第237話 闇属性魔導士、領都の学園に通う (3)

「貴様ら、何を騒いでいる!我らがグロリア辺境伯閣下の軍勢が負けるはずがなかろうが!!

貴様らは数々のスタンピードを収め、‟オーランド王国の盾”と謳われるグロリア辺境伯家騎士団を、グロリア辺境伯家を愚弄するつもりか!

特に貴族子弟ども、貴様らの親や親族が従軍しているのだぞ、貴様らはそんな戦士たちを信じる事も出来んのか!

我らに出来る事はただ一つ、グロリア辺境伯閣下の勝利を信じこの学園を、延いてはグロリア辺境伯家をお守りする事のみ。

分かったら落ち着いて授業に参加せんか!!」


騒がしかった講堂に響く男子生徒の一喝。

その声に生徒は無論、担当教諭までもが気まずそうに顔を逸らす。

えっと、あれは確か随分前に私が干し肉をあげた男子生徒。あれからちゃんとモルガン商会に行ってくれたかな?ピリ辛風味はベティーが独占しちゃってるからあげれないの、ごめんね。


男子生徒は苛立たし気に席に戻って行ったけど私には分かる、あれは言ってやった感で結構気分が良くなってる顔。

ケビンがそう言う表情の変化に詳しくて色々教えてくれたのよね。


「人の気持ちって複雑でね、どう見ても怒ってるのに実は喜んでいたり、何も感じてない様で凄く悲しんでたり。

ザルバさんも毎日気丈に振る舞ってるけど、ケイトの事で苦しんでると思うんだよね。ザルバさんって責任を背負い込んじゃうたちみたいだから。

人の表情や動きをよく観察しているとそう言った細かい心の動きって現れてるもんなんだよ。あと魔力かな、ウチのジミーたちみたいに長年修行をしている者は難しいけど、そう言った事に気を使っていない者だと表情は隠せても魔力の揺らぎって隠せないんだよ。

嬉しい時、悲しい時、怒ってる時。そうした魔力の揺らぎを観察出来る様になるとより相手の気持ちが理解出来る様になるよ」


ケビンの話はいつも面白かったな~。学園の授業もケビンの話くらい面白かったらいいのに。


情報の伝達が未発達なこの時代、戦況はどうなった、グロリア辺境伯様は、遠征に向かった軍勢は?

憶測が憶測を呼び、領都グルセリアは何処か落ち着かない雰囲気に包まれていた。

それは学園も例外ではなく、多くの生徒が日々不安な気持ちを抱えながら生活を送っていた。


だがそんな事はこの少女には無縁であった。

‟だってヘンリーお義父様とボビー師匠が向かったんだよ?心配?無い無い無い。あの二人、日々大福と戦ってるんだよ?心配するだけ無駄だって~”

マルセル村の頼れる大人が戦場に赴くのに何を心配する必要があろうか。

少女の心配事はただ一つ、大好きな男の子ケビンの動向だけであった。



「ブラッキーおはよう。いい子にしてた?」

従魔厩舎の自身のスペースで横になっていた彼は、掛けられた声に顔を上げる。


「ねぇブラッキー、聞いてくれる?ベティーったら酷いのよ?私の事を常識知らずとか言うの。

私が訳も分からずキョトンとしてると“この理不尽の権化が~!!”とか言ってハリセンとか言う紙の束で私の頭を引っ叩くのよ?おかしいと思わない?

何でもこのハリセンって王都の学園で流行ってるらしいの。確か賢者ユージーンって人が聖女マリアーヌって方によく引っ叩かれてるって話じゃなかったかな?

私もよく分からないんだけど理不尽や不条理な事に遭遇した場面で、その相手に“ツッコミ”とか言うものを入れて自身を慰めるんですって。

王都の貴族子女ってよく分からないわ、本当に王都の学園を回避出来てよかった。

でも早くマルセル村に帰りたいな~」


学園生活に慣れ始めてしばらく経った頃から、ケイトはこうして毎朝ブラッキーの元を訪れては様々な話を聞かせる様になっていた。ケイトは話をしながらブラッキーの背中を優しく撫でる。ブラッキーは撫でる手から溢れる闇属性魔力の心地よさに、ゆったりと身を委ねるのだった。


「でもね、最近思うの。ケビンって私の事を蔑ろにし過ぎじゃないかって。

だってそうでしょ?入学式の時“干し肉の補充に来るから”とか言っておきながら全然顔を見せてくれないのよ?

私が一人領都の学園で頑張っているって言うのに、ケビンったらマルセル村でジミー君たち相手に遊んでるに決まってるのよ?

一人だけズルいと思わない?」


ケイトの手から溢れる闇属性魔力が若干強くなる。

乙女心による嫉妬。ケイトの想い人はブラッキーの契約主、彼に少女を守るように依頼し、彼との間に魔力の繋がりを作った者。


「でも、マルセル村には師匠がいるのよね・・・」

“ブワッ”

濃厚な闇属性魔力がケイトを包み込む。


「もしケビンが師匠とイチャイチャしてるとしたら・・・」

その濃厚な闇属性魔力は、彼の背中を撫でる少女の掌から重圧となってブラッキーを襲う。


“ウォウ、ウォンウォンウォン!”

「あ、ごめんブラッキー。私何か考え事をしてたみたい。

それじゃ授業があるからまた明日ね。今度の休みに郊外の森にお散歩に連れて行ってあげるからね」


ケイトは何かを思い出したかのように顔を上げると、授業に向かう為、急ぎ従魔厩舎を後にするのだった。



「ケイト、来週から始まる学園ダンジョンの探索だけど、同じパーティーを組まない?」

学園は戦闘職の育成を目的とした授業構成が取られている。そこには‟この世界には魔物が蔓延り、為政者はそれらと戦い領民を守る義務がある”と言う至極真っ当な理由があった。

学園とは有能な、戦える人材をスカウトする場。幾ら有用な職業やスキルを持っていようとも、役立たずのでくの棒には用がない。であるのならば、才能溢れる者を戦える戦士に育て上げればよい。

学園とはスカウトの場であり育成の場、それはこの世界で生きる者たちにとっても必要な教育現場なのであった。


「ん、ベティーに任せる。ベティーは指揮官兼攻撃役、私は魔法による牽制と足止め。他のメンバーはベティーが必要だと思う人を集めて」

「了解、それじゃパーティーリーダーは私って事でいい?パーティー申請は私の方でやっておくから」


「ん、よろしく。お代はビッグワーム干し肉ピリ辛風味で」

「べ、別に私は干し肉が欲しいからやってるんじゃないんだからね、これは友人として・・・」


「じゃあいらない?」

「そうは言ってないでしょうが、干し肉は有り難く貰っておくわよ。本当に干し肉の為じゃないんだからね」


‟ベティーはこうやって何かと気に掛けてくれる、とってもありがたい。

これも全てビッグワーム干し肉のお陰、肉友に感謝”

美味しいは正義、干し肉によって育まれる友情、ケイトは改めて食の偉大さを心に刻むのであった。



「あなたがケイトね、話はベティーから聞いているわ。

私はローズ、堅盾士の職を授かってるの。それとこっちはミッキー、治癒術師ね、ダンジョンパーティーの件よろしくね」

「俺はアレン、商人なんだけど何か良く分からないんだけど強い魔法が撃てます。

よろしくお願いします」


「この三人が私の選んだメンバーよ。堅盾士のローズは文字通り守り、治癒術師のミッキーは回復ね。ケイトは牽制で私とアレンは火力担当よ。

悪くないパーティー編成だと思わない?」

「うん、悪くないわね。あとはダンジョンでどう動けるかだけど、こればかりは実際に潜ってみないと分からないし。

みんなはダンジョンに入った事あるのかしら?私とミッキーは授けの儀の後にゴブリンダンジョンに行ったわ。

学園の説明会をすっぽかしたってあとで村長に怒られたけど」


「私はよくお父さんに連れて行って貰ったわ。最近はダンジョンの改変の影響で冒険者が詰め掛けてるけど、以前はあまり人が行かない不人気ダンジョンだったから、訓練にはもってこいだったのよ」

「俺はまだダンジョンに入った事がないんだ。分からない事だらけだから色々教えてくれると助かります」


「ん、私はケイト。これはマルセル村の特産、畑のお肉ビッグワーム干し肉。

これからよろしく」

ダンジョンに入る為のパーティーとやらが決まった。私はまだ人との付き合いと言う物が分からないので取り敢えずビッグワーム干し肉(ノーマルタイプ)を配ってみた。

ビッグワーム干し肉は人との繋がりを作る幸せの食べ物。ケビンも取り敢えず干し肉を配っておけば大丈夫って言ってたし、これで問題ないだろう。


「アハハハ、まぁ変わった子だけど悪い子じゃないから、あまり気にしないで。

それじゃ今度の学園ダンジョン演習なんだけど・・・」

ベティーの仕切りで行われる話し合い。それぞれの特徴を生かした配置取りなど、知らない事は沢山ある。

ケイトは少しずつ学園に、同年代の若者たちとの交流に馴染んで行く自分を感じるのであった。



学園に入学してどれくらいの月日が経ったのだろう。ランドール侯爵領に遠征に行ったお父さんたちはまだ帰って来ないけど、グロリア辺境伯様の軍勢がランドール侯爵様に勝利したと言う知らせは、全校集会で学園長先生より伺った。

何でもそうした事を知らせる事の出来る魔道具があるらしい。

この知らせによって学園の中に漂っていたピリピリした雰囲気も解消し、最近では男子生徒たちが積極的に学園ダンジョンに潜る様になってきている。

私達のパーティーも時間を作ってはダンジョンに挑戦している。私はボール魔法の弾数を十発に制限しているから、それが終わったら杖で殴る様にしている。

最近私の事を“撲殺魔導士”と呼ぶ人が増えて来たのは何故だろう?それにベティーが何故か頭を抱えてるんだけど?

やっぱり人との付き合いは難しい。


「はぁ~」

夜の自室。窓から差し込む月明かりに自然ため息が漏れる。

ベティーはいい友人だ。ローズとミッキーも話をしているととても楽しい。

アレンは・・・馬鹿なんじゃないか?と思う事もあるけど、悪い人間ではないのだろう。考え無しではあるけど。

そう言えば入学式の時も考え無しにお貴族様に突貫かましてえらい目に遭っていた様な。

学習しない男アレン、それでいて何故か女子生徒からはそこそこモテる。

男子生徒は私達のパーティーをハーレムパーティーと揶揄している。

そこに私を含めるのは止めて欲しい、大変心外です。


「はぁ~」

学園生活はそれなりに充実しているんだと思う。

でも・・・


「ケビン・・・寂しいよ」

ここには彼がいない。私を救ってくれた、私を導いてくれた、私の全て・・・


“トントントン”

何かが窓を叩く音、顔を上げた私の目に映る月明かりの中の人影。


“カチャッ”

窓を開き外を見る、そこには二階にある部屋の窓の外に立つあの人。


「やぁケイト、良い月夜だね。

どう?折角の夜だ、空の散歩と洒落こまない?」


差し出された右手を自然に掴む私。


“フワッ”

一瞬の浮遊感と共に彼に身体ごと抱き抱えられる。

“これって、お父さんが言っていたお姫様抱っこ!?”


「よく掴まってろよ?」

“タンッ”

「キャッ」

思わず彼にギュッとしがみつく。


「ほら、ゆっくり目を開けてごらん?」

恐る恐るまぶたを開けるとそこには・・・


「きれい」


月明かりに照らされたグルセリアの街並み、グロリア辺境伯様のお城が夜の街に浮かび上がる。


「ケイトはこの街で一人頑張ってるだろう?

でもそんな時って大概周りが見えなくなったりするんだよ。

だからさ、たまにはこうやって少し離れた所から眺めるのもいいかなって。

ケイト、よく頑張ったね」


そう言いニコリと微笑む彼。

この人は、ケビンはなんでいつも私の欲しい言葉を投げ掛けてくれるのだろう。


“ギュッ”

ケビンの首に回した手に力が入る。

私たちは暫く無言のまま、この美しい月夜のグルセリアを眺め続けるのでした。

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