第217話 村人転生者、お祭りの準備を始める (5)

「皆大分覇気に慣れて来た様だな、何となく覇気の感覚が掴めている者もいるとは思うが、その訓練は今は置いておけ。先ずは覇気に対する耐性を付ける事に集中するんだ。

昨日まではオーガの集落を壊滅させるくらいの強さだったが今日からはもう少し上、スタンピードを単騎で制圧するくらいの強さで行ってみよう。

行くぞ?」


「「「ウグッ!?」」」


掛かる重圧、震える身体、逃げ出したくなる心をグッとこらえ目の前の教官を睨みつける。歯を食いしばり、拳を握り締め、膝を叩いて立ち上がる。


「ほう、いい目をする、それでこそマルセル村の戦士。今日中にこの状態に慣れて貰うからな?

ケビンの奴は三~四週間以内にはグロリア辺境伯様より何らかの知らせが来ると言っていた。ケビンの予測は馬鹿に出来ないからな、あまり時間が無いのが悔やまれる。

黒龍たちは平気そうだな、嘶きも少ない。

ケビンの奴はこの馬たちに一体どんな訓練を施したんだか、軍馬たる魔馬たちならまだ分かるが他の馬には農耕馬も含まれているんだぞ?この覇気を当てられて平然としている農耕馬、意味が分からん」


マルセル村周辺に広がる草原の一角、そこでは今日も訓練生と騎馬たちに対する覇気耐性訓練が行われていた。

訓練教官であるヘンリーが発する強烈な覇気、訓練生たちは身に降りかかるそれに必死に耐え、馬たちは“もっとこいや~”とばかりにいななく。

そんな苛烈とも言える訓練の最中に、その間延びした声は掛けられた。


「みんな~、お疲れ~。お~、凄い頑張ってるじゃん、えらいえらい。

あら?ボビー師匠はサボり?交代制なの?訓練生は休みなし?う~わ、それはまた何とも。

で、今はどれくらい言った感じ?スタンピード単騎ってどんだけよ、ドレイク村長代理の胆力がヤバい事になってない?

馬たちは平気そうだ?そりゃまぁ騎馬が暴れちゃお話にならないしね、大福にもビビらないくらいにはしておいたけど?

えっ、何で皆さん俺の方を見るの?その信じられないものを見る様な瞳は一体なに?

“やっぱりケビンはケビンだった”ってどう言う意味よ、それ誉め言葉じゃないよね?」


一気に弛緩する雰囲気、緊張感の破壊者ケビンは今日もマイペースであった。


「ケビンや、よく帰って来たの。こちらの方の首尾は上々と言った所かの。

見ての通り皆至近距離からの覇気にも耐えられる様になっておるわい。

それにしてもあの馬たちはどうなっておるのじゃ。黒龍とシルバーに至っては覇気を纏っておるではないか、そんな馬なんぞ軍馬でも見た事ないぞい」


ボビー師匠の呆れた様な視線にサッと目を逸らすケビン。

“俺だってこんな事になるとは思ってなかったんだもん。アイツらやる気あり過ぎ”

何やらブツブツ呟くも、訓練生一同からも冷たい視線が送られる。


「あっ、そうそう、ドレイク村長代理、ジェラルドさんが呼んでます。グロリア辺境伯様の所から使者が来ているそうです。おそらく今回の件についての何らかの知らせかと、急ぎ村長宅に戻って下さい。

それと遠征に参加するグルゴさん、ザルバさん、ギースさん、ボビー師匠、父ヘンリーはベネットお婆さんの所に向かってください。装備用の服が出来上がったみたいで試着して欲しいと言ってました。

それとその後マルコお爺さんのところに行って防具の試着もお願いします。付け心地を試して直しがあるのなら早めにして欲しいとの事です。

ドレイク村長代理も要件が終わったらベネットお婆さんとマルコお爺さんの所に向かってください」


ケビンの言葉に急ぎ移動を開始する遠征組。草原には馬たちと訓練生たちが残される。


「シルバーと黒龍、それと今回の遠征に参加する馬たちは騎乗する人間にはもう慣れた?覇気の方は大丈夫だと、そう、それは良かった。

まぁ後は実際に遠征に参加してみてだからね、皆乗馬経験はあるみたいだから大丈夫だと思うけど、その辺はよろしくね。

それと訓練生の皆さん、なんか中途半端に厳しい訓練になっちゃってごめんね?

でも覇気と言うものは肌で感じ取って貰えたでしょ?

ですんで今日はちゃんと覇気を扱える様にしちゃおうと思います。

お馬さん達も集合~、こないだみたいに少し魔力を落とすからね。


え~、見ての通りこちらのお馬さん方は覇気にかなりの耐性があったと思います。

シルバーと黒龍に至っては覇気を覚えちゃいましたし?

これは俺がこいつらに行った覇気の学習方法に起因すると思います。

やり方は魔力枯渇訓練の延長上です。極力魔力を減らして覇気を浴びせる事で覇気を感じ取り易くしたってだけですね。

皆さんには申し訳ありませんが、騎馬が搭乗者の覇気に耐えられないとお話にならなかったんでこちらを優先させてもらいました」


ケビンはそう言うや収納の腕輪から深緑色の鞘に包まれた直刀を取り出し、装具に取り付け背中に背負う。


「“黒鴉”、暫くこの周辺から魔力を吸い取ってて。馬と人間はこっちでやるから」

“ボウッ”


途端重くなる空気、これまで周囲を覆っていた大切な何かが失われてしまった様な、そんな感覚。


「え~、これから俺が皆さんの魔力を抜きます。お馬さんとゴブリンさんは完全には抜かないから、ゴブリンさんに関しては呪いがどう作用するのか分からないしね。

ジミーたちとブー太郎はもう大丈夫でしょう、身体も慣れたと思うんで倒れる事はないんじゃないかな?」


ケビンが言うや否や皆の身体を襲う倦怠感。だがこれまで散々地獄を体験してきた訓練生たちは、魔力枯渇状態でも意識を保ち立ち上がる事が出来ていた。


「よしよし、上出来です。それが魔力枯渇状態、魔力の支えの無い自分自身の力で立っている状態だね。相当に身体が重いはずだから、座っちゃっていいからね。

今日は覇気の話だから、基礎体力作りはまた後で。

それでこの状態で覇気を受けると魔力の膜による干渉がない分より覇気の影響を受ける、つまり感じ取り易くなります。

ちょっと流しますね、こんな感じです」


ケビンの身体から柔らかな覇気が流れる。それはこれまでの訓練で受けてきたような激しく突き刺さる様なものではなく、優しく包み込む、身体を癒すような覇気の流れ。


「こんな感じに一言で覇気と言ってもいろんな形態があります。わが父ヘンリーがみせる覇気が攻撃性の覇気とするのならこれは回復系の覇気とでも言いますか。

魔力と同じで様々な用途で使えるのが覇気であると憶えておいてください。

それでこの覇気ですが、呼吸法を組み合わせる事で自身の身体の内側から作り出す事が出来ます。

父ヘンリーからも聞いているかもしれませんが、大きく息を吸い込んで腹の底から吐き出す、これの繰り返しです。

目を閉じて心を落ち着けながら、身体の奥底から湧きだす覇気を感じ取る、先ずはそこから始めましょう」


静かな草原、そよ風に若草の揺れる音が聞こえて来る。

上空高く飛ぶビッグクローの羽音が、すぐ側に聞こえて来る。

心のざわめきが収まり、自身が自然と一体になる様な、そんな感覚に包まれる。


「「「・・・・・・・・・・!」」」

身体の奥底に何か温かいものが生じているのが分かる。この感じ、これは“下町の剣聖”が、“笑うオーガ”が、“村のお兄ちゃん”が教えてくれたもの。


「うん、感じ取れたみたいだね。それが覇気です。今は魔力の無い状態だから感じ取り易いけど、元に戻るとちょっと分かり難くなります。

今日はこの感覚を確り身体に覚え込ませてください。

あとは魔力と同じ、繰り返し使う事で理解を深めて行けば、さっき俺が使ったみたいに癒しの力にもボビー師匠たちみたいに攻撃の力にも、防御の力にだって使えます。

そう言う意味では基礎魔力に近いのかもしれません。

今日は大人たちは忙しいでしょうから、その間に確り覇気を学んでくださいね」


穏やかな時間が流れる草原での訓練。続けられる覇気習得の指導、掛けられる優しい言葉と適切なアドバイス。

訓練生たちは思う、“何故この悪魔は普段からこう言った指導が出来ないのか!”と。

辺境マルセル村の一時。

空を飛ぶビッグクローはそんな人間たちを端目に、今日も餌のキャタピラーを探し草原を飛び回るのでした。


――――――――――――――


マルセル村村長宅前、そこには領都より訪れた馬車が護衛の騎士に守られ停まっていた。


「大変お待たせして申し訳ありませんでした。マルセル村村長代理ドレイク・ブラウンでございます」


ドレイクは領都より訪れた使者にお待たせした事を深く謝罪し頭を垂れる。

対して使者は慌てた様に顔を上げるように促した。


「いえいえ、ドレイク殿、先触れも無く突然訪れたのはこちらの不手際、謝罪は不要です。

本日は執事長ハロルドよりの書状と、グロリア辺境伯様よりの書状をお預かりしてまいりました。直接読み上げる様にとのお言葉でしたので代読させて頂きます。

“マルセル村村長代理ドレイク・ブラウン殿

先だってお話のございましたアルバート男爵家の爵位移譲の件は恙無く終了いたしましたことをご報告申し上げます。

奥様ミランダ様のお父上様、お母上様もアルバート男爵家の正当な後継ぎがお生まれになられたことを大変お喜びになられ、ぜひお会いしたいと申しておりましたが、この程グロリア辺境伯様よりお与えになられる所領地が辺境マルセル村周辺地域であることをお話ししたところ、遠方であることを理由に王都に留まられるとの事でございました。

王都でのアルバート家の御屋敷ですが、かなり修繕が必要な様子であり、勝手ではありますがこちらで修理の手配をさせていただきました。

尚、お父上様に付きましてはグロリア辺境伯王都屋敷において書類整理の仕事を斡旋しておきましたので、奥方様に置かれましてはご安心いただきます様お伝えください。

グロリア辺境伯家執事長ハロルド・ロンダート”

以上になります。


続きましてグロリア辺境伯様よりの書状を代読させて頂きます。

“ドレイク・アルバート男爵殿

これ迄貴殿がマルセル村において行ってきた数々の功績は、我がグロリア辺境伯領の領民を救い、我が領を発展させる一助となるものであった。

その功績を称え、マルセル村及び周辺部をアルバート男爵家の所領地とする事をグロリア辺境伯領領主マケドニアル・フォン・グロリアの名において宣言する。

今後とも我がグロリア辺境伯家の為に力を貸していただきたい、貴殿の活躍に期待する。

グロリア辺境伯家当主マケドニアル・フォン・グロリア”

以上となります。


ドレイク・アルバート男爵様、爵位移譲並びに拝領、おめでとうございます。

それとこれは口頭での申し伝えとなります。

グロリア辺境伯様より出兵の依頼がございます。これより一週間後、領都グルセリアよりランドール侯爵領スターリンに向け兵を進めます。

アルバート男爵様に置かれましては是非その一翼を担っていただきたいとの由にございます」


アルバート男爵家の爵位移譲とマルセル村周辺地域の拝領、そして従軍の依頼。

ドレイク・アルバートは大きくため息を吐きたい気持ちをグッと堪え、使者の者に返事をする。


「ご使者殿、吉報を頂きこのドレイク感激の至りでございます。

グロリア辺境伯様には、このご恩は此度の戦においてその働きで応えさせていただきたいとお伝えください。

本日は誠にありがとうございました」

そう言い深々と頭を下げるドレイク。

その心の内では、“これミランダにどうやって話そうかな~、彼女ご両親の事大っ嫌いだからな~。彼氏の命を奪ったばかりかお腹の中にいたエミリーちゃんの命を狙ってたんだから仕方がないけど、すぐには納得してくれないよな~”と、妻の機嫌をどう取ろうか頭を悩ませているのであった。


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