第69話 村人転生者、ゴミ出しに行く

「いや、大変良い商談でした。お渡しした紹介状にはドレイク村長代理と僕ケビンの名前が入っています。モルガン商会行商人のギース氏に会えれば一番なんですが、マルセル村の事は商会長にも伝わっていますので、買い叩かれる心配はありません。

それと村の野菜ですね、領都で高値が付いているマルセル村の野菜ですが、それはあくまでモルガン商会の信頼の上での事、やたらな所に持ち込めば買い叩かれてお仕舞です。それよりも今回の件を切っ掛けに信頼を得る事で長い商いに繋げる事が得策でしょう。

行商人様の商いが上手くいき再びマルセル村に訪れてくれることを期待していますよ」


村長宅の執務室、飛び込み行商人とドレイク村長代理、そしてケビン少年による商談は無事に幕を閉じた。交わされた契約はビッグワーム干し肉三種類と根菜を中心とした春野菜の販売。

行商人の荷馬車はケビン少年が商品を全て買い上げたため空の状態、そこに今回の利益から護衛代金を差し引いた金貨三枚大銀貨五枚分の商品を詰め込み領都のモルガン商会に持ち込むと言うもの。利益は単純に倍、金貨七枚の大商いとなる。


「マルセル村の野菜の価値は年毎に上がっていると聞く。鮮度も落ち難いと言うのがその理由らしい。商売が上手く行くことを期待しているよ。まぁケビン君は違う理由で期待しているんだろうけどね」

そう言い乾いた笑いを浮かべるドレイク村長代理、その横では封印されし呪われた魔道具を見詰めニヤニヤ笑う勇者病仮性重症患者。


「道中気を付けて、モルガン商会の商会長によろしくお伝えください」

多くの村人に見送られながら行商人は去っていく。モルガン商会が居を構えるグロリア辺境伯領領都グルセリアを目指して。



街道をい行く荷馬車に揺られ、行商人はマルセル村での出来事を思い出していた。

ここ一~二年で急にその名を聞く様になったマルセル村。新鮮でおいしい野菜を出荷し、畑のお肉と呼ばれる安くて美味しい干し肉を作り出した話題の村。その立地から辺境の最果てと揶揄されるかの地で起きた変革は、鼻の利く者なら誰でも注目するだろう。そこから漂う金の臭いに。

それは何もまともな商人ばかりじゃない、後ろ暗い職業の者にとっても美味しい獲物に見えた事だろう。例えば盗賊たちにとっては。


「やはりあの村は潤っていた様だな、村の家々を見回ったが、どの建物もしっかりとした修繕がされていたし新しく建てられたであろう物もいくつか見られた」


「村人全員が血色も良く健康的、俺こんな村初めて見たわ。あのドレイク村長代理とか言う親父、相当なやり手だぞ。

それに村通貨“木札”だったか?村の金を全部村長代理が牛耳ってるって事だろう?このビッグワーム干し肉や野菜の売上だって独り占め、もうウハウハじゃねえか。

かぁ~、こんなド辺境じゃなかったら代わって欲しいくらいだわ」


「馬~鹿、ド辺境だから逆に旨くやれたんだよ、こんな場所じゃ物流を押さえた者に逆らえないだろうが。あのドレイクって男、好き放題のやりたい放題じゃねえか。

酒と女に旨い肉、おまけで旨い野菜ってか。これはお頭が喜ぶぞ」


何時からこんな事になってしまったのか。駆け出しの行商人として各地を回っていたあの頃、盗賊に襲われて全てを奪われた。金も商品も人としての尊厳も。それでも必死の命乞いをした、死にたくない一心だった。怖かった、ただ只管怖かった。


それからも行商は続けた、だがそれは盗賊たちの手下として。村に入り行商をする、その間護衛として入り込んだ盗賊たちは村の詳細な情報を調べ上げる。村のどこに金があるのか、村の警備体制は。情報は盗賊たちにより精査され、彼らは完璧な襲撃計画を立てて仕事に挑む。

自分はこれまでどれ程多くの者を不幸に落として来たのか。他人の不幸の上で生きながらえてきた人生、逆らえば次の瞬間に始末されるだけの無価値な自分。


次第に消え失せる行商人としての情熱、どうせこの村も襲われてお仕舞、そんな村にまともな商品を届けてどうすると言うのか。だったら蚤の市のガラクタで十分ではないのか。一山幾らの放出品を荷馬車に積み込み盗賊に言われるがまま売り歩く虚しい生活。


“あの商談は楽しかった”。

売れるはずのない商品、価値のない自分の口上、それはただの時間稼ぎであった。そんな自分の商品を高値で購入してくれたケビンとか言う少年、そして流れる様に続くマルセル村の特産品を扱う交渉の場。

久方ぶりのまともな商談、冷め切っていた心に灯がともる。


マルセル村での自身の役目は終わった。ならばあとは自由にさせてもらう。

自分は盗賊たちには逆らえない、既に身も心も縛られきってしまっているから。だがこの商材は、マルセル村で仕入れたこのビッグワーム干し肉と新鮮な野菜たちだけは、必ずモルガン商会に届けて見せる。


こんな世の中、明日の自身の事など分からない。だが仮に無事に生き残る事が出来たのなら、再びあの村を訪れよう。

その時あの村がどうなっているのかは分からない、これは私の罪、私の贖罪。蚤の市に行って一山幾らの怪しい商品を仕入れて。誰も行きたがらないあの辺境の最果てを目指すのだ、私に行商人の心を取り戻してくれた少年との約束を果たす為に。


荷馬車は揺れる、行商人とその護衛を乗せて、一路グロリア辺境伯領領都グルセリアを目指して。


―――――――――――――――


“ピコピコピコ”“ピクピク”

“キュキュッ”“ガウッ”

囲炉裏を囲みくつろぐ黒い艶のある毛並みの犬と同じく黒くフワフワの毛並みをしたウサギが同時に声を上げる。小屋の主は二匹の声を聴くと外の蜂の巣箱に向かい働き蜂達に何やら話し掛ける。

蜂たちはしばらくした後巣箱から一斉に飛び去っていく、向かう先は街道方面の草原。

「時刻は昼下がり、事が起きるのは深夜の時間帯か。」

空を見上げ零れ落ちた呟き。小屋の主は大きなため息を一つ吐き、その場を離れ歩き出すのでした。



「お頭、これまでの街道沿いにここしばらく荷馬車が通った形跡はありません。流石は最果て、完全に陸の孤島と言った感じですね」

斥候職を生業とする冒険者風の格好の者が、物見から戻り報告を上げる。お頭と呼ばれた者の周りには、統一性の無い格好をした複数人の男達が獰猛な笑みを浮かべながらこれから始まるであろう“狩り”に思いを馳せていた。


「今夜の仕事はそれほど気を張らなくてもいい、いるのは田舎者と女子供だけだ。村長代理ドレイク・ブラウンだったか?上手い集金方法を考えてくれたもんだ、お陰で目標が一つに絞られる。

目指すは村長宅ただ一つ、他はどうでもいい。

仕事が終わった後は好きにしろ、殺すも犯すもやりたい放題、どうせこんな最果てに援軍なんざきやしない。

幸い魔物も弱いもんしか出ないって事だしな。しばらく滞在して楽しんでから引き揚げてもいいだろう。

気に入った家があったら早い者勝ちだ、くだらない喧嘩はするなよ?次の仕事に響く」


「「「へい、お頭」」」


人は成功者を羨む、己の欲を叶えるもの、己よりも高みにある者を引き摺り落そうとする。

ましてやここは剣と魔法の世界、情報伝達の遅れた世にあって、機動力と行動力のある暴力集団を規制する事など出来ようはずもない。

彼らの鼻は敏感だ、彼らの耳は鋭敏だ。いくら隠そうと奴らは金の臭いを嗅ぎつける。それが何の後ろ盾もない辺境の最果てであるのなら、そこは彼らにとってただの猟場に過ぎない。収穫の時は刻一刻と迫っていた。


「頃合いだな、お前ら、準備は良いか」


「「「へい、お頭」」」


道具と言うものは使い方次第である。美味しい料理を作る為の包丁も、煮炊きをする為の火も、使い方次第では惨劇を生む元凶となりかねない。

ましてや魔法やスキルが存在する世界でそれら便利な能力がどう使われるのかは、所有する人間次第。


スキルは力のない人間を魔物と戦うための戦士に変える。魔法は何も持たない子供ですら魔物を打ち倒す兵器に変える。

そんな力を持った者達が一度でも道を踏み外したのなら、そこに生まれる悲劇はどれほどのものであろうか。


「前方人影見えません。村の入り口での警戒は見られない様です」

月明かりの無い新月の晩、深い暗闇の中、星夜の空に照らされ進む複数の男達。

冒険者の使う暗視スキルは闇夜を昼間の様に照らし出し、行動の阻害を一切感じさせない。


「周辺、人物の動きなし一切の敵性反応見られず」

また索敵と言うスキルは魔物を感知するばかりでなく、自らの敵となるであろう人物も明確に映し出す。


「ここだな、周囲を囲め。逃げられて騒ぎになっても面倒だ、きっちり始末する。」


「「「へい、お頭」」」

目的の為、己の欲望の為に動き出した男達は、金貨の果実を前に舌なめずりをする。


「全部で十五人か、こんなに小さな村を襲うのに結構な人数ですね。用意周到、もしかして名のある盗賊団の方ですか?」

それは突然であった。いるはずのない人物、聞こえるはずのない声。油断は一切していない、索敵のスキルも一切反応していない。


ではこいつは何なんだ。小柄な体型、まるで授けの儀の前の子供の様なそれ、声も高く本当に子供の様。だがそれから感じる不気味な感覚はそれがただの子供ではないと訴え掛ける。正確には違う、何も感じないのだ。

奴はそこにいる、なのにそこにはいない。感覚の混乱、姿が見え声もするのに、そこにいるナニカが意識から消えてしまう。これは暗殺系のスキル!?


「散れ、そして村人を人質に取れ。こいつが何であるのかは考えるな、俺たちが何であるのかを教えてやれ!」


「「「・・・・・・」」」


「どうした、すぐに“ドサッ、ドサドサドサ”・・・、貴様一体何をした!」

倒れ伏す男達、その全てが呻き声一つ上げずただ倒れ伏す。


「あぁ、ちょっと騒がれると邪魔だと思って眠って貰いました。これ、睡眠香って言うんですけどね、魔物だけじゃなくって人間にも効くんですよ。ただ欠点は自分も眠くなっちゃうんです。使いどころが難しいんですよね。

と言うかおじさんは平気みたいですね。もしかして元は名のある冒険者か騎士だったりします?状態異常耐性、状態異常無効でしたっけ?便利なスキルもあったものですよね、是非身に付けたいものです」

そう言いながらもまったく警戒のそぶりを見せないナニカ。男は腰の剣を引き抜くと自身のスキルを発動する。


「お前が何者で何であるのかは知らんし知るつもりもない。死んだ者の事を知っても仕方がないからな」


「あぁ、それは同感です。私たち結構気が合うのかもしれませんね」


「それはご免こうむる、死ね!」

振り上げた剣、打ち下ろされる凶刃。その暴虐の殺意は勢いよく何かを目指し“ドサッ”

倒れ伏す男。その目は白く裏返り、口元には泡が付いている。


「ヒカリゴケを使った魔力枯渇薬、効き目が出るまで結構時間が掛るんですね。あまり大っぴらに実験できないからってぶっつけ本番はやはり危険でしたか、あぁ恐かった」

先程までの不気味な雰囲気は何処へやら、一気に空気が弛緩するナニカ。


って言うかわたくしケビン君十二歳なんですけどね。何で誕生日に盗賊の襲撃があるかな~、俺が一体何をした、ゆっくりお祝いも出来なかったじゃないか。

母メアリーの作った角無しホーンラビットの香草焼き、目茶苦茶楽しみにしてたのに。お腹が痛いですって言って仮病ですよ、やってられませんよ。


しかも盗賊十五名って、目茶苦茶面倒臭いじゃないですか、変に盗賊を倒しましたなんて知られたら余計な虫が湧いて来るじゃないですか。


「と言う訳でケイト、さっさとゴミ捨てに行きますよ」

“ガチャリ”


村長宅の玄関を開けて出て来たケイトにゴミの搬出の手伝いをお願いして、向かった先は漆黒の闇が広がる森の中。

周辺警護に太郎と緑と黄色と大福、斥候は団子先生にお任せです。夜の森は本気で危険がデンジャー、ですんで出来れば行きたくないんですけどね、仕方がないよね、誰にも知られる訳にはいかないし。


ドレイク村長代理をはじめとした一部の大人しか知らない夜の清掃作業、こうしてマルセル村の美化環境は人知れず守られて行くのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る