第223話 辺境男爵、最凶騎兵団と共に進軍す

“バカバッ、バカバッ、バカバッ、バカバッ”


草原を抜ける街道を騎乗した兵士の一団が駆け抜ける。

先頭を走るは一際大きな軍馬、騎乗するは巨漢の偉丈夫。

その者達からほとばしる覇気は周囲の魔物を怯えさせ、ゴブリンは慌てて逃げ出し、グラスウルフは進路を変え、オークですら木々の合間に身を隠す。

彼らの行く手を阻む者がいるとすれば、それはワイバーンか、それともドラゴンか。

その姿を彷彿とさせるほどに戦士たちは異質であり、そして精強であった。


「停まれ、ここは貴族専用門である。身分証の提示をお願いしたい」

ミルガルの街の門兵は突如現れた騎兵の一団に訝しみの視線を送る。何故なら彼らが向かって来た道は辺境各村とミルガルとを結ぶ街道、確かに西のヨークシャー森林国と結ぶ街道にも接する道ではあるが、この街道に至る道沿いにこの様な騎兵団を擁する貴族がいただろうか?


「務めご苦労。我らはアルバート男爵家騎兵団、グロリア辺境伯閣下の招集に応えるべく領都グルセリアを目指す者である。

これがグロリア辺境伯閣下より賜った通行証である、検められたし」

先頭の巨漢が馬具に取り付けられたポーチから通行証を取り出し門兵へと手渡す。

それはグロリア辺境伯家の家紋が入った特別通行証、この通行証を持つ者を無条件で通過させよと言う辺境伯家からの強いメッセージ。


「ハッ、お引き留めいたしまして申し訳ありませんでした。お話は先に通られましたグロリア辺境伯家の使者殿よりお聞きしております。お気を付けてお通り下さいませ」

門兵達は一斉に姿勢を正し敬礼する。


「うむ、街中は危ないのでな、ゆるりと進む事とする、安心なされよ。

ではご免」

巨漢は通行証を受け取ると街中へと馬を進める。ミルガルの街の大通りを行く人々は、皆彼らの威容に驚き道を開ける。

人々は口々に“鬼神だ、鬼神が現れた”“これから戦でも始まるのか?”と噂し合うのであった。


「驚きました。まさかアルバート男爵様に追い付かれるとは思いもしませんでした。私共も相当急いで移動していたのですが、アルバート男爵様は普段から乗馬を嗜んでいらっしゃるのでしょうか?」

グロリア辺境伯家よりマルセル村を訪れていた使者は、一日遅れで出立したであろうアルバート男爵に領都への道半ばで追い付かれたことに驚きを隠せないでいた。

確かに早馬であればそれくらいの速さで追い付かれる事もあろうが、彼らは通常の騎乗での行軍、互いに速足での移動であれば魔馬を使用しての移動を行っている自分たちが追い付かれる事はない、そう思っていたからである。


「ハハハハ、そんな事はありませんよ、私は使者殿より書状を頂くまでただの辺境の村長でしたから。まぁそれでも四男とは言え男爵家の者でしたから乗馬の訓練は一通り。

それと我が村には一定数の訳アリが住み暮らしています。その中にはやむなく身分を捨てざるを得なかった者もいますので、皆騎乗には慣れていたのですよ。

“一度覚えたスキルは忘れない”と言う事でしょうかね」

そう言い笑うアルバート男爵に、“イヤイヤイヤ、それにしてもあの騎兵団はないだろう!?”と顔を引き攣らせる使者の者。

“下町の剣聖”ボビー、“笑うオーガ”ヘンリーは分かる。いや、正直に言えば話に聞いていた数段上の存在に、今でも動揺が治まらない。

あの二人は一体何なんだ!?我がグロリア辺境伯家が誇る第一・第二・第三騎士団の全騎士、そしてここグロリア辺境伯領に所属する全領兵をもってしても彼らを止める事が出来るとは到底思えない。

更に言えば他の三名も全員が全員騎士団長の遥か上を行っている。こんな存在が言い方は悪いが高が辺境の寒村で燻っていたと言うのか!?

そしてそんな猛者たちを完璧に御しているのが、目の前で柔和な笑みを浮かべる新男爵ドレイク・アルバート様。そのドレイク様ですらその風貌からは考えられない武勇の持ち主。第二騎士団において“鉄壁”と呼ばれる副団長、アマリア・マルセルを剣術で下した話は“鉄壁”本人から聞いている。“その剣技は、とても一介の村長代理であるなど信じる事が出来ないものであった”と。


「まぁ運が良いのか悪いのか、我がマルセル村は多くの盗賊に狙われていましたからね。我々が騎乗していた馬たちも言わばその戦利品、辺境のあの地で元気に育ってくれた言わば同志なのですよ。

共に試練を乗り越えたね」

そう言いどこか虚空を見詰めるアルバート男爵、その光を失ったかのような瞳は、多くの地獄の戦場を潜り抜けてきた歴戦の戦士のもの。

大森林に最も近い村、マルセル村。その様な立地で多くの農業改革を齎し、村民を救った。だがその事は多くの悪意を呼び、血塗れた道を築き上げてきた。

この男の瞳はどれ程多くの理不尽を見続けてきたのだろう。


グロリア辺境伯閣下は使者として私を送り出す時に仰っていた、“マルセル村では決して失礼な態度を取ってはいけない。相手を見下し、下に見るような態度を取ってはいけない。マルセル村を敵に回す事は、グロリア辺境伯家の衰退を意味すると心得よ”と。

ハロルド執事長様は仰っていた、“マルセル村には決して敵に回してはいけない存在がいます。彼は常に己を偽り、一介の村人を演じ続けるでしょう。ですが彼は常に我々を観察し続けています。本当に恐ろしい存在は弱者の顔をして側にいる、その事を忘れないでください”と。


貴族籍を得てついに表舞台に姿を現した強者。多くの者が彼の物腰や態度に騙されるだろう。だが彼を侮り彼を敵に回したが最後、マルセル村は牙を剥く。

使者の男性はグロリア辺境伯閣下の慧眼に息をのむのであった。


―――――――――――


「グロリア辺境伯閣下の命によりドレイク・アルバート男爵様をお連れした」

「ハッ、ご使者の任、お疲れ様でございます。ドレイク・アルバート男爵様、どうぞお通りください」


グロリア辺境伯領領都グルセリア、その都市の政治の中心でありこの地を治める領主グロリア辺境伯の居城には、領内の各街や地域を任されている貴族はもちろん、周辺地域の寄り子となっている地方貴族たちが自身の配下や私兵を引き連れ続々と参集しつつあった。

そんな中、新参も新参、まったくの無名な男爵の登場は好奇の目を集めるのに十分な出来事であった。ある者は虎の威を借りるかのように見下した視線を、ある者はこのお家騒動に乗じたかの様に現れた新参男爵に侮蔑の視線を。

だがその全ては男爵の背後に控える私兵団の登場により霧散する。

巨馬に跨る偉丈夫、巨漢というより鬼神。その身から溢れる闘気は、自分たちが矮小な弱者である事を否が応でも知らしめる。

そしてその周りに集う者たちもまた自身よりも遥かな高みにある戦士たち、新参の男爵はそのような男たちを引き連れるも、気負いも緊張も、傲慢さすらなくそれが当たり前の事として自然体を貫いている。


「アルバート男爵様、グロリア辺境伯閣下がお待ちです。大会議室にご案内いたします」

「分かりました。では皆は騎士団に到着の報告を。隊列の配置等の確認を行っておいてください」

「「「ハッ、アルバート男爵様、ご武運を」」」

「いや、到着の挨拶に行くだけですからね?戦場は遥か彼方ですから」


使者に案内され城内へ入っていくアルバート男爵を礼をもって見送ったアルバート男爵家騎兵隊の面々は、男爵の指示に従い騎士団にアルバート男爵家の到着を知らせるために移動を開始する。

参集する貴族の私兵たち、そんな場所に新参者の私兵団が現れたらどうなるのか。

お約束とは避ける事が出来ぬからこそお約束なのであろう。



「貴様らはどこの家の兵士であるか!」

各家の私兵の集まる城の広場、そこはさながら家同士の格付けを決定する品評会会場の如く、それぞれが己の力を誇示し、あるいは虚勢を張り、自家の精強さを主張し合っていた。


「うぬ?それは儂らに問うておるのかの?」

声を掛けられた者、マルセル村の剣術指南役ボビー師匠は声のする方に顔を向けると飄々とした口調で問い返す。


「なんだその態度は、貴様らは我らヘルマン子爵領領兵団を馬鹿にしているのか?」

「子爵領領兵団と言うと領地持ちの寄り子という事かの?それは遠路はるばるご苦労な事じゃの。いくら寄り親とは言え他領のいざこざ、その為に命を掛けねばならんとはほんに難儀な事じゃて。

言うて儂らも同じ立場、ご同輩と言ったところかの」

ボビー師匠は“この者たちは主人にいいところを見せて来いとでも言われておるのかの?宮勤めは大変じゃの~”と呑気なことを考えながら返事をするのだった。


「貴様、我らヘルマン子爵領領兵団を愚弄するか!

剣を抜け!力の差を見せつけてくれる!」

領兵団の男は腰の剣の柄に手をやり構えを取る。ボビー師匠はそんな男に朗らかな目を向け言葉を返す。


「まぁまぁ落ち着きなされ。近頃は大きな戦もなかったゆえ気負う気持ちも分からんでもないがの、此度の戦は言わば小競り合いじゃ。儂らが活躍する場なんぞないわいて。

儂らの役目は賑やかし、所詮数合わせの案山子じゃて。現にこのような老いぼれでも務まるお役目、お主の様な強者にはちと物足りないとは思うがこれもお役目と我慢することじゃて。

して、手合わせをご所望との事であろうかの?このような老いぼれを相手にしていても詰まらんとは思うがの」

ボビー師匠の言葉に領兵団の男性は顔を赤くし怒りを露わにする。

彼が行おうとしていたのは所謂家同士のマウントの取り合い、領兵団と言う人数を頼みに周囲を威圧し自家の力を示す事。

グロリア辺境伯家はオーランド王国北西部の盟主、その参集に老いぼれを寄こすのは力のない家の証拠。

ボビー師匠の存在は、領兵団の男性にとって大変都合のいい生贄の羊であったのだ。

だがそんな羊は自身の思惑とは違い飄々とした態度を崩さない。

募る苛立ち、貴様は格下の家の者なのだろうが、なぜ我らにへりくだらないのだ!


「そうじゃの、まぁこれから戦に行こうというのに怪我の一つでもさせる訳にはいかんしの~」

“ブワッ”


ボビー師匠の身体から溢れ出す覇気、それは物理的な圧力をもってヘルマン子爵領領兵団どころか周囲一帯を覆いつくす。


「さて、これ以上となると最早命の取り合いとなるが、そうなると儂らはお主の主ヘルマン子爵家とやらを潰さねばならん事となるの~。

そうなるとちと面倒じゃがこれも世の習い、致し方があるまい」

「な!?まて、どうしてそうなる!!我らは・・・」

その身は震え背中の汗は止まることを知らない、だが今この老人の真意を確かめねば、家が滅ぶ。領兵団の男は必死の思いで言葉を発するのだった。


「ん?当然であろう?うぬらは儂らに喧嘩を売った。この場に集いしはグロリア辺境伯様の寄り子、その中で少しでも発言力を強めたい、覚えめでたくなりたい、そういった私欲のための生贄としていかにも弱小な儂らを選んだ、違うかの?

貴族とは嘗められたらお仕舞、貴族は見栄の為に命を懸ける。ならば己を嬲り者にし辱めようとする者は敵とは言わんのかの?

儂らがお主らを傷付けようものならば、お主らの主人は恥を掻かされたとして我らの主を害するであろう?ならば命の取り合いとなるは必定、その様な簡単なことも分からずやたらに喧嘩を売っていたわけではあるまい?」

“ゾクッ”


放出される覇気の質が変わる、それは純粋な殺気。そこに込められた思いは恨みでも憎しみでもない、ただ“殺す”という事実。

領兵団の者が、周囲に集う私兵の者たちが一斉に剣の柄に手を掛ける。だが彼らは自身の得物を引き抜く事が出来ない、目の前の老人に刃を向ける事、それは己の死刑執行のサイン。

だが剣を握らずにはいられない、それは怖いから、何かに縋らなければ立っている事も叶わない程の恐怖が全身を襲う。


「ボビー師匠、そこまでだ」

掛けられた声にボビー師匠から発せられていた殺気が霧散する。

人々は思った、助かったと。だが次の瞬間それが淡い希望であったことを知る事となる。


「やるんなら俺がやろう。乱戦は得意だ」

“ゴウッ”


瞬時に周囲どころか城全体を覆いつくさんばかりの強大な覇気が発せられる。

そこに存在する者、それは鬼神。二本の角の付いたヘルムを被りし覇王、その発する覇気は天下を治むる王者の証。


「へ、ヘンリー殿、ここはお心をお鎮めいただきたい。これよりグロリア辺境伯閣下のお言葉がございますゆえ、どうか一つ」

一触即発、いや、蹂躙の始まり。その場に急ぎ駆け付け場を取り持ったのは第二騎士団副団長“鉄壁のアマリア”であった。


「ん?あぁ、アマリア殿であったか。なに、すぐ終わる。我らアルバート男爵家に喧嘩を売るような愚か者どもなど要らんであろう?

戦とは統制が大事、無能な味方は難敵よりも質が悪いというしな」(ニチャ~)


男たちは思った、自分たちの命は戦を前にこの場で終わると。


「ですから彼らは此度の戦を前に少々気が高ぶっていた、それだけの事。

そうであるな?自家の立場を主張し合っていたなどと馬鹿なことはしていないであろう?」

“““コクコクコクコク”””


「あん?少しでも見栄えのいい位置に配置されようと牽制し合っていたんじゃないのか?要は力比べがしたいんだろう?だったら思う存分死合いをしようじゃないか」

“““ブンブンブンブン”””


「そんなに勢いよく首を横に振らなくってもいい。ちゃんと分ってる、それってのは所謂フリって奴なんだろ?

息子に教わったよ、嫌だ嫌だはもっとやってくれの合図なんだろう?

なに、その剣の柄に掛ける手がその証拠、楽しもうじゃないか」(クワッ)


「ですからお待ちいただきたい。そうであった、皆の者、これよりグロリア辺境伯閣下よりのお言葉がある、急ぎ中央広場に向かっていただきたい。その場で行軍の配置が言い渡されるので指示に従う様に。急ぎ移動を始められよ!!」

“ダダダダダダダダダダッ”


走り出す兵士たち。その姿はまるで恐ろしい何かから逃げ出すかのようでもあった。


「・・・しかし本当にヘンリー殿の言う通りになりましたね。あの我の強い私兵たちがまるで新兵の様に一目散に走り出すとは」

第二騎士団副団長アマリア・マルセルは、到着の挨拶に来たマルセル村の鬼神“笑うオーガ”ヘンリーの言った“どうせ馬鹿な連中は今頃ボビー師匠に大人しくされてる。最初にガツンと言わせれば後は簡単だぞ?”との言葉がその通りになっていたことに驚きの表情を見せる。


「まぁ地方領主が寄り親にいい顔を見せれる数少ない機会だからな、少しでも覚えめでたくなろうと必死なんだろうよ。でもこれで少しは大人しくなるだろうさ、後はそっちの仕事だ、よろしく頼む」

ヘンリーはそう言いアマリアの肩を軽く叩くと、アルバート男爵家騎兵団の者と共に中央広場へと向かうのであった。

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