第240話 転生勇者、森のお散歩に向かう (2)

マルセル村に隣接する魔の森、そこはこれ迄危険であるとして子供たちだけでの侵入は許可されていなかった。そしてその事は大人と共にホーンラビットの間引きを行っている子供たちにとっては当たり前の事であり、盗賊の脅威や草原での化け物の脅威を体験した彼らが、慢心や自尊心を満足させると言った事の為にその愚を犯す事など決してしなかった。

だから知らなかった、その身近で遠い魔の森の最奥にこの様な場所があるなんて。


森の中にぽっかりと開いた広場。その真ん中にポツンと佇む緑生い茂る巨木。

その大樹に向かい、ジェイクはボソリとスキル名を唱える。

「<鑑定>」


名前:御神木様

樹齢:千七百八十六歳

種族:エンシェントトレント?

スキル

魔力濃縮 光合成 魔力吸収 樹枝腕 樹根腕 養分吸収 眷属生成

魔法適性

光 風 土

称号

進化せし者 森の守護者


とんでもねぇ御方がおられました。

そうか~、大森林のすぐ隣、オーランド王国で最も危険とされるマルセル村がこれ迄スタンピードや大森林の魔物に襲われる事が無かったのって、ずっと守られて来たからなのか~。

ジェイクはこれまでの疑問が晴れ、改めて御神木様に感謝申し上げる気持ちで、しめ縄の巻かれた大樹に対し深い祈りを捧げるのでした。


・・・でもなんでしめ縄が巻かれてるんだろう?あまり深く考えない事にしよう、御神木様だし、そんなものと言う事にしておこう。


「それでこっちがブー太郎の家だね。グラスウルフ隊集合、クマ子とクマ吉もこっちに来て」


ケビンお兄ちゃんがそう言って紹介した建物・・・そう、建物である。

魔の森の更に奥と言う危険地帯にも関わらず、どこの観光地?と言った感じの立派なログハウス。これって一体?


「ん?ここ?俺が作った。ブー太郎とグラスウルフ隊の皆さんにはここで魔の森のホーンラビットの間引きと大森林の警戒、それと森のお店屋さんをして貰っています。

クマ子とクマ吉はその従業員、同じくホーンラビットの間引きとお客さんの接客だね。二体はこの小屋の隣、土属性生活魔法で作った四角い家に住んでもらってます。

その内ちゃんとした小屋を作る予定なんだけどなかなか時間が。

まぁ二体が別にいいって言うんで甘えちゃってる感じかな」


そう言い頭を掻くケビンお兄ちゃん。森のお店屋さんって一体何さ!?ブー太郎の家ってウチより立派じゃない!?


「「「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」」

ジミーとエミリーも思いは一つだった様です。


「それでなんでこんな所でお店屋さんをしているのかと言いますと、あぁ、丁度来たかな?」

“ブブブブブブブブブブブブ”


けたたましい羽音をさせながら近付いて来る何か、それは・・・


「あっ、隊長さん方、どうも。えっとみんなはまだ会った事がなかったかな?こちらキラービーの隊長さんと部下の方々。まぁ所謂大森林の空飛ぶ悪魔の皆さんだね」


そう言うケビンお兄ちゃんの頭の上に着地し、その凶悪な口元のハサミをガチャガチャ鳴らす魔物、それは何時かボビー師匠が決して怒らせてはいけない魔物として名をあげた大森林の恐怖、キラービーの姿なのでした。


「それでその後新女王様はどうなされたの?そろそろ旅立たれるんだ、まぁそうなったらこっちにも連絡が来るとは思うんだけどさ。でも心配だよね、一から巣作りをするんでしょ?

外敵とか色々あるんじゃないの?その辺も試練なんだ、キラービーの世界も大変だよね」


先程から頭の上で羽音をさせるキラービーと何やら世間話をするケビンお兄ちゃん。それって目茶苦茶シュールです。

っていつも思うんだけどなんでそんなに魔物とスムーズな意思の交流が取れるの?トーマスお父さんに聞いたけどそんなテイマー見た事がないって言ってたよ?

でもミルガルの街の“ブラックウルフの尻尾亭”のご主人もブー太郎と普通に会話してたんだよな~。ドレイク村長の話だとシャドーウルフのブラッキーとも平然と会話していたって言うし、訓練すれば出来る様になるのかな?

そのビジョンが全く見えないけど。


「クマ子とクマ吉、ご苦労様。隊員の皆さん、これが今回の分ですね。店長のブー太郎はしばらくマルセル村で修行です。今日は村の農作業の手伝いですね。

ちょっと例のゴタゴタの関係で人手不足なんですよ、申し訳ない。

秋には一人前の店長として戻って来ますんで、不自由をお掛けしますがもう暫くお待ちください」


ケビンお兄ちゃんがキラービーたちに声を掛ける、するとキラービーたちもブンブンと空中の身体を上下させてそれに応える。

ワイルドベアのクマ子とクマ吉がビッグワーム干し肉の詰まった黒いエコバッグの様なものをキラービーに差し出すと数匹のキラービーがその取っ手を掴み、空中へと浮かび上がる。

そこに入れ替わる様にやって来た他のキラービーが、何やら壷の様なものが入ったエコバッグをゆっくりと地面に置き飛び上がる。

クマ子とクマ吉はその壷の入ったエコバッグを大切に持ち上げると、ブー太郎のログハウスへと運んで行くのでした。


「ケビンお兄ちゃん、あれって一体?」

俺は訝しみながら質問する。


「あぁ、あれ?キラービーの蜂蜜だね。あれくらいの量で金貨数百枚はするかな?俺も良くは知らないんだけど」

「「「ブフォッ、金貨数百枚!?」」」


俺たちは驚きに思わず声を荒げる。


「まぁそうは言っても都会で売ればって話だからね?そうじゃなければただの森の恵み、偉い方たちにお配りして色々便宜を図って貰ってるってだけだから、そんなに騒ぐ事でもないよ。

本当、あれが無いと大変危険なの、他所に出す余裕なんって一切ございません。

ですんで君たちも期待しない様に、マルセル村にはフォレストビーの蜂蜜があるんだから、それで満足してください」


今までの緩い雰囲気を引っ込め真剣に語るケビンお兄ちゃん。これ以上一体何があるって言うのさ!?大福や緑や黄色を従えるマルセル村の最強が畏れる偉い方たち・・・いけない、これ以上の思考は身の破滅を齎す。

知らない方が幸せな事がある、俺、学習しました。


「はい、皆さん、マルセル村の最奥、魔の森のお店の事は分かりましたね?ここはマルセル村に何かあった時の避難所にもなります。隊長さんやグラスウルフ隊、クマ子にクマ吉はその際の守りについてくださる方々ですんでよく覚えておいてください。

外敵は何も魔の森側からくるばかりじゃない、その事はこの冬で嫌と言うほど学んだと思います。俺なんかは街場よりもこの場所の方がよっぽど安全とか思ってます。でもまぁそうも言ってられませんからね、色々動かざるを得ないんですが。


それじゃ森のお散歩を再開します。行き先は隊長さんが知っています、ちゃんと気配を消す事、魔力を隠す事、覇気により身体能力を上げる事を意識して遅れない様に付いて行ってください。

隊長さん、お願いします」


ケビンお兄ちゃんがそう言葉を掛けると、頭の上で寛いでいたキラービーの隊長さんが大きく羽音をさせて飛び立ちました。


ケビンお兄ちゃんの“遅れるんじゃないぞ~、気を抜くとマジで死ぬからな~”と言う声に、“何をさせるつもり!?”と顔を引き攣らせつつ、前方を飛ぶ隊長さんの後を必死に追い掛ける一同なのでありました。


―――――――――――


そこは全面が美しい花々に覆われたまさに楽園と呼ぶにふさわしい場所であった。


“ゼ~ッ、ゼ~ッ、ゼ~ッ、ゼ~ッ”

そんなこの世の神秘のような場所に転がる死屍累々。うん、とってもシュール。


「隊長さんもお疲れ様。なんか気を使って貰っちゃって、いつもみたいに飛べないって言うのも大変だよね」

俺はそう言い頭の上にパイルダーオンした隊長さんの労を労う。

隊長さんは“大した事はない”と言わんばかりにブブブブと羽を羽ばたかせるのでした。


「それにしても普段から鍛えている筈のジミーやジェイク君、エミリーちゃんまでもがバテバテになるとは。やっぱり森の中を走り慣れていない者にとっては厳しかったのかな?」

腕組みをして難しい顔をする俺氏、これはトレーニングの中に森の散策も加えなければ・・・。


「「「イヤイヤイヤ、違うから、違わないけど違うから!?」」」

何故か三人そろって否定の言葉を掛けられてしまいました。

剣士さんとローブさん?先ほどから物言わぬ屍の様になっていますが何か?

真っ白に燃え尽きた虚無の目をなさっておられますが、はて、そんなにきつかったのだろうか?


「ケビンお兄ちゃん、何か盛大に勘違いしているみたいだから敢えて聞くけど、ここってどこ!?絶対魔の森じゃないよね?

周りから感じる気配が魔の森のものとは全然違うんだけど?肌に刺さる様な濃厚な魔力を感じるんだけど?」

「そうだよケビンお兄ちゃん、御神木様のところから直ぐに行き成り周りの雰囲気が変わったと思ったら、更に濃厚なものになってるんだけど?

ここってもしかしなくても大森林って呼ばれる所じゃないの?

途中で有り得ないほど大きな蛇が横たわってたんだけど?太郎によく似た狼が走り回ってたんだけど?ブー太郎を目茶苦茶凶悪にしたようなオークが闊歩してたんだけど!?」

「あのでっかい蜘蛛は何!?あのでっかい蜘蛛は!!

有り得ない、有り得ない、有り得ない!」


興奮し大きな声を上げる御三方、でも君たち忘れてません?君たちのいるここってその大森林のど真ん中なのよ?

俺がその事を優しく語って聞かせると途端顔を青くして口を噤む子供たち。

まぁ突然こんな場所に連れて来られちゃったらそうなるのも仕方が無いよね、これは俺が悪かった、反省反省。

でもまぁこっちにも色々都合があったのよ、許せとは言わん、諦めてくれ。


「あら?何か騒がしいと思ったらケビンじゃない。それとこちらはマルセル村の少年少女とケビンよりもよっぽど立派で女性にモテそうな弟さん」


背後から掛けられた声にビクッと身を震わせた後、急いで振り返る子供たち。


「「「大賢者様!?助かった~」」」

その姿を認め途端安堵のため息を漏らすジミーたち。え~、なんか酷くね?

俺っちそんなに信用なかったん?

その光景にガックリと肩を落とす俺に、ポンポンと肩を叩き「これが人望と言う物よ?」と声を掛ける花園の主シルビーさん。

そのドヤ顔、めっちゃ悔しい!!


「まぁそれは良いとして、今日はどうしたの?こんなに大勢で」

「あぁそうでした今日の本題があるんですよ」

俺はそう言うと地面に倒れ伏すゴブリンズを・・・駄目じゃん。

俺はシルビーさんにちょっと待って貰い、急ぎゴブリンズにポーションを飲ませるのでした。


「「「プハー、生き返る~。もう一杯!!」」」

「あげないよ!?呼吸法を教えたでしょうが、後は自力で何とかしなさい!」


ゴブリンさん方にポーションを与え何とか回復して貰った後ついでに子供らにもローポーションを上げたところこのセリフ。ノリがいいな、おい。


「なんだけち臭いって言いながら口を尖らせるんじゃありません!エミリーちゃんは女の子なんだからそんなはしたない真似はしない!その可愛い顔はジェイク君の前だけでしなさい」

俺の言葉に急に照れはじめ、“今の仕草可愛かった?”と上目使いでジェイク君にエミリーちゃん。(強制)

答えは“Yes”と“はい”と“可愛かったよ、エミリー❤”しか許されていないって言うね。

それに対し「うん、そうだね。可愛いけど他所じゃやめとこうね」と無難な答えを返すジェイク君。

ジェイク君顔が引き攣ってるぞ、それとお腹を押さえるのはどうしてかな?もしかして痛みの記憶が蘇っちゃったのかな?

ジェイク君、強く生きろ。


「アハハハ、相変わらずケビンのところは楽しそうね。それでそっちのゴブリンは一体?って言うか呪い?これって・・・愛の試練?へ~、変わった工夫がされてるじゃない。これ面白いわ、ちょっとイザベル、こっちに来なさいよ、面白いものが見れるわよ?」


「行き成りどうしたんですか師匠、ってケビン君じゃないの、相変わらず結界の効かない。それと今日は大勢で確かマルセル村の子たちかな?春のお祭り以来ですね、お元気でした?

それとこちらは・・・ゴブリンの呪い?いえ、この術式は大分変容しているけど愛の試練?しかも強化版、ただの異性からの口付けじゃなくってこれは親密度かな?互いに惹かれ合わないと解けないって感じ?

うわ~、性格悪。でもこの姿を変えてるのって幻影じゃないわね、二重存在、レイスなんかの<憑依>を術式に組み込んだ?

凄い凄い、これ考えた術者って相当呪いに長けてますね」


先程から自分たちをしげしげと眺め興奮する二人の女性に訳が分からないと言った仕草をするゴブリンズ。


「あっ、お二方共、お触りはご遠慮ください?ゴブリンさん方が怯えていらっしゃるじゃないですか。

それと剣士さんにローブさん。お二人はここオーランド王国グロリア辺境伯領にやって来た当初の目的を覚えていらっしゃいますか?」


剣士さんとローブさんは互いに顔を見合わせた後、コクリと大きな頷きで返す。


「それは良かった。確か“グロリア辺境伯領内のどこかに隠遁した大賢者様がいる、呪いを解く手掛かりになればと尋ねて来た”、そうでしたよね?」


俺の言葉に再びの頷きで応える二人。

俺はそんな二人に笑顔を向け、言葉を贈る。


「二人共よく頑張りましたね。ここは大森林中層部、結界に覆われた隠された楽園、“秘密の花園”。

そしてこちらの御方がお二人が命を懸けて探し出そうとしていた人物、大賢者シルビア・マリーゴールドさんです」


掛けられた言葉、それは彼女たちの希望、彼女たちの願い。

呪い解術のキーマン、大賢者シルビア・マリーゴールドの登場に、時の流れを忘れその場に佇む剣士とローブなのであった。

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