第239話 転生勇者、森のお散歩に向かう
夜の帳がおり闇の支配するマルセル村、その外れにあるとある青年の実験農場と呼ばれる場所、その畑脇の小屋から漏れる薄明り。
小屋の中では三人の人物が囲炉裏を囲い、静かに燃え上がる炎に目を向ける。
「それで月影、ゴブリンズの体調の方はどう?どこか不具合があるとか言ってた?」
小柄な青年は隣に座るメイド姿の女性に声を掛ける。
「はい、やはり人とゴブリン、その存在の在り方の違いから生物的寿命は近いかと。早ければ今年いっぱい、長くても後二年と言った所でしょうか」
メイド姿の女性、月影はその表情を崩さず淡々と事実のみを述べる。
「ゴブリンの寿命は長くて五年から六年、その代わり生後一月で成人体にまで成長するだったかな?」
小柄な青年、ケビンはその言葉に顔をしかめ返事をする。
「はい、通常ゴブリンはその繁殖力により勢力を伸ばしますが、その寿命は比較的短いとされています。但し進化した個体、ホブゴブリンやゴブリンジェネラル、ゴブリンキングなどはその括りではありません。寿命は人種と同程度、七十年から八十年はあるのではないかと言われています。
ですので寿命の問題を考えるのならば何らかの方法で進化を促すのが得策ではあるのですが・・・」
「そうなると今度は解術は出来ない、完全に魂がゴブリンの身体と融合してしまう。
かと言ってこのままでは遅かれ早かれ寿命で死ぬ。
“愛の試練”と言ったか、本当に悪辣な呪いだよな」
“パチンッ、パチンッ”
囲炉裏にくべられた薪が爆ぜる。炎の揺らぎが、部屋の壁に映る影を揺らす。
「今はまだ影響は出ていない様ですが、そろそろ生体としてのゴブリンの影響も見え始めるかもしれません。あの状態が長く続いているのに未だ人としての理性を保っている、その方が奇跡なのですから」
炎に照らされた表情を曇らせ、小屋の主アナスタシアは意見を述べる。
「呪いにより歪められる心、その問題もあるんだよな。むしろこれまでゴブリンらしい仕草を見せなかった方が奇跡?いや、ゴブリンが比較的人に近しい存在だったからこそなのかな?
オークにしろゴブリンにしろ、よくよく観察してみれば文明的な点が多々見られるし、その生態に理性的な点を加えればほぼ人と変わらないのかもしれない。
ゴブリン本来の衝動的な行動は、剣士やローブがこれまで培った貴族としての矜持が抑え込んでるのかもしれないな。
いずれにしてもどうにかするに越した事はないって状況なんだろうけど」
ケビンは囲炉裏に刺さる鉄串で薪を弄りながら言葉を繋ぐ。
「状況はあまりよろしくない、ゴブリンズの状態もそうだけど、ヨークシャー森林国の方がね。あの二人がまだ生きているって事は向こうの呪術師たちにも伝わっている筈。場所の特定が可能かどうかは分からないけど、死亡判定が届かない以上生きているものとみて余計なちょっかいを掛けてくる可能性がある。
それは実働部隊然り、政治的交渉然り。
本当は畑の戦力として活用したかったんだけど、これ以上はね。
色々準備した事が全部パーだよ、本当に人生ままならないよね」
そう言いがっくりと肩を降ろすケビン。そんな姿を見せる主人に生暖かい視線を送るメイド。
「まぁいずれにしても後は出たとこ勝負かな?あの二体に関しては実験的に緑と黄色の育成の流れを追わせてるし、これがどう影響するのかなんて俺にも分からないしね。二体ともこの実験自体に抵抗はないって言うか、ノリノリ?
その辺の感覚はやっぱり魔物なんだと思うよ、人のそれとは違う。
世界征服を企む秘密結社の怪人たちってこんな感じなのかな?
・・・月影、俺に世界征服なんて考えは無いからな、目をキラキラさせるんじゃない。改造人間のところでブルブルって身を震わせただろう!?絶対やらないからな!
あと小声で“流石魔王様”って言うのを止めろ、お前は一体何がしたいんだ!?」
「全ては御主人様(魔王様)のお考えのままに」
「今絶対変なルビを付けただろ~!!」
マルセル村の深淵、そこに蠢くは悪意や正義を超越した何か。
その闇とも光ともつかない混沌は、ただ静かにその突き進む道を決定するのであった。
――――――――――――
マルセル村の朝は早い。農繁期を迎えるこの季節は、特に畑の管理に手を抜く事が出来ない。
村の主要な大人たちがグロリア辺境伯領のゴタゴタで村を空けている以上、その穴を埋めるのは子供たちの役割。
村長であるドレイク・アルバート男爵、その手伝いであるザルバはともかく、ヘンリー・ボビー師匠・ギースは各家で畑仕事をして日々の生計を立てているし、グルゴに至ってはマルセル村の新しい産業、ホーンラビット牧場の主要管理者を担っている。まだ乳飲み子を抱えるヘンリーの妻メアリーやマリア・ミランダ・キャロルがその穴埋めに動く訳にもいかず、マルセル村は絶賛人手不足に陥っているのだ。
その穴埋めには当然手隙の者が当てられる訳であり、そこに既に村の戦力として数えられる子供たちが加わる事も当然であった。
‟ギャウギャ、ウゴウゴ”
「ん?どうしたのローブ?あぁ、水甕の水が足りないのね、いいよ僕が汲んでおくから。それよりも芽かきの方はもう覚えた?
余計な芽を欠くのは良いけど、やり過ぎで全部だめにしちゃったら野菜が育たないから注意してね。僕も前にやってお父さんに怒られたことがあるんだよ。
あの時は一週間剣術禁止を喰らってきつかったな~。普段から剣に触れる事が当たり前になってたから、それを取り上げられちゃったらもうどうしていいのか。
まぁその間は只管農作業を手伝ってたから暇って訳じゃなかったんだけど、自分がいかに剣術馬鹿なのかが良く分かったよ。
これって理屈じゃないんだよね、身体が疼いて疼いて」
そう言い頭を掻くジミーを優しげな瞳で見つめる剣士とローブ。
ここはボビー師匠の畑、ジミーは空が白み始めた時間には起き出して兄ケビンと共に父ヘンリーの管理する畑の手入れを終え、その足でボビー師匠の畑の手伝いを行っているのだった。
それは何もジミーだけではなく、ジェイクは父トーマス、幼馴染エミリーと共にギースの畑に向かい管理を手伝っている。
村の生活は何事も助け合いであり、困った時はお互い様なのだ。
「諸君おはよう。村の大人たちがいない今、諸君の働きはマルセル村の為に大変役に立っている。私も諸君の訓練を見る者として大変誇らしい」
朝の農作業が終われば後は子供たちの時間。日々の鍛錬は自身の実力を伸ばすばかりでなく未来への投資、それがいかに地味なものであろうとも欠かす事は出来ない。
「ブー太郎もホーンラビット牧場の手伝いを頑張って貰って助かっている、お前の働きは緑が大変褒めていたぞ?あとで特別にビッグワーム改の干し肉を進呈しよう。
さて、今日の訓練だがこれまで諸君に行って貰った訓練の一先ずの成果を見せて貰おう。
なに、大した事じゃない、森に散歩に行くだけだ。
諸君は既に魔力隠しも魔力制御も身に付けている。更に言えば覇気の制御すら身に付け始めている。
諸君らには既に話しているが、覇気とは他者を威圧するだけのこけおどしの力ではない。自己の身体能力を高め、内面から強くする力。その運用は体力の回復や怪我の修復、筋力の補強と多岐に渡る。
今から行う森の散歩ではそれらの事を意識し、森の魔物に気が付かれる事なくマルセル村周辺の森を楽しんでもらいたい。
心の準備は良いかな?手ごろな棒は拾ったか?
いざ行かん、森の探険へ!」
普段真面目に悪魔のような指導を行うケビンお兄ちゃんが、遂に飽きたみたいです。
何故かその手にはどこかから拾って来たであろう木の枝を握り、楽し気にブンブン振るっています。
「ねぇジミー、ケビンお兄ちゃんどうしちゃったの?」
俺は隣で額に手をやるジミーに問い掛ける。
「あ、うん。何かケビンお兄ちゃんがごめん。ケビンお兄ちゃん、このところ凄く忙しそうにしてただろう?村に帰って来てからもまたすぐ出掛けたりして。
メアリーお母さんはお兄ちゃんが村の為に頑張ってるってのを知ってるからうるさく言わないけど、こないだ‟疲れたー、こんなの旅立ちの儀の前の子供の仕事じゃないわ~!!”とか言ってテーブルに突っ伏してて。
なんか相当溜まってるみたい。
まぁ名目はさっきケビンお兄ちゃんが言った様に俺たちの修行の成果を体感させようって事なんだと思うよ、多分に私情が絡んでいるとは思うけど」
そっか~、遂にケビンお兄ちゃんも切れちゃったのか~。
まぁそうだよね、何をしていたのかは分からないけど、マルセル村最強のケビンお兄ちゃんが、生半可な事をしているはずないもんね。
下手をすればどこぞの街の街門を壊していてもおかしくないし。
大人しくグロリア辺境伯様たちの軍勢を見送るケビンお兄ちゃん・・・ないね、絶対何かやってる。ドレイク村長、胃痛で倒れてないかな~、凄く心配です。
こうして俺たちは地味な修行の指導に飽きたケビンお兄ちゃんに連れられて、森の散歩に出掛けるのでした。
・・・ここって一体何?
そこはマルセル村に隣接する魔の森と呼ばれる魔物蔓延る森、普段ホーンラビットの間引きに訪れる場所の更に奥、トーマスお父さんが以前言っていた老木のある森に開いた広場、そう呼ばれる場所だと思うんだけど。
「ここは魔の森の最奥、マルセル村では‟老木”と呼ばれる木のある広場だね。
それであの緑茂る大樹がその老木。俺は‟御神木様”って呼んでるんだけど。
御神木様~、この子たちは前に話した村の子供とゴブリンさん方です。
今日は顔見せに連れて来ました」
ケビンお兄ちゃんが広場の真ん中に佇む巨木に声を掛けます。するとその大樹がワサワサと揺れ、地面から太くて大きな根が張り出しクネクネとその意思を伝える様に揺らめくのでした。
「「「・・・えぇ~~~~~!!」」」
驚きに大声を上げる俺たち、剣士さんとローブさんも大きく口を空けて固まってます。
「ドウドウドウ、まぁ落ち着き給え。えっと、みんなはトレントって魔物を知ってるかな?森に住む木の魔物、ジェイク君が持つその木刀もそのトレントのものだね。
それでこちらの御神木様はおそらくはそのトレント種です。
まぁ俺は鑑定のスキルなんて無いんで詳しくは分からないんだけど、昔から、それこそマルセル村の出来る遥か前からこの地に根付き時を過ごして来た、そんな魔物だね。
基本性質は穏やか、他のトレント種がどうかは知らないけど、御神木様は人を襲ったりはしないかな?
ジミーとエミリーちゃんの木刀はこの御神木様の枝から作ってます、二人は御神木様によくお礼を言うように」
ケビンお兄ちゃんの言葉に俺たち三人は急ぎ姿勢を正し、御神木様に向かい礼をするのでした。
「「「御神木様、ありがとうございます」」」
‟ワサワサワサ”
するとそんな俺たちに反応するかのように御神木様がその枝を揺らし、数枚の木の葉がひらひらと舞い落ちるのでした。
「おぉ~、ジミー、ジェイク君、エミリーちゃん、御神木様が葉を分けて下さったよ、よかったな。
御神木様の葉って物凄く魔力の籠ったものだから大切にした方がいいよ?魔力素材として一級品だから。
剣士さんとローブさんの分もあるから、一人二枚ずつね。村に帰ったら渡してあげるね」
そう言い地面に落ちた木の葉を拾い集めるケビンお兄ちゃん。
俺は堪らずその木の葉に向かって<鑑定>と呟くのだった。
名前:エンシェントトレント?の木の葉
詳細:エンシェントトレント?の木の葉。エンシェントトレント?の魔力が込められており劣化版エリクサーの素材として使用可能。劣化版である為不老不死とまではいかないが、あらゆる傷の回復、病の快癒、呪いの解術が望める。
その製法はリフテリア魔法王国王家により秘匿されていると言われている。
「ブフッ!?」
「ん?どうしたジェイク、突然むせて。まぁあんなものを見せられたら仕方が無いとは思うけど」
心配そうにこちらを見るジミーに俺は‟大丈夫だから、ありがとう”と言葉を返す。
実は全く大丈夫じゃないんだが。
見つかっちゃったよ剣士さんとローブさんの解術のヒント、俺の考えたプランの明後日の方向から解決策がやって来ちゃったんですけど!?
えっ、なに、劣化版エリクサーって、そんなの前世ゲーム知識にはないんですけど!?
やっぱり前世ゲーム知識って役に立たないわ、思い込みって危険、危ない危ない。
マルセル村のすぐ近くにひっそりと佇んでいた解術の手掛かり。壮大な冒険の旅は、実はただの大回りだった事に驚きを隠せないジェイク。
改めてゲームと現実の違いに唸りを上げる勇者病患者ジェイクなのでありました。
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