第3話 転生勇者、励む

“コンコンコン”

「おはようございます。トーマスお父さんの息子のジェイクです。」

エミリーの家に行くと大きな声で挨拶をする。すると家の奥から物音がして誰かが玄関に向かってくるのが分かる。


“ガチャ”

「あら、ジェイク君。頭の怪我の方はもういいの?」

出て来たのは金色の髪に白い肌をした、こんな田舎には似つかわしくない凛とした雰囲気の女性であった。


「おはようございます、ミランダおばさん。昨日は色々ありがとうございました。お母さんが良くお礼を言いなさいって言ってました。エミリーちゃんにも凄く心配を掛けたみたいですみませんでした」


俺はミランダさんにお礼を言った後ご迷惑を掛けた事、エミリーに心配を掛けたことを謝り頭を下げた。


「まぁ、ジェイク君はまだ小さいのにしっかり謝る事が出来て偉いわね~。その様子なら本当に怪我の方は大丈夫な様だけど、どこか痛い所とかは無いの?」

「はい、朝起きた時はちょっと痛かったけどお母さんが治してくれました」


心配そうな顔で覗き込むミランダさんに俺は元気よく答える。するとミランダさんは“ちょっと見せて”と言って俺の頭に手をやり、「“大いなる神よ、我に慈悲をもって真理を教えたまえ、アナライズ”」と唱える。するとミランダさんの手がポワッと光り、俺の身体の中を何かが走り抜けるような妙な感覚がした。

しばらく俺の事を見ていたミランダさんは“フ~ッ”と息を吐くとにっこり微笑んで、“もうあまり無茶はしちゃダメですよ”と言って軽く頭を撫でてくれるのであった。


「ミランダおばさん、エミリーちゃんはいますか?エミリーちゃんにも昨日の事を謝ろうと思って」

俺がおばさんを見上げながらそう言うと、彼女はクスリと笑って家の奥に向かって声を掛けた。


「エミリー、ジェイク君が来てくれたわよ~。すっかり良くなってるからもう大丈夫よ、こっちにいらっしゃい」


“ガタガタガタッ”

奥からは何か大きな物音が。


「フフッ、あの子ったら昨日はずっとジェイク君の事が心配で大変だったのよ?

さっきもジェイク君が来るまでお見舞いに行こうかどうしようか迷っていたくらいなんだから。

それがジェイク君本人が元気に顔を出してくれたものだから急に恥ずかしくなっちゃったみたい。エミリーには私からよく言っておくわ、また今度遊びに誘ってもらえるかしら?」


首をコテンと傾げ聞いてくるミランダさん。俺は元気に“分かりました。”と返事をし、手を振りながらエミリーの家を後にするのでした。


そしてその足で向かった先は村はずれにある水辺。その手にはここに来る途中で拾った青少年憧れのアイテム、“木の枝”。

よ~し、ここからはレベル上げの時間だ。ドンドンモンスターを狩って最強を目指すぞ!


俺は目の前にいるモンスターを睨みつけながら木の枝を上段に構える。

そいつは 時々プルプルッと身を震わせながらこちらを警戒するでもなく、周辺に生える草をその身に取り込んでいる様であった。


そんな余裕がいつまで通用するかな?俺は“ウオ~”と気合の入った声を上げ、敵に向かい得物を振り下ろす。だが敵もさるもの、その水饅頭の様な身体を上手く使い、ツルンと身を躱した。

地面に力一杯打ち付けられた得物(木の枝)から掌に衝撃が戻る。堪らずその手から零れ落ちる武器。

“グッ、こんな所で終われるかよ!”

俺は再び得物を手に取り攻撃を再開するのだった。


“ハァー、ハァー、ハァー”

得物を降ろし、先ほどまで戦っていた相手を見下ろす。強敵であった、初めての戦闘、初めての命のやり取り。己の全てを出し、俺は勝利した。

“今日はこれくらいにしておこうか”、弱気な自分が顔を出す。いや、まだだ、俺は最強の勇者になる男、こんな所では終われない。俺は再び勇気を奮い立たせ得物を構える。見据えるは水辺に佇む無数の敵、俺は再び武器(木の枝)を振り上げ戦いを挑む。

“俺の強さの糧になれ、スライム”

奴らは不敵にプルプルッと身を震わせるのであった。

  


―――――――――――


「ただいま~」

マリアおばさんの猛攻にふらふらになりながらもなんとか家まで辿り着いた俺氏。いや~、この年の男の子にあんなシチュエーションをかますなんてマリアおばさん悪女だわ~。マジ惚れてまうやろ~って奴ですわ、いたいけな少年に何してくれてんねんって奴ですわ~。

これで俺の初恋はマリアおばさんに決定してしまったじゃないですか、やられた~って感じ。


この村の小さい子供のいるご家庭の奥様方、皆さんお若いしね、と言うか実際若いし。

授けの儀式が十二歳、旅立ちの儀式が十五歳、女性は大体十七歳から十八歳迄には結婚してるからマリアおばさんも二十三歳から二十七歳の間くらい?

男性は人それぞれだけど、やっぱり若くして結婚する人は多いんだよね。みんな早熟って言うかしっかりしてるって言うか。食料事情や医療事情の関係で平均寿命自体短いからなんだろうね、それにこの世界魔物や盗賊もいるしね。

今日父親たちが山狩りに行ってるのだって、魔物対策ってのが大きいし。


「おかえりなさい、ケビン。それでジェイク君はどうだったの?マリアさん大丈夫そうだった?昨日は相当狼狽うろたえてたみたいだったけど」


心配そうな顔でこちらを覗き込む母親。そりゃそうだよな、昨日のマリアおばさん相当だったもん。たまたまトーマスさんがすぐに帰って来てくれたからよかったけど、ジェイク君を抱えてプチヒール掛け捲ってる姿は夢に見そうなくらい鬼気迫ってたもんな~。


「うん、昨日ミランダさんが飲ませてくれたお薬が効いたみたいですっかり良くなったって。トーマスさんちに行った時はミランダさんの所にお礼しに出掛けてたみたいでいなかったから姿は見てないけど、出掛けられるくらいに回復したんなら心配ないんじゃない?」


俺の言葉にほっと胸を撫で下ろす母親。この村は子供が極端に少ないから(成人すると皆出て行っちゃうから)、他所の子でも我が事の様に心配なんだろう。今この村にいる子供ってジェイク君とエミリーちゃんとジミーと俺だけだもんな~。なんで街に出て行った連中は戻ってこないんだか。この村だっていい所だと思うんだけどな。

まぁ何にもないけどね。(どや顔)


「そう言えばジミーは?今日も修行?」


「今日は男衆が山狩りでいないから修行はお休みよ。裏庭で素振りでもしてるんじゃないかしら」


あいつマジかよ、我が弟ながら凄いなおい。あれで六歳児だもんな、将来どうなっちゃうんだか。俺が六歳の頃は水辺でスライム投げて遊んでたぞ。アイツらポヨンポヨンしてて可愛いんだよな、特に危害もないし。


この世界のスライム、とっても大人しい益獣です。基本何処にでもいます。森の中が草藪だらけにならないのもこのスライムたちのお陰、連中若草が好きだから適当に捕食してくれるんで草刈りをする必要がない。ある程度は人力でもどうにかなるレベル。

それに動物のフンや死骸も分解してくれるし、まさに森のお掃除屋さん。モンスターである事には違いはないんだけどね。一家に一匹お掃除スライム、大概トイレで飼ってます。

都会だとそれでも排泄物が処理し切れないみたいで埋設式の下水処理施設ってのが完備されているらしい。(村長情報)

スライムを凌駕するってどんだけ人口があるんだか、ちょっと想像できません。


俺は母親に山菜を採りに行って来ると声を掛け、背負子と採取用の袋をもって裏庭へ。

「お~い、ジミーや~い」


「あ、お兄ちゃん、どうしたの?」

俺が声を掛けるまで無心になって素振りをしていた我が弟。こいつ本当に真面目、とても俺の弟とは思えない。今も元冒険者の爺さんに言われた稽古を一人で黙々とこなしていたし、こりゃ村に残るのは望み薄だな。


「これから山菜を探しに行くから一緒に行かないかと思って。稽古が忙しいならいいけど、どうする?」


「行く!」

うん、いいお返事です。そう言う素直な所は大好きだぞ、いつまでもその心を忘れないでいてください。


さてと、今日はどの辺に行くかな?

森の方は大人達が山狩りをしてるから逆に危険だし、仕方が無いから水辺の方にでも行きますか。

でもあの辺スライムがすぐに若草食べちゃうからあまり大きな山菜が生えてないんだよな~。言い方を替えれば常に新芽なんだけど。

でもあの辺の草ってどうして枯れないんだろうか?あれだけ食べ散らかされてたら普通枯れちゃわない?どんだけ強いんだ、雑草よ。


と言う訳で目的地は村はずれの水辺(池サイズ)に決定。護衛はもちろんジミー君であります。

だってジミーの方が俺よりも強いし、身長俺よりあるし。本当どれだけ大きくなるんだか、父親サイズになったら着るものとか苦労するぞ。あの人も大きいからな~、熊だ熊、もしくは見た事は無いけど噂に聞くオーガって魔物サイズだろう、多分。


「ウォー--!!」

おや、誰か先客が、ってジェイク君じゃん。

ジェイク君、ミランダさんちに行ったんじゃなかったの?何でこんな所にいるの?ちゃんとマリアおばさんに許可貰った?勝手にこんな所まで来てたらおばさん心配しちゃうよ?

こっちの思いとは裏腹にその辺で拾ったであろう木の枝を振り上げてスライムに戦いを挑むジェイク君。


“ツルン”

虚しくスライムの表面を滑り落ちる木の枝。うん、そりゃそうだわな。いくら魔物最弱級と言われるスライムでも、そんな腕振りだけの攻撃は効かんわな。しかも力のない六歳児、相手になりませんっての。

それでもめげずに攻撃を繰り返す事約十分。


“ハァー、ハァー、ハァー”

お亡くなりになったスライムを見下ろし、物凄い激闘を繰り広げたライバルに向けるような男の目線を繰り出すジェイク君。

うん、これは確実だね。


「ねぇ、お兄ちゃん。ジェイク君、どうしちゃったの?」

俺の裾をツンツンと引き聞いてくる我が弟、これは彼も今後掛かるかもしれない病、知っておくのも良いでしょう。


「あれはね、“勇者病”って言って男の子なら一度は掛かるかもしれない恐ろしい病気なんだ。前にお父さんが酒の席でトーマスおじさんに揶揄われてたのを聞いたことがあるんだけど、お父さんも子供の頃ああやってスライムと激闘を繰り広げて満足げな顔で“フッ、お前は強かったよ。でも俺の方がほんの少しお前よりも強かった、ただそれだけさ。”ってやってたらしいよ。

大人になってから言われると無茶苦茶恥ずかしいからか、その病気にかかってた時期の事を“黒歴史”って言うんだって。ジミーは大丈夫だと思うけどこれって人からうつる事もあるから気を付けてね」


本当マジ勘弁。ジミーが将来自分の剣に向かって語り掛けてる姿を見たりしたら、お兄ちゃん悶絶しちゃうよ?


「うん、よく分かんないけど気を付ける。お兄ちゃん、僕もジェイク君と一緒に“スライム叩き”してきていい?」


“スライム叩き”って。まぁジェイク君のアレを見たらそれ以外の何ものでもないんだけど、それジェイク君に言ったら駄目だからね?あとジェイク君、枝の振りが全くなってないからジミーが少しお手本見せて教えてあげて。あれだと手首痛めちゃってまたマリアおばさんを心配させちゃうから。

お兄ちゃんはちょっとマリアおばさんに一言声掛けて来るね、あの様子じゃお昼まで帰らないどころか今日は一日スライムと戯れてるっぽいしね。


「わかった、任せてお兄ちゃん」

そう言いジェイク君の下に向かうジミー、やっぱり持つべきものは出来た弟。俺はジミーに後を任せると踵を返してトーマスさんちへ向かうのでした。

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