第221話 村人転生者、お祭りの準備を始める (8)

“カチャッ、スーーーーッ”

倉庫の扉がゆっくりと開き、そして静かに閉まる。世間の喧騒から切り離された暗く静まりかえった地下空間は、今が戦時だという事すら感じさせず、時の流れを忘れさせる。

人と言うものは不思議なもので、隠したい秘密は自分の傍に置きたがる。だがそれが傍に置くには難しいものの場合、どこかに隠して見えない様にしてしまう。

地下空間とはそんな秘密を隠すのには持って来いの場所ではないのだろうか。


う~わ、やっぱりあったよ秘密の拷問部屋。お城の地下室と言ったら牢屋と拷問部屋、これってお約束だよね。幸い現在は使用中じゃないようだけど、こびり付いた怨念と言いますか闇属性魔力がですね~。

これ時々司祭様とかを呼んで浄化してもらったほうがいいんじゃないの?このままじゃアンデットモンスターが湧いちゃうよ?せめて聖水撒こうよ、聖水。

古城の闇を垣間見つつ、やっぱお貴族様ってこえ~と思うケビンなのでありました。


お城、地下と言ったら封印されしグリモワールとか期待してたんですけどね、全然見つからないんですよ、禁書庫。まぁ冷静に考えて空調設備のない地下室に書物を置くのかと言われればそりゃないよねってなるんですけどね。

蒼雲さんの監禁されてた仕事場って意外にその辺きっちりしてたんだよな~。空調設備にスライムトイレに洗面台完備、汚れ物は月に一度来る食糧配給の際にまとめて出していた様です。

室温も一年を通して一定で時間間隔が分からなくなるって言っていたくらい、必要な物も言えば用意してくれていたらしいし、研究者としては理想の環境だったんじゃないんだろうか?

在りし日の記憶にある戦隊ヒーロー番組で、悪の組織に捕まった研究者たちがなんで真面目に仕事してるのかすごい不思議だったんだけど、職場環境を整えてくれて好きな研究をさせてくれる。しかも倫理観フル無視な上に“命を脅されて仕方がなく”って言い訳付き。

これ、ただでさえ研究が好きでその道に入った人間だったらがんばっちゃうよね?

蒼雲さんはそういうタイプじゃなかったみたいで、只管過剰労働をさせられていたって感じだったみたいだけど。

永遠に終わらないデスマーチ、そりゃ人相や体格も変わるわな。


おっ、なんぞ樽がたくさん置いてあるホールを発見。結構な数の柱がみられるから土台になってる場所をワイン蔵にしてるってところなのかな?空間の有効活用、こうやってお城見学をするのって結構楽しいかも。

でもこの樽、柱付近のやつに起爆用の呪符が貼ってあるんだけど?

・・・ちょっと待てい、この樽ってもしかしなくても炸薬入ってない?

結構な数あるんですけど!?

えっ、ランドール侯爵様って自爆装置のロマンが分かっちゃってるお方とか?

イヤイヤイヤ、流石にそれは創作の世界の話でしょう、巻き添えになる方はたまったものじゃないのよ?


う~ん、分からん。取り敢えずこの部屋の樽は全部回収ってことで。何が入ってるのかは後で確認でいいかな?

そうだ、これが炸薬だとして他の場所にもあるかもしれないじゃん、それってまずいじゃん、グロリア辺境伯様を巻き込んで自爆なんてされたら目も当てられないじゃん。


「グラスウルフ隊の皆さん、お仕事です」


“ニュイ、ニュイ、ニュイ”

俺の呼び掛けに次々と影から姿を現すグラスウルフたち。


「え~、こちらの樽ですが、どうやら炸薬が入ってるみたいです。皆さんにはこの城にこうした樽が他にもないか探してもらいます。極秘捜索任務ですので気配隠し魔力隠しを行ったうえでの無音行動を徹底してください。

無理はせず、怪しい場所があったら良狼に連絡してください。

良狼は案内をお願いします。

では皆さん安全第一で、散開!!」

““““バッ””””

音もなく一斉に散らばるグラスウルフたち。俺はそんな彼らを見送った後、この樽だらけの部屋に闇属性魔力を流し全ての樽を回収するのでした。



“ガゥッ”

音も無く地下の廊下を疾走するグラスウルフ。俺はそのあとを只管追いかける。


“クウンッ、ガゥッ”

「よし、それであの柱の上側だな?触腕で特定して<収納>

これで地下は最後かな?地上部に向かった連中からは何か言って来てる?」


“ガウッ、グルルル”

「マジかよ、まだまだ結構あるのね。それじゃ俺たちも行こうか」

地下空間の炸薬樽、大小様々なものが各所に隠されておりました。見た目は分からない様になっていても、ウルフ種の鼻は誤魔化せなかったみたいです。

どうやら本格的にこの城を爆破する予定だった様で、重要そうな柱から引っ掛かりになりそうなものまで、事細かく炸薬が仕掛けてございました。崩壊が始まれば後は城の重量で一気にって言った感じ。在りし日の記憶にあるビルの爆破解体とかいうものがこう言ったものなんじゃないんでしょうか?


“ガウガウッ、クウン”

地上部で発見された炸薬樽は地面に埋まっていたり建物の出入口の柱付近に仕掛けられてたり。これって城の中に避難させたうえで出られなくする仕掛け?

なんて悪辣、これ考えたやつ性格悪いわ~。


う~ん、でもこれって少しは残しておいた方がいい感じ?重要な柱部分の炸薬は回収しちゃって庭先と出入口は放置で。あんまりおんぶに抱っこでもしょうがないでしょう、少しはいくさってものの緊張感を持ってもらわないと。


「みんなお疲れ~。後で美味しいお肉を持っていくから、影空間で待機していてもらえる?」


“ニュルッ、ニュルッ、ニュルッ”

次々と影の中に消えていくグラスウルフ隊の皆さん。空港の薬物検査犬なんてものが在りし日の記憶にはあるけど、グラスウルフマジ優秀。でも誘魔草なんかがあったらその優秀な鼻が仇になりかねないんだよね~。

せっかく大量の誘魔草が手に入ったんだし、今度その辺の訓練でもしようかな。人の悪意って際限がないっていうしね。


「それで良狼、あと一か所があの塔って訳ね」

“ガウッ”

星々が煌めく夜空に浮かぶ大きな月、その月明かりに照らされ城の庭に影を伸ばす尖塔。その壁にはいくつかの小窓がみられるも、そのどれもに鉄格子がされており、何らかの防衛施設と言うよりは牢の様な監禁場所を彷彿とさせる建物は、見張りの門兵に守られ威容を放っている。


・・・ついでに吹き飛ばしちゃいたい誰かが閉じ込められてるとか?

こればっかりは行ってみないと分かりませんな。

夜の暗闇、それは俺の時間。

俺は地面に這うように影を伸ばし尖塔の影に接続すると自分の影にずぶずぶと潜り込み、内部侵入を果たすのでした。(注:良狼君は一緒に影に入り込んで休憩所に向かってもらいました。お疲れさまでした)


――――――――――――――


あれからどれだけの月日が経ったのだろうか。


「パトリシア・ジョルジュ伯爵令嬢、あなたとの婚約を破棄させていただく。

私は真実の愛に目覚めたんだよ。紹介しよう、フローレンス・ジョルジュ、私が生涯愛する女性の名前だ」


王都学園での卒業パーティー、あの様な晴れの席で私はなぜあのようなことを言ってしまったんだろう。


「ローランド様、嘘ですよね?何かのご冗談ですよね?私は、私は・・・」

絶望し今にも儚くなってしまいそうな表情をしたパトリシア。

私はなぜ愛する人にあの様な顔をさせてしまったのだろう。


「ローランド、お前の婚約が決まったぞ。ジョルジュ伯爵家長女パトリシア・ジョルジュだ」

父から告げられた婚約の話、そして初めて会った時のあどけない少女だった彼女。


「初めまして。ジョルジュ伯爵家長女、パトリシア・ジョルジュと申します」

礼儀正しく聡明な彼女。


「ローランド様、貴族は民を導くものとのお話ですが、私は民を知りません。知らないものをどうやって導くというのでしょう?」

その指摘はいつもこちらをハッとさせてくれる、そんな女性。

笑う時はまるで花のように可憐で、隣にいるだけで心を温かくさせてくれる、そんな彼女。


「ローランド、喜べ、お前は第三王子の側近に選ばれた。

ククククッ、もうすぐだ、もうすぐ我がランドール侯爵家の念願が叶う。ローランド、お前の働きを期待しているぞ?」

「はい、お父様。このローランド、身命を賭して第三王子の側近として恥じぬよう努めます」

「まぁよい、お前は裏表を使い分けると言った真似が出来ぬ者だからな。いざとなればこちらでどうとでもしよう」


あの時父の言った言葉は一体何だったのか。私には知らないこと、分からない事が多過ぎる。


「フローレンス、愛しているよ。私はフローレンスのことを決して離さないと・・・

フローレンス?なんで君がここにいるんだ?ここは私の寝室、それにここはベッドの上。

分からない、頭が、頭が割れるように痛い。

パトリシアは、パトリシアはどこに!?」

襲う痛み、記憶の混濁、思い出す数々の愚行、私はいったい何をしていたというのか。私は一体・・・


「こんばんは、いい月夜ですね。少々お聞きしたいことがあるのですが、ここは一体どういった場所で、あなた様はどなた様でしょうか?」

高い位置にある鉄格子の嵌められた窓から差し込む月明り、その光に照らされるように佇む小柄な人影。


「いえね、このような場所に閉じ込められる人間というものに興味が湧きまして」

その人物は丸テーブルに出されたカップに手を伸ばすとそれをゆっくり口元に運び、メイドに引かれた椅子に腰掛ける。

私はその光景に目を見開き、身を固める。この閉じ込められた部屋にあるものとは違う趣のある家具に身を委ねる人物とその世話をするメイド、彼らは一体何時からこの場所にいるというのか。

ここは厳重に見張られた幽閉の塔だというのに。


「別にお話しされたくないというのでしたらそれでもかまいませんよ?この場にいるのはただの好奇心ですから。

ですがお困りというのでしたらお力添えが出来る事があったりなかったり?

まぁ、僕の気まぐれですかね」


“カチャッ”

その人物はカップをテーブルに戻し、こちらに顔を向ける。だが目深にかぶったフードによりその表情は窺い知る事が出来ない。

見せられる光景は果たして現実か、それともこの状況に苦しむ心が作り出した幻か。

私は暫し瞑目した後、目の前の小柄な人物にこれまでの事を洗いざらい打ち明けるのであった。


「パトリシアと私は色んな事を話し合ったよ。貴族とは、庶民とは、この国オーランド王国の未来について。

王都の学園には様々な優秀な人物が集まっていた。中でも大賢者シルビア・マリーゴールドの再来と謳われる賢者ユージーン、彼の話はとても見識が深く私たちは皆彼に惹かれたものさ。

彼は言っていたよ、“人は皆女神さまのもとに平等である、人とはすべからく女神さまの子供である。地位も身分も財産も、それがその人を作り上げるすべてなどではない”とね。

私とパトリシアはジョルジュ伯爵領を人々の笑顔あふれる場所にしよう、そう誓い合っていたんだ。それなのに・・・」


私はそこで口を噤む。心の底から溢れ出す後悔の念が、胸を強く締め付ける。


「なるほど、お話しいただきありがとうございました。

幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」


「あぁ、構わないが」


「では早速。学園でお知り合いになられた賢者ユージーンですが、その切っ掛けとその後彼がどうしているのかをお聞きしても?」


「賢者ユージーン、彼は始めそれほど目立つ存在ではなかった。私たちが知り合った切っ掛けは聖女マリアーヌの存在だ。私たちは彼女を自分たちの陣営に取り込もうと画策していた。そして彼女をお茶会に誘ったとき自身の友人として連れてきた人物が賢者ユージーンだった。

結局聖女を引き込むことは出来なかった。学園卒業と同時に彼女は賢者と共に旅立ったよ、なんでも世界樹の葉を求めてとか言っていたかな?

賢者ユージーンの傍には王都の犯罪組織から助け出したエルフの女性が付き従っていてね、彼女を故郷に送り届けるついでとか言っていたよ」


「そうですか。ありがとうございました。

最後に僕の好奇心を満たしてくれたお礼がしたいのですが、何か望むことはありますか?」


彼の言葉、それはこの狭い世界に閉じ込められた私にとっての希望。私は急ぎ机に向かい、引き出しから一通の封書を取り出すと彼に手渡した。


「この手紙をパトリシアに渡してくれはしないだろうか。この手紙にはこれまでの真実、私の思いが綴られている。これをどうか彼女に・・・」


私の言葉を聞いた彼は暫し封書を眺めた後、一言呟いた。

「<浄炎>」


途端燃え上がる白き炎。彼が手に持つ封書が、私の思いが。

白き炎はその全てを焼き尽くし、中空へと消え去っていくのであった。

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