第225話 辺境男爵、最凶騎兵団と共に進軍す (3)
“パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ”
草原を抜ける街道を走る数騎からなる騎兵団、街道を行く人々はその威容に目を見開き急ぎ進路を開く。
“ドドドドドドドドドドドドドッ”
そしてそんな彼らが過ぎ去ること暫し、数多くの騎兵たちがそれぞれの主たる貴族により率いられ、決死の形相で走り抜ける。
更にその後方から隊列を作った騎兵隊が、まるで先の貴族騎兵たちを追い立てるかの様に迫り来る。
人々は思う、一体何が起きているのかと。
「なぁ、さっきの騎兵隊の掲げていた旗って、確かグロリア辺境伯様の紋章じゃなかったか?」
「あぁ、この街道はグロリア辺境伯領領都グルセリアに向かうものだろう?
どう考えてもグロリア辺境伯家の騎士団じゃないのか?」
「もしかしてセザール伯爵様、グロリア辺境伯様を切れさせちゃったとか?」
「イヤイヤイヤ、相手は辺境最強のグロリア辺境伯領騎士団だぞ!?
大森林からのスタンピードを何度も防いだオーランド王国の盾だぞ!?
いくらあの凡庸領主が無能だからってドラゴンの尻尾を踏む様な真似はしないだろうよ」
「だよな、流石にそれはないよな」
「「・・・・大丈夫だよな!?」」
引き攣った顔で言葉を紡ぐ人々。時代の変革、歴史の流れは平凡な生活を送る領民たちを容赦なく巻き込んで行く。
そこにどんな崇高な思いがあろうとも、彼らにとってそれはただの厄災でしかない。
力無き者達はその嵐が過ぎ去るのを、ただ身を縮こまらせて耐えるしかないのだから。
「なぁザルバ、おかしいと思わないか?昨日の領境の件もそうだが、途中で抜けた街の街門での対応も不自然極まりない。
ここセザール伯爵領はランドール侯爵家に与する領地だろう、それなのに行軍に対する妨害が一切無いと言うのは」
アルバート男爵家騎兵団、その一翼を担うマルセル村の村人グルゴは、隣を走るザルバに声を掛ける。
過去マルドーラ伯爵家において騎士長を務め、数々の戦場を駆け抜けた。その中で培われた自身の勘が、この状況を決して良とはしなかったからだ。
「そうだな、不自然と言えば不自然、“セザール伯爵家は此度のグロリア辺境伯家とランドール侯爵家の争いの一切に対し、不干渉を貫く”だったか?
そんな言葉を素直に信じろと?
確かセザール伯爵家と言ったらジョルジュ伯爵家の第二夫人のご実家、先のパトリシアお嬢様襲撃事件にも関わってるんじゃないかって言う家だろう?
そんな領地に侵攻しているんだ、普通は領軍の抵抗があって当然。予めグロリア辺境伯家の動きは掴んでいただろうから、準備が間に合わないと言う事も無いだろう」
“パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ”
街道を進んで行く騎兵団、冷静に考えて先に待ち受けるのは大規模な罠。
だからと言ってこの行軍を止める訳にはいかない、侵攻の停滞、それはすなわちグロリア辺境伯家の敗北を意味するのだから。
グロリア辺境伯家の置かれた立場はそれ程に危うく、そしてランドール侯爵家はその全てを読んで入念な準備を行って来た、そう考えるのが得策。
自然手綱を握る手に力が入るグルゴ、自分たちは、アルバート男爵家騎兵団は何の為にここにいるのか。与えられた盤面、与えられた状況、その全てをひっくり返す起死回生の一手、それが我らアルバート男爵家騎兵団なのだと。
“ゴクリ”
飲み込んだ唾が誰のものであったのか。
騎兵団は進む、ランドール侯爵領領都スターリンを目指して。
そしてその行く手を阻む様に存在するセザール伯爵領領都ジェンガを通過する為に。
セザール伯爵領領都ジェンガ、そこは街壁に囲まれた歴史ある中心都市。
そしてそこにはここセザール伯爵領を治めるセザール伯爵家居城が聳え立つ、そんなセザール伯爵領の心臓部。
そのジェンガの街を塞ぐ街門が。
「街門が開いているな」
グロリア辺境伯軍の侵攻の情報は既にセザール伯爵家には伝わっている筈。
早馬による連絡ばかりではなく、狼煙や連絡塔からの篝火の合図等、遠距離での情報の伝達方法など多種多様、単純な合図を送るだけなら魔道具を使うと言う方法も考えられる。
だと言うのに街門を閉鎖するどころか完全に開いた状態で自分たちの通過を容認している。
これは罠か、それとも別の意図があるのか。
この様な状況に置いて一部隊だけで走り抜けるのは悪手。
自分たちはいい、だが後方の各貴族家が無事で済む保証など無いのだから。
そんな緊張感漂う状況で、部隊のリーダーたるドレイク・アルバート男爵はとある光景に目を奪われ、口を開き呆然と眺める事しか出来ないのであった。
「アルバート男爵様、いかがなさいましたかな?ってどうしたドレイク、そんなに間抜けな顔を晒して。頑張ってドレイク・アルバート男爵を演じているのではなかったのかの?」
声を掛けたのはマルセル村剣術指南役、“下町の剣聖”ボビー師匠であった。
「・・・・・」
アルバート男爵は無言のままある方向を指差す。周囲の者は訝しみながらも、男爵が指し示す方向に目を向け、男爵と同じ様に目を見開く。
「あの街門は開かれていたのではありません。外されていたんです。
私はそんな事をしそうな者の心当たりが一人しかいないのですが・・・」
絶句する一同にアルバート男爵の呟きが広がる。
「あぁ、そう言えば大分前に“下準備があるから”と言って姿が見えない時があったな。俺はてっきり必要な素材を集めているものだとばかり思っていたんだが、一人でこんな所まで来てたんだな。
って言うか途中で村に帰って来てたよな?出発の前の晩まで村にいたよな?
・・・これ以上は考えない事にしよう」
途端これまで疑問に思っていたセザール伯爵家の不審な行動に一つの結論が生じる。
“あの理不尽、絶対何かやらかしただろう!?”
「「「ケビンだから仕方がない」」」
これ迄の気負いが嘘のように晴れる。気が付かないうちに漏れていた殺気も、身に纏っていた覇気も。
“もう全部ケビン一人でいいんじゃね?”
広がるユルユルとした空気、馬たちはブルブルと嘶き勝手に街道脇の若草を食み始める。
「すまん、なんか儂気負っていた自分が急に恥ずかしくなって来たんじゃが?
グルゴさんや、悪いんだが軽く手合わせ願えんかの、どうせ本隊はまだ到着せんじゃろうて。
ドレイク村長、悪いんじゃがマジックバッグから儂らの木刀を出してくれんかの?
連日の乗馬で少々体が硬くなってる様じゃでな」
ボビー師匠は肩をグルグル回しながらアルバート男爵に声を掛ける。
「そうですね、なんかもうドッと疲れたって言うか。
ザルバ、皆さんが到着するまでお茶にしましょう。ギースさんとヘンリーさんも休憩にしませんか?これ以上急いでも仕方がありませんし。
ここから先はグロリア辺境伯様のご指示を仰ぐと言う事で」
ドレイク・アルバート男爵は馬具に括り付けたカバンからマジックバッグを取り出すと、ボビー師匠とグルゴにケビン特製の木剣を渡し、テーブルセットを取り出してお茶の準備を始めるのであった。
――――――――――
“パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ”
「先鋒のアルバート男爵は今どの辺を行っているか」
グロリア辺境伯軍の行軍、それはこれまでの歴史を見ても類が無い程の速度を持ってセザール伯爵領を進軍していた。
「ハッ、昨日の行軍速度を考えますと、おそらくは既にセザール伯爵領領都ジェンガに到着しているものと思われます」
「ふむ、ではその地で孤立無援と言う事になっているのではあるまいな?」
グロリア辺境伯の問い掛けに、問われた第一騎士団騎士団長は考えを巡らせ答えを返す。
「それはなんとも。領境で告げられた言葉が真実であるのならば問題なくジェンガに滞在しているやもしれませんが、アルバート男爵様も罠の危険性を考えその様な行動はとらないかと。
ジェンガの街前で本隊の到着を待たれているのではないかと愚考いたします」
「であるな。では我々も急がねばなるまい、仮に街前での集合を見越して伏兵を忍ばせているとしても、あの鬼神共の目を誤魔化す事が出来るとも思えんしの」
グロリア辺境伯家の軍勢は進む、先行する戦士たちの下に向かって。
セザール伯爵家に対して思うところがない訳ではない。だが今は大事の前の小事、その様な目先の小物にかまけて大元を逃す訳にはいかない。
敵は遥か彼方ランドール侯爵領スターリン、この様な道半ばで消耗するなど愚の骨頂。
グロリア辺境伯は自らの信念を貫く為、騎士団と共に草原の街道を走り抜けて行くのであった。
「あれは一体どう言った意図があっての事であるか」
セザール伯爵領領都ジェンガ、その街門を前にして行軍を止めるグロリア辺境伯軍。
グロリア辺境伯は、その開かれた街門を前に、セザール伯爵の意図を計りかねていた。
「発言を宜しいでしょうか」
言葉を発したのは行軍の先鋒を務めるアルバート男爵、グロリア辺境伯軍内部において、既にアルバート男爵を侮る者はいなかった。アルバート男爵率いるアルバート男爵家騎兵団の衝撃は、新参者と馬鹿にしていた古参の寄り子達の心をへし折るに十分な効果を示していたからである。
「うむ、申してみよ」
グロリア辺境伯はそんなアルバート男爵に興味深げな視線を向け、発言を許すのであった。
「発言の許可、ありがとうございます。
私からの提案は単純です、通過してしまえばいいのではと言うものです。
セザール伯爵様の意図が何であれ行動を起こさなければ始まりません。罠があるのならば食い破ればいい、我々の敵はセザール伯爵様などではなくその遥か先、スターリンにいるのですから。
この様な場所で無駄に時間を費やす事こそ無意味、無駄に精神を消耗してしまう事でしょう。
堂々と通過すればいいのです、セザール伯爵家とジェンガの人々に我々グロリア辺境伯派閥の武勇を見せつけながら」
それはあまりにも考え無しの発言であった。だがアルバート男爵の醸し出す余裕が、その発言に大きな力を与え頼もしさを齎していた。
「うむ、確かにこの様な場所に兵士を留める事はいらぬ諍いの元になりかねんか。
案ずるより産むが易し、そう言う事であろう?」
「ハッ、聡明なグロリア辺境伯閣下に対し余計な事を申しました、どうかお許しください」
アルバート男爵は急ぎ頭を下げグロリア辺境伯に謝罪の意を示す。
「いや、よい。決断を遅らせたは我の不徳。皆の者にも要らぬ心配を掛けた事、謝罪しよう。
これより我らはジェンガを通過する。人々に我らの武威を見せつけようぞ」
「「「応!!」」」
意志は決定された。
グロリア辺境伯軍は再び進軍を開始するのであった。
「本当に何もありませんでしたな」
第一騎士団騎士団長は主君であるグロリア辺境伯に言葉を掛ける。
「うむ、拍子抜けするほどに何も無く通過する事が出来た。その事が逆に何かの罠かと思わずにはいられないのだがな」
グロリア辺境伯は楽天的に物事を考える事はしない。常に多くの情報を集め分析し、思考し、裏の裏を考える。オーランド王国にその人ありと謳われた名宰相の座は伊達ではない、その多くの経験から培われた勘が告げている、この事態には何者かの意図があると。
「誰がどの様な意図をもって絵図を描いているのかは分からん。だがそれが我々を害するものでないのならそれに乗るのも一興。
だが油断はするな、常に細心の注意を払え」
「ハッ、グロリア辺境伯閣下の思し召しのままに」
行軍は街道をゆく、その道が続くランドール侯爵領スターリンを目指して。
「だ、だ、大聖堂 大聖堂の庭は♪
つ、つ、月夜だ みんな出て来い来い来い♪
おいらの友だちゃ ポンポコポンのポン♪」
そこは雄大な自然が作り上げた渓谷、切り立った崖に挟まれた街道が通る行軍の難所、そんな光景が広がっている筈であった。
「負~けるな、負けるな、司祭様に負けるな♪
来い、来い、来い、来い来い来い♪
みんな出て来い来い来い♪」
崩れ去った渓谷、その渓谷を進んだ先では一人の小柄な人物が鼻歌を口ずさみながら大岩を退ける作業を行っている。
「ロシナンテ、少し下がってるポコ。中央の岩を一気に退けるポコ、周囲の岩が崩れるポコよ」
その人物は自身の使用しているであろう幌馬車の引き馬に声を掛けると、崩れた瓦礫に向かい言葉を発する。
「魔剣グラトニュート、この辺の岩をみんな食べちゃうポコ!!」
“ブワッ”
突如発生した膨大な闇属性魔力、その塊はその人物の意志に従い崩れる岩の塊に向け放出される。
“ガラガラガラ”
消え去る大量の瓦礫、そして支えを失い両岸から転げ落ちる岩の塊。
「よ~し、もうひと踏ん張りポコ。早く岩を退けないとアルバート男爵様方が到着しちゃうポコ」
その人物は背後の引き馬に向きを変え、グロリア辺境伯軍の姿を認めるや動きを固める。
「え~、もう来ちゃったポコ、間に合わなかったポコ、アルバート男爵様に怒られるポコ~!!」
アルバート男爵はその人物の姿に顔を引き攣らせる。
ツナギと呼ばれる東方の賢者様が伝えたとされる作業着に身を包んだ小柄な人物。
背中にはレッサーラクーンの絵柄とポンポコ建設の文字、目の周りは黒く染まり、鼻の頭が黒く両の頬に三本ずつの髭模様。頭部には三角の動物の耳の様な物が二つ。
“ケビン君、一体何をやってるの~~~~!!”
状況に付いて行けず固まるグロリア辺境伯を余所に、盛大に叫びたい心をグッと堪えるドレイク・アルバートなのでありました。
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