第212話 グロリア辺境伯領の動乱

“ガヤガヤガヤガヤ”

「武器の補給及び食料の積み込み、完了しました。補充分につきましてはマジックバッグに収納済みです」

「第一・第二騎士団、出撃準備完了です、何時でも行けます」

「子爵、男爵各領地より援軍が集結しています」


グロリア辺境伯領領都グルセリア、そこは今、これまでにない喧騒に包まれていた。

各地から続々と集まる軍勢、人々はこれから始まるであろう戦乱に不安と動揺を隠せずにいた。


「申し上げます。マルセル村より様がご到着なさいました」

「うむ、通せ」

待ち望んだ朗報に領主マケドニアル・フォン・グロリアは獰猛な笑みを浮かべる。

これから始まるのは戦でも何でもない、ただの力の誇示。

ここグロリア辺境伯領を嘗め切った王都の愚か者どもに一泡吹かせる為だけの大芝居。


「さて、役者は揃った。幕開けと行こうではないか」

マケドニアル・フォン・グロリアは全身の血が沸き立つのを感じながら、待ち望んだ男の来訪を歓迎するのであった。


―――――――――――――


「あ~、うん。要するにグロリア辺境伯領の実力をオーランド王国内の王族及び貴族に示す必要がある、派手に戦果を挙げる必要がある、でも人材不足である、そう言う事ですね」


マルセル村村長宅の執務室でテーブルを囲む者達。胃痛に顔を歪める者、窓の外を眺め“今夜の料理は何であろうか”と現実逃避に走る者、口元を獰猛に歪め戦に心踊らせる者。

小柄な青年はそんな彼らに向け言葉を続けた。


「問題はここグロリア辺境伯領、グロリア辺境伯家が周辺貴族及び王家から嘗められてると言う事。時間を掛け間者を送り込んでいた当たり最大限の警戒はしている様ですが、ランドール侯爵家がグロリア辺境伯家を内側から弱体化させオーランド王国北西部の実権を握ろうと画策していた事は明らか。

確かパトリシアお嬢様の婚約者であったランドール侯爵家三男ローランド・ランドール様は第三王子殿下の側近をなさっているとか。王家とランドール侯爵の関係はかなり密接なものとなっているとみていいでしょうね。

グロリア辺境伯様はその点も考慮されての上でローランド様とパトリシアお嬢様とのご婚約にお力をお貸しし、ジョルジュ伯爵の跡取りとしてご推薦なされたはず。

グロリア辺境伯家、ジョルジュ伯爵家、ランドール侯爵家が血縁で繋がる事でオーランド王国北西部地域の安定化を図ろうとした、そうではありませんか?ハロルド執事長様」


俺は言葉を切りハロルド執事長様に目を向ける。執事長様は俺の見解に一瞬目を見開くも、そうであると言わんばかりに頷きで返した。


「だがそれを面白くないと考える者がいた、それがランドール侯爵、それと現在の王家の人々でしょう。ランドール侯爵家としては仲良しこよしの支配ではなく自家が一番となりたいと言う強い思いがあった、今回の様な周到なまでの間者による介入がその証拠ですね、おそらく一代では済まない妄執と言ってもいい。

そして王家は“オーランド王国の懐刀”と呼ばれたグロリア辺境伯様を疎ましく思っていた。いくら優秀であった元宰相とは言え、引退したご老人にいつまでも睨まれると言うことはあまり気分のいいものではなかったのでしょう。

ランドール侯爵の暗躍、そして接近は王家としても都合が良かった。要するにグロリア辺境伯家の力を少し削いでおきたかったと言った所なんでしょうね。

実際その目論見は上手い事いっていた。

グロリア辺境伯領北西部の盗賊の暗躍、犯罪都市エルセル、禁止薬物である誘魔草の入手。人身売買の売り先は?人や物の流れは?

北にフィヨルド山脈を抱え西にヨークシャー森林国を擁するグロリア辺境伯領北西部で起きるには、犯罪の規模が大き過ぎるんですよ。やるならもう少し南、バルカン帝国との国境付近とかじゃないですか?それかグロリア辺境伯領の南部。

密かに領内の治安を乱しグロリア辺境伯家の力を削ごうとしたとしか考えられない。

北西部で発生した犯罪とランドール家、結び付けるのって結構難しいでしょうからね」


“ズズズズズズッ”

お茶を飲みのどを潤してから一同の顔を見る。ん?何か皆さんが目を丸くなさってるんですけど?もしかして全容を把握なさっておられなかったとか?

えっ、ハロルド執事長様もですか?イヤイヤイヤ、それはないですよね?

まぁいいや、話の続きと行きますか。


「オホンッ、え~、続けます。

結論から言いますと現状での戦争行為はお勧めできません。理由は二つ、一つは単純に人手が足りません。

ハロルド執事長様やストール監察官様が仰っていた様に、グロリア辺境伯家では大幅な人事粛清が行われました。その様な現状での戦争行為は領内の混乱を生みます。

二つ目は敵勢力がこの状況を望んでいるからです。

ランドール侯爵家は常にグロリア辺境伯家に攻撃を仕掛けていた、つまり戦争行為を望んでいた。力を削いで弱体化させれるなら良し、そうでなければ叩き潰すのみ。

パトリシアお嬢様への執拗な襲撃、これはもしかしたら戦争の口実を作りたかったからなのかもしれません。

そう考えれば婚約破棄をされ既に用済みとなったパトリシアお嬢様の御命を狙った事にも納得が出来る。要するに先の襲撃は事が露見する所までが織り込み済みだったって訳です。

であるのならランドール侯爵家の対応も、王家の対応も説明出来る。すでに話が通っていたのなら慌てる必要も無い。

本当こう言う政治の駆け引きって面倒ですよね、嫌だ嫌だ」


“ズズズズズズッ”

あ、飲み終わっちゃった。(T T)

「月影、お茶のお代わり貰って来てくれる?それと皆さんにも新しいものをお出しして」


「畏まりました、ご主人様」


俺の言葉に月影がお茶の準備に入る。こういう時メイドさんがいるって便利だよね、お貴族様や豪商のお宅にメイドさんがいるのも頷けるってものです。

「えっと皆さんどうなさいました?さっきからお口ポカンと開けちゃって」


「はっ、いや、えっ?あのケビン君、今そこにメイドが姿を現したんですが、彼女は一体?それと先程までのお話ですが」


何か混乱するハロルド執事長様。イヤイヤ、執事長様にとってはメイドなんて珍しくも無いでしょうに、解せん。


「えっと、月影は俺が雇ってる訳アリメイドです。雇ってると言っても衣食住の提供くらいしかしてないんですが。

こうやって出掛ける際なんかは常に控えてくれてますよってどうなさいました?

メイドってそう言うもんなんじゃないんですか?月影からは“主人の邪魔にならない様に側で控える事はメイドの嗜みです”って聞いているんで気にしない様にしてるんですけど」


「「「イヤイヤイヤ、そんなメイドいないから、どこの暗殺者?って感じだから」」」


あっれ~、おかしいな。メイドってそう言うもんだとばっかり。アナさんも特に何とも言ってなかったんだよな~。文化の違い?エルフと普人族とではあり方が違うんだろうか?この辺は後でグルゴさん辺りに聞いておこう。

あの人伯爵家に勤めていたって言ってたからその辺詳しいだろうし。


「えっと、月影の事は置いておきましょう。

先程戦争はお勧めできないと言いましたが、これは現状を冷静に分析した結果であると言うだけで、

グロリア辺境伯家にとって最善であるかと言えばそうではありません。

グロリア辺境伯様も仰っていたんですよね、“貴族は嘗められたらお仕舞”って。

ここで引いてしまえばグロリア辺境伯様は“腰抜け貴族”、“名ばかりの辺境伯”と侮られても仕方がありません。これまでのオーランド王国の歴史でもそうして没落して行った貴族家が多く存在したんでしょう?

メルビン司祭様が仰っていました、見栄を張る事は貴族にとっての戦いであると。

己の権力を誇示し力があると思わせ多くの味方を作る事、畏れられつつも頼られる、その塩梅が非常に難しい。

であるのならここで必要なのは侮られない程度の力の誇示。これが強過ぎれば今度は王家が警戒してしまう。それこそ国内全土を巻き込んだ戦となってしまう、それは避けなければなりません。


恐らくグロリア辺境伯様は騎士団を中心とした精鋭での戦を考えてるかもしれませんが、それは相手方も読んでいる筈。ここで示さなければならないのはグロリア辺境伯様派閥、周辺貴族との結束力です。

多少の時間は掛りますが各領の貴族たちに呼び掛けを行いましょう。明確な線引き、“お前らは俺の敵か?”と言った話です。


そうなればランドール侯爵としても動かざるを得ません、同様に自身の派閥に呼び掛けを行うはずです、“我がランドール侯爵家を守れ”とね。

互いの力の示し合い、予想ではランドール侯爵家が有利と言った所でしょうか。

そこに伝説級の戦力を投入します。その覇気だけで戦場にいる全ての武人の心を折る程の者達、“笑うオーガ”と“下町の剣聖”です。

ただ彼らがグロリア辺境伯旗下に付く事は王家の警戒心を上げるだけでなく騎士団の和も乱しかねない。ですからここは一つ新たにグロリア辺境伯様の寄り子となった男爵家の配下としましょうか。


王都の法衣貴族家にアルバート男爵家と言う家がありましてね、代々財務官僚を行っている家なんですが、所謂貧乏貴族って奴なんですよ。

王都の貴族は見栄っ張り、アルバート男爵家もご多分に漏れず借金に借金を重ねて社交界に顔を出しているとか。御当主は上司の腰ぎんちゃくをして出世の為に娘を上司の妾に出そうとしたって言うとんでも無い男なんですが、これって王都の貴族の間では割とよくある話らしいですね。

そんな親の元から身重の身体で命からがら逃げだしたのが村長代理ドレイク・ブラウンの現在の妻、ミランダ・ブラウンさんです。

で、このアルバート家、跡取りがいないんですよ。上の娘は既に他家に嫁いでいるとか、そちらから養子でも貰って後を継いでもらうにも借金がね~。

詳しくは調べて貰わないと分かりませんが、おそらく今は貧しい生活をなさっていると思いますよ?

その生活費のほとんどを娘であるミランダさんが調薬の仕事をして稼いでいたそうですから。


娘の旦那がグロリア辺境伯家で功績を立てた男爵家の四男であるとか、跡取り息子に恵まれてとか上手い事を言って爵位を借金と相殺して貰い受けて来ちゃえばね~。

爵位の売買は王国法で固く禁止されてますけど、実の娘の旦那ですから本当の婿養子、しかも血の繋がった跡取り息子付き。

王都のグロリア辺境伯家で働きませんかとでも言って支度金として借金を返済させれば向こうのバカ高い誇りとやらも満足するかと。

その辺の駆け引きはハロルド執事長様の方がお得意なのでは?

“新しく寄り子に加わったアルバート家においてはマルセル村一帯を辺境周辺地域を盛り立て農業重要地区入りさせた事、ビッグワーム農法を開発し農村地域の飢えをなくすことに貢献した事、ホーンラビット牧場と言う新たな事業を作り出しこれをグロリア辺境伯家に献上した事、聖水布を作り出しグロリア辺境伯家と教会の結びつきをより強固にした事。以上の理由を持ってマルセル村周辺を所領地とする”とか言って独立させちゃえばいいんです。


マルセル村はアルバート男爵領になる、でも他領に出るにしても何をするにしてもグロリア辺境伯家に頼らなければいけない、更に言えば大森林との緩衝地帯となりその管理も丸投げ出来る。

他の寄り子や領内の貴族を説得する事も容易でしょう。何と言っても“オーランド王国の最果て”“貴族令嬢の幽閉地”マルセル村ですから」


俺の説明に獰猛な笑みをさらに深くするハロルド執事長様。ストール監察官様は楽し気な笑みをドレイク村長代理に向けておられます。

そしてドレイク村長代理といえば。


「・・・・・・」

“返事がない、ただの屍の様だ”を体現なさっておられました。

マルセル村代表村長代理ドレイク・ブラウン様、今後のご活躍をお祈りしております。(合掌)

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