第219話 村人転生者、お祭りの準備を始める (7)

“パチンッ、パチンッ、パチンッ”

“ジュジュジュジュジュジュ”


焚火に炙られた干し肉が旨そうな匂いを周囲に広げる。鉄串に刺されたそれを魔力の触腕で引き抜き、ナイフで切り分け皿に盛る。

黒い地面、周囲の空間も見渡す限り黒一色。遥か上の天井らしき場所から降り注ぐ日の光も、よく目を凝らせば外の景色を映し出す窓の様なものだと分かる。

ここは黒く染められた地下空間か何かか?

ここがどこなのか、自分はどうなってしまったのか。

長年会いたくても会えなかった我が子との再会、向けられた憎しみの視線と腹に突き刺さった拳。そして和解と謝罪の言葉。

あの時監禁されていた仕事場に突然現れた謎の人物、彼から与えられた衝撃に未だ混乱を続ける自分。


“コトンッ”

テーブル席に並べられる皿からは、食欲を刺激する干し肉の香りが広がる。


「まぁ、聞きたい事や疑問もあるポコ?でも取り敢えず食べるポコ。お腹が空いてたらいい考えは浮かばないポコ」


勧められるまま箸を伸ばす。ここに箸がある事も疑問だが、それは白雲が教えたのかもしれない。


“!?ガツガツガツガツガツガツ”

口腔に広がる肉の旨味、余計な雑味はない、ただ旨い。そして絶妙に振り掛けられた岩塩の塩味、それはこの肉が持つ本来の味を更に引き出す名脇役。

止まらぬ箸、ただ只管に喰らう、喰らう、喰らう。

心が、身体が、魂が。全身に広がる味の暴力、満たされる、失われたものがみるみる回復して行く。


「焦らなくてもいいポコ。干し肉はまだまだいっぱいあるポコ。ちゃんと水分も摂るポコ」

言われるがままテーブルに出されたコップに手を伸ばす。口の中の肉の旨味を洗い流すかの様なスッキリとした味わい、全身がポカポカする様な、癒されて行くようなそんな感覚。


「それは癒し草の煮出し茶を冷ましたものポコ。淹れ方にコツがあるポコ。

干し肉は逃げないポコ、ゆっくり食べるポコ」


「オヤジ、焦り過ぎ。気持ちは分かるけど少し落ち着け。俺もそれを最初に食べた時は同じ事をしたから何も言えないけど、自分がこうだったのかと思うと恥ずかしくなる」


テーブルの前の席に座る息子からの注意に、自身ががっついていた事に初めて気が付く。それほどにこの干し肉の味わいは素晴らしく、これまでの生活でいかに自身が抑圧されて来ていたのかが分かる。


「すまない白雲、俺は少し取り乱してしまっていた様だ。未だに何も理解していないと言うのにな。

恩人殿、俺と白雲を引き合わせて下さったこと、あの監獄から連れ出して下さったこと、そしてこのような旨い干し肉を食べさせて下さったこと、心より感謝する。

まだ名乗っていなかったな、俺の名は蒼雲そううん、呪符師蒼雲と言う」


蒼雲は先程から干し肉の準備をしてくれている小柄な人物にそう言葉を向け、頭を下げる。


「これはこれはご丁寧にポコ。おいらはマルセル村のケビンポコ。どこにでもいる様な村の青年ポコ」

小柄な人物はそう名乗ると、同じくぺこりと頭を下げた。


「兄弟子、その姿でどこにでもいる村の青年は無理があると思うぞ?それにさっきからポコポコ言う語尾が気になって仕方がないんだが?」

白雲は自称“何処にでもいる村の青年”に訝しみの視線を送りつつ質問を投げ掛けた。


「これは仕様ポコ、おいらにもどうにもならないポコ。文句は開発者に言って欲しいポコ。おいらはただ上手い変装は無いかと相談しただけポコ、まさか口調まで変えられちゃうとは思いもしなかったポコ。

しゃべりづらいからフードを被ってもいいポコか?」


自称村人ケビンはそう言うやどこからともなく取り出した外套を羽織り、目深にフードを被せる。


「いや~、まいった。誰か人がいそうだったんで咄嗟に変装したんだけどさ、こんな事になるとは思わなかったわ。

えっと蒼雲さんでしたね、改めまして、俺はケビン。グロリア辺境伯領北西部辺境マルセル村の村人ケビンと言います。

色々聞きたい事はあると思いますが、先ずは腹ごしらえ。白と積もる話もあるでしょうから暫しお食事をお楽しみください。

俺はその間に従魔に食事を与えて来ますんで。

お前たち、飯だ~、集まれ~!!」


“ドドドドドドドドドドドドドッ”

周囲に広がる闇空間から集まってくる無数の何か。それはグラスウルフにキラービー、大蛇の様なあれは、龍!?


「良狼たちはこっち、隊長さん方はこちらでお願いします。緑と黄色はここね」

“ドサドサドサドサドサッ”

空中から現れる肉の塊、魔物達は一斉にその肉に群がって行く。


「水は桶に用意してあるから適当に飲んで。用があったらまた呼ぶから」

ケビンはそう言うと再び蒼雲たちのいるテーブルへと戻るのでした。


―――――――――――――


離れ離れになった父と息子の感動の再会。それは父の腹に突き刺さる腰の入った一撃から始まった。

流石鬼人族、期待を裏切りませんな~。

まぁ双方この状況に付いて行けていない様なので少し補足情報を与えてあげましょうかね。俺もよく分かってないしね。


「え~、こちらの白が蒼雲さんの会いたがっていた息子さんって事でいいんですよね?

白も探そうとしていた父親って事で。双方確認が取れたって事で話を進めますが、いいでしょうか?」

“コクコク”

俺の問い掛けに頷きで返す二人、これが違ったなんてなったらまたややこしい事になるからよかったって事で。


「先ず白がどうしてここにいるのかって話ですが、一週間ほど前にセザール伯爵領領都ジェンガの暗殺者ギルドに話し合いに行った際、地下室で発見したからですね。

何でもスターリンの屋敷から無理やり連れだされたとか。理由はよく分かってはいない様ですが、どうもジェンガで暗殺者の教育を受ける事になっていたみたいですよ?

無理やりとは言っても檻に閉じ込められてとかではなく強引にと言った程度なので、待遇はそこまで酷かったわけでもない様でしたけどね。

スターリンの屋敷での生活も屋敷の敷地からは出れないものの食事もちゃんと与えられていた様ですし、蒼雲さんの頑張りはきちんと反映されていた様ですよ?


それで白を引き取ったのは良いんですけど、事情もよく分からなかったのと白が強さを求めていたって事もあったんで、白玉師匠にラビット格闘術の手解きをして貰っていたって訳です。


で、ここですけどね、俺の影空間になります。勇者物語ってご存じですか?それに出て来る剣の勇者、今から百五十年ほど前の人物なんですけど、その仲間の影使いジルバが使っていた影魔法です。同じかどうかは分かりませんが、そう言うものだと思ってください」


俺の説明に怒りの表情になったりホッとした表情になったり驚愕の顔になったりと、一人百面相をする蒼雲さん。白はそんな蒼雲さんを分かる分かる、そうなるよなと言った慈愛の瞳で見つめています。


「で、現在の状況ですが、ランドール侯爵家とグロリア辺境伯家が一戦交えようって所ですね。もう数日もすればグロリア辺境伯領領都グルセリアを騎士団を中心とした領軍が出発するかと。

俺がここで何をやっているかと言えば偵察です。ランドール侯爵家があまりにこの戦の勝利を疑ってない様なのでその根拠を探ろうと思いましてね。

蒼雲さんは何かその辺分かります?」


俺からの問い掛けに暫く身を固めた蒼雲さんは、どこか得心がいった様に口を開く。

「ふむ、どうやら俺は戦争の片棒を担がされていた様だな。さっきも言ったが俺は呪符師をしている。基本的な仕事は呪符の作製だ。

で、この呪符だがかなりの遠方からでも起動符を使い遠隔で起動させる事が出来る。

ランドール侯爵が求めて来たのは地面に埋め込んだ炸薬を爆発させるための呪符や何かの魔道具を発動させるための呪符。それにしては求める呪符の数が多いとは思うが、詳しい事は分からない。

ただ一度だけ、仕事場にやって来た者がバルカン帝国がどうとか言っていた気がする」


うげっ、ここで出ますかバルカン帝国。違法奴隷の出荷先、禁止薬物の入手先、どこかで絡んでくるとは思っていたんですけどね。

まぁ蒼雲さんもあまり詳しくは知らないみたいだけど、嫌な言葉があったんだよな~。炸薬の爆破用呪符、これって渓谷を崩壊させた奴じゃね?って事は絶対実戦投入されるよね?グロリア辺境伯軍木っ端微塵じゃん。

ランドール侯爵が強気になる訳だわ。

この世界魔法があるとは言ってもたかが知れてるからね、伝説の勇者様クラスがゴロゴロいる訳じゃないから、いくら精強な騎士団とは言っても渓谷を崩壊させるほどの炸薬を爆破されちゃえばひとたまりも無いから。


「ハハハ、乾いた笑いしか出ませんね。それで蒼雲さん方はこれからどうなさいます?白も目的のお父さんが見つかった訳なんだけど」


「俺はまだしばらくは師匠の下で修行するぞ、兄弟子と比べるまでも無く弱いからな。力無き者、知恵無き者は搾取される。オヤジの件でその事が良く分かった。

この角の事で迫害されるんなら迫害されない土地に行けばいい。でもその為には力が必要だ。

兄弟子、白玉師匠、どうかよろしく頼む」


「俺からもお願いしたい。俺はこれまでの人生を全て呪符に捧げて来た、だがその結果がこれだ。俺は息子を守りたい、亡き妻から託された思いを叶えたい。

どうか俺に息子を守る術を与えてくれないだろうか?」


そう言い頭を下げる鬼人族の親子。俺は暫し瞑目し考えを巡らせる。


「ところで蒼雲さん、お茶の栽培なんて出来ます?それと蒸し茶なんて作れます?」


「あ、あぁ。扶桑では自家製茶は普通に楽しまれているからな。街では茶屋から購入するが、田舎だと庭先に茶の木を植えて自家製茶を楽しむのが普通だな。

俺の育った家は田舎でな、毎年一年分のお茶は自分で作っていたもんだよ」

お茶農家GET~~~!!


「蒼雲さん、白、お二人の事、責任をもってこのケビンがお引き受けしましょう。白玉による武術指導も引き続きお引き受けいたします。

引き受けるにあたっての条件ですが、お茶の栽培ですね。お茶の木は何とか伝手を当たってみます。それまでは村人同様畑を耕して野菜を育てて貰います。

それでどうでしょう?」

ケビンの出した条件、それは自分たちを受け入れる土地の提供にほかならず、それは蒼雲が長く求めてきた安住の地への誘いであった。


「えっ?本当にそんな事でいいのか?それではこちらが一方的に与えられているだけでは・・・」

困惑する蒼雲にケビンは首を横に振りながら答える。


「そんなことはありません。ここオーランド王国には蒸し茶を飲むと言う習慣はない。俺は偶然その機会に恵まれ蒸し茶の文化に触れる事が出来ましたが、この地では幾ら金貨を積もうとも蒸し茶を楽しむ事は出来ないんです。

もし仮にお茶の木を手に入れる事が出来たとしてもその栽培は?蒸し茶の製法は?

蒼雲さんの知識は何ものにも代え難い宝なんですよ。

我がマルセル村はお茶農家蒼雲さんを心より歓迎いたします。

どうかこのケビンに蒸し茶をお与え下さい」


そう言い頭を下げるケビン。清々しい迄の私利私欲、そんなケビンを前に口を開けたまま固まる蒼雲の肩を、白雲がポンと叩く。


「諦めろオヤジ、兄弟子はそんな奴だ。俺の時なんてもっと酷かったぞ?

俺が強くなりたい、って言ったら俺の顔を見て“ホーンラビット族にはラビット格闘術だよね”とか言って白玉師匠を紹介しやがった。

普通強くなりたいって言ったら剣とか槍って思うだろ?ふざけるなって言ったら“だったら拳で俺を越えてみせろ”とか言ってボコボコにされたよ。

その後見せられた緑師匠・黄色師匠との乱取りは、開いた口が塞がらなかったけどな。

兄弟子人間じゃねえ。その時思ったよ、あの高みに登れるんならホーンラビット族って呼ばれても構わねえってな。

オヤジも小さい事を気にするな、兄弟子の事を一々気にしてたら身が持たないからな」

そう言い獰猛な笑みを浮かべる白雲。蒼雲は思う、子供はいつの間にか親を追い抜いて行くものなのだなと。


「分かりました、そのお話お受けさせていただきます。親子ともどもよろしくお願いします」

そう言葉を返し頭を下げる蒼雲と白雲。


「ありがとうございます。この戦いが終息しましたらマルセル村にお連れします。それまでは不自由をお掛けしますがこの影空間でお過ごしください。

俺は暫く席を外しますが、何かありましたらこちらの月影にお申し付けください。

月影、後は頼んだ」


「畏まりました、ご主人様」

突然現れたメイドにビクッとする蒼雲、方や白雲は“月影さん相変わらずスゲー”と感嘆のため息を漏らす。


一人蒼雲の仕事場に戻って来たケビンは、部屋全体を闇属性魔力で覆い全ての品を収納の腕輪に仕舞い込むと、再び影移動の要領で地下倉庫に戻り探索を再開する。


“扶桑の文化ってあれかな?味噌や醤油があるのかな?これから食文化に革命が起こっちゃったり?スゲー楽しみ~♪”

不意の出会い、思わぬ再会、そしてやって来る移住者。フードに覆われた影の中、新たな食との出会いに妄想を膨らませるケビンなのでありました。

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