第72話 村人転生者、相談される (2)

「王都を出てからは大変だったよ。私が復讐に走るとでも思ったのか暗殺者ギルドの人間を雇って襲って来る者がいてね、ケイトの事を守りながらの逃避行さ。

いや、あれは単に私が狙われていたのかな?騎士団の中にも私の事を面白く思わない者がいたらしい、例えば副団長とかね。アイツは私が貴族の中で力を付ける事で自分の地位が危うくなるとでも思ったんじゃないかな?全く貴族の世界は度しがたいよ。


声を失い、暗殺者に襲われ、飢えや死の恐怖に怯える日々。ヨーク村に辿り着いた時には隠れ住む事しか考えられなくなっていた。

私の中ではケイトを守る事が全てだった、その生活自体がケイトを苦しめていると言う事に迄考えが及ぶ余裕はなくなっていたんだよ。

この冬にドレイク村長代理とケビン君が訪れて私達を救ってくれる迄私達はただ生きていると言うだけの屍だったんだよ、本当にありがとう」


そう言い深々と頭を下げるザルバさん。重いぞおい、マジで王都に行きたくない。何その蠱毒、最後に生き残るのはどんな化物なの?

確かに経済的には発展しているかも知れないけど、危険がデンジャー過ぎるだろう王都。何が楽しくて自分から地獄に飛び込まないと行けないの?飛んで火に入る夏の虫なの?夏の夜にお店の外でバチバチいってた電撃殺虫灯なの?

貴族、駄目、絶対。戦いの中で権力者となった者達は武力闘争も権力闘争も大好きですって奴ですね、お疲れ様です。


「マルセル村に来て初めて自分が食の喜び、人の優しさ、笑う事、多くの感情を失っていた事に気が付いたよ。そしてそれは私がケイトから奪ってしまった感情でもあった。私はこの罪を生涯背負って行かなければならない。そう思っていたんだ。

でもね、そんな私達に奇跡が起こったんだ、あの子が、ケイトが声を取り戻したんだ。生涯聞くことの出来ないと思っていたあの美しい声が。流石に元通りとは行かない迄も、一言二言でもあの子が言葉を発してくれた。


これってケビン君のお陰なんだろう?君がドレイク村長代理に話す事の出来ない多くの秘密を抱えている事は知っている、それはドレイク村長代理も承知している事だよ。

“ケビン君が話さないと決めた事を探ってはいけない。話しても良いと思っている事ですら危ないんだ、これは忠告じゃない、命令だからね”

ドレイク村長代理は聡明な方だよ、自分の身の程をきちんと弁えてマルセル村に余計な災いを呼び込まない様に十分気を配っている。それでもやって来るのが悪意と言うものなんだけどね。

その事はケイトもよく分かっている、あの子が必要以上に言葉を発しないのも、昔自分の歌声が原因で不幸を呼び込んだ事に対する反省の証なんだろうね」


ケイトが喋らないのって感情を失っていたからだと思っていたけど、そう言う理由もあったのね。それじゃ喋れないよね。

って言うかケイトって女の子だったの?さっきから話の端々に女の子描写が入って来るんだけど?

途中まで少年合唱団の天使の歌声の男の子の話しだと思って聞いていたら何か違うし、“侯爵家の次男坊男色家?お貴族様の業って深過ぎない!?”って思っていたら違ったのね。ごめんね何処かの次男坊さん、君は欲望に忠実だけど衆道家ではなかったのね。


「でもケイトの不幸は終わらなかった。あの子を襲った魔力過多症、正直あの時は神を呪ったよ、何故神はこの子にこれ程の試練を与え続けるのかってね。

貴族の間では魔力過多症は有望な魔法使いの証、神の福音と言われているけど、隠れ住む私達にとってそんなものは邪魔でしかない。それにこんな辺境の最果てでどうやったら治療薬が手に入ると言うのか、これから漸く新しい人生を始められると思っていた矢先だったんだ、その絶望感に私は打ちのめされてしまったよ。そんな不幸もケビン君があっさり解決してくれたけどね。

あのヒカリゴケジャケットは我が家の宝だ、ケイトのお気に入り、これからも大切にさせて貰うよ」


「アハハハハハ、まぁ、うん、気に入って頂けたのなら結構です、大事にしてください」

俺の部屋にもヒカリゴケの苔玉がぶら下がっているからな~。

あれって意外に便利、程よい光が宵闇の室内を優しく照らしてくれます。しかも室温調整機能付き、それ程ぶら下げてないから気持ち程度の効果しかないんだけどね。

元々洞窟の中で育つ苔だから光は必要ないし、毎日魔力水あげてるけど、そこまで気にしなくても元気みたいだし。基本的に乾燥と魔力に気を付けていれば枯れないしね。


「それとケビン君がくれたスカーフとローポーション、あれってケイトの喉の治療の為なんだろう?ケイトはケビン君の指導のお陰で今では魔力過多症治療薬無しでも生活出来る様になった。以前は服用出来なかったポーション類の魔法薬も使える様になった。


先週あの子の誕生日だったんだよ。今年で十二歳、授けの儀迄生き残る事が出来た。ささやかだけど、ドレイク村長代理に頼んで角無しホーンラビットでお祝いさせて貰ったよ。

その時あの子が“お父さん有難う”って言って歌ってくれたんだ。一度は声を失って人生の全てに絶望したあの子が、“今まで守ってくれてありがとう”って言って。忘れもしない、天使の歌声と呼ばれたあの頃よりもさらに美しく力強い歌声で。

その時気付いたんだ、これ迄の奇跡は全てケビン君が与えてくれたものだったんだって。

改めて言わせて貰うよ。ケビン君、ケイトリアルを、私達親子を救ってくれてありがとう」


あ、いや、うん。

・・・言えない、全部偶然だなんて。ヨーク村でザルバさん達を救ったのはドレイク村長代理だし、ポーションビッグワーム肉を与えたのだって死にそうだったからだしね。折角連れて来て死にましたじゃ寝覚め悪いし。

呪いが解除されたのなんか想定外もいいところ、魔力過多症治療薬に関しては勇者病仮性心が暴走したと言うか魔力枯渇訓練に必要だっただけだし、ヒカリゴケジャケットなんか正に偶然、あれってネオンライトごっこ以外に使い道無いしな~。今じゃケイトの方が扱い方上手いんじゃないだろうか。こないだ背中に○、✕、△を順番に出してたしな~。

そんでスカーフとローポーションに関しては完全に保身です。教会勢力が怖いんです。情報の秘匿は不可能、だったら予め欲しい情報を用意しておけばいい。その為には実績が必要だったんです。


でももうそこまで良くなってたんだ。だったらそろそろスカーフを別のものに交換するかな?

今度はフォレストビー魔力聖水インクで作製して、今までのスカーフは宝物にして貰うって方向性で。

でもそうなると聖水を買える教会迄行かないといけない、ドレイク村長代理に頼んで誰かに行って貰う?今の季節はグラスウルフが怖いんですよね。ボビー師匠にでも頼もうかな?聞くだけ聞いてみよう。


「それでここからが相談事になるんだ。さっきも話したがケイトは先週十二歳になった。今年は授けの儀、領都の教会に行って職業を授かる事になる。そうなるとどうなると思う?」


「う~ん、そうですね、少なくとも魔法使い系の何らかの職業を授かるでしょうね。しかもケイトは魔力過多治療薬を三粒も必要とする逸材、王宮魔法使い並みの魔力量、魔導師か賢者か、いずれにしても上級魔法職は確実でしょうね」


「あぁ、私もそうなるだろうと思っている。そうなれば王都の学園に通わなければならない、それはこの国の人間の義務、上級職や希少職を授かった者の情報はすぐさま領主と王宮に送られる事になっている。これは避けようのない事態なんだ。

問題はこの学園には多くの貴族も在籍すると言う事、要は子供の内に関係を築きそれぞれの勢力に取り込もうと言う事なんだよ。有望な人材は権勢を誇る道具だからね。


さて、そんな環境に王都から逃げ出した者が舞い戻ったらどうなると思う?顔や声は誤魔化せるかもしれない。だが名前ばかりは。鑑定の段階でその身分は分かってしまう。元男爵令嬢だと言う事がね」


あ~、そうだった、教会の<詳細鑑定>ならそれこそ根掘り葉掘り分かっちゃうんでした。いくら教会が情報を秘匿していても、学園に入ればそんなもの駄々漏れだろうしね。学園に矢鱈な生徒は入れられない、それこそ重箱の隅をつつく勢いで調べるんだろうな~。

・・・なんてタイムリーな相談事なんだか。


この世界にある<鑑定>と言うスキル、この情報は一体何処からやって来るのだろうか。創作物なんかではアカシックレコードにアクセスしているだの物体に記録された情報だのetc。

この疑問はジェイク君に魔剣“黒鴉”の話を聞いた時に思った事、だってあの剣制作者不明なんだもん。あり得ないでしょう不明だなんて、だって<鑑定>なんだよ?アカシックレコードなりがあるのならこの記録から逃れる事は出来ないだろうし、物体の記録なら何故分からないの?って感じ。

そこで思ったのがこの剣って複数の者が集団で作り上げたんじゃないかって事。それなら制作者不明でも仕方がない。

次に考えたのが名前の疑問。俺たち庶民は別としてお貴族様は家名がある。この家名、嫁に行くなり婿に行くなりすると変わるんですよ、<鑑定>でも。その癖偽名は変わらない。本人も知らない本名があったりする。訳分からない。


そこで実験してみる事にしました、元自称スラムの住人で。

とは言ってもなんの事はない、皆で結婚のお祝いをするってだけなんですけどね。

被験者にお願いした事は二つ、このお祝いを機にこれ迄の人生を完全に捨ててマルセル村の住人になること、マルセル村の人達の前で心から新しい名前で生まれ変わると誓うこと。

ドレイク村長代理とミランダさんが結婚してエミリーちゃんがエミリー・ブラウンになってる事は確実。それじゃあ残りの二組は?

俺はザルバさんに断りを入れ少し待っていて貰い、席を外してある人物の下へ近づいた。


「やぁジェイク君、楽しんでるところごめんね。例の件だけどどうだった?本当に?どうもありがとう。そうそう、そろそろフォレストビーの蜂蜜が採れそうなんだよ。今度持って行くからね」


さて、これで条件は揃った。じゃあ早速検証してみましょう。

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