第224話 辺境男爵、最凶騎兵団と共に進軍す (2)
重厚な造りの城内、その中でも一際大きな大会議室には、周辺各領から参集したグロリア辺境伯の寄り子である伯爵家・子爵家・男爵家の代表たちが集まり、それぞれに交流を持ちつつ派閥の結束を強めていた。
「うむ、待っていたぞ、ドレイク・アルバート男爵。今回の出兵は貴殿が肝であるからな、その力、十分に発揮して貰うぞ?」
音を立て開かれた扉から現れた者に、彼らの視線が集中する。それはその者が持つ雰囲気がそうさせたと言うよりも、この集まりの盟主たるマケドニアル・フォン・グロリア自らがその者に対し声を掛けた事によるものであった。
「大変遅くなり申し訳ありません。アルバート男爵家ドレイク・アルバート、只今到着いたしました」
多くの者の視線が集まる中、その者、ドレイク・アルバート男爵はグロリア辺境伯に対し慇懃に礼をし到着の挨拶を述べる。
大会議室に集う者達は思う、“アルバート男爵家ドレイク・アルバート?聞いた事も無いんだが?”と。
そんな訝しみと興味、侮蔑の視線の中、グロリア辺境伯とアルバート男爵との会話は続く。
「ハハハ、それは致し方があるまい、貴殿が貴族籍を得て我がグロリア辺境伯家の寄り子になったのはつい先ごろ。貴殿は此度の戦の為に起用されたも同然であるからな。
皆の者にも紹介しよう、この新たなる仲間はドレイク・アルバート男爵、皆もマルセル村と言う地名を知っていよう。かつては“オーランド王国の最果て”、“貴族令嬢の幽閉地”と言われていたあのマルセル村だ。
アルバート殿はそのマルセル村から冬の餓死者を無くし、新たなる農法、新たなる産業を興し周辺五箇村と共に農業重要地区入りを果たした英雄。アルバート殿が齎した変革はいずれここグロリア辺境伯領をオーランド王国一の農業地帯へと作り変える事だろう。
アルバート男爵、皆に挨拶を」
「只今グロリア辺境伯閣下よりご紹介を賜りました、アルバート男爵家ドレイク・アルバートと申します。以後よしなにお願いいたします」
アルバート男爵はそう言い大会議室にいる各家の者に慇懃に礼をする。この場に集まった物は思う、“あぁ、なんだ。新参の男爵のお披露目であったのか”と。
此度の小競り合いはグロリア辺境伯家としては最も規模の大きな戦、その招集には全ての寄り子が大なり小なりの人を寄越しており、披露目の場としては申し分ないものであった。
だがその予想は、グロリア辺境伯の次の言葉で大きく揺らぐ事となる。
「うむ、皆の者もアルバート男爵をよろしく頼む。では早速ではあるが、アルバート男爵には此度の行軍の先鋒を務めて貰いたい」
“ザワザワザワザワ”
行軍の先鋒、それは戦の華、その集団において最も注目され期待されている者の証。そのような大役をぽっと出の男爵に任せる、その様な事が許されるのか!?
グロリア辺境伯の言葉に対する反発は、古参の寄り子ほど強いものであった。
これまでグロリア辺境伯家に向けてきた忠誠を無碍にするようなその言葉に、反発するなと言う方が無理がある。
「グロリア辺境伯閣下、どうかご再考を。我ら一同これまでグロリア辺境伯閣下に忠誠を誓い共に困難を乗り越えてきた者、確かにアルバート男爵殿は素晴らしい功績を打ち立てられたのでしょうが、それでも我らを差し置いての大役抜擢にはとても承服いたしかねます。
何卒、伏してお願い申し上げます」
伯爵家をはじめとした子爵家男爵家の者達の懇願、これには如何にグロリア辺境伯とは言え強引に事を進める事は出来ない。何故ならランドール侯爵家を中心とした敵対派閥がある以上、大貴族とは言え独りよがりの決断は派閥崩壊を招く危険性があるからであった。
「うむ、しかしの・・・」
暫し瞑目し考えを巡らせるグロリア辺境伯、それに対し言葉を掛けたのはドレイク・アルバート男爵であった。
「僭越ながらグロリア辺境伯閣下に申し上げます。この場に集まるはグロリア辺境伯閣下に長年仕えし寄り子の方々、その様な方々を差し置いて新参であるアルバート男爵家が先鋒を務めるはグロリア辺境伯閣下の派閥に余計な軋轢を生むものと愚考いたします。
であるのならば此度の行軍は寄り子の各家の方々に先陣を切っていただき、我がアルバート男爵家はその最後尾から皆様方のお姿を勉強させて頂きとうございます。
新参ゆえのもの知らず、何卒ご一考いただければと存じます」
アルバート男爵の言葉に、この場の者たちは口元を緩める。
“この男は己の立場を分かっているではないか”
出しゃばらず、目立たず。新参は新参らしく背後に控えていればいい。
「ふむ、皆の者の心は伝わった。では先程のアルバート男爵の言葉の通り、此度の侵攻では皆の者に先を行って貰おう。アルバート男爵はその最後尾、我が騎士団はその後ろを固めるものとする。
これでよいかな?」
「「「ハッ、そのお役目、謹んでお受けいたします」」」
会議は終了した、グロリア辺境伯をはじめとした各貴族は、出立式を行う為城の中央広場へと移動していた。
「第一・第二騎士団、出立準備完了いたしております。現在第二騎士団副団長が、中庭で待機しております各貴族家の私兵団を召集しているところであります」
第一騎士団団長の報告に頷きで応えるグロリア辺境伯。
事はすべて順調に進んでいる、そう思われていた、その時であった。
“ブワッ”
突如周囲を包み込む強大な覇気、そのあまりの圧倒的力に、グロリア辺境伯をはじめとした各家の貴族たちは言葉を失う。それは厄災、決して逆らってはいけない何者かの出現を意味していたからであった。
「あぁ、ウチの騎兵団の者が申し訳ない。おそらくは他の家の私兵の皆さんと戯れているのでしょう。皆様方も戦を前に元気がよろしいでしょうから、互いの力を確かめ合い交流を図る、戦の行軍には連携が必要ですからな」
そんな中において一人飄々と言葉を発する者がいた。
ドレイク・アルバート男爵、新参者であり自ら行軍の最後尾を申し出た者。
農業改革の功績と此度の小競り合いと言うタイミングで数合わせ的に末席を許された者。
今彼は何と言った?
“ウチの騎兵団の者が申し訳ない”、そう言わなかっただろうか。では先程のドラゴンの如き覇気の奔流は・・・。
“ダダダダダダダダダダッ”
中庭に待機していたであろう各家の私兵団が必死の形相で中央広場に飛び込んでくる。彼らは一言の無駄口を叩く事なく、急ぎ整列を行う。
そして・・・
“カツンッ、カツンッ、カツンッ、カツンッ”
私兵団の最後尾、中央広場へとやって来た一団がその列の後方へ付き、全ての者の集合が完了する。
「う、うむ。皆の者、よくぞ集まった。皆も承知の通り、我がグロリア辺境伯家はランドール侯爵家より数々の攻撃を受けておった。
潜り込んだ間者による調略、領内の治安は乱れ少しずつ確実に衰退へと向かう所であった。
そして我が孫パトリシアの命を狙った策謀、それらの各証拠を持ってランドール侯爵家の糾弾、王家の裁定を求めるも、その悉くは無視された。
これは許されざる事態、王家は言った地方の事は地方でどうにかせよと。ならばその言葉に従おう、王家がやらぬのならば自らが裁定を下そう。
我がグロリア辺境伯家は王家に対し自治領となる宣言を行いランドール侯爵家に対し宣戦を布告した。
我らはこれより一矢となりてランドール侯爵家を討つ。これは貴族家としての誇りを賭けた戦いである。
皆の者、死力を尽くし、名を上げよ!!」
「「「応ーーーー!!」」」
グロリア辺境伯軍の侵攻が始まった。行軍の先鋒は伯爵家の私兵団、次いで子爵家、男爵家と続き、アルバート男爵家騎兵団は各貴族家の最後尾を務める事となった。
グルセリアの市民たちはこれから始まる戦乱に不安な心を抱きつつ、自領の為に戦いに挑む戦士たちに、心からの声援を送るのであった。
「・・・遅いな」
その呟きは誰のものであったのか。
街道を進むグロリア辺境伯軍は、一路ランドール侯爵領スターリンを目指し、最短距離であるセザール伯爵領領都ジェンガを抜けるルートを進んでいた。
「確かに遅いですね、これではスターリンに付くのがいつになる事か。移動だけで疲れてしまって戦にもならないでしょうに。
私はね、こんなくだらない事は早く終わらせて可愛い我が子をこの手に抱きたいのですよ。
ミランダがこの前から怒っていましてね、全員が無事に帰って来るまで抱っこは禁止とか言うんです、酷くないですか?
ですので皆さん大きな怪我はしないでくださいね、手持ちにはポーションしかないんですから」
「ドレイク男爵様の所は男の子でしたかな?ロバート君、大分大きくなって可愛いでしょうな~」
「こんなちっちゃな手でギュって指を握ってくれるんですよ、もうね、可愛くて可愛くて。
エミリーちゃんが頑張ってお世話をするんですけどね?その姿が健気でして。
この子たちの為にも仕事を頑張ろうって気持ちにさせてくれるんですよ」
「ドレイク男爵様の気持ちはよく分かります。うちのケイトも小さい頃はそれは可愛かった。“王都に舞い降りた天使”とか呼ばれていた頃もありましたからね」
「うちもガブリエラがそろそろ子どもが欲しいとか言い始めてな、ケビン君にいい精力剤が無いか相談していた所だったんだよ」
「えっ、その話詳しく教えてくれませんか?実はうちもエリザが赤ちゃんが欲しいって言い始めまして。
俺はまだいいかなとか思ってたんですが、最近やたら嫉妬深くなっちゃって、すぐ“浮気だ~”とか言ってスリコギ棒を持って追い掛けて来るんですよ。
言い方はあれですが、子供でも出来れば少しは落ち着くと思うんですよね」
男達の会話は続く、ダラダラとした行軍にいら立つ気持ちを紛らわせるが如く。
だがそこに、これまで沈黙を守っていた者が口を開く。
「俺は早く家に帰ってミッシェルちゃんを抱っこしたい。あの子は天使だ、俺の顔を見ても怯えるでなく嬉しそうに笑ってくれる。
あの子の為なら俺はワイバーンだろうがドラゴンだろうがぶった切って見せる。
だと言うのにこいつらは・・・
そうか、こいつらがいつまでもダラダラしているから家に帰れないのか。
ならばこいつらは敵だな、俺の邪魔をするものは全て敵だ、敵はぶった切る、そうすれば早く家に帰れる、簡単な事じゃないか」
“ズオンッ”
背中に二本の巨大な剣を背負った鬼神が呟く。
「邪魔な奴は切って捨てればいい」と。
腰に大剣を携えた剣聖が呟く。
「クックックッ、面白い、儂も付き合おうかの」と。
柔和な笑みをたたえた新男爵が呟く。
「そうですね、早く終わるに越したことはないですよね」と。
夜の生活に悩む新婚二名が呟く。
「「早くケビン君に精力剤を作って貰わなければ!!」」と。
娘が学園の寮に入ってしまい寂しい思いを抱える者が呟く。
「人を何人切ればこの寂しさを紛らわせる事が出来るのだろうか」と。
膨れ上がるもの、それは苛立ち、それは殺意。
男達の思いは彼らの前方を進む私兵団とそれを率いる貴族たちに向け注がれる。
“パッカ、パッカ、パッカ、パッカ”
動き出したのは誰であったのか。
“パッカパッカパッカパッカ”
その思いは、自然全ての者へと波及して行く。
“パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ”
逃げなければ、今すぐに逃げなければ。オーガが、狂人の一団が俺たちを殺しにやって来る!!
奴らから発せられる覇気、奴らから発せられる殺気、それはこれが冗談などではなく屋台で串焼き肉を買うくらいの気軽さで実行されるであろうことを示している。
“ダッダカダッダカダッダカダッダカ”
それはもはや行軍と呼べるものではなかった。早馬の如き速度での移動は、三日は掛かるであろうと思われた領境までの移動を僅か一日で走り抜けると言う異常とも呼べる事態を引き起こす。
そしてそんな無謀な移動に魔馬はともかく騎乗する貴族や私兵団が耐えられるはずも無く、皆が皆荒い息をして野営地の地面に横たわる事となってしまったのである。
「ふん、やれば出来るじゃないか。明日もこの調子で移動するぞ。俺は早く戦を終わらせたいのでな、その邪魔をする者は敵だ。敵がどうなるのかは、言わなくても分かるよな?」
鬼神の呟き、それはその場に転がり死にそうな顔をした者達に更なる絶望を齎すものであった。
「ん?行軍の先鋒をアルバート男爵に譲りたい?
それはどう言う事であるか」
野営地で行われる軍議、その席で各貴族家から上げられた提案に、グロリア辺境伯は鼻白む。
「ハッ、やはり我々も久々の戦と言う事で些か気持ちが高ぶっていた様にございます。新たに加わった仲間に対しあの様な物言い、お恥ずかしい限り。
グロリア辺境伯閣下がアルバート男爵殿に華を持たせ、我々に溶け込み易い様になさろうとした配慮に全く気付く事も無くあれやこれやと。
誠に恥じ入るばかりでございます。
新たなる仲間に活躍の場を与えるのも先達の務め、我らはアルバート殿の活躍を見守り、手助けすることでグロリア辺境伯派閥の結束を内外に示そう、そう話し合ったのでございます」
物は言いよう、貴族とはこうあるべしと言わんばかりの物言いに、苛立ちよりも呆れの感情が先に立つ。
「アルバート男爵よ、皆はこう申して居るが構わぬかな?」
グロリア辺境伯は末席でこの話を聞くアルバート男爵に言葉を向ける。
「はい、皆様のご配慮痛み入ります。このドレイク・アルバート、先鋒の任、謹んでお受け致します」
涼しげな表情でグロリア辺境伯の言葉を受けるドレイク・アルバート男爵。その姿はとてもあの狂人どもを従える長とは思えないほどの穏やかさを持っていた。
だが貴族たちは知っている、この男があの集団の中で共に自分たちに向け殺気と覇気を向けていたという事を、この男もまた一人の修羅であるという事を。
「グロリア辺境伯閣下、それでは失礼させていただきます。皆様方明日もまたよろしくお願いします」
軍議が終わり、ようやく怒涛の一日が終わったことにほっと胸を撫でおろす貴族たち。
「そうそう、明日よりは皆さまにお恥ずかしい姿を晒さぬ様、今日のような遊びではなく本気で馬を走らさせていただきますゆえ、ご期待いただければと存じます。
ではこれにて」
アルバート男爵が去り際に残した一言、それは彼らに更なる地獄の訪れを知らせる言葉なのであった。
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