悪戯の様な“遊び”であったとか。

だが今回の呪いはその“愛の試練”を基に改良を重ねた全くの別物。

正式な解術の仕方こそ異性との口付け、だがそこには物語にある様に互いに思い思われる心の交流、“真実の愛”が必要とされるものだった。


そして更に厄介な事がこの呪いにはあった、それは術者による生存確認が可能と言う事。この呪いがもしも解術された場合、その知らせはこの術を掛けた者、二人の命を狙う者に届く。

それはいつどこで呪いが解けたのか、それが解術によるものか、それとも死亡によるものか。これほどの術を仕掛ける相手、それくらいの仕掛けは造作もない事。

この呪いはただ解術すればいいと言ったものではなく、どうやって解術するのか、どこで解術するのかも重要となる大変難しいもの。

俺がなぜこの場所にみんなを連れて来たのか、理解してくれたかな?」


ケビンお兄ちゃんの話、それはこれまで俺たちが知りえなかった、考えもつかなかった様なものであった。そしてそれは剣士さんやローブさんも同様であった様で、先ほど迄涙を流して喜んでいた姿が嘘のように口を噤み黙り込んでしまうのであった。


「ごめん、ケビンお兄ちゃん、お兄ちゃんの話が難し過ぎてちょっとついて行けない。エミリーなんか完全に放心状態になってるから。

正直俺も限界です。もう少しかみ砕いて教えて欲しいんだけど」


“すみません、ギブアップです”と言わんばかりに白旗を上げるジミー。ジミー、やっぱり君は俺の師匠だよ。そのいさぎよい姿、俺も見習いたいと思います。


「う~ん、そうだね。それじゃまずは剣士さんとローブさんの件を片付けちゃおうか。

剣士さん、ローブさん。さっきも言ったけど二人はグロリア辺境伯領に“隠遁した大賢者様”を探しに来たんだよね?それでこちらがその大賢者、シルビア・マリーゴールドさん本人なんだけど、何か伝えたい事ってある?」


俺の言葉に互いに顔を見合わせるゴブリンズ。するとローブさんが一歩前に歩み出て片膝を突き礼をした。剣士さんはローブさんに倣うかの様にその場に片膝を突き、頭を垂れるのだった。


“ギャウギャウガ、ウゴウゴ、ギャウガ、ギャウ”

「お初にお目に掛ります。私は隣国ヨークシャー森林国から参りました“ローブ”と申します。今は誓約により名前をお伝えする事が出来ない事をお許しください。

そして背後に控えますは私の護衛騎士、“剣士”と申します」


“グギャギャ、グギャグゴ、ギャウギャギャグ”

「私共はご覧の様にゴブリンの身でございます。この呪いはヨークシャー森林国のあらゆる解術師が解術は無理であると判断した永劫の呪い、最早お縋り出来るのは大賢者様しかおられません。

どうか私共にお慈悲を賜りたく伏してお願い申し上げます」


そう述べたあと再び頭を下げるローブさん。

大賢者様は暫しの瞑目の後、口を開かれるのでした。


「お話はわかりました。その件については少し説明がいるわね、取り敢えず顔を上げて貰える?それとそっちの子供たちもちょっと状況に付いて行けないって顔をしているわね、少し座って話しをしましょうか。

ケビン、テーブルと皆の分の椅子を出してくれる?土属性魔力で作ってくれてもいいから」

「そうですねって俺の扱い雑じゃありません?まぁ持ってますけどね。

ちょっとこないだとある場所で良さげなイスとテーブルを幾つか見繕って来まして。

いや~、これがまた中々味のある家具なんですわ。

それじゃホイッとな」


ケビンお兄ちゃんの軽い掛け声と共に現れたそれは、深みのある亜麻色をした木目の美しいアンティーク調のテーブルと椅子。それがこの美しい花園に溶け込み、何とも言えぬ調和を作り出す。


「ケビン、アンタこれ何処から持って来たのよ!?あっ、いいわ、聞かない方が幸せな事もあるって事をこないだ教わったばかりだから。

それでティーセットもあるの?本格的じゃない。絶対出所は言わないでね?これお姉さんとの約束よ?

それとケビンに一つだけ。

アンタなんでゴブリンの言葉が分かるのよ!“ギャギャウギャギャ”としか言ってないじゃない!?意味解んない」


混乱する大賢者の言葉に、俺たちも同意の頷きをする。大賢者様、そう言う時はこの呪文を唱えるといいですよ?


「「「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」」


「ハハハハ、うん。なんか負けた気がするけどこれはもうそう言うものって考えちゃう方が話が進むのかもね。そうよね、この理不尽はスライムやホーンラビット、ビッグワームとすら談笑していたのよね。

どうも最近常識に縛られちゃって発想性が悪くなってるのかもしれない、反省しないといけないわ。

それで呪いの話だったかしら?解術の方法がない訳じゃないわよ?

一番いいのはさっきケビンも言ってたけど正式なやり方、愛の試練の本来の解呪方法、思い合う男女の誓いの口付け。

“二人は永遠の愛を誓い合う”だったかしら?これはこの改良された呪いにも有効よ?

但しさっきの話にあった様に解術したと言う知らせはすぐに相手に届くわね。これはどこかの結界に隠れていても関係ないの、術師との繋がりが切れればすぐに分かるはずだから。

それと場所と時間の通知も同様、正確な場所は分からなくとも大体の場所の特定は可能ね。この辺は呪術の世界では基本的な技術だから。

あなた方二人が何か特別な事情を抱えている様なら時と場所は選んだ方がいいわね。あなた達だけじゃなく、あなた達を助けようとした多くの者を巻き込む恐れがあるから。


それともう一つの解術方法、それは霊薬と呼ばれる類の薬を飲む事。有名な所だとエリクサーかしら?でもあれって世界樹の葉が必要なのよね?この国の遥か東、大魔境のどこかにあると言われているわ。

手掛かりはエルフ族かしら、彼らは世界樹を守り森と共に生きる民だから。

エリクサーを作る為の素材は二つ、“世界樹の葉”と“ドラゴンの涙”。

作る事は可能よ?これでも大賢者ですから。でも素材がね~。

このレシピ考えた奴って絶対頭おかしいと思うの、これ作らせる気がないわよ」


そう言いお手上げと言ったポーズを取る大賢者様。

ケビンお兄ちゃんはそんな大賢者様を余所にお茶の準備を始めます。

ケビンお兄ちゃん、相変わらずの自由人。そこに痺れるけど憧れるのはちょっと。


“コトンッ”

ケビンお兄ちゃんがれたお茶がカップに注がれ、それぞれの席の前に置かれる。

剣士さんとローブさんは大賢者様の話を聞き、何か真剣な表情で俯いている。

俺はメイドさんから差し出されたカップに手を伸ばし、口元に運ぶ。

口腔に広がる爽やかな味わい。まるで前世で飲んだ高級茶葉の緑茶のような仄かな甘さが心を落ち着けさせてくれる。

俺はカップを入れてくれたメイドさんにお代わりをってメイドさん!?

えっ、いつからここにメイドさんがいたの?えっ、どう言う事?


「ん?ジェイク君どうしたの、驚いた顔をして?

あぁ、月影の事?ずっと傍にいたよ?それこそマルセル村からここに来るまでも。

皆に危険が及ばない様に影から見守って貰ってたんだけど、気が付かなかった?

って言うかイザベルさんとシルビアさんもですか?

凄いな月影、この二人に気が付かれないって相当だぞ?いつの間にそんなに腕を上げたし、俺ビックリなんだけど?」


「全ては御主人様の薫陶の賜物、それに御主人様にはまだまだ及びませんので」

「そりゃまぁね、俺の“路傍の石計画”は常に進化しているからね。いずれ大魔境でも散歩出来るまでになって見せようじゃないか。夢は遥か、目標は高く。

俺は生き残る事に真剣なのだよ、世界は危険に満ち溢れているからね」


相変わらず常識を天元突破するケビンお兄ちゃん、仕えるメイドさん共々意味が分かりません。


「さて、大賢者様のお話が聞けたところでこの呪いがいかに難しいか、そして剣士さんとローブさんの置かれた立場がいかに厳しいかが理解して貰えたと思います。

それじゃ早速その呪いをどうにかしちゃいましょうか」

「「「「「はっ!?」」」」」


えっとこの人は一体何を言ってるのだろうか?さっきからそれがどうにも出来ないからみんなして頭を悩ませているんだけど?


「うん、訳が分からないって顔をしているね、結構結構。それは物事を真剣に考えてる証拠、これをただ感情のままに“エリクサーを作る為に世界樹を目指そう”なんて言い出してたら正座させてお説教するところでした」


ケビンお兄ちゃんの言葉にサッと顔をそらす俺とジミーとエミリー。何故なら俺たちの冒険の最初の目標が世界樹の葉を手に入れてエリクサーを作る事だったから。


「ん?その顔は初めからその気だった?駄目だな~、勇者物語に影響され過ぎだから、魔法の勇者様の話に夢を見過ぎだからね?

あのお話だって結局エリクサーは手に入らなかったでしょ?幻の霊薬の入手はそれ程に難しいんだっての。

それにドラゴンの涙?無理じゃん。国が滅びちゃうじゃん。このレシピ考えた奴って馬鹿以外の何者でもないじゃん。

“永遠の命を夢見る者の行き着く先、それは破滅”って完全な罠じゃん。

性格悪いわ~。しかもその製法って今じゃほぼ伝わってないのよ?薬師ギルドで聞いたから確かだよ?大賢者様が知ってたのはほとんど奇跡だよ?

って事で三人は後程魔力枯渇空間で正座ね、これ決定だから。


それじゃどうするって話だけど、ただ解術したんじゃ色々と面倒な事が起きちゃう、これは説明したよね。この件に関しては月影とじっくり検討して分かってるから。

月影って呪術の専門家なの、今回の呪いに付いても大賢者様並には理解しているから、俺が呪いについて詳しいのもそう言う事」


そう言いメイドさんの方を向くケビンお兄ちゃん。メイドさん、月影さんは丁寧な一礼をしてそれに応えるのでした。


「そこで俺たちが考えたのは“解術が無理なら解術しなければいいんじゃないか”って方法。これは完全な裏技、呪術界でも禁術とされる邪法の一つ。

その者に掛かっている呪いを他のモノに移してしまうって言うやり方だね。

過去には王族に掛かった呪いをこの方法で取り除いたって文献もあるそうだよ?

王家の秘密として禁書庫に封印されている記録らしいけど」


ケビンお兄ちゃんの言葉に途端固まる俺たち。それはこの呪いを解くために誰かが犠牲になると言う事。まさかケビンお兄ちゃんは・・・


「駄目だよケビンお兄ちゃん!!

ほら、さっき御神木様に貰った木の葉、あれがあればエリクサーは作れないけど劣化版エリクサーは作れるんだよ!

信じて貰えないかもだけど、本当なんだよ、それがあれば呪いは解けるんだよ!

製法のありかも分かってる、だから・・・」


俺の言葉を遮る様にサッと手で制し、ケビンお兄ちゃんは優し気に微笑む。


「いいんだ、ジェイク君。分かってる、ジェイク君の言葉を俺は信じてるよ。

ありがとう、ジェイク君は本当に優しく強い男に育ったね。

ジェイク君、ジミー、エミリーちゃん。君たちはいずれ世界に旅立つ、君たちは強い、それこそその辺の金級冒険者に負けないくらいにね。

それは何も戦闘面だけじゃない、体力、精神力、心の在り様。君たちはこのマルセル村で多くを学び、多くを経験し立派な戦士になった。

でもね、この世の中はそれだけで全てが上手く行く程単純じゃないんだよ。

前にも話したね、何故剣の勇者様は賢者様と共に旅立たれてしまったのか、何故魔法の勇者様は愛する者を救えなかったのか。

人の世と言うものは呆れるほど悪意と偏見に満ちている。

今から三百年前、稀代の大賢者シルビア・マリーゴールドはその功績とは裏腹に宮廷魔導士の職を追われ大森林中層部に居を構えるに至った。

その弟子賢者イザベルは魔法の勇者様のパーティーメンバーとして数々の冒険を繰り広げ、勇者様と仲間を助け共に戦ったのにも関わらずその名前さえ語られず、ただ荷物持ちの女性がいたとだけ記されるに至った。


この世は危険と悪意に満ちている、でも冒険する心、夢見る心を諦めないで欲しい。剣士さんとローブさんもそう、君たちは確かに強くも賢くも無かったかもしれない、何も分からずどう助けを求めて良いのかもわからぬ迷子であったのやもしれない。

でも君たちは辿り着いた、成し遂げた。

だから胸を張って。

これから行う事は必要な事、ただそれだけなんだから」


ケビンお兄ちゃんはそう言い俺たちを見回すと穏やかな笑みを浮かべるのでした。

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