第73話 村人転生者、相談される (3)

「ドレイク・ブラウン村長代理、ミランダ・ブラウン夫人、ジェラルド、キャロルさん、グルゴさん、ガブリエラさん、本日は誠におめでとうございます。この様な晴れの善き日にこうして酒宴の席に参列出来た事は、私にとっても大変な喜びであります。

私達親子は、このマルセル村に辿り着くまでに様々な出来事がありました。それは決して善いことばかりではなかった、むしろ忘れてしまいたい様な事の連続であった。そんな私達が今こうして皆さんの事を心から祝福出来る、祝福出来る心持ちになれている。これも全てはあの時ヨーク村で私達親子を救い出してくれたドレイク・ブラウン村長代理のお陰、このご恩、感謝してもし足りません。

私は誓います、私達親子は生まれ変わります。私ザルバは偽名ではなく真にマルセル村の村人ザルバとして、我が子はマルセル村の子供ケイトとして、これからの人生を生きて行く事を。

さぁ、ケイト。皆さんにご挨拶を」


「マルセル村の、ケイト、です。宜しくお願いします」

“ペコッ”


盛大な拍手、皆が彼らの事を心から受け入れた。マルセル村住民ザルバとケイトは、書類上の意味だけでなく真の意味で村の仲間になった。この事は他の新住民の心を動かした。


「皆さん、聞いてください。私ボイルはこの村に来て救われた。生きる意味を取り戻した。私はマルセル村のボイルとして生きて行く事を誓います」


「私ジョンも同じです。私はジョン、マルセル村の村人ジョンです」


「俺もだ、俺は心のどこかで過去を引き摺っていたんだ。だからこの名前を偽名だと思っていた。違うんだよ、この名前は偽名なんかじゃない。

俺の名前はギース、マルセル村のギースだ。皆さん、宜しくお願いします」


村人達は沸いた。彼らは心の底からこのマルセル村を認めたのだ。自分達が住む永住の地として。それは決して逃げや妥協なんかじゃない、真の故郷として受け入れたのだ。私達のマルセル村はそれだけの価値のある村なのだ。

酒宴の席はその後遅くまで続き、飲みに飲んだ男達は翌日その報いを大いに被ったのである。飲み過ぎ、駄目、絶対!



“パチンッ、パチンッ”

はぜる薪の音、揺れる炎、囲炉裏の五徳には土瓶が乗せられ熱そうな湯気を立てている。


“カタッ、コトコトコト”

土瓶を火から下ろし、湯飲みに偽癒し草の煮出し茶を注ぐ。独特の野草の香りが小屋の中に広がる。


「それでケビン君、今日は一体どうしたの?」

如何にも辺境の田舎者ですと言った顔付きの女性アナさんが、お茶を注いだ湯飲みを差し出しながら声を掛けてくれる。俺はそのお茶に軽く口を付けてから話を始める。


「今日はアナさんに少しお願いがありまして。アナさんも昨日のドレイク村長代理の結婚のお祝いに出ていたから知ってると思いますが、訳アリ宣言をしていたザルバさんの所のケイトっていたじゃないですか?あの子の事なんですよ、以前呪いの話が出た時の呪われた訳アリの子供ですね。

彼女、そうそう、昨日初めて知ったんですけどケイトって女の子だったんですよね、超ビックリ。てっきり男の子だとばかり思ってたんですけどね、ザルバさんに確認したら女の子でした。いや~、焦った焦った、思い切り下っぱ扱いしてたわ、女の子に対する扱いじゃなかったわ。

それでそのケイトなんですけどねってどうしました?そんな怖い顔をしちゃって」


「ふう~ん、ケイト君はケイトちゃんだったのね。それでそのケイトちゃんの為にケビンは色々頑張っていたと、そう言う事なのね。それでそのケイトちゃんの為に、ケイトちゃんのた・め・に、私に何をして欲しいと言うのかな?」


「なんか顔が笑顔なのに目茶苦茶怒気を発してません?背中から闇属性の魔力が湧き起こっているのは何故なんでしょうか?あれ~、おかしいな?暑くないのに汗掻いてきちゃった。

まぁいいや、それでケイトなんですけどね、昨日も聞いたから分かると思うんですけど、声が凄くいいんですよ。そのせいでと言うかそれが切っ掛けで一家破滅を経験しちゃいましてね、それでもマルセル村で生活するだけなら良かったんですけど、彼女、魔力過多症になっちゃったんですよ。それって授けの儀で魔法使いの職業を授かる事が確定じゃないですか。

しかもですよ、あいつ魔力過多症の治療薬が三粒必要だったんですよ。それって王宮魔法使い並みの魔力量らしいじゃないですか、完全に上級職業じゃないですか、王都から呼び出しが掛かって王都の学園に連行される事態じゃないですかって何ですか?まだ話し終わってないんですけど」


「あ、うん、話の腰を折ってご免なさい。でも気になる事があって、幾つか確認させて貰ってもいいかしら?ケイトちゃんが女の子って事は後でゆっくりお話しするとして」

「後でゆっくりお話しするんだ・・・。何故に?そこはどうでも良くない?まぁいいんですけど」


「どうでも良くはありません、とても大切な事です。それは置いておきます。ケイトちゃんは王都の闇に飲まれて紆余曲折があり最終的にこのマルセル村にやって来た、その原因はケイトちゃんの声にある、ここまでは合ってますか?」

「うん、間違い無いです」


「その声って呪いのせいで一生話せないはずがケビン君のポーションビッグワーム肉の効果で呪いが解けてしまったって奴ですよね?まだ片言だった筈ですが、治ってしまったんですか?もしかしてポーションビッグワーム肉を使ったんですか?」

「いえいえ、それじゃあ意味が無いじゃないですか。ハチミツインクスカーフとローポーションですね。でもハチミツインクスカーフは別の意味でヤバいんですよね、なんで代替え品としてフォレストビーハチミツ聖水インクを作ってスカーフを作製する予定です。言い訳用ですね。ケイトがお偉いさんに問い質されたらそれを差し出す様に言っておく予定です、無論実験はしますけどね。こっちの都合でケイトの呪いを解かないって選択肢は始めからありませんから」


「そうなんだ、治っちゃったんだ。やっぱりあの布地は争いの元になりそうね、早い内に領主に丸投げした方がいいわよ。それでケイトちゃんが魔力過多症になったって言ってだけど治療薬はどうしたの?そんなに簡単に手に入る様な物じゃない筈だけど」

「あ、それなら俺が持ってたんであげましたけど?」


「・・・ご免なさい、意味が分からない。なんでケビン君がそんなお貴族様御用達のお薬を持ってるの?」

「必要だったから?この前小屋の奥の部屋でアナさんが気絶した事があったじゃないですか、魔力枯渇部屋で筋肉を鍛えていた所にアナさんが扉を開けちゃった奴です。あ、ちゃんと扉に訓練中の札を下げましたんで、これからは気を付けて置いて下さいね。それであの訓練は幸運にも手に入った便利な魔道具のお陰で出来るんですけど、以前はそんな良い物は持って無かったんですよ。

俺って魔法適性が無いんで魔力消費の大きい魔法って使えなかったんです。色々調べた結果魔力過多症の治療薬に行き着きまして、これを飲めば擬似的に魔力枯渇を起こせるんじゃないかと思って材料を集めて作ってみました。製法をミランダさんが知っていたのも幸運でした、王都の工房で薬剤師をしていた時に散々作っていたんだそうです。ケイトがよく着ているヒカリゴケジャケットも材料のヒカリゴケを探していた時の副産物ですね。良かったら今度ヒカリゴケの洞窟に行きます?幻想的で良いところですよ」


「それは是非お願いするわ。約束ですよ、絶対ですからね、忘れたりしたら呪っちゃいますからね?」

「さらっと怖い事言うの止めて貰ってもいいですか?アナさんが言うと洒落じゃ済まないんで。と言うかそこでキョトンとした顔をしないで下さい、それってマジってことじゃないですか、嫌だこの残念エルフ。

で魔力枯渇訓練の為にお薬を用意してたら偶然にもケイトが発症、そのまま薬を渡しても良かったんですけど折角なんで魔力過多症の検証をってことでヒカリゴケジャケットをケイトにかけたら症状が和らいだって訳です。

要は魔力を使ってあげれば良かったってだけなんですよ。あんなものボール魔法をバカスカ撃たせるだけでいいんですよ。これは仮説ですが、魔力過多症の子供って恐らく何らかの魔法適性を先天的に持っている筈なんですよ。無いならスキル?その辺はよく分かりませんが。兎に角基本魔法のボール系魔法の詠唱呪文を全部試せば解決だったんです。

ただ残念な事に当時のケイトは言葉がしゃべれなくて詠唱呪文を唱えられなかったんですがね。授けの儀で必ず魔法使いの職業を授かるのはその辺が原因だと思っています。先天的な魔法適性と膨大な魔力、魔法使い以外考えられませんから」


「ケビン君、あなたやっぱり種族を偽ってるでしょ?誰にも話さないから私にだけは本当の事を教えてくれない?これからは大賢者様って呼ぶから」

「落ち着け残念エルフ、って言うかマジ止めて。俺は辺境の村人ヘンリーさん家のケビン君ですから、それ以上でもそれ以下でもありませんから。

“神童も大人になったらただの人”って言葉を知ってます?多少子供らしくなくて凄く見えてもそれって大人になったら周囲に埋没する程度の誤差ですって、必要以上に畏まる事も有り難がる必要もない話ですっての」


「だからそう言うところが老成してるって言ってるんです。もういいです、分かりました、私もマルセル村の流儀に従います。“ケビン君だから仕方がない”ですか、素晴らしい魔法の言葉だと思いますよ」


「なんか酷い言われ様なんですが。まぁ話が進まないんで良しとします。

それでケイトの声をアナさんの変装術でどうにか出来ないかと思いまして。声を変えるだけなら訓練次第で何とでもなると思うんですよ、“こんな感じに高い声にしたり”“こんな感じに低く渋い声にしたりですね”。でもそれっていざと言う時にバレちゃう可能性が高いんです。呪いならその可能性が低いかと思いましてね。

あれって声に関しては闇属性を基本に水属性と火属性の複合ですかね?低い声に固定化したかったら土属性もかな?割合とか色々難しそうなんですよね」


「だからなんでそこまで分析出来るんですか!エルフの秘術ってそんなに簡単でしたっけ?」

「イヤイヤ、簡単じゃ無いですよ?過去の大魔法使いが理解出来なかった魔術でしたっけ?そんなもの理解して使いでもしたら厄介事が天元突破じゃないですか、職業関係無く王宮で実験動物じゃないですか、だから俺アナさんに魔術の事を聞かない様にしてるんですから。知ってしまったら使わずにいられる自信全くありませんからね。秘匿されしエルフ族の秘術“魔術”、ワクワクが止まりませんっての。これを我慢してる俺って凄いと思いません?」


「因みにこれを見てどう思います。“魔力の迸り、集いて踊れ、つむじ風”」

「うん、やり方は違えど生活魔法ですね。自身の魔力に呼び掛けて風属性魔力を使って“つむじ風”って現象を起こす。後はどれだけその現象を明確に想像出来るか、創造と言っても良いでしょうか。原理が分かれば結果までを省略する事も可能かな?こんな感じに、<つむじ風>」

ケビン少年が突き立てる人差し指の上に巻き起こる“つむじ風”、それを見て固まるハイエルフ。


「ケビン君、君に残念なお知らせです。ケビン君が今興しているソレが魔術です。やりましたね、世界初の魔術が使える普人族の誕生です。」


「・・・無かったと言う事で。良し、俺は生活魔法を極めよう。似た技術ってあるよね、うん、それは仕方がない。良くある良くある」


ケイトちゃんの事を相談に来た心優しいケビン少年、何故か更なる厄介事を抱える羽目に。“十二歳って厄年だったっけ?厄払いってどこで出来るんだろう”と現実逃避に走るケビンなのでありました。


「ところでケビン君、もしケイトちゃんが授けの儀で上級職を授かるとして、王都に行くのなら鑑定で素性がバレバレですよね。いくら呪いで声や顔を変えても過去の厄介事からは逃れられないのではないんですか?ケビン君の話し振りではケイトちゃんって王都から逃げてきたみたいですし」


アナさんの疑問は当然であった。って言うかザルバさんの相談ってのも身バレをどうにかしたいって話しだったしね。


「ソレどうにかなりました。俺、前から疑問だったんですよ、<鑑定>で名前が分かるのが。いくら偽名って言っても本人が長年名乗ってればそれって本名じゃないのかって。しかも本人にも知らない隠された家名があったりするんですよね。

だからこれって名付けの問題じゃないのかって思ったんです。名付けって他人が自身に行う行為なんですよ、つまり他者の承認が必要なんです。物にしろ人にしろ誰かが名付け、それが承認される事で世界に認識される。ならば自身と他者が揃って承認すれば、それが新たな真実になるのではないのかって。結婚して家名が変わったりするじゃないですか、あれってつまりそう言う事なんじゃないのかって。

で、実験したんですよ、ジェラルドさん、キャロルさん、グルゴさん、ガブリエラさんで。皆さん見事偽名から本名になられておりました。どうやって確認したのかは秘密です。

それでザルバさん親子にも村人達の前で宣言して貰ったって訳です。他に三人も被験者が増えるとは思いませんでしたが、皆さん見事新たな身分を獲得されてましたよ。マルセル村のケイトちゃんの誕生ですね」


なんと言う事もない様にとんでもない事をさらっと語るケビン少年。

“ケビン君だから仕方がない、ケビン君だから仕方がない!”

自分の精神を守る為に魔法の言葉を呟き続ける隠された森の民、エルフ族のハイエルフ、アナスタシア・エルファンドラなのでありました。

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