第213話 村人転生者、お祭りの準備を始める

「「「マイケル・マルセル騎士爵様、叙爵並びにご結婚、おめでとうございます」」」


マルセル村の中央、健康広場に設けられた祝の席。そこではマイケル・マルセルの騎士爵叙爵と結婚を祝福する為、マルセル村の全ての者たちが集まり楽し気にテーブルを囲んでいた。


「あ、うっ、うむ。皆の者、その言葉有難く受け取ろう。そしてこのような祝いの席を設けてくれた事感謝する。

ストール監察官様、ハロルド執事長様、私共の祝いの席に御臨席いただけた事、妻アマリア共々心より感謝申し上げます。

そして村長代理ドレイク・ブラウン、貴殿の働きによりマルセル家が継承権の有る騎士爵家として叙爵が叶った事は、ハロルド執事長様より聞き及んでいる。

これまでマルセル村を支え、辺境の地を発展させてくれた事、その功績は非常に重くそして素晴らしい物。

我がマルセル家はグロリア辺境伯様の臣下となりグロリア辺境伯様のために働く事になる為、マルセル村の者達に手を差し伸べる事も叶わぬが、貴殿ならば必ずやこの地を村人たちの誇れる故郷としてくれる事だろう。


親父殿、これまでもこれからも、マルセル村の事、よろしく頼む」


マイケル・マルセルの言葉、それは彼なりの精一杯の感謝であった。そしてこの辺境の地を旅立つマルセル家に代わり村の事を、村人たちの事を託す為政者としての最後の願いでもあった。


「マイケル・マルセル様、あなた様の思い、確かに受け取らせて頂きました。

このドレイク・ブラウン、必ずやここマルセル村を村の若者たちが誇り、帰って来たいと思える故郷にすると誓いましょう。

アマリア様、マイケル様の事をよろしくお願いいたします」


“““パチパチパチパチパチパチパチパチ”””

村人たちから送られる盛大な拍手、マルセル村から偉大なる血族“マルセル家”は旅立った。彼らはグロリア辺境伯家旗下の騎士爵家として栄光の道を歩む事となるだろう。

そんな村人たちに祝福されるマイケルの姿を隣の席に座り眺める妻アマリアは、夫マイケルをマルセル村の人々が誇りに思える“漢”に育て上げようと堅く心に誓うのであった。


「「「乾杯~~!!」」」

打ち付けられるコップ、村の男衆は畑仕事も一段落したところでの不意の酒宴に頬を緩ませ、女衆はマイケルの新婚話に耳をそばだたせる。

騎士爵とは言え現場一辺倒の男勝りなアマリアは、酒の力もあり普段の私生活を明け透けに話して聞かせる。


「っていうとあれですか?マイケル様のマイケル様はそれはそれはマイケル様だと!?」

「うむ、初めの頃こそ怯えるゴブリンの様であったがな、今では立派なホーンラビットよ。ホーンラビットの突進力は馬鹿にしたものではないぞ?

なんせ鉄壁と呼ばれた私の重装を貫いたのだからな」

「「「キャ~、マイケル様男前~♪」」」


「ふむふむ、ではいずれはオークソルジャーですかな?」

「いや、マイケルは中々素質がある。オークキング、ワイルドベア、オーガを目指してもらわねばな!」

「「「キャ~、アマリア様大胆~、そこに痺れる憧れる~♪」


“ブホッ”

女達の楽しい会話は続く。約一名生贄の羊が激しい心的ダメージを喰らうも、それは必要経費と言うものであろう。


「ハハハハハハ、アマリア様、楽しんでおられますかな?」

そこに顔を出したのは夫マイケルの父、ドレイク・ブラウン村長代理。


「うむ、この様な楽し気な酒宴は久しぶりだ。お義父上もその様に様付けなどせずアマリアと呼んで欲しい」

アマリアの申し出に、ドレイク村長代理は首を振り申し訳なさそうに言葉を返す。


「アマリア様がそのように仰って下さる事は大変光栄であり有難い事ではありますが、ご身分と言う物がございます。

マイケル様の母上、前村長シンディー・マルセル様とは既に離縁した身、騎士爵様であらせられるマイケル様やアマリア様を気軽にお名前で御呼びする事は恐れ多い事にございます。

またマイケル様は爵位を得られマルセル家の当主となられた御方でございます。

その様な御方に一言でも親父殿と呼んでいただけただけで、このドレイク、感激の至りでございます。


それとは別に、アマリア様が此度マルセル村に参られた事はただマイケル様の生まれ故郷を見たかったからと言うばかりではないとお見受けし、お言葉を掛けさせていただきました」


村長代理ドレイク・ブラウンからの問い掛けに、これまでの陽気で楽し気な表情を一変させ獰猛な笑みを浮かべるアマリア。


「ほう、ドレイク村長代理どのはどうしてそのように思われるのかな?」

アマリアの射殺さんばかりの鋭い視線。ドレイクはそんな彼女に対し、さも当然と言った表情で涼しげに答える。


「はい、それはアマリア様の第二騎士団副団長と言うご身分、それと同行されたハロルド執事長様の存在、そしてお伺いした領都のご様子でございます。

アマリア様ほどの実力者のご訪問は、単なる視察ではなくここマルセル村の者が戦力として使えるかどうかの見極め、そうではありませんか?」


ドレイクの言葉に嬉し気に笑みを深める強者。そんな彼女にドレイクは言葉を続けた。


「であるのならばその試しを受けるのはここマルセル村の代表たるこのドレイク・ブラウンではないかと愚考いたします。

私は幼少のマイケル様に対し、何かを残してあげる事も何かを伝える事も出来なかった。辺境五箇村農業重要地区入りによりマイケル様の叙爵に御助力を出来た事は、私の中での唯一の喜びであった。

そんな私ですが父親としてその姿をマイケル様に見ていただきたいのです。

あなた様の父親がどれ程の者であるのかを、そしてそれを足掛かりとし更なる飛躍を遂げていただきたい。

愚かな父親の我が儘とお思い下さい。

この村には私より強い者が多く存在します。ご満足いただけない様でしたら直ぐにでも交代いたしますので」


そう言い頭を下げるドレイクにアマリアは首を横に振る。


「いえ、ドレイク殿の御覚悟、そして子を思う心、確かに受け取りました。

第二騎士団副団長アマリア・マルセル、お手合わせをお願いいたします」


「「「「「おぉ~~~」」」」


盛り上がる会場、そそくさとそれぞれに木剣(大森林中層材木製)を手渡す村の青年。


「では参る、ヤァッ!!」

“ブンッバンッブンッバンッバンッバンッ”

“スタンッスタンッスタンッスタンッスタンッスタンッ”


アマリアの剛腕から振るわれる大ぶりな木剣。だがドレイクはその一打一打を最小限の動きで華麗に受け流す。


「まだまだ~!!」

“ストンッ、ダッ!”


一歩後方に飛び下がるや、全身の勢いのままに飛び込むアマリア。ドレイクはその奇抜な動きにもサッと剣を合わせる。

だがそれこそがアマリアの狙い、数々の実践を潜り抜けてきたアマリアにとって待ちの相手の裏を突く事など容易であった。


“フッ、ダッ!”

アマリアは身体の力を一瞬にして弛緩させるやその待ちの剣を受け流し、自身をドレイクの懐に潜り込ませる。


「そこまでです」


アマリアの首筋に添えられた木剣、アマリアが身を翻し攻撃に入るその刹那、アマリアの動きを躱したドレイクは彼女により受け流されたはずの木剣をその首筋に突きつけているのであった。


―――――――――――――


お~、ドレイク村長代理、やる~。

第二騎士団副団長アマリアさんとドレイク村長代理の攻防。力押し一辺倒と思いきや中々玄人好みの弛緩技をお持ちのアマリアさんに対し、受け流しからの翻しで勝負を決めたドレイク村長代理。

この高度な攻防戦、お口あんぐりのマイケル君には分ったかな~?

それ以前に父親がこれ程の実力者だって事に目が点になっちゃってたからな~。


でも仕方がないよね、マイケル君の知ってるドレイク村長代理ってメタボの中年オヤジだもんね。でもねマイケル君、この一年半で変わったのは君だけじゃないんだよ?

ドレイク村長代理はね、日々溺愛するエミリーちゃんと楽しい親子の交流を取る為に必死に鍛え続けたんだよ。エミリーちゃんの打ち込みはこんなもんじゃないからね?

現役の第二騎士団副団長の遥かに上を行く打ち込みをする十歳の少女、彼女は一体何を目指しているのか・・・。

ドレイク村長代理、頑張れ。


「ほれケビンよ、何を呆けておる。今度は儂らの出番じゃぞ?」


はっ?このボケ老人は一体何を仰っているのでしょうか。確かにこののち“下町の剣聖”と“笑うオーガ”の演武が予定されてはおりますが、わたくし、出番は予定されておりません事よ?


「ケビン、“自分の出番はない筈なのに何を言ってるのか?”って顔をしているがな、お前の出番も確り用意されているぞ?

ドレイク村長代理からの伝言だ、“私も仕事したんだからケビン君もやってくれるよね?男爵って一体何の話かな?いつから機会を窺っていたのかな?しっかり下調べまでして予定通りって事なのかな?

・・・逃がさないからね?”だそうだ。

あの時のドレイク村長代理の目は、約束をすっかり忘れた時の俺に向けるメアリーの目そのものだったな。思わず身震いがしたぞ、お前一体何をやらかしたんだ?」


父ヘンリーから告げられた宣告。そっか~、ドレイク村長代理怒ってたのか~。

あの会談のあと“ご出世おめでとうございます”って祝いの言葉を贈ったのが悪かったのかな~。でも今回はこれが一番スマートなやり方だったんだから仕方がないじゃん、思い付いちゃったんだもん。

まぁ関係ないって無視を決め込んでもマルセル村的にはさほど影響はなかったとは思うんだけどね、グロリア辺境伯様からの印象は最悪よ?

パトリシアお嬢様の一件はメイド長のカミラさんから伝わっちゃってるし?こっちに余計なちょっかいを掛けるなよって暗に伝えたつもりだったんだけど、大貴族様がこういう形で頼るかね~。

オーガと剣聖を出せって力技で来たら叩き潰して終わりで良かったんだけどな~。流石は元名宰相、人の使い方が上手い。

そんな御方でもあれだけの間者を潜まされちゃうって、お貴族様社会って魑魅魍魎だらけじゃん。王都、駄目、絶対じゃん。


そんでもってグロリア辺境伯領の独立騒ぎ、乗らねば、このビッグウェーブに!!って奴ですね。

剣聖とオーガを生贄に裏方に回ってモブを決め込もうと思ったのにな~。

こうなったら遊んじゃうぞ、この野郎!


「それでケビンは魔法無し、覇気無しじゃな。こっちは全てありありじゃ。当然触腕も無しじゃからの?」


「はっ?イヤイヤイヤ、制約おかしいから、ボケたか元白金級冒険者!!」


「それと相手は俺とボビー師匠二人同時な?ケビンにはなんやかんやで逃げられてるからな、いい機会だ、お前の実力を堪能させろ」(ニチャ~)


「ちょっと待ってお父様、目が怖い、口角上がり過ぎ、背後に何か見えちゃいけないモノが立ってるし~!!」


「マルセル村剣術指南役ボビー、推して参る!!」

「息子よ、俺に喰らわせろ!!」


その手に魔境素材の木剣を握った修羅が、双手に魔境の材木で作った大剣を携えた鬼神が、目の前の獲物に向け全力で切り掛かる。


「ふざけるなよこの戦闘狂どもが~!!金剛無双、明鏡止水、疾風迅雷発動!!

ラビット格闘術中伝、村人ケビン、命の徒花あだばなを咲かせて見せようぞ!!」


“ドガドガドガドガ”

修羅の連撃がケビンを襲う、だがそんなもので容易く打ち取られる程マルセル村最強は甘くない。


「剛腕剛脚、瞬転無双!!」

“ダダダダダダダダダダダダダダダ”


その腕が、その足が、まるでガトリング砲の如く全ての剣戟を相殺し撃ち返す。


「吹き飛べ、双龍牙!!」

鬼神の放った二枚の刃が、龍のあぎとの様にケビンに迫る。


「お前がな、地龍天昇脚!!」

だがケビンは暴龍の牙を掻い潜り、地面に這う龍が天に昇るが如く、鬼神の下顎に向けアッパーカットの蹴り上げを撃ち放つ。


“グホッ”

吹き飛ぶ鬼神、だが修羅はそこに出来た隙を逃さない。

蹴り上げた形の不安定な姿勢のケビンに対し、必殺の一撃を撃ち放つ。


「一閃!!」

だが、

「降龍重脚!!」

その動きに合せるかの様に打ち下ろされた右足、鞭のようにしなうそれは修羅の頭部を正確に捉え、轟音と共に大地に叩き付けるのであった。


「フ~ッ、ふざけんな爺共!!俺は旨い料理を堪能してるんじゃい!!」

荒ぶるケビン、だが修羅と鬼神はそう容易く沈黙はしなかった。


「ククククッ、アッハッハッハッ。これがマルセル村最強、これが息子の実力!

滾る滾る滾るぞ~!!

もっとだ、もっと喰らわせろ!!」


「ククククッ、カッカッカッカッ。“下町の剣聖”?そんな肩書きどうでもいいわい、儂は剣が振るいたいだけのただの老いぼれじゃて。

あぁ、楽しいの~。楽しくて堪らんの~!!」


鬼神が笑う、獰猛な愉悦を込めて。修羅が駆ける、自身の持つ全てを賭して。



「なぁドレイクよ。マルセル村ではこれが普通なのか?この様な頂上の殺し合いが日常なのか?」

総合監察官ストール・ポイゾンは先程から止まらない身の震えをグッと堪えながら言葉を掛ける。


「ククククッ、これがマルセル村。ドレイク殿の貴族籍のお話、すぐにでも始めなければなりませんね。

しかしケビン君も人が悪い、あれほどの実力を微塵も見せて下さらないとは。

カミラの判断は正しかった様です。その智謀、その胆力、そしてその武力。

ケビン君ばかりは敵に回してはいけませんね」

執事長ハロルドは、獰猛に歪む口元を隠そうともせず一人呟く。


「ハハハ、何だこの戦いは。こんな恐怖、大森林の調査に行った時ですら感じた事など無いと言うのに。

グロリア辺境伯様がその目で見て来いと言ったマルセル村の実力とは、これ程の・・・」

「なっ、なっ、なっ」

目の前の戦いに顔を引き攣らせ身を震わせるアマリア、その光景にただ圧倒されるマイケル。


「あぁ、あれはじゃれ合ってるだけですね。彼らの本気はこんなものじゃないですよ?私達の意識があるのがその証拠、皆さん楽しみつつ余興と言う事を分かっていらっしゃるみたいですね、良かった良かった」

ドレイク・ブラウンの言葉に目を見開く一同。あれが余興!?


オーランド王国の最果て、大森林に一番近い場所、マルセル村。

そこは牧歌的であり陽気な村人たちが住み暮らす辺境の寒村。

だがその深淵を覗く者は知るだろう、この世には決して触れてはいけないもの、暴いてはいけないものがあると言う事を。

それを知ってしまった者は、決して逃れる事の出来ない呪縛に縛られてしまうと言う事を。



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