第238話 畑の賢者、村人転生者とO・HA・NA・SHIする

“ザバッ”

窓辺から初夏の風が吹き込み開け放たれた引き戸から抜けていく。

小屋の脇の畑では収穫を迎えたマメ科の野菜や根菜類が大きな葉を揺らし、畝と畝との間をドラゴンの様な顔をした巨大ビッグワーム?が草取りに這いまわる。

最近では更に二体の外骨格ビッグワームが加わり、畑の管理体制は盤石と言った様子である。


小屋脇に置かれたフォレストビーの巣箱の上には日除け用の屋根が取り付けられ、周辺にわざと低層の草を残して地温が上昇し難い様工夫が施されている。

巣箱の中のフォレストビーたちもこの配慮にはご満悦の様で、毎日元気に飛び回ってはせっせと蜜を集めている。

あの人の話では近いうちに新しい女王蜂が生まれるとのこと、そうなればより多くの蜂蜜を収穫する事が出来るだろう。


“ジョロジョロジョロ”

強い日差しが照り付けるこれからの季節、煮出し茶もそのままいただくより少し冷ました方がおいしく感じるものである。小麦の収穫がまだであるため麦茶ではなく毒出し草の煮出し茶ではあるが、口の中がさっぱりして清涼感を感じる事が出来る。

火から下ろした鉄瓶を粗熱が取れたところで盥の水に浮かべ暫し。盥の水がぬるまったら換えるという事を繰り返す事で飲み口のよい煮出し茶が出来上がる。

手間は掛かるがこれもあの人の喜ぶ顔が見たいから。


“こんな姿、昔の私が見たら相当に驚くかもしれないわね”

アナスタシアは湯呑によく冷えた煮出し茶を注ぎ入れながら、ふとそんなことを考える。


“コトッ”

差し出した湯飲みを両手で掴み、彼が口を付ける。

アナスタシアはその様子をただじっと見詰める。


「全部話せって事ですね、了解です」


アナスタシアは囲炉裏の前に座ると、彼の口から語られる事の詳細に耳を傾けるのでした。


――――――――――


正直疲れた。ランドール侯爵領から帰って来て漸く全てが終わったと思ったら、その後処理と溜まった仕事がですね~。


蒼雲さん方に関しては連れてきちゃった手前仕方がないんですけどね、“はい着きました、後は好きにして”じゃいくら何でも無責任ですから。

家に関しては前に作った長屋があったので暫くはそこで生活してもらうことに。

蒼雲さんには茶畑を管理してもらうことになるので、畑がある程度落ち着いたら新しく家を作る方向で。

そういえばボイルさんの家もまだなんだよな~、ギースさんのところは以前エリザさんが住んでいた家に越したからいいんだけど、お手伝いさんをしていたマイヤーさんがボイルさんの長屋に越してきちゃったんだよな~。

マイヤーさんは基本ギースさんの家でお手伝いさんみたいな事をしているから必要ないって言っていたけど、新婚を長屋に住まわせておくわけにもね~。

あそこは独身か男所帯限定でしょう。

ドレイク村長が帰って来たら街道整備も頼まれるんだろうな~。ケビン建設の仕事は終わりが見えそうにありません。(ぐすん)


で、蒼雲さんの茶畑ですが南向きの日差しが降り注ぐなだらかな斜面に作ることになりました。

普通の畑には平らな場所の方が作業がし易いらしく、他の畑から離れた場所にお茶畑に絶好の立地が空いていたのはラッキーでした。例のお茶の実がどんな悪さ、ゴホンッ、成果を出すのか分かりませんからね。

用地が決まれば後は簡単、範囲を決めて火属性魔力で満たして一気に燃焼、生活魔法<ウォーター>の応用<ウォーターレイン>で魔力水による鎮火を行いそこを緑と黄色、新人ビッグワームたちに耕してもらいました。

掘り出された岩や石ころは<破砕>で粉砕処理、想定していた本来の使い方が出来、俺としても大満足でございます。

在りし日の記憶にある畑の周りを囲っていたお茶の木を思い出し、取り敢えず一列、二メートル間隔でお茶の実を植えてみたんですけどね。


“ピョコ”

種を植え終わった畝に黄色が水を撒いたら早速芽を出しちゃいまして・・・。

これ、やばくね?今から追肥しておいた方がよくね?

だもんで腕輪収納の中に仕舞ってあったポーションビッグワームプールのヤバいブツをサササと散布いたしましてね。最近御神木様が“それほどいらないよ、たまに頂戴”って言うんで溜まってたんですよ、これ。


“ニョキ、ニョキニョキニョキニョキ”

なんかあっという間にお茶の木の畝がですね~。これには蒼雲さんと白も絶句、俺も開いた口が塞がらなかったもん。某国民的人気アニメ映画でこんなシーンあったよな~って現実逃避しちゃったもん。

あの映画では巨大な森が出来上がってたけど、これは茶畑、森に比べれば大人しいから問題なし!夢落ちで終わらない現実は、さっさと済ませてしまいましょう。

種はまだ二列分残ってますしね!

ってな感じで呆然とするホーンラビット親子をよそにさっさと畑の準備を行ったって訳です。

因みに余った土地もちゃんと畝を作って野菜の種を蒔いてございます。

蒸し茶の知名度のないオーランド王国じゃ、茶畑の収穫だけじゃ食べていけませんからね。このお茶はあくまで俺の趣味、個人的に引き取らせていただきます。

だってなんかヤバそうなんだもん、要観察という事で。


キラービーの女王様はお元気でおられました。

手前どもとの取引のお陰ですこぶる体調が良いとか、それは何よりでございます。

それとこの度新しい女王様が旅立たれるとか。キラービーの場合新女王様は自分で巣を作り、一から一族を増やすんだそうです。

これがなかなか大変で、生き残って新たなコロニーを作り上げる事が出来るキラービーは極僅か。大森林がキラービーだらけにならないのもそういった事情があるからとのお話でした。


「あっ、新女王様ですか、どうも。食肉業者のケビンです。

えっ、俺と業務提携がしたいと、蜂蜜の提供と引き換えに肉の提供を受けたいんですね、了解です。

雇用契約を結びたいってマジですか!?まぁ構いませんけど。

女王様、よろしいのでしょうか?生き残る可能性が高くなるんならそれでいいんですか?分かりました。

それと今回隊長さん方にお手伝いいただいた報酬ですね、深層のトカゲの肉と内臓です、お納めください。

えっ、お土産に蜂蜜をくれるんですか?何かすみません。

こっちこそ貰い過ぎくらい貰ってるから気にするなと、流石女王様、懐が広い。

それじゃ新女王様は雇用契約を、長期の方ですか?魔力も欲しいって結構ちゃっかりしてますね、まぁいいですけど。では呼び名はクイーンで、まんまですけどね。

<長期雇用契約>、はい、終了です。

何かありましたら業務連絡をいただければ、はい、よろしくお願いします」


なんか、従業員が増えちゃいました。かなり向こうの都合で。



「毎度~、酒屋のケビンで~す。配達にお伺いいたしました~」

大森林の更に奥、フィヨルド山脈の一角、渓谷沿いにある巨大な洞窟。

以前はこの場所にたどり着くのに三日掛かったんだよな~と感慨深く眺めていると、目の前に突如現れる巨大な鱗の様な模様の付いたざらついた壁。


“うむ、待って居ったぞケビンよ。近頃はお主の持ってくるカクテルが唯一の楽しみでな。この様な山の中では他に楽しみもないのだが、我が外界に出ると騒ぎになってしまうのであろう?

ケビンに言われたことはちゃんと理解しておるから安心せい”


現れたそれ、決して触れてはいけない最強生物。業務連絡で再三お願いした事をしっかり守ってくださるありがたいお方でございます。


「はい、ではこちらが今回の分でございます。それと割り下のお酒を新しいものに変えましたので、味の好みで気になる点がありましたらお知らせください。

俺、まだお酒は飲めないんで味に関してはお客様方のご意見をお伺いするしかないんですよ。

以前のものの方がよければ変更しますんで、よろしくお願いします」


“ドンッ”

そう言い俺は腕輪収納から今回奉納分の光属性マシマシマシマシ蜂蜜ウォーターカクテル入りの湯呑み(大樽サイズ)を取り出し献上する。


“うむ、いつも済まんの。それとこれはお主が言っておったヒカリゴケだが、本当にこんなものが礼でよいのかの?言われた様に前に貰った湯呑みに摘んだものを詰めておいたのだが”


「あっ、はい。色々実験してみたいと思いまして。それと洞窟の汚れで気になるところがありましたらいつでも言ってください、ここのモノは何でも魔力が豊富ですからね、うちの従魔が喜ぶんですよ」


“うむ、それは本当に助かる。こないだきれいにしてくれた岩場も、中々の使い心地であるでな”


俺は頂いたヒカリゴケ入りの巨大湯呑みを影空間に仕舞うと、最強生物に一礼をし、魔境を後にするのでした。


「後はまぁミルガルの教会に行ってあちらの世界のお方に光属性マシマシマシマシ蜂蜜ウォーターカクテルを奉納したり、ケイトのところに行ってビッグワーム干し肉の補充をしたりですかね。

本当に休まる暇もなかったってどうしました?何か頭を抱えられちゃって。

それと月影はそのキラキラした瞳はやめなさい、“大魔王様の交友関係、流石です”って俺は魔王じゃないから、<田舎者>だから」


何故かうちのメイドが人の事を魔王扱いする件。そういえばお祭りの際も俺が謎の人物の演出をしてる横でノリノリだったんだよな、このお方。

悪役ムーブが好きなんだろうか?もしかしたら君も仮性心の分かる同志なのかな?

そのメイド服、実は趣味だったりとか?

今度ベネットお婆さんにお願いしてバトルメイド服作ってもらう?


「えっと、色々と聞きたい事はあるんですが、まずはお疲れさまでした。グロリア辺境伯様の遠征のために動いているとは思っていましたが、まさかランドール侯爵領まで行って大暴れされているとは思いませんでした。

正体がバレない為の変装にしてはやけに拘ってるなとは思ったんですが」


「そうそう、あの変装の為の自己呪い、語尾に“ポコ”が付くってどうなってるんですか!?喋り難いったらありゃしない。

後耳、頭の上のラクーンの耳って。水鏡に映った自分の姿を見てびっくりしましたよ。

第二形態の方は完璧でした。以前話に出た愛の試練のカエルの顔の応用、見事ラクーン顔になってましたから。それと腕が毛むくじゃらになるやつ、段階的に呪いが進行しているような演出、最高でした」


うん、あの変装用自己呪いは素晴らしかった、今回の隠れたMVPはまさしくアナさんですね。ラクーンは森に去って行く、闇属性魔力で作った幻影なんだけど、良い演出が出来たと自画自賛でございます。


「いえ、あれはもともとある技術の応用、ああいう発想はこれまでしたことがなかったから私も楽しかったですよ?

それと天界とドラゴン?キラービーの女王様の件はケビン君だから仕方がないとしてもその二つは。

ケビン君、前にマルセル村で村人として生涯を送るんだとか言っていませんでしたっけ?やってることが伝説の勇者様を超えてません?そんな村人だらけだったらこの世界はとうに普人族の手に落ちてますよ?

少しは自重しましょうね」


「あっ、はい、了解です。ですんでそのジト目はやめてくださると助かります。

凄く心にくるんで」


じっとこちらを見詰めてくるアナさん。その熱い視線が俺の心を苦しめる。

わざとじゃないんですよ、わざとじゃ。でも何かすみませんでした。


「オホンッ、まぁいいでしょう。それで最後のケイトちゃんのところに干し肉を届けたという話ですが・・・」


「あぁ、あれですか。何かブラッキーから再三に渡って救援要請がありまして。ケイトが慣れない学園生活で色々と溜め込んでるみたいだったんで顔出しがてらですかね。

こっちの用件を済ませてから向かったんで着いたのが夜も遅かったんですけど、まだ起きていてくれて助かりましたよ。

月の綺麗な晩だったんで、窓辺から連れ出して空の散歩をね。

月明りに浮かび上がるグルセリアの街並みと辺境伯の居城、あれは綺麗だったな~。

大自然の神秘もいいんですけど、ああいった街の風景っていうのも悪くないですよねってどうしました?

何か先程から凄い重圧が・・・」


男には避けられない試練がある。


「ケビン君?私、今回結構頑張ったと思うんだけど?呪いの件もそうだし、ケビン君がいない間も村の安全のために色々動いたり農場の仕事をしたり」


父ヘンリーは言った、“本気になった女性には決して逆らってはいけない”と。


「そ、そうですね。それについては心から感謝申し上げております」


ドレイク村長は言った、“人生諦めたからこそ見えるものもある”と。


「で、ケビン君はケイトちゃんと夜のお散歩を楽しんだと・・・」


剣の勇者様はこんな言葉を残している。

“まずは土下座して全力で謝る。こちらの誠意を見せる事、それが入り口だ”


この後俺が誠心誠意謝罪を行い、夜の空中散歩を約束した事は言うまでもない。

ですので“お義母様にお話して早めに御披露目を”とか物騒な事を言うのは止めてください。

俺まだ死にたくないです。(物理)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る