第215話 村人転生者、お祭りの準備を始める (3)

「では状況を整理しよう。月影、地図を頼む」

畑脇に立つ小屋の中では、小屋の主アナ、メイドの月影、裏方志願ケビンが今回の“祭り”のルート確認を行う為顔を突き合わせていた。


「はい、こちらは頭目“顔無し”時代の記憶から作製したグロリア辺境伯領と近領の地図となります。

先ずグロリア辺境伯領と問題のランドール侯爵領との間に挟まれる貴族領は二つ、パトリシアお嬢様の生家でもあるジョルジュ伯爵家、ジョルジュ伯爵家の第二夫人、妹君であるフローレンス様のお母様のご実家であるセザール伯爵家となります。

グロリア辺境伯領領都グルセリアからランドール侯爵領に進軍する場合、侯爵領領都スターリンに向かう最短進路はセザール伯爵領領都ジェンガを通過し街道沿いに向かうのが最も効率的ではありますが、当然セザール伯爵家としては激しい抵抗を試みるかと」


「う~ん、それも面倒だよね。セザール伯爵には悪いけど、今回の祭りはあくまでランドール侯爵領が主な会場なんだよね。

って事で先に行って城門を壊して通過出来る様にしておこうか。その時セザール伯爵家にがっつり脅しをかけておけば余計な手出しはしないでしょう。

次はこの途中にある森と谷間だよね。

ランドール侯爵家と言えば誘魔草、森の魔物をけし掛けることぐらいしそうなんだよね」


難しそうな顔をし唸り声を上げるケビン、アナはそんなケビンに向かい言葉を付け加える。


「あとは領都スターリン手前の平原に領兵を展開しての徹底抗戦、左右の森に伏兵を潜ませておいて包囲作戦に出ると言ったところでしょうか。

ただそれだけだとこれほどの挑発を行うには動機として弱いですね。もっと何か、絶対的自信に繋がる隠し玉的要素が欲しいところですが」


「う~ん、そればっかりは実際現地に潜り込んでみないと分からないかな。

月影、こうした地方貴族の小競り合いの場合暗殺者ギルドってどう動くの?」


「はい、暗殺者ギルドとはいっても所詮は裏方です。戦場に直接顔を見せる事はありません。相手方陣営に潜り込んで指揮官の首を狙う事などは致しますが、ここまで事態が大きくなるとよほどの手練れでないと難しいかと。

スターリンの暗殺者ギルドがジェンガの者と協力して動き出している可能性は大きいかと」


「う~ん、それじゃそっちもついでに脅しをかけておきますか。結構やる事が多いな、シルバーたちもある程度仕上がったし、あいつらは顔合わせも兼ねてボビー師匠たちと合流させておくか。今回はちょっと大福たちにも力を借りようかね」


オーランド王国の最果てマルセル村に潜む深淵が動きだす。彼らは決して表には出ない。だが密かに、確実に、その力を行使する。

その事実を人々が知る事は、決してないのであった。


――――――――――――


セザール伯爵領東部、ランドール侯爵領へと続く街道脇に広がる魔の森では、ランドール侯爵領の兵士たちが、何やら木箱の様な物を持ち込み、設置作業に取り掛かっていた。


「隊長、魔物暴走発生装置の設置が完了しました。あとは呪術師の遠隔起動によりいつでも作動出来ます」


「よし、これより部隊に帰還する。各自撤収準備を急げ。

しかし呪術と魔道具を組み合わせる事でこんなものを造り上げるとはな。これが領内で使われたらと思うとゾッとするぞ。

この辺は魔の森でも危険度が高いとされる土地だからな、オークの集落にそれを狙ったフォレストウルフの群れやブラックウルフの群れが出る。

いくら精強と謳われるグロリア辺境伯領騎士団とは言え、そんな連中に襲われればただじゃすまないだろうさ。まったくランドール侯爵様もとんでもない事を考えるもんだ」


「隊長、撤収準備完了いたしました」


「よし。傾注、グロリア辺境伯領に潜んでいる偵察部隊の報告では、近々グロリア辺境伯領騎士団による大規模な進軍が行われる。我々の任務はその力を少しでも削る事にある。我々一人一人の行いが延いてはランドール侯爵領全体の繁栄に繋がると考え行動してほしい。

なお任務の内容は極秘とする、くれぐれも口外する事の無いように。

全部隊、撤収」


兵士たちは足早にこの危険な森を去って行く。その場に残された不気味な木箱だけが、これから引き起こされるであろう地獄の始まりを、今か今かと待ちわびているかの様であった。


男たちが去った魔の森の一角、そこにはどこからともなく表れたであろう作業着姿の小柄な青年が、大きく背伸びをしながら何やら呟いているのであった。


「はい、到着~。でも<天翔ける>で二日はちょっと遠いよな。やっぱりマルセル村って田舎だわ~、俺は出て来ちゃいけない種類の人間だわ、うん。

こんなバカ騒ぎはさっさと終わらせて早くゴロゴロしたい。お布団様でぬくぬくしたいでござる。

てな訳で、グラスウルフ部隊、出撃だ!!」

小柄な青年、マルセル村のケビンの号令で彼の影から次々に現れるグラスウルフたち、その数総勢十六体。

ケビンはそんな彼らに向け一つの指示を出す。


「君たちに頼みたいことは、誘魔草及びそれを使った何らかの魔道具の発見である。これは可能性の話となるが、高い確率でそれらの品が設置されているものと思われる。周囲との連携を忘れず十分気を付けて捜索にあたってほしい。

良狼は定期的に俺に連絡を入れる様に、行ってこい!!」


“““バッ”””

ケビンの号令に弾けるように森へと消えていくグラスウルフたち。その動きは森を主戦場とするフォレストウルフに引けを取らない程俊敏で頼もしいものであった。


「大福、緑、黄色、出番だぞ~!」

““クワッ、ギャウギャウ””

“ポヨンポヨンポヨンポヨン”


続いて影から現れたのはマルセル村の守護獣、三体の魔物たちであった。


「先生方のお仕事は森の魔物の追立です。気配全開魔力全開で魔の森にいる魔物たちを東のランドール侯爵領方面に追い立ててください。

向かってくる魔物がいれば倒してくれて構いません。逃げていく魔物は基本放置で。

ランドール侯爵領側には谷間になっている土地がありますんで、そこまで追い込めたら上等かと。

暴れた痕跡などは極力残さないようにお願いしますね」


““クワックワックワックワッ””

“ポヨンポヨンポヨンポヨン”


“面白そ~♪”とばかりに元気よく飛び出す魔物たち。

平和で危険に満ちた魔の森に、これまでにないほどの厄災が解き放たれた。

魔の森の住民たちはその肌で、その魂で、厄災の訪れを感じ取る。


“ドドドドドドドド”

“ガウガウガウガウ”

“フゴフゴブヒ、フゴフゴブ、フガフゴ!!”


ホーンラビットが、フォレストウルフが、オークが、ブラックウルフが。

普段獲物として狙われるものも、捕食者として命を狙うものも。

皆の思いは一つ、逃げなければ確実に死ぬ。


山火事が発生したとき、嵐に見舞われたとき、森の野生動物たちは種族に関係なく互いに身を寄せ合い厄災から身を守ろうとすると言う。

魔物跋扈するこの世界において強大な力を持つ魔物の出現は、厄災以外の何物でもないのだ。


魔物たちの暴走、発生したスタンピードは、魔の森の遥か先、渓谷の街道においてグロリア辺境伯領騎士団を待ち受ける者たちに向かい突き進んで行くのであった。


―――――――――――――


「隊長、渓谷両岸壁の炸薬の設置が完了しました」

「よし、念の為起動術式の点検も行っておけよ。いざとなって起爆出来ませんでしたじゃ目も当てられないからな」

ランドール侯爵領の街道沿いに広がる渓谷では、谷の上に展開された部隊が街道を移動するであろうグロリア辺境伯領騎士団を迎え撃つ為に、罠の設置に余念がなかった。


「隊長、魔の森に向かっていた部隊が合流いたしました。部隊長殿がお見えになられています」

「よし、通せ」

「第二設置部隊、任務終了しました。これより第一設置部隊の指揮下に入ります」

「ご苦労。こちらも丁度設置が終了した所だ。それで魔の森の様子はどうだった?」

「ハッ、フォレストウルフ、オークが活発に活動している姿を確認する事が出来ました。例の物を設置したのは街道に向かい斜面に降りる場所、臭いの拡散も期待出来るかと。

相当な規模でのスタンピードが予想されます。

ですがこれほどのスタンピードを起こしてしまって大丈夫なのでしょうか?

いくらグロリア辺境伯領の騎士団がオーランド王国において随一と謳われるからと言って、セザール伯爵領内に被害が広がる危険性がありますが」


魔の森から帰還した部隊の部隊長は、改めてこの作戦の危険性を上官に問い掛ける。上官はそんな部下を見やり“まだまだ青いな”と口元を緩ませる。


「ランドール侯爵様は決してグロリア辺境伯領騎士団を侮ってはいない。過去何度となく起きた大森林からのスタンピードを最小限の被害で乗り切っている実力は、過小評価していいものではないからな。

その上でセザール伯爵領の領民に被害が及べばそれは全て他領に進軍してきたグロリア辺境伯領騎士団が原因となる。それは王家の後ろ盾をもってグロリア辺境伯家に攻め入る口実ともなる。

どちらにしても我々には利しかないと言う訳だ。

それにグロリア辺境伯の置かれた状況を考えればこの街道を選ばざるを得ない、グロリア辺境伯はこの戦いで己の強さを示さなければならないからな。それには下手に策を弄さず正面から攻め込む以外に道がないのだよ。

グロリア辺境伯の負けは戦いが始まる前にすでに決定されていると言ってもいい。だが兵を挙げざるを得ない、それが辺境伯と言う立場だからな」


ランドール侯爵家の深謀、それは確実にグロリア辺境伯家を追い詰めようとしていた。


「隊長、大変です、魔の森方面から大量の魔物の群れが!スタンピードが発生したものと思われます。

このまま渓谷を抜かれてしまえば、ランドール侯爵領に多大な被害が発生するものと思われます!」


「はぁ~!?一体何が起きていると言うのだ!!」


「報告します、第一波が間もなく到着します。フォレストウルフ、グラスウルフを中心とした群れと思われます。ご指示を」


第一設置部隊隊長は苦悶に顔を歪めながら指示を出す。


「クッ、仕方がない。投下用炸薬を使用し魔物の暴走を止めよ、決してランドール侯爵領へ侵入を許してはならん!!」


ランドール侯爵領軍と魔物との長い戦いの火蓋が切って落とされるのであった。


―――――――――――――


ん?良狼か?怪しい箱を複数発見したと。了解、今からそっちに向かう。

先生方は引き続き魔物の追い込み作業をお願いします。俺はちょっと危険物の回収に向かうんで。


どうも、ケビンです。魔物たちとの連絡が<業務連絡>で出来る為、このだだっ広い魔の森においてもスムーズな追い込み作業が行えております。

で、グラスウルフ部隊に頼んでいた不審物の捜索ですが、やはりありましたよ、怪しいブツが。これ絶対誘魔草を使った兵器じゃん、スタンピード発生装置じゃん、闇属性魔力の痕跡が見えるんですけどって、これって呪符じゃね?

オンキリキリソワカとか急急律令とか言って狩衣かりぎぬ着た安部さんとか土御門さんとかが暴れちゃう奴じゃね?世界観~~!!

これって絶対転生者の仕業だよね?呪術に手を出しちゃってるよね?もう嫌だ。

そう言えばアナさんのテントにも転生者の影が見えるんだよな~。

あの防寒あったかテント、とある刺繡が施してあるんですけどね?これがどう見ても“魔法陣”なんですよね~。

そう、この世界の女神様がご用意なさってくださった“魔方陣”じゃなくって“魔法陣”、別系統の魔法付与技術。エルフと普人族の確執から生まれたって言われればそうかもしれないけど、その作りがね~。

そう言えば授けの儀の時に職業がなかった転移者が監禁先から逃げ出してエルフの里に身を寄せたような話を本部長様が仰っていたよな~。この世界って何気に転移者やら転生者が足跡を残してるよな~。

まぁいいや、危険物はさっさと回収しちゃいますか。

「<収納>」

魔力で指定して腕輪収納にポポポポ~ンってね。


「良狼、それとグラスウルフ部隊の皆さん、お疲れさまでした。

ビッグワーム干し肉(半生タイプ)と魔力水をご用意しておきましたんで、影空間でゆっくりお休みください。

本日はお疲れさまでした」


“““ウォンウォンウォンウォンウォウーン”””

ご活躍のグラスウルフ部隊の皆様方は、嬉しそうに影空間に潜って行くのでした。


「・・・で、あれって一体何が起きてこうなってるの?」

マルセル村魔物三銃士の皆さんと共に魔の森の追い込み漁を終え、目的地であるランドール侯爵領の渓谷に向かったんですが。

何か目の前に瓦礫の山と言うか崩壊した渓谷がですね~。瓦礫の下には押し潰され息絶える魔物の数々、そりゃ魔の森一つ分の魔物を追い込んだんだから相当数になるわな、思いのほか集まって来ちゃってたのね。

そんでもってそんな魔物をスルーさせる訳にはいかないって事で対グロリア辺境伯領騎士団用の罠を発動、壮絶な攻防戦を繰り広げていたって事ですね。

でも凄いなランドール侯爵軍、渓谷一つ潰すって相当よ?

これ、実際に使われてたらシャレにならなかったんじゃね?まぁさせないけど。

取り敢えず渓谷全体を闇属性魔力で覆い尽くして魔物の死骸だけを指定して腕輪収納に回収っと。なんか谷の上にも魔物の死骸が転がっているんですけど?めちゃくちゃ大騒ぎになってたんじゃね?

これ次の街とか大丈夫なんだろうか?大丈夫だと思おう、きっと大丈夫さ。


「御三方ともお疲れ様。大量の魔物肉が手に入りましたんでここでお食事タイムにしたいと思います。取り敢えずお疲れさまでした」


目の前に山と積まれた魔物肉の挽き肉、三体の魔物たちはそれぞれの前に積まれた小山に向かい、嬉々として飛びついて行くのでした。

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