第222話 村人転生者、お祭りの準備を始める (9)

オーランド王国ランドール侯爵領領都スターリン、その地を治めるランドール侯爵家の居城はスターリンの街を見下ろすかの様にその威容を誇っている。

その政治の中枢とも言うべき城内では、これから始まる戦乱という名の見世物に向け着々と準備が進められていた。


「グロリア辺境伯の軍勢はどうなっているか?」

「ハッ、諜報部の報告によれば第一・第二騎士団による騎馬隊を中心に領内及び周辺地区の寄り子より騎馬兵を招集、総数三百五十騎から四百騎程と思われます」

「ふむ、想定よりもずいぶんと少ないのではないか?これでは我がランドール侯爵領に到着する前に全滅という事も考えられるのだが」

城内の大会議室では各地に張り巡らされた諜報網から集まる最新の情報をもとに、次々と新しい作戦が練られては実行されて行く。


「閣下に申し上げます。グロリア辺境伯家としては王家に対する反意の無さを示す必要があるのではないかと愚考いたします。大軍を率いての戦闘では反乱の意思ととられ、小競り合いでは済まなくなってしまいます。これが自領の防衛であるのならいざ知らず、他領へ攻め込むとなりますとその分制約が。

グロリア辺境伯家は自治領となる宣言はしておりますが国として独立すると言っている訳ではありません。臣下としての最低限の節度がこの騎兵団なのではないかと」

グロリア辺境伯の立場、貴族としての矜持、既にオーランド王国北西部地域の雄としては落ち目ではあるものの示さねばならぬ武勇、負けるとは分かっていても避けられぬ戦いがある。

戦とは始まる前にすでに決着しているもの、それが貴族同士の小競り合いであれば尚の事。貴族の戦いとは平時であろうとも形を変え常に行われている、ランドール侯爵家の妄執と呼ぶべき周到な策謀、グロリア辺境伯は動き出すのが遅かった、ただそれだけの事。


その知らせは突然もたらされた。

「侯爵閣下に申し上げます、セザール伯爵領との領境にあります渓谷の街道にて大規模なスタンピードが発生、派遣されておりました第一設置部隊による炸薬投下攻撃が行われましたがその勢いは止まらず、苦渋の決断として渓谷一帯の爆破が行われました。

結果渓谷全体が崩壊、街道は完全に封鎖されております。

スタンピードの一部は渓谷を抜けた先にありますバレリアに到達、緊急連絡を受けた領兵および冒険者により鎮圧されましたが街門及び街壁に大きな被害が出たとの報告が入っています」


「なに!?スタンピードが発生したとなるとセザール伯爵領の魔の森という事か?

まさか魔物誘発装置に不具合が発生したとでもいうのか?」

「ハッ、ご報告いたします。現場は大変混乱しておりその点は一切不明であります。

魔の森担当でありました第二設置部隊はスタンピード発生時点では第一設置部隊に合流、その指揮下に入っていたことから設置時に不具合が発生したとは考えられにくいかと。

魔の森に設置いたしました魔物誘発装置がどうなっているのかについては不明であります」

大会議室の最奥、当主ランドール侯爵は配下からの報告に眉間に皺を寄せる。


「閣下、そうなりますとグロリア辺境伯家の騎馬隊の到着は想定よりも遅くなりますな。

渓谷まで進軍した後一度後戻りし、セザール伯爵領領都ジェンガからジョルジュ伯爵領を抜けてスターリンを目指すものかと。

ですがこれでは我がランドール侯爵家がグロリア辺境伯家を恐れたと受け取られかねませんぞ?」

「ふん、だがこればかりはどうしようもあるまい。街道に関してはいずれ別の順路を切り開くとして、新たにジョルジュ伯爵領側の街道に警戒網を引く必要がある。

至急部隊の編成を行え。

それとセザール伯爵家だ、あの凡庸当主がこの事態にどう動くつもりか確かめろ。

既に渓谷の崩壊は知っているものとみていいだろう。それに対してどう動くか、下手に欲を掻いておいぼれを怒らせては・・・、いや、それもありか?

大義をもって王命による家取り潰しもありうるか?」

ランドール侯爵は腕組みをし、何がランドール侯爵家にとっての最善であるのかについて思いを巡らせる。


「閣下に申し上げます。セザール伯爵家に潜り込ませている者からの報告によりますと、セザール伯爵家はこの度のグロリア辺境伯家とランドール侯爵家の諍いについて一切の沈黙を貫くと表明するとの事であります。

この事はグロリア辺境伯領との領境の門兵並び領内全ての街や村に通達され、グロリア辺境伯家の領軍が訪れた際は抵抗せず通過させるよう指示が出ているとのことでございます」

「なんだと!?グロリア辺境伯を出し抜いたと散々吹聴していたが、やはりあの男はただの腰抜けであったか。

まぁよい、それなら我々はそれに合わせて備えるのみよ」

ランドール侯爵はいざ本番を迎える前に日和ひよった態度を見せるセザール伯爵の弱腰姿勢に呆れつつ、それならそれで扱いようもあると今後の方針に若干の修正を加える。


「閣下、それと一つセザール伯爵家に潜り込ませている者より気になる情報が」

「ん?なんだ、申してみよ」

ランドール侯爵は配下の言い淀むかのような言葉使いに訝しみつつ、報告を促す。


「ハッ、間者の者たちからの報告に意味のよく分からない一文がございまして。

“我々は触れてはいけないものの関心を引いてしまった。この戦いはかの者の余興になってしまった。これ以上かの者の興味を引いてはいけない”

以上になります。

言い回しは違いますがほかの報告者からも同様の言葉が複数寄せられております。

セザール伯爵家において我々の知らない何者かの介入があったものではないかと愚考いたします」

「ふむ」

ランドール侯爵は暫し瞑目し考えを巡らせる。想定外の第三勢力の介入、だが既に事態は動き出した、この流れは止まらない、止められない。


「相分かった。だが我がランドール侯爵家のやることは変わらない、今後とも情報の収集と分析は密に行うこと、不確定要素は排除する、分かったか」

「ハッ、閣下のお申しつけのままに」


配下たちはそれぞれの役目を果たす為に動き出す。ランドール侯爵は窓から差し込む月明りに、自然その視線を中庭の先に佇む幽閉の塔に向ける。


“あのバカも少しは頭が覚めたころか。その単純さは操りやすくはあるが、考えなしとは度し難いものでもあるな”

ランドール侯爵は塔の中に幽閉されている我が子、第三子ローランドの事を思い、大きくため息を吐くのであった。


――――――――――――


「あ、あ、あ、あ、あ・・・・」

目の前で燃えカスとなって消えていく一通の手紙。その中に綴った思い、自身の心の叫び。愛する女性パトリシアに伝えたい、再び彼女の手を握りしめたい。

その希望がチリとなり宙へと溶けていく。


その小柄な人物はそんなこちらの思いなど知ったことではないとばかりに口を開く。


「ローランドさん、あなたは先ほどから言っていましたね。パトリシアさんが素晴らしい女性だと、そんな彼女を悲しませてしまったと、だがそれは自分の本心などではなくなぜこんな事になっているのか分からないと。

ローランドさんに敢えて言わせていただきます。

“坊やだからさ”」


ローランドはショックから空を見詰めていた瞳を小柄な人物に向き直す。

そこには先程まであったテーブルや椅子は姿を消し、彼の傍に控えていたメイドもいつの間にか見えなくなっていた。


彼は呆れ果てたと言った雰囲気を隠そうともせず、言葉を続ける。


「ローランドさんは本当に何も分かっていない。それは知らないと言うのではなく考えが足りなさ過ぎると言った意味で、分かっていない。

まずあなたは何者ですか?

オーランド王国ランドール侯爵家第三子ローランド・ランドールではないのですか?

であるのならば、貴族家の子息として第一に考えるのはランドール侯爵家の事ではないのですか?

あなたはランドール侯爵の方針、ランドール侯爵家の悲願をご存じないのですか?」

彼の発する言葉、その事に反論しようとしてローランドは言葉が詰まる。そして気付く、自身はランドール侯爵家の事を何も分かっていないと言う事に。


「ランドール侯爵の思い、それはオーランド王国北西部を治める大貴族として君臨すること。その為の障害となるグロリア辺境伯の力を削ぐ事。

ローランドさんを巡る一連の出来事の全ては、その一点に集約される。

貴族同士の婚姻、それは外交の一手であり家と家との結び付きや政略を巡る一手段です。家の方針が変われば関係が解消されることなど日常、そこに個人の感情など関係ないんです。

愛のある関係を築く事が出来れば行幸、それは互いの関係をより密接に結ぶことにつながる。だがそれに振り回されていては家としては問題である。

ローランドさんがこの尖塔に幽閉されているのはそう言う事です。


先程の手紙に何が書かれていたのか言い当てましょうか?

自身がいかにパトリシア嬢を愛しているのか、パトリシア嬢に行った婚約破棄は本心ではない、再びパトリシア嬢と共に人生を歩きたい、そのためならば貴族という身分を捨て、二人でどこかの街で慎ましく暮らしてもいい。

まぁそんなところでしょうか」

ローランドに向ける声音は酷く冷淡で感情の籠らないものであった。だがローランドは驚愕し目を見開いていた、それは彼の言ったことが真実であり事実手紙にはそのような内容が綴られていたからであった。


「まぁこれはローランドさんからの話を聞く限りの推測です。正しいかどうかは別としてこうした見方もあると知っておいてください。

まずローランドさんとパトリシア嬢との婚約、これには複数の意味があった。

ジョルジュ伯爵家としては自領を挟む大貴族同士からの血を入れることで自領の安寧を図る思い、グロリア辺境伯家としては北に大森林を抱える三家の結束を強める事でオーランド王国北西部の平穏を図りたいという思い、ランドール侯爵家としては表面上の平穏を意識させ自分たちの計略を進めたいという思い。

そうした意味においてローランドさんとパトリシア嬢の仲が順調にはぐくまれることは非常に都合がよかった。


だがそのことを面白く思わない者がいた。

ジョルジュ伯爵家第二婦人、フローレンス嬢のお母君とその御実家です。

ランドール侯爵はそこに付け込んだ。いや、そういう感情になるように裏で暗躍したのかもしれませんね、ランドール侯爵家の諜報員は非常に優秀ですから。

そしてそんなランドール侯爵家に近づく第三勢力、それがいつからの関係かまでは分かりませんが、帝国の商人が頻繁に出入りしているのではないですか?

その痕跡は城内で窺い知る事が出来ましたから。

帝国の思惑はオーランド王国北西部の弱体化、もしくは関係強化。

狙いはヨークシャー森林国でしょうかね、あの国まだあの土地を諦めてなかったんですね、流石帝国です。


ローランドさんの婚約破棄事件ですが、魅了の魔道具、惚れ薬、魅了系スキル、方法は色々ありますが思考誘導されたことは確かでしょう。

僕の知人には食事の中にオークキングの精力剤を混ぜられて強引に婿にさせられたって人物もいますから、女性というものは怖いものです。

警戒が足りなかったと言えばそれまででしょうね」


語られる新事実、それは自身が、自分たちが翻弄されてしまっていたという事。


「で、それがどうしたって話です。

ローランドさんは今こう思ったのではないですか?自分たちは周囲の思惑に翻弄された悲劇の主人公だと。自分たちは悪くないと。

馬鹿ですか?

もう一度言いますね、あなたは誰ですか?貴族子息ランドール家の第三子ではないのですか?

であるのなら家の駒となるのは当然、貴族とはそうしたものではないのですか?

それが嫌ならば代替策を用意する、深く考えを巡らし、当主の考えを誘導する。

説得すればいい?話せば分かる?賢者ユージーンはそうしていた?


ローランドさん、貴族家を嘗めてます?

貴族家は品のいい盗賊、これはある司祭様が言っていた言葉です。自家の利益を求め暗躍する、その本質に何の違いがあるというんです?」

彼の言葉の一つ一つが胸に突き刺さる。これまで思い描いていた世界が音を立てて崩れ去っていく。


「ローランドさん、あなたに必要な事は現実に目を向ける事。口を開けていれば餌がもらえるような時代は終わったんです。

あなたはいまだに自分が行ってしまった事の重大さが理解出来ていない、いくら本心でないとはいえ公衆の面前での婚約破棄は相手女性の人生を潰すこと、殺人と何ら変わらないと言う事が分かっていますか?

そんな相手からの手紙を喜ぶ女性がいるとでも?」

彼の言葉はすでにパトリシアとの間にどうにもならない溝が開いているという事を物語っていた。


「ローランドさんは自分のことしか考えられていない。過去の思い出に縋り楽しかった日々を取り戻そうとしている。でもその幸せにパトリシア嬢は含まれているのですか?彼女の心は救われるのですか?

ローランドさんはパトリシア嬢に縋りついて何がしたいのですか?


ランドール侯爵家の事も知らない、それを取り巻く各家の思惑も、王家の考えも。

これまでそうした事を学び考えてきたことは?理想論ではなく実情を踏まえてといった話ですよ?

本心ではないとしても、操られていたとしても、自身が行った行いが消えることはない。


ローランドさんがなぜこの尖塔に幽閉されているのか、理解出来ましたか?

これがローランドさんの望みに対する僕なりの答えです。

ただ手紙を渡して終わりではだれも幸せになりませんからね」


尖塔の幽閉された部屋の中に言葉が響く。

それが消えたとき、そこにはまるで初めから誰もいなかったかのように、彼は忽然と姿を消しているのであった。


「“坊やだからさ”・・・か」

部屋の片隅に置かれたベットに座り込み、ローランドは一人その言葉の意味を考え続けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る