第218話 村人転生者、お祭りの準備を始める (6)

ランドール侯爵領領都スターリン近郊の森の中。破棄された教会聖堂の長椅子に、その青年は腰を下ろし一人呟く。


「あ~、キツ。この世界って移動がな~。マルセル村から<天翔ける>で三日ってめっちゃ遠いじゃん。馬での移動なら二十日は掛かるよ?早馬ならもっと早いだろうけどそれでもな~。

どんだけ土地が広いのよって感じ?もうね、自領の事だけで良くね?広さだけで言えばちょっとした国レベルよ、何でもっと欲しがるかな~、意味解んない。

でもこの国の暗殺者ギルドってマジ優秀、侯爵家の秘密の抜け道がすでにバレバレって駄目じゃん。暗殺者送り放題じゃん。

それなりに対策はしてあるんだろうけどね、途中のトラップとか。でもまぁ、私には関係ないんですけどもね。

地面の下の事ならこの方々、緑先生、黄色先生、お願いします。<オープン>」


差し出す左手、指輪から広がる光が聖堂内にとある魔物を出現させる。


““ギャウギャウ、クワッ””

畑の守護者、ビッグワームの進化体、緑と黄色の顕現であった。


「緑~、黄色~、地下道の案内よろしくです。入り口は女神像の台座の脇だったかな?この壁脇の飾りを右にずらしてですね・・・」

“ドガンッ”


激しい打撃音とともに揺れる聖堂。音のする方を見れば台座の一部が崩れ、その奥に地下へと続く階段が姿を現していた。


“クワックワッ”

「早く行くよって・・・了解っす。先生方、よろしくお願いします」


““グギャ、ギャウギャ、クワッ♪””

喜び勇んで台座の奥へと消えて行く先生方、俺は台座の上、廃教会に寂しく佇む女神像に目を向け、“どうかあいつらの暴走からお守りください”と祈りを捧げるのでした。


““ズルズルズルズル~♪””

頭上にプチライトの明かりを浮かべ真っ暗な地下道を進むこと暫し、先生方は大変機嫌良く先を進まれます。危惧されていたトラップですが、確りございました。

暗闇から迫る無数の矢、天井から降る石礫、突然開く落とし穴とその下で待ち構える何本もの鉄槍。それら全ての罠を先生方は漢解除なさって行かれます。

罠を仕掛けた設計士涙目、矢だろうが槍だろうが石礫だろうが先生方には全く関係ございません。それらの瓦礫は全て私ケビンが回収させて頂いております。

でもこういった地下道探険ってなんか楽しいよね、仮性心が疼くよねって緑に黄色、急に止まってどうしたの?


“クワックワ”

この壁の向こうに何かの部屋があると。

ふむ。・・・範囲を指定し一言、「<破砕>」

崩れる壁、そして目の前に広がる小部屋。暗闇の中をプチライトで照らすと武器や防具、これは魔道具かな?

おぉ、このリュック、手を突っ込むと中が凄く広い上に頭の中で何が入ってるのかを教えてくれるんですけど。これってもしかしなくてもマジックバッグじゃね?しかもかなりの高級品、金貨銀貨銅貨が結構入ってるんですけど。

うん、間違いなく緊急脱出用の物資置き場ですね。全部いただいちゃいましょう。

俺は部屋全体を闇属性魔力で覆い、中のものをすべて収納の腕輪に仕舞い込むのでした。


「おっ、漸くお城に到着ですか。結構な距離があったな~、これ地下道を掘るだけでも相当大変だったんだろうな~」

到着したのはいかにも地下倉庫と言った場所。普段は城内の不要物を仕舞う所であろうその一角は、なぜか人一人が通れる様に整理されておりました。


「部屋の扉は施錠されていないと。まぁ緊急時に施錠されていて入れませんじゃお話にならないからね、非常口周りの整理整頓と一緒だね。

ん?緑どうした?この壁の向こうが怪しい?

なんかこの城の人間秘密の小部屋が好き過ぎない?」


俺は緑に指定された場所に手を当て・・・ここって魔法錠が掛かってるじゃん。

無理やりこじ開けようとしたら何らかのトラップが発動して、下手しなくても大騒ぎになるんじゃね?


「面倒だなって通風孔発見~♪影を伸ばして奥の影と繋げれば影トンネルの出来上がり~♪

緑と黄色は一先ず影に戻っておいてくれる?」


““クワックワックワッ””

沈む際に“ぎゃ~、助けてくれ~、命ばかりは~”とか言いながら沈むの止めて?

なんか俺が極悪非道な奴みたいじゃん。

めっちゃ遊びながらズブズブと影に沈む先生方を見送った後、俺は壁の向こうにレッツGO!!するのでした。


――――――――――――


“ドサッ”

「これが今月分の食事だ。お前なんかの為に貴重な時間停止機能付きのマジックバッグをお与えになって下さるランドール侯爵様に感謝し、ありがたく頂くんだな。

今月分の炸薬爆破用の呪符は出来上がっているんだろうな?手を抜けば貴様の息子がどうなるのか。

貴様らの様なオーガの亜人を生かしておいてやっているんだ、全てはランドール侯爵様のお心次第だと言う事を忘れるなよ」


ここに閉じ込められてどれ程の月日が経ったのだろう。

壮健だった身体はすっかり痩せ細り、手の甲には皺が目立つ様になって来た。

小さかったあの子もすっかり大きくなっているのだろうか?今はその事すら知る手立てはない。


妻に先立たれ息子と共に生まれ育った国を追われ、大陸に渡るもそこは普人族の支配する土地。その容貌から忌み嫌われ、旅から旅への根無し草の日々。

魔物を狩り薬草を取り、最初の寄港地で取得した商業ギルド会員証のお陰で何とか食い繋ぐ事の出来る日々。

このランドール侯爵領に腰を下ろしたのは偶々魔の森で助けた冒険者の勧めであった。

このオーランド王国には符術の類は伝わっておらず、その有用性から冒険者パーティーに誘われたのが切っ掛けであったか。私が商業ギルドの会員で行商人をしていると聞くや是非売ってくれないかと持ち掛けられた。

それからは順調な日々であった、森で戦う冒険者にとって遠隔から罠による攻撃を行えることは手札を増やす事に繋がる。

私と息子との旅はこの地で終わる、それもまた良いかと思い始めていた矢先、領主ランドール侯爵からの招聘で城に迎え入れられる事となった。


ランドール侯爵は聡明な人物であった。この呪符の性能を事細かに聞くやその新たなる使い道、可能性を思い付く様な方であった。

そしてランドール家に呪術師として仕えないかと誘ってくださった。

屋敷が与えられ、息子の世話係が付けられ、機密の保持からとこの地下室の仕事部屋が与えられ。

愚かな私は嬉々として仕事に打ち込んだ。その全てが罠だとも知らずに。


終わらぬ仕事、帰る事の出来ぬ日々、機密保持の為と言われ入れられた檻の向こうの小部屋。

息子は私の事を恨んでいるだろうか、それとも死んだと思っているのだろうか。

何も分からず、奴らの言葉を信じるしか道の無い虚しい日々。

 

“ガチャッ”

背後の扉の開く音が聞こえる。今月分の呪符の納品は終わったはず、では一体何の用があると言うのか。

こないだの様に地面に埋設して使う炸薬を爆破させるための呪符を開発せよと言った話の様な事だろうか?それとも水中で爆発させる為の呪符でも作れと言うのか。


「う~わ、なんかいかにもな研究者の部屋ポコね~。これで中の人が白衣を羽織っていたら完璧ポコ」


だがその声音は何処か気の抜けた様なこの場にそぐわない物。

私は訝しみながら背後を振り返る。

そして生涯忘れる事の出来ない出会いを果たす事となった。


――――――――――――


お~、なんか薄汚れたローブ姿のおっさんがいると思えば囚われの研究者様じゃないですか、ここは何処の悪の秘密結社ですか、改造人間でも作っていらっしゃるんですか?

お話をお伺いしたらこの御方が例の呪符の製作者様でいらっしゃいました。どうも祖国で呪符師のお仕事をなさっておられたとか。

その祖国と言うのが遥か東の果ての島国扶桑国。そう、こちらの御方、おでこの髪の生え際から五センチくらいの角がですね~。

“ホーンラビット族の方でポコか?”って聞いたら鬼人族だと怒られてしまいました。


で、そんな気の遠くなるような遠方の御仁が何でここオーランド王国にいるのかと言えば、権力闘争の巻き添えで国を追われちゃったって言うね。なんか旅から旅へ渡り歩いていたら、こんな場所に辿り着いちゃったみたいです。

・・・って言うかもっと早くどこかで定住しようよ、船で渡って来たんならその降り立った港のある国で良い所を見つけようよ、旅し過ぎだっての。

オーランド王国は他人種なんてめったにいない閉塞社会よ?あのドワーフすらあまりいい扱いを受けてないのよ?

案の定上手い事誘い込まれて無給労働をさせられてた様です。

酷過ぎじゃね?


「外の屋敷に息子がいてな、人質じゃないが奴らに頼るしかなくてな。

俺が奴らの言う事を聞いているうちは奴らも理不尽な真似はしない、そう信じるしかなくてな」


「・・・あの、息子さんて同じホーンラビット、失礼、鬼人族ポコ?」

「あぁ、最後にあった時は六歳だったか。あれから何年たってるのか、ここだと月日が良く分からなくてな。暑さも寒さもあまり変わらない、変な所に気を使った場所らしくてな」


「やはり髪の生え際に角があるポコか?」

「まぁ鬼人族だからな。でもなんでそんな事を?」


「う~ん、ちょっとこっちに来て貰っていいポコ?」

俺は目の前の鬼人族の手を掴むと、影空間に引き摺り込んで行くのでした。



「ハッ、ハッ、ハッ!」

“バッ、バッ、バッ”


“キュキュッ”

“ボッ、ボッ、ボッ”


「はい、ありがとうございます、師匠!」


周囲に真っ黒な暗闇が広がる謎の空間。地面は黒く、天井に開く無数の穴から日の光が降り注いでいる、そんな場所。

そこにポツンと添えられた四角い建造物。その建造物の前では一匹の白いホーンラビットが少年に向かい何やら指導を行っていた。


「白玉、弟弟子、ちょっといいポコ?」

俺はそんな二人に声を掛け、修行を一時中断して貰った。


「押忍、兄弟子、どうかなさいましたか?と言うか何なんですかそのふざけた格好は?それとこちらの御方は?」

「ふざけて無いポコ。極めて必要且つ重要な意味があるポコ。

それはそうと弟弟子、お前さん同族の父親を捜してるって言ってたポコ?こちらの御方も、同族の息子さんを探してるポコ。監禁されてたんで連れて来てみたポコ、おでこに角の有るホーンラビ・・・鬼人族は珍しいポコ、もしかしたら知り合いかと思ったポコ」


「あ、あ、あ、あ、あ・・・」

「・・・・・・・・」


互いに目を見合わせ固まる二人。

研究者の男性は言葉を詰まらせ身を震わせ、弟弟子は唇を噛み締め拳を震わせる。


「白雲、白雲なのか?」

男性は震える手を上げ我が子を抱き締めようと・・・


「この糞オヤジ、今まで何をし腐ってたんじゃボケが~!!」

“ドゴッ”

一瞬の踏み込みから繰り出される鳩尾への一撃、ラビット格闘術で重要とされる震脚が十分に生かされた身体の芯に突き刺さるいい拳だ。

弟弟子よ、俺は兄弟子として誇らしいぞ、よくぞこの短期間でラビット格闘術の基礎を身に付けた。

この震脚は基礎であり奥義、精進あるのみ。

白玉先生も満足そうに頷かれていらっしゃるぞ?


俺は身体をくの字に折り曲げ白目を剥いて崩れて行く鬼人族の男性に近寄り、魔力チューブを作製すると急ぎポーションを直接胃袋へ注ぎ入れるのでした。



“パチンッ、パチンッ、パチンッ”

“ジュジュジュジュジュジュ”


焚火の炎が燃え上がり、その周りに並べた串に刺した干し肉を炙って行く。

辺りに広がる胃袋を刺激する香りに、弟弟子のお腹が“キュルキュル”と可愛らしい音を奏でる。


「う~ん、ここは・・・」

干し肉の臭いに誘われたのか、目を覚ました男性が混乱した表情で周囲を見回す。


「この黒い世界、夢ではなかったのか・・・」

「いつまで寝ぼけた事言ってんだ糞オヤジ、夢の訳ないだろうが。そんなに貧相な身体になっちまって。鬼人族の誇りは何処に行っちまったんだよ」


背後から掛けられた声に咄嗟に振り向く。そこにいるのはすっかり大きくなってしまった、もう二度と会う事の叶わないと思っていた我が子。


「白雲、お前、白雲なのか?」

身を震わせ再び涙ぐむ男性。


「あ~、鬱陶しい。散々恨んできた相手が監禁され俺の身の保証の為に働かされていたって聞いたらこれ以上怒れねえじゃねえか。このやり場のない怒りはどうしてくれるんだよ!

くそっ、行き成り殴り掛かって悪かったな、糞オヤジ」

そう言いプイッと顔をそむける弟弟子。


「・・・そう言えば弟弟子って白雲って言うポコね。これからは白雲って呼ぶポコ?」

「止めてくれ兄弟子、あまり名前で呼ばれ慣れてないんだ。せめてしろで頼む」

そう言い頭を下げる弟弟子改め白。


「・・・肩口で切りそろえられたおかっぱの黒髪、東方の島国扶桑出身・・・白様って呼ぶポコ?」


「はっ?何言ってんだ兄弟子?行き成り様付けって。それとハクじゃなくってシロだからな?」


呪符、扶桑、白雲と言う名前、そして黒髪のおかっぱ。

積み上げられる条件に、仮性心の暴走が止まらないケビンなのでありました。

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