第216話 村人転生者、お祭りの準備を始める (4)

“ガチャ、カランカラン”

木製の丈夫そうな扉が開かれる。そこは酒場、魔道具の明かりが仄かにともり、薄暗くも落ち着いた雰囲気を醸し出している。

黒い外套を羽織った小柄な人物は、店内に入ると真っ直ぐカウンターに立つマスターらしき人物の前に向かい、一言声を掛ける。


「この街の悪党の元締めは君でいいのかな?ちょっと話があってね」


「ん?なんだクソガキ、ここがどう言う場所か分かってて口をきいてるんだろうな?」

元締めと呼ばれた男は先程までの静かで落ち着いた雰囲気を一変させ、強い殺気を小柄な人物に向ける。


「まぁ落ち着きなよマスター、話って言うのは今度のグロリア辺境伯とランドール侯爵の小競り合いの件についてでね。

要は余計なちょっかいを掛けないで欲しいって事なんだ。

だって折角のお祭りだよ?どうせなら派手に魅せ付けて欲しいじゃない?

変な横槍は興ざめって言うか、邪魔?

だから忠告。

スターリンから何を言われたのかは知らないけど、命あっての物種だと思うよ?」


だが小柄な人物はその殺気を軽く受け流し言葉を続ける。


「ほう、そこまで大口を叩いて無事にこの場所から帰れるとでも思っているのか?」

“パチンッ”

打ち鳴らされたフィンガースナップ。

「「・・・・・・」」


“パチンッ”

打ち鳴らされたフィンガースナップ・・・

“パチンッ、パチンッ、パチンッ”

店内に虚しく響く指の音。


「お~、見事な指パッチン、“結構俺って格好いい”とか思ってる感じ?」

「くそっ、手前ら、何やってやがる!!」

カウンターの男は苛立たし気に声を荒げる。


「店内の見える所に五人、すぐに出て来れる所に八人、二階に七人、地下室に十二人ってこいつらはちょっと違う?月影、ちょっと確認して来てくれる?」

「畏まりました、ご主人様」

男は音も無く店内に現れたメイドに驚き目を見開く、そして悟る、自分はただ生かされているだけに過ぎないと言う事に。


「ご主人様、確認が取れました。地下室にいた者達は所謂違法奴隷ではないかと。

暗殺者ギルドの兵隊として育成する為に集められた人材と思われます」

「えっ、暗殺者ギルドって人材育成からやってるの?まるでどこぞの忍びの里じゃん、結構しっかりした組織だったのね。

でもそうか、依頼を受けて仕事を熟す以上、上の命令をきちんと聞ける者じゃないと駄目だもんね。

グルセリアでもその辺はきっちりやっていたって感じ?」


「はい、年齢的に引退を迎えた組織員を使って隠れ里のような場所で育成を。

使い捨てならその辺の荒くれでもいいんですが、きっちり仕事を熟すとなるとどうしても質が重要となりますので」

「へ~、前に村のギースさんが“暗殺者ギルドは何処の街にでもある”って言ってたけど、こうした組織運営方針が今日の暗殺者ギルドを支えているんだね。

信頼と実績、人の欲望や暗い感情が消えない様にこの組織も無くなることはないんだろうな~。

ねぇマスター、この人材ってどうやって集めて来たの?その辺詳しく聞きたいんだけど。正直に答えてくれると嬉しいな~、自白実験をしてもいいけど手間が掛かるし?」

小柄な人物はカウンターの男に楽し気に話し掛ける。男は思う、コイツは狂ってると。目の前の狂人に正義や道徳と言ったくだらない考えはない。あるのはただの好奇心、自身の愉悦の為なら平気で地獄を作る、コイツはその部類の人間だと。


「スラム街の孤児、訳アリやよそ者、色々だ。いなくなっても誰も気にしない、いなくなってくれた方が都合のいいガキなんざ山ほどいるからな。

無理やり攫うなんて面倒な事はしねぇ、嫌がる奴に何かを教えることほど面倒なことはねえからな。飯の為、復讐、理由は何でもいい。

ウチが欲しいのは使える人材だからな」


「そうなんだ、月影、ちょっとその辺確認して来てくれる?」

「はい、その点は既に。殆どの者は先程そこの男が言った通りかと。ただ一人だけ無理やり連れて来られたと言う者が」

“ブオッ”

小柄な人物から溢れ出す濃厚な闇の魔力、その圧倒的な力に、カウンターの男は冷や汗を流し歯を震わせる。


「僕は正直に答えて欲しいって言ったよね?僕の言葉が聞こえなかったのかな?それとも僕の言葉なんてどうでもよかったのかな?」

「ま、待ってくれ、そいつは違うんだ、そいつはスターリンの奴らに預かる様に言われてる奴なんだ。二階にいた連中がスターリンから来た奴らだ、そいつらに聞いてくれれば分かる」


カウンターの男は必死に弁明する、ここで間違えればそれは確実な死、それもどの様な苦しみを味わわされるのか、濃厚な闇属性魔力が狂人の在り様を如実に表していた。


「そっか~、スターリンのね。じゃあその子だけ貰って行くね、今度の祭りに関係しそうだし。

今回は忠告、でも約束してくれないかな?ジェンガは沈黙を貫くって。

スターリンの連中が勝手にやったなんて言ってもいい訳にならないよ?その辺はしっかり押さえて貰わないとね。

別にこのまま全員処分しても良いんだけど、どうせ暫くしたら代わりの誰かがそこに立ってるんでしょ?だったら知らない奴より話を聞いてくれそうな者の方がいいじゃない?

マスターはその辺どう思う?」


小柄な人物は軽い口調でそう語る。だがその内容は物騒であり、本気でそうするであろう事は今この瞬間にも分からされ続けている。


「わ、分かった。この一件にジェンガは絡まねえ、スターリンにもこのジェンガで好き勝手させねえ、それでいいか?」

「うん、助かるよ。そうそう、あんまり厚かましいお願いだったよね、これ、良かったら皆さんでどうぞ。

キラービーの蜂蜜、聖水と酒で割って飲むと美味しいよ」


そう言い差し出された物は壺に入ったキラービーの蜂蜜。これだけで金貨百数十枚はするだろう。

黒い外套を被った小柄な人物は、それだけを言うと扉を開け店を去って行った。

店内には沈黙だけが広がる。

カウンターの男は急ぎ店内各所に控えている配下の元に向かうも、その全てが気を失っている様であった。


“パンパンパン”

「いつまで寝てやがる、起きろ手前ら!!」

男は配下の頬を叩き、一人一人の目を覚まして行く。


「ウッ、ギルマス!?俺は一体・・・」

「チッ、情けねえ。手前ら揃いも揃って役に立たねえ。いいか、一度しか言わん、よく聞け。

暗殺者ギルドジェンガ支部は今度のグロリア辺境伯とランドール侯爵のいざこざの一切から手を引く。これはジェンガ支部の決定事項だ。

スターリンの連中から何か言われても絶対に守れ。

その代償はお前らの命、俺たちは見逃して貰ったんだよ、たった今な。

あれは組織幹部連中に匹敵する、いや、それ以上のナニカだ。絶対に関わるな。

街に散らばってる連中、末端に至るまで徹底しろ、急げ!!」


「「「了解しました、ギルドマスター」」」

店内から走り去る暗殺者たち。


“バタンッ”

「ギルマス、大変です、渓谷が、スターリン方面の街道が塞がれています!!」

激しく音を立てて開かれた扉、そして飛び込んで来た知らせ。


「な、一体何が起きてやがる!?」

時代の変革、読む事の出来ない事態の推移。

暗殺者ギルドジェンガ支部ギルドマスターは顔をしかめつつ、スターリンの連中をどう説得するか頭を悩ませるのであった。


―――――――――――


セザール伯爵領領都ジェンガ、街を覆う様に作られた長い街壁と人の出入りを制限する巨大な街門。

そのナニカは街門西口、グロリア辺境伯領グルセリアへと続く街道の真ん中にいつの間にか佇んでいた。


「う~ん、こういう都会の街門って無駄に大きいよね。いくら魔物から人々を守る為って言っても、こうも大きいと開閉だけでも時間が掛りそう。

無駄とは言わないけど門兵さんって大変だろうな~」


黒い外套を羽織りフードを目深く被ったナニカ。その容貌は影に隠れていて窺い知る事が出来ない。


「貴様、怪しい奴だな。大人しくして貰おうか」


門兵はその職務に従いナニカに向かい槍を向ける。だがナニカはそんな事は目に入らないとばかりに呟きを続ける。


「やっぱりこの門が閉まってると面倒だよね、取り敢えず外しておこう」


“ガゴンッ、ズズズズズズッ”


「なっ!?」

「キャー!!」

轟音と共に街門の巨大な扉が突然外れ、ひとりでに動き出す。その様子に身動きを忘れ固まる者、悲鳴を上げ逃げ出す者。


「それじゃ壁に立て掛けておけばいいかな?変に転がしておくと邪魔だしね」


ナニカはそう言うと、開かれた街門を一人進んで行く。


「待て、貴様、一体何をした!?立ち止まれ!!」

門兵は慌てて腰の剣を抜き、ナニカの前に立ちはだかろうとした。しかし


「あ、あ、あ、あ、あ・・・」

震える身体、定まらない視線。心が、身体が、魂が。

逃げろ、逃げろ、逃げろ。アレに関わってはいけない、アレと目を合わせてはいけない。


“タンッ、タンッ、タンッ、タンッ”

ナニカは門兵の事など見えていないかの様に去っていく。

ナニカが立ち去った後、門兵は膝を突き、ガタガタと震える身体を抱き締めその場でうずくまる事しか出来ないのであった。


セザール伯爵家当主ハインリッヒ・セザールは、これから始まるであろう見世物に心踊らせていた。

ランドール侯爵家三男ローランド・ランドールとジョルジュ伯爵家長女パトリシア・ジョルジュの婚約破棄騒動に端を発する一連の騒動は、ランドール侯爵の思惑通りグロリア辺境伯の蜂起へと繋がって行った。

ランドール侯爵家の長年に及ぶ画策、王家の思惑、セザール伯爵家の野望。

三者の思いがうまくかみ合った形で進められたこの流れに、グロリア辺境伯家は乗らざるを得ない、それは貴族家としての誇りと在り様。


いくさは準備が全てと言うが、これ程までにうまく事が運ぶとはな。

グロリア辺境伯としては我らセザール伯爵家に文句の一つでも言いたいだろうが、我が家からすればお門違いも甚だしい。

大義の無い武力行使など何を畏れる必要があろう、それこそ王家の後ろ盾を得て周辺貴族家と共に潰すのみ。

此度の蜂起とて我が領を通過せねばならん以上、我がセザール伯爵家の要求を吞まざるを得ない。これほど愉快な事がこれまであっただろうか。

あの名宰相と謳われたグロリア辺境伯が我が眼前で首を垂れる、この愉悦。

ランドール侯爵殿の智謀とは如何程のものであろうか、本当に恐ろしい」


既に決まっている勝敗、負け戦と分かっていても行かざるを得ないグロリア辺境伯、そして屈辱と恥辱にまみれながらも戦場へと向かわざるを得ないグロリア辺境伯領騎士団たち。

ハインリッヒ・セザールはそれほど大胆な行動に出れるほどの野心家ではなかった。だが家臣の勧めによりランドール侯爵家に与する事でジョルジュ伯爵家に嫁いだ娘の立場を引き上げるばかりか、孫娘のフローレンスをローランド・ランドールの婚約者とする事でジョルジュ伯爵家の跡継ぎにまで押し上げる事に成功した。

これはセザール伯爵家が実質的にジョルジュ伯爵家の乗っ取りに成功したと言っても過言ではなかった。

此度の戦にしてもそう、安全な位置からの高みの見物、これ程心踊るものがこれまであっただろうか。


ハインリッヒはセザール家の中枢にランドール家の間者が深く入り込んでいるとも知らず、利用されているとも知らずに事態の推移を楽し気に見守っていたのである。



“バンッ”

「セザール伯爵様、大変です。侵入者がやって来ます、急ぎお逃げください!」

突如開かれた執務室の扉、ハインリッヒは飛び込んで来た執事長の様子に椅子から立ち上がる。

一体何がどう大変なのか、詳しく話を聞こうとしたその時であった。


「あ、いたいた。初めまして、ハインリッヒ・セザール伯爵様。ちょっとお話があるんですけど、ここだとなんですんでもう少し広い場所、そうですね、来賓の間にでも行きましょうか?

執事さん、案内をお願い出来ますか?」


開け放たれた扉、そこから身を乗り出すナニカ。

震える膝、鳴りやまぬ奥歯。この何かに逆らってはいけない、自身の命が、一族の命が、セザール伯爵領が終わる。

小柄な男性の様にも見えるそれは、しかしながら只管に恐怖の気配を漂わせる。


「いや~、忙しい所お集まり頂きましてどうも。早速本題に入りたいんですがいいですか?」

そのナニカは自分から他者を害する様な真似はしなかった、だがその内包する圧倒的な力を隠そうともしなかった。何かにとっては人間の抵抗など些事なのだ、そう納得させられるほどの圧倒的な力の隔絶がそこにはあった。


「え~、グロリア辺境伯家とランドール侯爵家の諍いは皆さんご存じだと思います。近々グロリア辺境伯領領都グルセリアから騎士団を中心とした兵力がランドール侯爵領領都スターリンを目指し出発するでしょう。

彼らは街道を進みセザール伯爵領を通過、ここ領都ジェンガを抜けランドール侯爵領に至るでしょう。

セザール伯爵家にはこの進軍をただ見守っていただきたい。

なに、グロリア辺境伯家に力を貸せとかそう言う話ではないんです。と言うか単に邪魔をするなってだけの話です。

この祭りの本番はスターリン、折角の祭りに余計な横槍を入れられちゃうと興冷めなんですよ」


そう言いナニカは虚空から木箱の様なものを取り出す。その箱を見た瞬間、執事長が顔を青ざめさせた。


「いやね、先だってもこちらセザール伯爵領の街道付近にある魔の森にこんなものが設置されてましてね?誘魔草を使った魔物招集の魔道具、スキル<誘因>の魔道具版とでも言いますか、規模はそんなものじゃ済まないんでスタンピード発生装置とでも言いますか。これが至る所にまぁ、十数個はあったかな?

これを使ってグロリア辺境伯領騎士団を殲滅しようとでも思ったんですかね?」


ナニカはそこで言葉を切り、周囲を見渡す素振りをしてから再び口を開いた。


「あ、何だったらランドール侯爵家に援軍の要請をして貰っても構いませんよ?無駄ですけど。

何か街道沿いの渓谷、瓦礫でふさがれちゃってるんですよね。

これからスタンピードを起こそうって言うんですから当然と言えば当然ですけど。

グロリア辺境伯領騎士団を襲った魔物の群れが次に向かう場所、それは塞がれた渓谷かそれとも。

冒険者ギルドで言われている話なんですけどね、魔物って言うものは魔力が好きでして、人を襲うのもその内包した魔力目当てらしいですよ?

街道を真っ直ぐ来たここジェンガはいい餌場に見えたんじゃないんでしょうかね。


でもこんな箱にどれ程の威力があるんでしょうかね?試しに庭先で起動してみます?グロリア辺境伯領の騎士団がこの地を訪れる前にスタンピード被害が起きてしまえばランドール侯爵様にもいい訳が立つと思いますよ?

その結果この街が滅びても・・・自業自得?」


目の前のナニカの言葉の端々から伝わる愉悦、それは先程まで自身が感じていた感情そのもの。

これは脅しではない、ただの宣言。このナニカは銅貨で堅パンを買うくらいの気軽さでこのジェンガを滅ぼす、そう言っているのだ。


「頼む、どうかそれだけは、グロリア辺境伯家に下れと言うのならそうしよう、だからそれだけは、領都を、領民を巻き込まないで欲しい」

床に足を突き頭を下げる。この行為にどれ程の意味があるのかは分からない、だが少しでもナニカの気を引けるのなら。


「いやいやいや、そこまでしなくてもいいですよ?僕はさっきから言っている様に祭りを楽しみにしているだけですから。

邪魔をしなければそれでいい、邪魔ならそのときはね?

只自主的に中立を誓ってくれるんなら面倒が減るかなって思っただけですんで。

それじゃこれは持って帰りますね。

そうそう、西門が邪魔だったんで取り外しちゃいました。祭りが終わったら直す事をお勧めしますよ」


ナニカはそれだけを言うとその場を去って行った。

その後部下より報告を受けたセザール伯爵家当主ハインリッヒ・セザールは、ナニカが行った数々の所業に顔を青ざめさせる。

そして決して触れてはいけないナニカの興味を引かずに済んだことに、安堵のため息を吐くのであった。





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