第70話 転生勇者、滾る

マルセル村の日常は続く。日々の畑の管理である草むしりや苗の間引き、害虫の駆除などやる事は多岐に渡るものの、それはそれ。春先の時期に比べればのんびりとした時間の過ごし方が出来る様になって来た、そんな一日のある日の午後。


「これがマチェットと呼ばれる作業用の剣だな。林の枝払いなどにも用いられる便利な刃物だ。

ケビンの奴は鉈の方が使い易いとか言っていたがその辺は好みになるだろう。アイツは授けの儀で領都に行ったら剣鉈を買うと言って鼻息を荒くしていたからな。アイツなりの拘りがあるんじゃないか?

冒険者の仕事は何も整地された道を進むものばかりじゃない、どちらかと言えば道なき道を行くと言った事の方が多くなる。このマチェットはそうした藪を掻き分けて進む“藪漕ぎ”の際に威力を発揮する刃物なんだ。戦闘よりも探索において必要とされる装備だな」


そうです、今日は待ちに待ったヘンリーおじさんの刀剣コレクションを見せて頂くと言う大イベントがあるのです。

俺、トーマス家第一子ジェイク、この日をどれほど楽しみにしていたか。午前中の訓練ではボビー師匠に“ウズウズし過ぎじゃ、少し落ち着かんか!”とお𠮟りを受けてしまう程。

でも仕方がないですよね、男の子ですもん。村の子供ジェイク九歳、カッコいいものに憧れるお年頃ですから。


「まぁ、以上が日常や普段の探索などに使う事の出来る刃物類となるな。そしてここからが金級冒険者時代の収集物なんだが」


“ゴトッ”

それは武骨な剣であった。装飾や趣など一切気にしない、実用一辺倒な丈夫さに特化した凶器。そして只管に大きい。


「グレートソード、あまりの大きさから実用的ではないと言われた代物だがそこは修練と研鑽、大物狩りの際に無類の威力を発揮してくれる代物だ。そしてこれがこの大剣と双璧を成す。」

“ゴトッ”


「斬馬刀、騎乗の騎士をその馬ごと叩き切る戦場の悪魔。だがその扱いには強靭な肉体だけでなく高い技術が要求される中々に難しい武器だ。

この武器がどの国で生まれたものなのか、どうしてこの国にやって来たのかは分かっていないが、これが恐ろしい武器だと言う事は広く知られている。別名“オーガハンター”と呼ばれるものだ」

圧倒的な存在感、前世の記憶にある刀のそれとは大きく違う片刃の直刀。だがこれを刀と呼んでいいのだろうか?ただ切る事だけに特化した鉄の塊と評すべき巨大な何か。


“ゴクリッ”

飲み込まれる生唾。強制的に掘り起こされる前世の記憶。

あの画面の向こうの世界で繰り広げられた巨大生物との激闘、“一狩り行こうぜ!”を合言葉に姿も知らぬ仲間たちと駆け抜けたあの荒野。

泡立つ肌、震える身体、今俺は剣と魔法の世界を生きている。情報じゃない、その物体から放出される圧倒的な存在感。両の拳を上げて叫びたい、“ウオオオオオオオオオオオオオオ!!”って言いたい!


身体をワナワナ震わせ目を爛々とさせるジェイク少年。そんな彼を見詰めるヘンリーは思う。“分かるかジェイク君!やっぱり武器はロマンだよな、大きいは正義だよな!”と。

これらのコレクションの手入れをする時、ヘンリーは得も言われぬ幸福感に包まれるのだ。


「大剣使いには二種類の者がいる。一つは聖騎士の様な守りに特化した大剣使い。彼らにとって大剣とは武器であり防具、その幅広の巨大な剣を振り、全ての攻撃を薙ぎ払う絶対の防御。

対してグレートソードや斬馬刀を使う者は攻撃特化、その身を捨てて敵を叩き切るバーサーカー。

俺は現役冒険者時代“笑うオーガ”と呼ばれていてな、この大剣を振るうとき獰猛な顔で笑っていたらしい」

そう言い昔を懐かしむ様に大剣を撫でるヘンリー。その姿に“自分もいつかこんな漢になりたい!”と強い憧れをいだくジェイクなのでありました。


「色々見せて来たが、最後にとっておきを見せてあげよう」

そう言い席を立つヘンリー。部屋の中を見回せば、テーブルの周りや部屋の壁際にはこれまで彼がジェイク少年に熱く語ってきた数々の武器が所狭しと並べられていた。

“ヘンリー師匠スゲー。”

武器のコレクション数もさることながらその武器に対する造詣も深くかつ実用品として使いこなしてきたヘンリーは、少年ジェイクにとって敬うべき大人になっていた。

この一日で友人の父親から師匠にまで格の上がったヘンリー、ジェイクにとってヘンリー家の男達は全員が尊敬すべき憧れへと昇華していた。


“ガタンッ”

ヘンリーが持って来たもの、それは横に長い木箱。ヘンリーはその木箱の蓋に手をやるとおもむろに語り始めた。


「この中に仕舞われている剣は、俺がダンジョン探索の際に隠し部屋の宝箱から発見した一品だ。ただモノがモノだけに争いの種になりかねないと厳重に保管していた品でもある」

“カパッ”


「!?」

ジェイクは現れたそれに驚き目を見開く。目の前にあるソレは紛れもない刀、しかもそのシルエットは前世でのゲーム“ソード オブ ファンタジー”の後半で自分が操るプレーヤーキャラ“赤髪のジェイク”が装備していた最強の武器。


「“魔剣村雨”。ダンジョン街の鑑定屋に持って行っても分かった事はそれだけ、その性能については一切分からずじまいだった。えてしてそうした武器は強い性能を持つと言われている。俺はすぐに街を去ったよ、こうした武器の情報はあっという間に広がる、手にしたお宝が元で命を失った冒険者を何人も見て来ていたしな」

“今はこうやって眺めて手入れをしてやる事しか出来ない、コイツには悪い事をしたよ。”

そう言いながら瞳を細めるヘンリーの姿は、何処か少年の様に見えたと言う。


“ヘンリー師匠、その刀、金貨数千枚の価値があります。”

ゲーム後半、武器防具の値段が大インフレを起こす辺りで登場する“魔剣村雨”。この情報はそっと自分の胸にしまっておこう。

ジェイクは額に流れる汗を悟らせないように、ヘンリーに向かってニッコリと微笑むのでした。


――――――――――――――――――――


“フ~ッ、98、99,100、キッツ~イ!”

ブハ~、と息を吐いて床に倒れ伏す少年。その身体には玉のような汗を掻き、身体からは水蒸気が立ち昇っている。


流石に魔力枯渇状態でのサーキットトレーニングはキツイ。

折角魔力枯渇には慣れてきたのに今度は酸欠で倒れそう。特にこのバーピージャンプってのがですね~、三セット目には吐くかと思った。この効率的な有酸素運動が脂肪を燃焼しスリムな肉体を・・・って駄目じゃん、痩せてどうするのさ、脂肪がないと死んじゃうじゃん。・・・あ、もう大丈夫だったんだわ。


ビッグワームたちのお陰様により食糧の増産が続くマルセル村、そんなに作っても輸送手段はどうするのさって感じ。

麦畑はいいんですよ麦畑は。監察官様に提出する税金は麦の物納ですから。

生産した分の半分を持って行かれるのは痛いですが、そこは封建社会のシステムですから致し方がないかと。酷い領地だと七割持って行く上になんやかんやで税の上乗せがあるって言うね。

石臼の所有に税が掛かるって意味分からない。人頭税は分かる、婚姻税って、そんなんじゃ人口増えなくて税収上がらないだろうに。村に子供が少ないのってこうした税金の関係もあるんだろうな~、良く考えられた人口管理システムです事。

やたらに食い扶持が増えても食い詰め者が増えて社会が荒れるだけですからね。中には処女税とか言う訳の分からない税金もありますが。お貴族様、欲望全開でございます。(行商人様情報)


それで何でわたくしがこのような肉体トレーニングに勤しんでいるのかと言いますと、手に入ってしまったんでございます、魔力枯渇トレーニンググッズ第二段、吸魔の魔剣“黒鴉”。

これがもう最高でして。これ迄は収納の腕輪に魔力を注ぎ込んで魔力枯渇を起こしてからトレーニングを行っていたんですがね、続けている時にある問題に気が付きまして。

魔力って時間が経つと回復しちゃうんですね~、これが。どうも食事以外にも呼吸でも大気中の魔力を吸収しているみたいです。


そりゃ魔道具でも周りの魔力、空間魔力って言ったかな?それを吸収して機能を維持する物があるってマルコお爺さんも言ってたもんな。ドレイク村長代理が持っているマジックバッグなんかがそれだし。

試しに遥か彼方の記憶を引っ張り出して、腹式呼吸でフ~ッてやってみたら魔力の回復が早いこと。イメージは拳法の達人の気功法ですね。

だもんですから一々魔力を減らすのがですね~。そんな時に登場したのがこの便利グッズ、自分のお悩み一発解決って言うね。


この魔剣、魔力吸収機能が常時って言う素晴らしさ、抜き身の状態で側に置いておくだけでギュンギュン吸収、吸引力の変わらない掃除機並みの高性能ぶり。

これですよこれ、俺のイメージ通りの魔力枯渇トラップ。求めていた最高のトレーニング環境。


もうね、ジェイク君には感謝しきりです。彼、俺の事を心配してこれ迄隠し通して来た鑑定スキルの秘密を打ち明けてくれたんですよ。

この剣を手に入れた時は呪いの事なら呪いの専門家って事で残念エルフにでも聞こうと思ってたんですけど、“ケビンお兄ちゃん、ちょっといい?授けの儀を受けていない僕が言っても信じられないかも知れないけど”とか言って不安そうな、心配そうな顔をしながら教えてくれたジェイク君。なんと言う優しさ、ほんまええ子や~。


「でもこの事は他の人には内緒だよ?鑑定のスキルなんか持っているって知られたら色んな人に狙われちゃうからね。授けの儀のあと教会には知られちゃうけど、あそこは一応秘密厳守って事になってるから矢鱈な者には話さないから。

吹聴して下手な貴族に知られたら一生飼い殺し、盗賊や奴隷商人に知られたらどうなることか。この国では奴隷商人は禁止されてるからいないと思うでしょ?悪い大人は何処にでもいるんだよ、怖いよね~。


村の中でもバレたら大変だよ、特にドレイク村長代理とか。あの人いい笑顔で仕事を振って来るから、子供でも容赦ないからね、これ実体験」

俺がそう言うと青い顔をしてコクコク頷いてくれたジェイク君、本当に気を付けてね、でもこの恩は必ず返すからね。


それで分かったのがこの剣の名前、魔剣“黒鴉”、く~っ堪らん。封印の黒鞘と相まって仮性心を擽る擽る、意味なく持ち歩きたい。邪魔だからしないけどね。

そんで肝心の性能が使用者の魔力の強制吸収って言うね、流石魔剣、妖刀と言っても差し支えない性能。そりゃ封印もされますっての、知らずに手に取ったら引き抜いたとたん魔力枯渇でバッタリって言うね。

しかも肝心の性能が重さが変わるだけって、製作者の意図が全くわからない謎武器。これってどう考えてもトラップだよね、宝物庫に置いておけば侵入した盗賊が掛かる掛かる、ゴキブリ取り並みの使い勝手。なんて使い手を選ぶなんだ。皆が形に騙されるトレーニンググッズ兼盗賊捕獲トラップ、最高でございます。


「ケビン君、ちょっと良いかしら?」

あ、アナさん、今入って来たら。

“ドサッ”

アナさ~ん!!


魔力枯渇環境は流石にまずいと思って畑脇の作業小屋の一室をトレーニングルームとしていたケビン少年、魔力枯渇で白目を剥いてひっくり返った残念エルフを介抱しながら、“これからは部屋の扉に修行中の札を下げよう”と固く心に誓うのでした。

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