第71話 村人転生者、相談される

「「「おめでとう!」」」

村の健康広場に揃えられた何台ものテーブル、その上には色とりどりの料理の盛られた皿が並び、旨そうな香りを漂わせている。そして村人達から見て正面にあたる席にはドレイク村長代理、ミランダさん、ジェラルドさん、キャロルさん、グルゴさん、ガブリエラさんが座っている。

農作業も一段落した今日のこの善き日、マルセル村では村人総出の彼ら幸せカップルの結婚を祝う催しが開催されるのであった。

村で結婚を祝う宴席が開かれる、こんな事は今まで考える事も出来ない事であった、それだけでも今のマルセル村がどれ程裕福になったのかが分かる事象でもあった。


「皆さん、本当にありがとうございます。今日、こうやって皆さんに祝って頂ける、これも全て皆さんが協力して村を豊かにしてくださったからに他なりません。今日の料理はそのお礼でもあります。食べて、飲んで、十分に楽しんで下さい」

「「「お~~~!」」」


ドレイク村長代理の挨拶を皮切りに飲めや騒げやの大宴会が始まる。皆の顔には笑顔があった、そこにはあらたに夫婦になる者達を祝う心があった、そしてそんな彼らを祝う事の出来る自分達に対する喜びがあった。


マルセル村は変わった、以前の様な飢えや寒さに苦しみ死の恐怖に怯える村ではなくなった。村の皆で仲間の幸せを祝える、そんな村になる事が出来た。

彼らの目は自然と一人の少年に向かう。スライムやビッグワームを遊び相手とし、村に新しい産業を起こし、村の食糧事情を激変させた少年。封印された刀剣を宝物の様に扱い、キャタピラーやフォレストビーと会話する、勇者病仮性重症患者であると自覚しつつその事を誇りとする少年。


一人の少年の“美味しい肉が食べたい”と言う熱い情熱は村人を飢えから救い、貧困から救った。これは何も彼一人の功績ではない、村人全員が協力し作り上げてきた実績の積み重ね。しかしながらその切っ掛けを作り誰も考え付かなかった方法で問題を解決に導いたのはこの少年に他ならない。


少年の飽くなき好奇心と食に対する執着は今後も村を大きく変えて行くだろう。本来彼はこんな辺境の村で収まる器ではない、だが彼は頑なに村に居続けようとする。

“都会は怖い、王都、駄目、絶対”が彼の口癖、そしてそれが事実である事をマルセル村の住人達は身に染みて知っている。

村人たちはそんな変わり者、“辺境の村人”ケビン少年に感謝を込めて温かい視線を送るのであった。


「ケビン君少しいいかな?」

“角無しホーンラビット最高、二カ月の飼育でここまでお肉が柔らかく脂が乗るとは、あの繁殖力は伊達ではないと言う事か”

村のホーンラビット牧場で収穫された新たな村の特産品“角無しホーンラビット肉”に舌鼓を打ちつつ、今後の飼育計画に思いを馳せるケビンに掛けられた声。それは村長代理ドレイク・マルセルに付き従う村の職員、ケイトの父ザルバのものであった。


「実はケイトの事でケビン君に相談があってだな、少しいいだろうか」

ザルバの見せる真剣な顔、それはこれから相談されるであろう内容の深刻さを物語っていた。ケビンは口元を手拭いで拭き席を立つと、「ここではなんですから」と言ってその場を離れ、健康広場の隅に魔力で机と椅子を作り出すのだった。


「で、どうしたんですか改まって」

ケビン少年の問い掛けに始め言い淀むそぶりを見せるザルバ、だが意を決っした様にその重い口を開いた。


―――――――――――――――


「お父さん、どう、似合う?」

薄いピンクのドレスを着てくるくると回る娘、その姿に自然と顔が緩む父。

ガルム男爵家当主ザルバドール・ガルムは、愛娘ケイトリアルの成長に胸の奥が熱くなる。


「あなた、この子の事を、ケイトリアルの事をお願いしますね」

「あぁ、任せておけ。俺達の大事な娘だ、ケイトリアルの事は立派に育てて見せるさ」


妻アマンダは娘を生んだ後、その短い生涯の幕を閉じた。元々余り身体が丈夫ではなかった妻にとって、赤子の出産は相当な負担であった。

だが彼女はザルバドールとの子供を熱望した。いずれ先立つ自分よりも愛する夫に自らの分け身たる子供を残したい、彼女の決意は固かった。そうして産まれたアマンダの忘れ形見は、彼女に似て美しく明るく快活であった。


ザルバドールは娘の養育に不器用ながらも積極的に参加し、日々の成長を見守った。その貴族らしからぬ微笑ましい姿に使用人達も自然と頬を緩め、ガルム男爵家は笑顔が絶えない暖かな家となって行った。


「お父しゃま、ケイトね、お父しゃまの為にお歌を歌うの。あ~る~晴れた~ひ~る~下がり~♪」

そんな明るく暖かな環境は娘の情操教育にとても良い影響を与えた。彼女は大好きな父や優しい使用人達の為に、毎日の様に歌を歌った。皆はその天使の様な歌声に心癒され、日々の仕事を率先してこなして行った。


そんなケイトリアルの評判は使用人を通じ様々な貴族家に広がって行った。それはガルム男爵家よりも遥か上位の貴族の耳にも入る事となる。

ガルム男爵家は代々王家に仕える騎士の家系であった。所謂法衣貴族と言うもので領地と言うものがない代わりに役職を得る事で貴族としての体面を保つ家柄であった。ザルバドール自身王宮第二騎士団に所属し、大隊長の地位を賜っていた。

ケイトリアルの美しい歌声は、そんな王都では余り目立つことの無いガルム男爵家に様々な貴族家からパーティーの誘いを呼び込んだ。それは父ザルバドールと他貴族家との関係を深くし、その立場をより強くする事に他ならなかった。


ケイトリアルは嬉しかった。自分の歌が周りを笑顔にするばかりでなく、大好きな父親を手助けする事に繋がる。ケイトリアルの歌は王都貴族の中で評判を呼び、その美しい容貌と相まって“王都に舞い降りた天使”と呼ばれる様になって行った。


「お父様、今日のパーティーはどういった催しなんですか?」

「あぁ、なんでも侯爵家の御次男様が六歳の誕生日を迎えられるとの事で、その席で歌を披露して欲しいとの事だ。ケティーは何も心配せず、普段通り歌を楽しみなさい」

「分かりましたお父様、ケティー頑張りますね」


それはとある有力侯爵家からの招待であった。いつものパーティー、いつもの歌の披露。招待客達は彼女の歌声に聞き惚れ、多くの拍手を頂き、何事もなく彼らの役目は終わるはずであった。


「凄く綺麗な歌声だったよ。それに君ってとっても綺麗だね、良かったらまた屋敷に来て欲しいな」


それはパーティーの主役、侯爵家次男から掛けられた有難いお言葉であった。男爵家たるガルム家の者に上位貴族である侯爵家からの申し出を断ると言う選択肢は存在しない。

その日からケイトリアルは迎えの馬車に揺られ、度々侯爵家の屋敷を訪れる様になって行った。


人の嫉妬と言うものは一度沸き起こると止めることは出来ない。これ迄は良かった、パーティーに来て美しい歌を歌う見目麗しい少女、余興としては十分であった。だがそれが自分達よりも遥かに上位の貴族に気に入られ、あまつさえ歳の近い有望株に引き立てられる。

高が男爵風情の小娘が、少し身の程をわきまえ無さ過ぎではないか?

これ迄ザルバドールを引き立てていた貴族達が、彼の周りに集まっていた自称友人が、まるで掌を返した様に態度を一変させ始める。

それはザルバドール本人のみならずガルム家の使用人にも及ぶ動きとなって行った。


「やぁ、ザルバドール、なんか大変な事に成ってるな。お前自身が悪さをした訳じゃないのに、貴族社会って奴は本当に難しいよな」

「副団長、ご心配ありがとうございます。こればかりは本当にどうしていいのか。私は剣術一本で来た様な男てすから、こうした政治的駆け引きはからっきしでして。」

職場で話し掛けてきたのは上司である副団長、彼は小さな小瓶をザルバドールの前に差し出した。


「まぁ、それも今のうちだけだろうさ。人とは移ろい易いもの、暫くすれば状況も変わるだろうよ。これは偶々手に入れた喉にいい飴だ、娘さんにどうかと思ってな。こんな事であの天使の歌声が失われたら国の損失だからな」


「はい、お心遣いありがとうございます。これはあの子も喜ぶと思います」

そう言い恭しく小瓶を受け取るザルバドール。中には琥珀色をした飴玉が幾粒か入っていた。


「ケティー、今帰ったぞ。ってどうした、首に包帯なんか巻いて?」

仕事が終わり屋敷に帰ったザルバドールは愛娘ケイトリアルの異変に驚きの声をあげた。それは痛々しくも首に包帯を巻いたケイトリアルの姿であった。


「ケティー、一体どうしたんだ、誰か分かる者はいるか!」

「はい、実は・・・」

使用人から語られた出来事にザルバドールは驚愕した。

いつもの様に侯爵家に出掛け戻って来たケイトリアルは、帰って行く侯爵家の馬車を見送っているところを賊に襲われたのだと言う。複数名から成る賊の集団は娘に対し白い粉の様なものを被せるとそのまま走り去って行ったとの事であった。


「それでケティーは、娘の容態は」

「はい、直ぐにお医者様と衛兵を呼び事態の対処に当たりました。賊の行方に関しては現在のところ不明との事です。そしてお嬢様の様態ですが」


「おどぐざば、ゲディーばだじじょぐぐでどぅ。」

喉を抑え顔を歪めるケイトリアルの様子に表情の曇るザルバドール。


「ポーションは、ポーションは与えてないのか?」

「それが、既にお飲み頂いたのですが容態に変化が見られないのです。それで急ぎお知らせしようとしていたところに旦那様がお帰りになられまして」


「分かった、明日の朝一番で教会に向かう事としよう。そうだ、今日副団長から喉に良いと言う飴を頂いたのだ。こんな事の後だ、先に私が舐めて大丈夫そうなら舐めてみるか?」

「ばい、おでがいじばず」

痛々しい娘の様子に藁にもすがる思いで取り出した飴の入った小瓶。先ずはと一口口にする。口内に広がる透き通る甘さ、これは蜂蜜と言うよりも甘草の甘さか?特にこれと言った問題もなく口に溶ける飴玉。

これならばとケイトリアルに渡すザルバドール、彼から受け取った飴玉を繁々と眺めてから口に含むケイトリアル。広がるすっきりとした甘さに笑顔になるケイトリアルに、ホッと一安心の一同。

だが喜びはそこまでであった。

「アガッ、アヅイ、アヅイ!」


「どうしたケティー!?馬を、これから急ぎ教会へ向かう!」

苦しむケイトリアルを乗せ、馬車は一路教会へ。だが、教会で告げられた言葉はザルバドールを絶望の底へ叩き落とすものであった。


「手は尽くしましたが、お嬢様の傷を完全に癒すことは出来ませんでした。これは呪いの傷、完全に癒し元の様な声を取り戻すには、呪いを解術しその上で治療を施す必要があります」

痛みの苦しみから解放されスヤスヤと寝息を立てるケイトリアル。だが彼女のあの美しい歌声はもう二度と戻っては来ない。

副団長から渡された飴玉を見て顔をしかめる司祭。これは呪いを受けた者に更なる強化を与える品、関係の無い者には無害でありながら呪いを受けた者に対してはその呪いを確実にする強化アイテム。


「おそらくお嬢様は声を封じる、もしくは喉を潰すと言った呪いを掛けられたのでしょう。痛み自体は治まっても傷そのものがこれ以上回復しないのがその証拠、これは相当に質の悪い呪いです」

呪いを解術する為には高度な解術技術を有する司祭への伝と莫大な依頼料金を必要とする。

ザルバドールは司祭に礼を告げ愛娘と共に屋敷へ帰る事しか出来ないのであった。


「皆の者、聞いて欲しい」

ケイトリアルが襲われてから数日が経った。その間もザルバドールを含めた屋敷の者に対する嫌がらせは過激さを増して行った。


「我がガルム家は残念ながらここまでのようだ。皆もよく我が家に尽くしてくれた。礼を言う」

ザルバドールの諦念を込めた声音は、状況の深刻さとガルム家の置かれた立場が既にどうにもならない所まで追い詰められている事を物語っていた。


「旦那様・・・」


「これは皆に残せる最後の品だ、少ないが受け取って欲しい。それと次の職場への紹介状になる。こんな私に最後まで味方してくれた数少ない良心的な者達だ、悪い職場ではないと思う」

皆が涙した、悔しかった、相手は上位貴族の者達、この王都で彼らに逆らう事は即ち破滅を意味していた。


「旦那様方はこれからどうなさるのですか?」


「さて、どうなるのか」


“あなた、この子の事を、ケイトリアルの事をお願いしますね。”

“あぁ、任せておけ。俺達の大事な娘だ、ケイトリアルの事は立派に育てて見せるさ。”

思い出されるのは妻と交わした最後の誓い、この願いだけは叶えてみせる。

ザルバドールはグッと拳を握り締め、己の決意を新にするのだった。

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