第214話 村人転生者、お祭りの準備を始める (2)

「ドレイク・ブラウン殿、大変有意義な会談を行えた事、感謝いたします。

グロリア辺境伯様にもよい報告が出来そうです。

いずれ又お伺いいたしますが、その時には吉報をお持ちする事となるでしょう。

わたくしもその時を今から心待ちにしております」

グロリア辺境伯家執事長ハロルドは、マルセル村村長代理ドレイク・ブラウンに別れの言葉を継げると、獰猛な笑みを浮かべながら馬車へと乗り込んで行く。


「まぁ、人生谷あり山あり。幸も不幸も見方次第とも言う、あまり悲観しない事だ。

これからは隣同士、何かあったら話くらいは聞こう」

総合監察官ストール・ポイゾンはドレイク村長代理の肩をポンッと叩き、馬車へと乗り込む。


「それではドレイク・ブラウン殿、いずれ領都にてお会い致しましょう。その時はまた剣を交えたいものです」

「あの、オヤジ。俺は・・・」


「マイケル・マルセル騎士爵様、精進なさいませ。あなた様は騎士家の当主、誇り高きマルセル家の血を引く者。

奥様のアマリア様と共に栄光の道を歩まれる事を心よりお祈り申し上げております。

・・・マイケル、悔しいと思うなら歯を食いしばれ、下を向くな、顔を上げろ。

お前はもう辺境の村人なんかじゃない、田舎の村長候補でもない、グロリア辺境伯家に仕える騎士、マイケル・マルセルなんだぞ。

この俺は、マルセル村は、更に発展する、発展させて見せる!

お前に負けないくらいにな。

お前の騎士人生はまだ始まったばかりだ、騎士になったところで終わりじゃない、始まったばかりなんだよ。

俺を越えて見せろよ、マイケル。俺はお前を越えて見せる、必ずな」


そう言い拳を突き出すドレイクに、マイケルは同じく拳を突き出しコツンと当てる。


「出立!!」

「「「「マイケル様、アマリア様、お幸せに~」」」」


騎乗した騎士に守られた馬車は、一路領都グルセリアに向け走り出す。

マルセル村の村人たちは、彼らが無事領都に辿り着く事を願い、いつまでも手を振り続けるのであった。


「・・・ところでギース、お前は一緒に行かなくてもいいのか?来るときは一緒だっただろう?」

「あぁ、何でも急ぎの用事が出来たとか言っててな。お貴族様の馬車と騎兵が本気で走ったら俺の所の幌馬車なんて追い付かないから、足回りが違うんだよ、足回りが。しかも向こうはお貴族様専用門をお通りになられるの、来た時だってエルセルでご一緒しただけだからな?

それにしても昨日のあれは何だ?マルセル村は何時から戦闘民族の隠れ里になったんだよ、冒険者パーティー“草原の風”がかわいそうな事になっちゃってるからな?すっかりしょげちゃったから。

今日はその回復も兼ねてゴルド村までの移動に留めておくわ。途中の野営も無し、護衛があんな状態じゃ俺が死ぬ!

何かお前も大変な事になっちゃってるみたいだけど、無理だけはするなよ。

折角マルセル一族から解放されたんだ、人生を楽しまないと損だからな?」


モルガン商会行商人ギースは重い腰を上げるかの様にゆっくりと出立を始める。

その両脇には魂の抜けた様な護衛冒険者が二名。


「あ、うん、なんか凄い心配だな。太郎君、悪いんだけどギースたちをゴルド村まで送って行ってくれる?ゴルド村の手前まで着いたら戻って来てくれていいから」

“ウオンッ”


マルセル村の村人たちはブラックウルフの太郎に付き添われ去って行く商隊の姿に、“御愁傷様です”と手を合わせ祈りを捧げるのであった。


――――――――――――――


「ドレイク村長代理、まず部隊の編制ですが、ボビー師匠、父ヘンリー、グルゴさん、ザルバさん、ギースさん辺りが良いかと思われます。

今回の作戦は新参の男爵家が招集に応え参加すると言った立場ですので、あまり大人数での参戦は得策ではないかと。

それと基本ボビー師匠と父ヘンリーの威圧で敵の戦意を削ぐことを目的としますので、皆にはこの二人の覇気に耐える訓練を積んでもらう必要があります。

辺境マルセル村に“下町の剣聖”“笑うオーガ”の二大巨頭ありと言う事を敵ばかりでなく味方貴族に強く印象付け、“触らぬドラゴン”と思っていただく必要があるからです。

ドレイク村長代理をはじめとした皆さんには、明日よりしばらくは訓練に参加していただきます様お願いします」


“祭り”とはその時間の多くが準備に費やされる。祭りの主役の準備、会場の設営、衣装の準備や参加者の選定。資金はどうするのか、購入する物はどんなものが必要か?

毎年のように役員でもしているのならば手順も分かっているだろうが、急遽参加を決めた者達にとってその手配はとても忙しないものとなる。


「ベネットお婆さん、そう言う訳でドレイク村長代理とボビー師匠、父ヘンリー、グルゴさん、ザルバさん、ギースさんの衣装が必要です。鎧を付ける事を前提として、攻撃糸製のものを人数分。この前作った土属性マシマシインクで染め上げれば丈夫さは問題ないかと。

色合いは紺で統一する形でどうでしょう?」


衣装と言ってもその見栄えは重要である。戦国の世において武具が派手にきらびやかに彩られていた事はよく知られているが、一般兵士の統一された武具や大将格の者の纏うインパクトのある武具は、ある意味武力に勝るとも劣らない重要性を持つ。


「マルコお爺さん、これは以前倒した“赤鷲”とか言う盗賊たちが着ていた防具になるんですが、物は良いと思うんですよ。グルゴさん、ザルバさん、ギースさんにはこれを流用する形でいいかと。

それでこれは熊みたいな体形の盗賊が着ていた防具ですね、父ヘンリーの分はこれを基に調整して貰えないかと。

ボビー師匠とドレイク村長代理の分は赤鷲のリーダーと副リーダーみたいな奴が着ていたこの鎧に手を加えればいけるんじゃないでしょうか?」


手元にある物に手を加え、工夫し、少ない時間で出来得る限りの手筈てはずを整える。マルセル村はこれから始まるであろう“祭り”の為に村中総出で準備を行うのであった。



「訓練生の諸君、これまで辛い訓練によく耐えてくれた。諸君はこの訓練で魔力枯渇状態を克服しつつある、あと一月もあれば魔力枯渇状態での本格的な基礎体力作りにも入る事が出来るであろう。

だが今日はそんな諸君に残念な知らせがある。

我々が住み暮らすここグロリア辺境伯領に喧嘩を売る愚か者が現れた。その愚者たちは事もあろうかグロリア辺境伯家に間者を潜り込ませ、内側からこの地を弱体化させようと画策したばかりか、パトリシアお嬢様の御命を狙うと言う凶行に及んだ。

この事態にグロリア辺境伯様は大変お心を痛められると共に鉄槌を下す決意を固められた。

我々マルセル村の者はその御心に応えねばならない。したがって当面はその準備に取り掛からねばならず、諸君の訓練を一時中断してしまう事、心より謝罪する。


だが諸君の向上心は理解しているつもりだ。よってこれより暫くは“祭り”の為の訓練に参加して貰おうと思う。

やる事はもう少し先の段階で行う予定であった覇気の訓練である。予定では身体の内側にある覇気を意識する事より始め、少しずつ感覚を掴んで行ってもらうはずではあったのだが祭りの始まりまでに時間がない。

新たな参加者は私の後ろに控えているドレイク村長代理、グルゴさん、ザルバさん、ギースさんである。

訓練教官はボビー師匠と我が父ヘンリーとなる。

諸君が無事試練を乗り切ることを期待する」


ここは村の外れボビー師匠の訓練場。いつもの地獄の訓練に集まっていた訓練生たちは、悪魔からの不意の訓練中断宣言に自然顔を緩ませていた。


「あ~、皆の者、ケビンの話は聞いておったの。まあ早い話が他領との小競り合いがあるからその準備で忙しいと言っただけの事じゃ、ジミーにジェイク、エミリーに剣士にローブ、それとブー太郎。この件に関しては大人の事情じゃて、お主らには直接関係せん、そこまで気にせんでええぞ。

それでこれから何を行うかと言えば要は覇気に慣れる、ただそれだけじゃ。

ドレイク村長代理たちも皆と一緒に並んでくれるかの?

これより儂とヘンリーとでお主らに覇気を浴びせる、お主らはその場でそれに耐えてくれればよい。ケビンの奴が言っておったが辛くなったら腹の底から息を吐き出しゆっくり吸う事を繰り返すと良いそうじゃぞ?」


「それとこれはケビンか言っていたんだが、どうも覇気を何度も浴びる事でその感覚を身体が覚え覇気自体を操れる様になるそうだ。

どうやらケビンの奴はボビー師匠に散々覇気を浴びせられた事で覇気に目覚めたらしい。俺やボビー師匠は魔物との戦闘の中で自然に身に付けて行ったものだからな、こんな方法があるのかと感心したものだ。

先ずはオークの群れを蹴散らすくらいの強さからだな、行くぞ?」


“ブォッ”

ヘンリーの身体から溢れる膨大な気配。その衝撃にドレイク村長代理は冷や汗を流し、グルゴ、ザルバ、ギースの三人は腰を落とし表情をしかめ、ジミー、ジェイク、エミリーの三人は一瞬ビクッとするもすぐに元に戻り、ブー太郎は“フゴブヒ”と声を上げ、剣士とローブは腰を抜かした。


「ふむ、皆確り耐えておるの。剣士とローブは無理せんでええからの、焦らずに頑張ればよい。

最終的には大福と全力で対峙する時くらいの覇気に耐えてもらおうかの」


そう言いにこやかに笑うボビー師匠。

悪魔から逃れた先は修羅の国であった。

ここはオーランド王国の最果てマルセル村、その地では悪魔が囁き、修羅とオーガが笑みを深める。

逃れ様のない現実に、愕然とする一同なのでありました。



訓練場を去ったケビンは、その足で村のはずれの草原地帯に向かっていた。

それは“祭り”行列に必要不可欠な足を確保する為であった。


「シルバーたちお待たせ~。今日集まってもらったのは他でもありません、ちょっと戦が起きそうでね、それに参加してくれる方の募集です。

悪いけどシルバーと黒龍は強制参加で。シルバーは度胸があるし、黒龍は体格がいいからね。黒龍くらいじゃないと我が父ヘンリーは騎乗させられないかと。

あと四人分なんだけど、お前たちが来てくれるの?

本当に助かる、ありがとうね。

それで君たちには覇気を覚えてもらいます。今度の戦では騎乗する人間が魔力や覇気で周囲を威嚇する事が主な目的だからね。

やり方は魔力纏いの時と同じだね、俺が外部から覇気を送るからそれを感じ取る事から始めてくれる?

魔力と同じで覇気を覚えれば力が強く出せる様になるから、耐久力も高くなるし怪我の治りも早くなる。知ってて損はないから」


“““ブルルル、ヒヒ~ン”””

「えっ、お前たち全員覚えたいの?それじゃ集まって~」

“フワッ”


「徐々に出力を上げていくからきつくなったら言ってね~、無理はしないようにね」


“祭り”の準備は続く、多くの者の思惑を載せて。

辺境の地マルセル村は、蔑まれる不毛の土地から、強者が集う豊穣の地へと、その印象を大きく変えようとしているのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る