第68話 転生勇者、大人の悪意を知る

季節は巡る、冬の寒さは去り春の温かさへ、そして爽やかな初夏へ。

畑に植え付けられた野菜の種も風に揺れる緑へと姿を変える。冬の間麦踏みをした麦畑は、さながら風にそよぐ緑の絨毯。そんな自然あふれる牧歌的農村風景の中を今日も子供たちは走り回る。


「ねぇジェイク君、飛び込みの行商人が来たって本当?」

飛び込みの行商人、それは普段この村を営業ルートとはしない一見さんの行商人。その為どのような商品を持ち込むのかは各行商人次第。中には何故この村にこの様な物を持ち込んだのかと頭を捻りたくなるような商品を持ち込む者もおり、刺激の少ない辺境の村において飛び込みの行商人は一種の娯楽となっている。


「うん、なんか太郎が気が付いたみたい。ケビンお兄ちゃんが確認しに行って村に向かってる商隊を見つけたんだって。ドレイク村長代理の所に報告しに行った帰りに教えてくれたの。ケビンお兄ちゃん曰く“典型的な田舎を見下した商人の見本みたいな連中”って話しだったよ。将来の為の勉強になるからぜひ見ておきなさいだって」


「え~、今回は外れなの~。なんかがっかり~。あ、でもマルコお爺さんは喜びそう、マルコお爺さんって外れの行商人を揶揄うのが大好きだから」


「服とかならベネットお婆さんだよね、相手が泣くまでズタボロに言うもんね」


「でも交渉事ならやっぱりドレイク村長代理だよ。いつの間にか丸め込んじゃうあの話術は凄いって、ケビンお兄ちゃんが言ってたもん」


「「早く行かないといいところ見逃がしちゃう」」


哀れ行商人、村人達は新しい舞台公演の開幕に、急ぎ村長宅前のステージに集まるのであった。



「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。本日お持ちしたこれらの品々、領都でも一流と言われる職人や商会から仕入れた一級品だよ~。マルセル村の皆さんは本当に運がいい、こんな機会は一生に一度あるかないかだ、悩むくらいなら買った買った~♪」

威勢のいい掛け声、並べられた様々な商品。どれもこれもなんだかパッとしない品揃え。マルセル村の村人たちは思った、いくらなんでもこれはないだろうと。


「あぁ、店主。そこの剣なんだが」

村人の一人が商品として飾られている剣を指差し声を掛ける。


「お、旦那さんはお目が高い。この剣はさるお貴族様の持ち物だった由緒正しい品だよ。見てくださいよこの装飾、金貨数十枚はすると言うこの商品、今回はマルセル村初行商記念だ、負けに負けて金貨十五枚でどうだい?この大森林に最も近いとされるマルセル村にはもってこいの逸品だよ」


「いや、手渡さなくていいから一度引き抜いて貰えるか?」

男性の言葉に一瞬動きを止めるもそのまま笑顔で剣を引き抜く行商人。


「あぁ、うん、ありがとう。店主、残念なお知らせだ。その剣は実戦用ではない様だ、所謂飾りとしての物、壁掛け用だな。売るのならもっと魔物の少ない、それこそ領都とかの方が需要があるんじゃないか?」

男性の指摘に顔を引き攣らせる商人、だがここで動揺するようでは商人などやれるはずもなく、笑顔を浮かべ話を続ける。


「アハハハハ、いや~、旦那さんは中々の目利きでいらっしゃる、その通り、これはさるお貴族様が代々受け継いできた宝剣。その価値はこの宝剣を所有すると言う事自体にあると言う素晴らしい品なんだよ。持っているだけで格が上がる逸品、是非とも手に取って欲しかったね~」


「なぁご主人。ちょっといいかな?」


「はいなんでしょうか、これは妙齢の御婦人様でしょうか、どのようなご用向きで」


「いやなに、そこのドレスなんだがな?」


「はいはいこちらですね、こちらもさるお貴族様からの物となります。どうですこの見事な造り、美しいじゃありませんか。まさに代々受け継ぐべき財産、金貨五枚で如何です?」

さっきまでの話しはなかったとばかりに気持ちを入れ替えお婆さんに向き直る商人、その顔はにこやかな人の良さそうなもの。然も素晴らしい商品を勧めさせていただいておりますと言った風体である。


「いやな、ちょっと気になったんじゃが、そのシルエットに首元のボタンがあまりに不似合いでな。元々は違うものが付いておったのではないかな?例えば赤い宝石のボタンとか。それであれば全体にバランスが取れるんじゃが。それと所々のほつれがの、一度直しに出した方がいいのではないかの?」

老婆の指摘に顔を引き攣らせる行商人。商品をけなしている訳でもない物言いである為文句も言いづらい。


「アハハ、そうですね、ご指摘ありがとうございます。どうです御婦人、その御目の高さでどれか購入なさっては?」


「いや、此度は止めておこうかの」

老婆のその言葉に、頬の筋肉がヒクヒクと引き攣る行商人。


「あぁ、店主店主」

行商人が“今度は一体何なんだよ”と思いながらも声のした方を見やると、老人が黒い鞘の直刀を指差しながら話し掛けて来ていた。


「あぁ、店主、先ほどから何やら災難続きのところ悪いんだが、ちょっとこれは伝えておかないとまずいと思ってな。その直刀、魔道具だぞ?」

“なっ!?”

思いもしない指摘に一瞬固まる行商人。ゴミのような仕入れ値の品が魔道具!?ここに来て一気に運が回って来たのか?目を見開く行商人に、老人は言葉を続ける。


「まぁ魔道具と言っても所謂呪われた魔道具と呼ばれる類のものであろうな。その鞘に刻まれている魔方陣は封じの魔方陣だな。これでも元は魔道具職人でな、そのての物には詳しいんだ。どういったものだかは引き抜いてみなければ分からんが、この形式はよほどの物を封じる場合に使われるものだ。取り扱いには十分注意した方がいいぞ。下手に売りつけて恨まれでもしたら目も当てられんからな」

それだけを告げるとその場を後にする老人、なんてことを教えてくれるんだあの爺さんは!

残された行商人は、老人に指摘された直刀をじっと眺める事しか出来ないのでした。



「なんか凄かったね」

その後幾つかの小物類を買う村人は現れたものの、目玉商品は全く売れず意気消沈する行商人を見ながらエミリーがぽつりと呟いた。


マルセル村の村人は半分以上が何らかの事情を抱えた所謂よそ者。その経歴職歴の中で培ってきた知識や経験は、辺境の村においても決して色あせる事はない。

そうした村人たちの目利きは、辺境の田舎者と馬鹿にして嘗めて掛った行商人の思惑をことごとく打ち砕いて行った。


「ジェイク、エミリー、何かいいもの売ってた?」

声を掛けて来たのは遅れてやってきたジミーであった。


「ジミーどこ行ってたんだよ、遅いよ~。折角来たのに良い所は終わっちゃったよ?行商人対村の目利きたち、中々熱い戦いだったんだからね、特に呪われた魔道具の出現には心踊るものがあったんだよ?」


「あぁ、ケビンお兄ちゃんと一緒にドレイク村長代理の手伝いでビッグワーム干し肉の梱包をね。今度の行商人さんは領都から来たらしいから帰りに運んで貰おうって話しになってるんだよ」

田舎に来る行商人は貴重、その為多くの役割を兼任する事がほとんど。今回みたいな飛び込みの行商人でも輸送手段としてはありがたい存在であった。但しそこは飛び込みの行商人、必ずしも荷物が無事に届くとは限らないのではあるが。


「いい物か、欲しいと言うか惹かれるものはあったかな?」


「えっ、それってもしかしてマルコお爺さんが指摘していた呪われた魔道具の事?

ジェイク君、やたらな物に手を出したら呪われて大変な事になっちゃうよ?呪いの解術ってすごく大変だってお母さんが言ってたもん」


「えっ、そんなものがあったの?今回の行商人ってどんなところで商品を仕入れて来たのさ」


勇者病<極み>のジェイク少年にとって“封印されし呪われた魔道具”なんて言葉はご褒美以外の何物でもなかった。お金があればぜひ購入したいと思える一品であった。

でもあの黒鞘の直刀、一体どんな呪いが掛かった魔道具なんだろう。厨二心を激しく刺激する直刀、特に黒鞘に刻まれた封印の魔方陣がってそう言えば俺って<鑑定>出来たじゃん、全く使ってなかったからすっかり忘れてた。


マルセル村の生活において一切必要とされないがゆえにその存在を完全に忘れていた鑑定スキル、ここで使わないでいつ使うのか。ジェイク少年は黒鞘の直剣を目視しながら<鑑定>とスキル名を唱えた。


名前:魔剣黒鴉

詳細:使用者の魔力を強制的に吸い取り力に変える魔剣。使用者が剣に認められるまで魔力を吸い続ける事から、別名“吸魔剣黒鴉”と呼ばれている。使用者の意思により剣身の重さを自在に変える事が出来る。これまで使いこなせた者はいないと言われている。

制作者:不明


ブフォ、魔道具じゃなくって魔剣だよ、しかも強制吸魔ってそりゃ封印されちゃうっての。しかも性能が剣身の重さを変えるだけって、使用目的が全く分からないんですけど?何なのアレ?行商人さん、あれを売ったら下手したら捕まっちゃわない?

思わぬ掘り出し物にドン引きするジェイク、言いたい、でも言えない。何とももどかしい気持ちが胸の中をぐるぐると巡る。


「ふ~、間に合った。もうみんな帰っちゃったみたいだけどまだ商品残ってるのかな?アナさんがぐずぐずしてるからだよ?何で買い物をするだけなのにおめかししようとするかな、意味解らないよ」


「え~、だって久し振りのお買い物ですよ?身だしなみは大切じゃないですか」


「だからってドレスを着ようとしないでよ、一体どこに仕舞い込んでいたのさ、村で使う機会なんてないじゃん。そんな村人いないからね?」


「良いじゃないですか、私だって女なんですから。乙女心が分からない男性は女性にモテませんよ?」


「・・・何気に痛い所突かないでくれる?僕の心は繊細なのよ?」


「ごめんなさい、私繊細の意味が良く分からない様です」


「それって酷くね?」


何か騒がしい声がすると思ったら真打ケビンお兄ちゃんの登場。ってお隣の女性は誰ですか?

すらっとしたスタイルのいかにも田舎の村娘ですって感じの人だけど、あんな人この村にいたっけ?ケビンお兄ちゃんが親しそうだし多分いたのかな?

そう言えば病気がちで全然外に出ていなかったエリザさんって女性もいたもんな、小さな村だけど知らない事って結構多いです。


「ねぇケビン君、お買い物に来たのは良いんですけど、あまりいい商品がありませんね」


「何言ってんだよ、わざわざ辺境のマルセル村まで赴いてくれたんだよ?先ずはそれだけでもありがたいと思わないと。例え持ち込まれた商品が一山いくらのガラクタ市で買って来た物であろうとも、ここまで運び込んだ労力を考えたら決して馬鹿にしていいものじゃないんだからね。

例えばこの鞘だけ豪華な剣、おそらく没落貴族が見栄の為に壁に飾っていた品だよ?実用性皆無だとてその文化的背景を感じ取れるいい品じゃないか、“これは見栄っ張りな田舎者に売りつけてやろう”って言う気概で持って来たに決まってるんだから。

それにこの時代遅れのドレス、懐古主義的に見れば決して粗悪品なんかじゃない、修繕が必要なのとボタンの趣味がおかしいのを除けば悪くないと思うよ?」


まるでさっきまでの村人とのやり取りを見ていたかのような話題の蒸し返し、擁護している様で叩きのめすような言い回し、行商人さんのHPはすでにゼロよ?流石は真打、容赦ないです。


「そしてこの黒鞘の・・・店主さん、この黒鞘の直刀、お幾らですか?」

え~、ケビンお兄ちゃん呪われた魔道具買うの!?って言うかそれ実は魔剣ですけど!周囲に残っていた村人が一斉に振り返っちゃってますけど!?


「あ、あぁ、それかい。金貨十、いや、金貨一枚でいいよ」

な、行商人さんそれ呪われた魔道具ってマルコお爺さんから聞いてますよね?その上でその値段付けます、普通?


「フフフフッ、アッハッハッハッ、黒鞘に刻まれし封印の魔方陣、呪われし黒鞘の直刀金貨一枚、悪くない、悪くないぞ!

店主、ものは相談だが今回店主がこの村に持ち込んだものすべてこのケビンが引き取ろうじゃないか、その代わり是非ともこういった品を見つけて来て欲しい。それほどの金額は出せないがこのケビン、こうした品が大好きだ!

店主は今回確か護衛を二人連れていたな?往復で大銀貨五枚と言った所か。他諸々を考えると金貨四枚も稼げれば今回の行商は大成功と言った所かな?更に言えばこの村の特産ビッグワーム干し肉と野菜を領都のモルガン商会に持ち込めば更なる利益が見込めるだろう。

ジェラルド君、村長代理ドレイク・ブラウン氏に面会の申し込みを、これより行商人殿と大事な商談に入ると伝えてくれ。行商人殿、今後とも末永いお付き合いをお願いしたい、ワハハハハハ」


・・・ケビンお兄ちゃんの病気が。封印されし魔道具、ケビンお兄ちゃんの大好物じゃないか。もうテンション上がり過ぎて訳分からない事を言い出しちゃったよ。しゃべり方がどこのお貴族様ですか?って感じになってるよ、一緒に来たアナさんお口ポカ~ンとしてるじゃん!


おそらくは辺境の村人にガラクタを売り付けて小金を稼ごうとした行商人、だがその持ち込んだガラクタの中に潜む思わぬ呪物。これだから飛び込み行商人巡りは止められない。

勇者病仮性重症患者ケビン少年、彼は今日もまた、唖然とする村人を余所に明後日方向に走り抜けていくのでした。

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