第220話 転生勇者、マルセル村の戦士を見送る

時は辺境マルセル村にグロリア辺境伯よりの使者が訪れた日に遡る。


「ご使者殿、グロリア辺境伯様ならびにハロルド執事長様には、ドレイク・アルバートが感謝申し上げていたとお伝えください」

マルセル村村長宅前に停まる馬車の前では、これから領都に出立しようと言うグロリア辺境伯家よりの使者を見送る為、マルセル村村長代理ドレイク・ブラウン改め、アルバート男爵家当主ドレイク・アルバート自らが足を運んでいた。


「門前までの挨拶、感謝いたします。またこの度はこの様な祝いの申し渡しを書面のみで行う無礼、主グロリア辺境伯様より謝意がございましたことお伝え申し上げます。

では私は一足先に主人にこの知らせをお届けさせて頂きます。貴族門の通行は先ほどお渡しいたしましたグロリア辺境伯家の通行証で行えますので、事故の無き様お気を付けてお越しくださいませ」


「ご使者殿も無事領都でお会いできます様お祈り申し上げます」


「出立!!」


騎乗した騎士の号令により馬車は速足でマルセル村を去っていく。これより向かうは戦場へと続く道。ドレイク・アルバートは使者殿の馬車が見えなくなるまで門前で見送った後、踵を返し村内へと歩を進める。

これから向かうはもう一つの戦場。

彼にはやらねばならぬ事がある。ドレイクは大きく息を吐くと自らに気合を入れ、立ちはだかるであろう難題に挑む決意を固める。

背中に流れる冷や汗を、小刻みに震える膝を、しくしくと痛む胃を。

全ては必要な事、マルセル村の皆が笑顔で暮らせる、そんな未来の為に。


ドレイク・アルバートは使者殿より手渡されたアルバート男爵家爵位移譲とマルセル村周辺地域の拝領の書類を携えて、自宅へと戻る。

愛する妻、ミランダ・アルバートの待つ我が家に。

妻の望まぬであろう吉報を知らせに。


――――――――――


「えー!!ドレイク村長代理、お貴族様になっちゃったの~!?」

村長代理ドレイク・ブラウンの叙爵の知らせは、瞬く間にマルセル村の全世帯に知らされた。それは草原で覇気の訓練を行っていた訓練生たちも同様であった。


「あ、うん。私も詳しい事は分からないんだがどうもそう言う事らしい。その辺の事情についてこれから村長宅前でお話があるそうだから皆にも集まって欲しいとの事なんだ。

ケビン君、指導中に申し訳ないけどそう言う事なんでいいかな?」

知らせを運んで来たジェラルドさんは、ケビンお兄ちゃんに申し訳なさそうに言葉を掛ける。


「いえ、そう言う事でしたら問題ありません。覇気の感覚も皆感じ取ってくれたみたいですし、後は自分達でも訓練出来ますから。

それじゃ皆はそのまま村長宅前に移動して。シルバーたち遠征組は馬具の調整があるから少し残ってくれる。おそらくだけどそろそろ出番だから。

それとロシナンテ、お前さんは別口で俺のお手伝いね。“何で俺っすか?”って顔しない、お前さんが一番度胸が据わってるからだよ。

お前全く動揺しないじゃん、オーガの覇気をもろに喰らっても横で草食べてるじゃん、だからだよ!

ジェラルドさん、そう言う訳で俺はちょっと遅れてから行きますんで、子供たちをよろしくお願いします」

ケビンお兄ちゃんはそう言うとどこからともなく馬の鞍を取り出し、遠征組の馬たちに装着し始めるのでした。


「「・・・えー-----!!ケビンお兄ちゃん、収納のスキル持ちなの!!」」

行き成りの事に声を上げる俺とエミリー。そんな俺たちを剣士さんとローブさんがキョトンとした顔で見詰めて来ます。

えっ、二人はこの事を知ってたんですか?


「あぁ、ジェイクとエミリーは知らなかったのか、ケビンお兄ちゃんのあれはスキルじゃなくて魔道具らしいよ。何でも以前賢者様から頂いた収納の腕輪とか言うものらしい。

授けの儀が終わるまでは人前で使ってはいけないって言われてたんだってさ」

驚く俺たちにサラッと答えるジミー。

収納の腕輪、そんな便利なものがあったのか。世の中知らない事だらけだと感嘆の声を上げるジェイク。


「ねぇジミー君、ケビンお兄ちゃんが持ってるその収納の腕輪ってどれくらいのものが収納出来るの?」

エミリーの疑問、それは俺も気になる所。俺たちはワクワクした気持ちでジミーの回答を待った。


「・・・分からない」

「?それってどう言う事?賢者様からお伺いしてないって事なの?」

ジミーの答えに訝しみの顔を向けるエミリー。


「ケビンお兄ちゃん曰く、あの腕輪は込められた魔力の分だけ収納量が増える魔道具らしくて、今も拡張し続けてるんだって。少なくとも村長代理のマジックバッグより収納出来るって言ってた。今も荷馬車や幌馬車が何台か入ってるらしいよ」

「「はぁ~!?」」


目の前では馬たちに声を掛け鞍の調整を行うケビンお兄ちゃん。ケビンお兄ちゃんって本気で何者?


「そんな事より早く村長宅前に行くよ」

ジミーは呆然とする俺とエミリーの背中をパンッと叩くと、剣士さん、ローブさんと共に村長宅前に急ぐ様促すのでした。


ブー太郎はどうしたのか?さっきからケビンお兄ちゃんにこき使われていますが?

ブー太郎はフゴフゴブヒブヒ文句を言っていますが、“白玉先生を呼ぶよ?”の一言に沈黙してしまった様です。

ブー太郎、強く生きろ。


――――――――――――


「マルセル村の皆さん、急な呼び出しにも関わらずこうして集まってくれた事、マルセル村の代表として深く感謝いたします」


村長宅前、そこにはマルセル村に住む全ての者達が村長代理ドレイク・ブラウンからの急な招集に、何事が起きたのかと急ぎ集まって来ていた。

そして皆に向け声を掛けてきた者の顔を見て、驚きに目を見開く。

そこには目の下を窪ませげっそりと疲れた顔をした村長代理の姿があったからであった。


「こうして皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。皆さんに申し上げなければならない事、そしてお願いしなければならない事が生じたからであります。

この事はこれからのマルセル村の未来を左右する大事、心して聞いて下さい。

皆さんはグロリア辺境伯様のお孫様であらせられるパトリシアお嬢様の事を覚えておられるでしょうか?

あの洗練された美しいお嬢様、ホーンラビットたちと共に領都に戻られたあの御方です。皆さんにはお話ししていませんでしたが、パトリシアお嬢様がここマルセル村に御滞在になられていた時ある事件が起こりました。

暗殺者ギルドによるパトリシアお嬢様への襲撃です」


“ザワザワザワザワ”

騒ぎ出す村人たち、だがそれも致し方のない事、自分たちの知らない所でそんな大事件が起きていたとは夢にも思っていなかったのだから。


「その襲撃は事前に事件を予測していたケビン君と、ボビー師匠、ヘンリーさんの働きにより大事になる前に終息させる事が出来ました。三人には感謝の言葉しかありません。

ですが事件はこれで終わりではなかった、この事件を発端にグロリア辺境伯家内部に入り込んでいた間者が次々に暴かれ、その暗躍が白日の下に晒される事となった。

今ここグロリア辺境伯領は未曾有の混乱に陥っています。

更に言えばその混乱の元凶は近領ランドール侯爵領領主ランドール侯爵であった。

グロリア辺境伯様はこの事態を受けランドール侯爵家並びに王家に対し猛烈な抗議を行ったそうです。だがその悉くが無視された。

グロリア辺境伯様はこれに対しグロリア辺境伯領を自治領とする事を宣言、ランドール侯爵家に対し兵を差し向ける事を決断しました。


我々マルセル村はグロリア辺境伯様に対し大きな恩がある。犯罪都市エルセルの粛正然り、辺境五箇村農業重要地区入りの件然り。

だが我々がグロリア辺境伯様の旗下に直接付く事は、王家の警戒を呼びかねない。

我が村の守護神たちがそれ程までに危ういと言う事は、皆さんもお分かりのはずです」


ドレイク村長代理はここで言葉を切り村人たちの顔を見まわした。皆の脳裏をよぎるもの、それは二体の大蛇と黒いスライム、そして多くの魔物を従える非常識。


「そこで一つの提案がなされた。それはここマルセル村の独立化、そして本日、グロリア辺境伯様よりそのお返事がなされた。

私、村長代理ドレイク・ブラウンは、妻ミランダの実家であるアルバート男爵家の家督を引き継ぎ、アルバート男爵家当主ドレイク・アルバートとなった事を宣言します。またこの爵位移譲に伴い、これまでマルセル村で行ってきた数々の農業改革、工芸品の開発等の功績を持って、ここマルセル村を含む周辺の土地をアルバート男爵家の所領地とする旨をグロリア辺境伯様より頂きました。

皆さんはこれよりアルバート男爵家の領民となります」


「「「・・・・えーーーーー!!」」」

驚き。全ての感情を置き去りにして唯々驚いたと言った状態に陥る村人たち。

だがドレイク・アルバートの宣言はここで終わらなかった。


「そしてアルバート家はグロリア辺境伯家を寄り親とした一男爵家となり、この度行われるランドール侯爵家との小競り合いに参加する事となります。

その為の準備は既に整っています。ボビー師匠、ヘンリーさん、グルゴ、ザルバ、ギースさん、お願いします」


“ガチャッ”

村長宅の扉が開かれる。そこから現れたのは紺色の衣装に金属防具を身に付けた戦士たち。そして何よりその中央に佇む戦鬼、肩当から伸びる鋭い棘も、兜から伸びる二本の角も、全てはこの鬼を飾る為の装飾。


「皆さんお待たせいたしました。馬の準備が出来ました」

背後から掛かる声に村人たちが一斉に振り返る。


“ブルルルッ、バルッ”

“バフー、ブルルル”


そこに集うのは六頭の軍馬、その全てからただ者ではない気配が漂い村人たちを圧倒する。


“バッ”


そしてその馬に戦士たちが騎乗した時、そこには史上最強の騎兵団が姿を現す。


「「「「「我らアルバート男爵家騎兵団、これよりアルバート男爵家の名を戦場に刻むべく進軍を開始する」」」」」


「あぁちょっと待って、気持ちは嬉しいけど出発は明日だから、明日の朝ここ村長宅前を出発だから。それに皆さんまだ帯剣してないからね?丸腰で行っても勝っちゃいそうだから止めて?ランドール侯爵領軍涙目よ?

今日はそのまま家に戻って家族との時間を過ごしてください。と言うかその時間をください。ミランダがね、とっても機嫌が悪いのよ、今もここに来てないでしょ?これから一晩掛けて説得しないといけないの、ヘンリーさんもそのまま出掛けたらメアリーさんに怒られちゃうよ?グルゴさんとギースさんは新婚さんなんだから、奥さんに報告しないと駄目だから。

何事も報告が大事、これ平和な結婚生活の基本だからね?女性を蔑ろにしたらダメだから。

え~、そう言う訳で我々は明日の朝、領都グルセリアに向け出発します。

私ドレイク・アルバートは全員で無事に帰って来る事をお約束いたします。

それまで皆さんにはここマルセル村を守っていただきたい、どうかよろしくお願いします」


“パチパチパチパチパチパチパチパチ”

礼をするドレイクアルバート男爵に向け送られる拍手。

アルバート男爵家の戦士たちは戦場に向け旅立とうとしていた。



朝日が昇る、それは戦士たちの旅立ちを祝福するかのようにキラキラと輝く日の光でマルセル村を包み込む。


「それでは皆さん、マルセル村の事をお願いします。ボビー師匠、ヘンリーさん、ザルバ、グルゴ、ギースさん、出発します」


「「「お気を付けていってらっしゃい。アルバート男爵様万歳!!」」」

「様付けは止めてください、村長で結構ですから~!!」


「「「アハハハハハハハハハ」」」


戦士たちが旅立つ。村の子供たちはそんな彼らたちの姿を、どこか誇らしげに見守るのだった。


「ところでジミー、ケビンお兄ちゃんの姿が見えないんだけどどうしたの?」

ジェイクはこうした場には必ず姿を見せるであろう村のお兄ちゃんがいない事に、疑問を浮かべる。


「あぁ、ケビンお兄ちゃんなら昨夜の内に出掛けたよ。何でも下拵えに行くって言ってたかな?ここしばらく姿が見え無かったのも事前準備の為に走り回っていたんだって。

こんなに大変な事になるとは思ってなかったってぼやいてたよ」

ジェイクの質問に呆れたように答えるジミー。


「ねぇジミー君。ケビンお兄ちゃんってどこで何をやってるんだろうね」

エミリーは興味津々と言った表情で会話に加わる。

そんなエミリーにジミーはやや顔を引き攣らせながら答える。


「分からないけど、多分村の皆が頭を抱えそうな事をしてると思うよ」


「「「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」」


「もしかしたら先にランドール侯爵領に行って大暴れしてたりして」

「「イヤイヤイヤ、流石にそれはないでしょう」」


マルセル村から戦士たちは旅立った。村に残された者達は彼らの分までこのマルセル村を守ろうと堅く心に誓い、戦士たちの無事な帰りを唯々祈るのであった。

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