第226話 辺境男爵、土木業者と合流する
ランドール侯爵領とセザール伯爵領を結ぶ主要街道、その途中に存在する行軍最大の難所と思われていた渓谷の街道。両岸を崖に挟まれたような構造のそこは、守に易く攻めるに難い。
渓谷両岸の上方からの落石攻撃を受ければいかに精強な騎兵団であったとしても一溜りもなく、崩壊の危機は免れない。
この地理的不利については城での軍務会議の場で散々議論が交わされたものの、具体的な方策を用意する事が出来ず、貴族の矜持を優先する結果になってしまった事は苦渋としか言えない決断であった。
そんな想定される中最大の危険地帯である渓谷が。
「ラ、ラ、ラクーン♪ポンポコラクーンの包み焼き♪
ポンポコ、ポンポコ、ポコポン♪」
目の前には崩壊し切り立ったとは決して呼べぬ崩れ去った街道。
「ラ、ラ、ラクーンの皮袋~♪マジックバックになっている~♪」
そしてそんな崩壊現場をおそらく一人で片付け、整えている人物がいた。
「は、初めましてポコ。おいらはポンポコ建設のラクーンポコ。よろしくお願いしますポコ」
緊張しつつペコリと頭を下げた彼の頭部には魔獣のレッサーラクーンの様な三角の耳が付いており、目の周りの黒い隈取りや黒い鼻の頭、両頬にある三本づつの髭模様など、ふざけているとしか思えない容姿をした者であった。
「えっと、この顔と頭の耳は呪いだポコ。おいらの家は代々長男がレッサーラクーンの呪いを受けるポコ。
初めは顔に髭模様が付くポコ、次に鼻の頭が黒く染まり目の周りが黒くなるポコ。
朝寝坊すると確実だったポコ。旅立ちの儀を受けた頃には耳が付いていたポコ。
語尾のポコも呪いの影響ポコ、止めようがないポコ」
“変容の呪い”、グロリア辺境伯家当主マケドニアル・フォン・グロリアにはそう言った呪いに心当たりがあった。その呪われた者達はゴブリンの姿に変容していたか。
見た目が珍妙でありしゃべり方が怪しいことこの上ない男ではあるが、彼女達の受けた不幸に比べればこの男はまだましなのであろう。
目の前の人物からは自身の身に降り掛かった呪いをそう言うものであると受け入れ、前向きに生きる姿が見て取れた。
「おいらがここにいるのはアルバート男爵様の依頼だポコ。アルバート男爵様はいつも無茶ばかり言うポコ、食料保存用の地下倉庫を作って欲しいとか村人の集合住宅を作って欲しいとか。
おいらは撤去と街道整備が専門だと言ってるポコ、街道も家も同じレンガでしょ?って意味が分からないポコ」
ドレイク・アルバート男爵は以前マルセル村には様々な訳アリが住み暮らすと言っていた。この人物もそうした訳アリの一人であると言うのか?
その容姿に偏見をもたずその者の能力を最大限に引き出す。
辺境の寒村を盛り立てた手腕は、そうした人心掌握術によるものであると言うのだろうか?
「おいらはマルセル村の住民じゃないポコよ?おいらは呪いの関係で
二月以上同じ場所にいると無作為に周辺の者がおいらと同じ呪いを受けるポコ」
この者は流浪の民であったらしい。各地で建設の仕事をしては転々と移動する。そんな根無し草の生活すら結構楽しいと笑っているのだった。
「それでアルバート男爵様の依頼はランドール侯爵領領都スターリン迄の街道上の整備ポコ。途中穴を空けられていたり瓦礫でふさがれていたりしたら修繕と除去を
あの時はまだドレイク・ブラウン村長代理だったポコよ。
もし自分が武装して現れたら奥様の家の爵位を引き継いでいるだろうからアルバート男爵と呼んで欲しいって聞かされた時は何を言ってるのかと思ったポコ。
でも無事にアルバート男爵家を継承したポコね、おめでとうポコ」
先を見通し可能性を考え先手先手を打つ。辺境の寒村マルセル村を農産物と干し肉の生産地に変え、周辺五箇村と共に農業重要地区入りさせたその手腕。
ドレイク・アルバート男爵は一体どこまで先を見通していたのか。
グロリア辺境伯はその深謀に戦慄する。
「それで何とかここまでやって来たら渓谷が完全に埋まってたポコ。
グロリア辺境伯様の騎士団がここを通過するのはまだまだ先だと思って作業していたら追い付かれちゃったポコ。
あれからまだそんなに経ってないポコよね?早すぎポコ」
どうやら我々の到着は想定外だったらしい。
これ程の瓦礫の撤去、一朝一夕で終わるものなどでは決してない。
マケドニアル・フォン・グロリア辺境伯は決断を迫られていた。この場は一度退くべきか、それとも迂回しジョルジュ伯爵領より攻め込むか。
「本当にアルバート男爵様は無茶振りばかりポコ。これじゃ今夜は徹夜ポコ。
明日の朝までに片し終わればいいポコ?」
「「「はぁ!?」」」
この男は何を言ってるのか?
目の前にはいまだ渓谷を完全に塞ぎ切っている瓦礫の山、崩壊の恐れが強い為その上を通過する事など考える事は出来ない。であるからこその撤退や迂回の決断だと言うのに。
「ハハハハ、ラクーンさんにはいつもいつも申し訳ない。でも今回の進軍はこの街道を通過する事に意味がある。我々グロリア辺境伯家の戦士たちの生きざまが掛かっているのですよ。どうかよろしくお願いします」
「仕方がないポコ。でもここまでの仕事ポコよ?依頼料は弾んでもらうポコ、キラービーの蜂蜜を更に中樽一つ分追加ポコ」
「ハハハハ、お手柔らかにお願いしますね」
両者の間に交わされた契約、それは金貨千数百枚が飛ぶ様な物の現物支給。
建設作業員ラクーンは嬉々として瓦礫に向かい、アルバート男爵は乾いた笑いを浮かべその姿を見守る。
「アルバート男爵、良いのか?あの様な約束をして」
グロリア辺境伯の呼び掛けにアルバート男爵は疲れた表情を浮かべながら答えを返す。
「ハハハハ、これはマルセル村に帰ってからが大変ですが、致し方ありません。
ラクーン氏が撤去すると言ってくれた以上それは確実になされるでしょう。
彼は虚勢や見栄とは無縁の人物ですから。
ですが彼を侮って貴族風を吹かせる事だけはお控え願いたい。それがどう言う事かは、この後の作業風景を見ていれば分かると思います」
アルバート男爵はそこまで答えると、その視線をツナギ姿の作業員、ポンポコ建設のラクーンへと向ける。
「さ~て報酬の上乗せは勝ち取ったポコ、アルバート男爵は太っ腹ポコ。
魔剣グラトニュート、全力で行くポコよ!!」
ラクーンは一人目の前の瓦礫に向かい構えを取る。構えを取ると言ってもその手に握られているのは剣の柄の部分、その先に本来あるであろう剣身が見られない。
「喰らうポコ!魔剣グラトニュート!!」
“ブウォ”
その柄元より溢れ出す濃厚な闇属性魔力、それは遥か後方にいるグロリア辺境伯家の寄り子の私兵団はおろか、第一・第二騎士団の者ですら腰の剣に手をやり構えを取ってしまう程の圧力を持って顕現する。
“ドウンッ”
それは夢か、幻か。眼前に聳え立っていた瓦礫の山が、誰もが通過を諦めんばかりであったそんな光景が・・・。
「グラトニュート、この調子でどんどん行くポコよ~♪」
暴食、まさにその名に相応しい一瞬の出来事。
全てを喰らい尽くす暴食の魔剣“グラトニュート”。
その魔剣の主は、陽気な鼻歌と共に渓谷を埋め尽くす瓦礫を残らず喰らい尽くして行くのであった。
―――――――――――
いや~、いい感じの登場が出来たんではないかと自画自賛。もうね、これどうしようって状況だったんすよ実際。
問題は渓谷爆破によって街道が完全に塞がれちゃったこと。
この場所が危険地帯である事、行軍において最大の難所である事は月影から聞いて分かっていたし、“こんな絶好の場所があるんなら、上から岩でも落とせば騎士団全滅じゃね?”って俺も思ったもん。
実際ランドール侯爵家もその準備をしていたみたいだったし、セザール伯爵領側の魔の森のスタンピード対策が終わったらそっちに向かうつもりだったしね?
でもまさか嫌がらせで追い込んだ魔の森の魔物たちがスタンピードを起こして、その対策の為に渓谷が爆破されちゃってるなんて思わんやん?
いや、考えれば分かるだろうって話なんですけどね、思慮が足りませんでした。
それにランドール侯爵家が帝国と繋がっていて大量の爆薬を手に入れていただなんてね~。更に言えば遠隔起爆スイッチ付き、そりゃ強気になるっての、戦争の仕方が一気に進んじゃってるじゃん、騎士団涙目よ?魔法師団なんて王家くらいしか持ってないのよ?
そりゃね、大貴族だったら魔法使いは沢山いるよ?でも皆さんお忙しいの、人同士の諍いに貴重な魔法使いを投入してられないの、戦況を一人でひっくり返す様な大魔導士や大賢者は王家に囲われちゃってるの。
でも帝国の動きって実験的な意味合いが強いんだろうな~。爆薬の投入で戦況が大きく変わったら他国に対する喧伝にもなるし?帝国の影響力が益々大きくなるし?
自国は痛まずにその影響力だけ増す、上手いぞ帝国。
それと大量の起爆符の行き先、これ絶対帝国でしょ、有線地雷も真っ青よ?
こえ~、帝国こえ~。
出来れば軍事作戦は他所でやって下さい。
で、崩壊し切っちゃった渓谷ですがすぐに片しちゃったらランドール侯爵領の領兵さん方がわらわら集まって来ちゃうじゃないですか、下手しなくても渓谷襲撃作戦第二弾を準備されちゃうじゃないですか。
だもんであえて放置、この状態ならランドール侯爵側もグロリア辺境伯家の騎士団は一度ジェンガまで戻ってジョルジュ伯爵領を通ってやって来るだろうと予想するだろうしね。
グロリア辺境伯側の進軍状況はシルバーからの業務報告でバッチリ分かっていたのでそれに合わせてある程度瓦礫を撤去しておきました。それでも半分くらいはワザと残しておきましたが。
あとは適当に暇潰しをしていたくらい。周辺の魔の森はほとんど魔物がいない状態だし、久々の一人キャンプを満喫?
実際は四人と複数の魔物に囲まれてのキャンプでしたが。
偶には日の光を浴びないと身体に悪いしね。特に蒼雲さん、不摂生の為に身体がボロボロだったからな~。
でもポーションビッグワームじゃなくビッグワーム改の干し肉を食べてるだけでみるみる壮健な身体を取り戻して行った辺りは、“鬼人族半端ね~”と思いましたが。
そんでもってポンポコ建設現場作業員のラクーン君の登場となった訳なんですよ。
このツナギはベネットお婆さんに頼んで作ってもらっちゃいました。
中々動き易くて気に入ってます。
魔剣グラトニュートは“笑うオーガ”や“下町の剣聖”に渡した木剣を作った時に一緒に作った“なんちゃってライト〇イバー”ですね。
グリップ部分は御神木様の枝を使用、ガード部分に魔境の木の枝を使用しております。色合いの関係で別個にした方が格好いいかなと思ったものでしてね、接続部にはご神木様の樹脂を使用してございます。
要はT字の剣の柄なんですけどね、これって素材的に魔力の通りが凄く良い。その出力も自由自在、ライト〇イバーに持って来いだったんです。
でもな~、こんなのが魔法杖みたいに魔力増幅しちゃうだなんて思わなかったんだよな。これってもしかしてスキル<棒>が何か悪さしたとか?
・・・あり得る。まぁ便利だから良しとしましょう。
で、やってる事は何時かのエルセルの悪夢と一緒、魔剣グラトニュート(偽)から膨大な闇属性魔力を放出して物体を指定、収納の腕輪で仕舞ってるってだけです。
やろうと思えば一瞬でお片付け終了なんですが、それだとね~、後々問題が?
もう既に問題になってる?その辺はアルバート男爵様に何とかして貰いましょう。
・・・肝心の話が抜けてる?
その顔はどうしたのか?
あぁ、これですか。変装の事をアナさんに相談したらレッサーラクーンの呪いを改造してくれるって言うんでお任せしておいたんですけどね、何で口調まで変えられちゃうかな!?
ランドール侯爵家のお城の地下で蒼雲さんと初めて会った時に使ってみてびっくりしたわ!“ポコ”って何よ、“ポコ”って!!
おまけに耳!!頭に何か付いてるし!!月影が無表情でモフモフしてくるし!!
「ご主人様、尻尾は無いのですか?」って知らんがな!!
幸い“目立たないフード”を被れば呪いの効果が出ないから良いんだけど!
畑の賢者アナスタシア・エルファンドラ渾身の傑作、“レッサーラクーンポンポコの呪い”。せめて口調だけはどうにかならなかったものかと頭を抱えるケビンなのでありました。・・・ポコ。
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