第4話

 眩しさに強く目を瞑る。フラッシュを焚かれたのとも、太陽の光を直接見てしまったのとも違う、けれど眩しい光が瞼の裏を赤白く焼く。

 温かいものが身体を包んでいるような感覚。例えば羽毛布団、例えばぬるま湯、そう言うものに身体を抱きしめられているような感覚だった。

 意識が微睡に落ちる寸前、シャボン玉が弾けるように、視界が開けた。

 次に目を開けた時には、白い服、視界の端に赤いものと、目の前に手首が四つあった。

「え、手首?」

 手首は指で自立しており、じっと見つめると器用に人差し指、中指、薬指を持ち上げて、会釈らしきものをしてくる。

「手首だ」

 ホラー作品と言うよりは、コミカルさがあるホラーコメディと言うような動きだ。手首は白く、側から見ると石膏で出来たもののように見えた。

 ぽかんと四つのコミカルな手首を見ていたら、目の前から溜息が聞こえた。

「え、なんか駄目だった?」

「いや……いや、これはお前さんのせいじゃない」

 何故だか嫌そうに手首を見る姿に首を傾げると、視界の赤色が揺れた。

 不思議に思って、赤色に触れてみる。それは自分の髪の毛だった。どこかで見た花の赤色をした己の髪の毛が目の前にある。

「あっか……」

 目の前の手首達は、浮いて親指を天へとぐっと上げていた。

「に、似合う?」

 浮くんだ、と頭の片隅で思いつつ、恐る恐る聞いてみると、親指を天に掲げる手と人差し指と親指で丸を作る手が出た。

「そっか、有り難う」

 意思の疎通は出来るらしいし、なんだかとても友好的なようで安心した。

 最後に自分の身体を見やる。一番最初に視界に入ったのだけれど、手首の方が印象が強くて一瞬、頭から飛んでいた。

 自身の身体は白いワンピースのような服を纏っていた。ふわふわさらさらしていて、外国映画の無垢な少女が着ているような印象を抱く。

「これも、ちゃんと似合ってる?」

 手首達は互いにハイタッチをした後、再び手で丸を作った。どうやら自信を持っても良いらしい。

 そうして手首達とコミュニケーションをとっていると、足に指先が触れた。

「怪我した方の足見せてみろ」

「あれ? うん」

 確かにあった筈の痛みが無くなっている事を疑問に思いながら、言われた通り足を差し出す。

 巻かれていた包帯を外したそこ、確かにあった傷は完全に消えていた。

「これどう言う?」

「変身する毎に傷は消えるようになってるらしい」

「あ、やっぱこれ、変身してるんだ」

 髪の色も変わり、服もチェンジし、お供が増えている。どう見たって昔見た魔法少女の変身だった。

「後は戦うだけだ」

 差し伸ばされた手を掴み、立ち上がると、長身と巨躯の間に駆り出された。

 こうして見ると、今は待ってくれている暫定敵はかなり大きい。

「戦うって何したら良いの?」

 敵が戦闘姿勢に入ったので、目を逸らさずに後ろに投げかける。何か己の脅威になりうるものと対峙する時、目を逸らしては駄目だと教わったから、そのようにしているが、瞬きをするのでさえ緊張してくる。

「感覚で行け。自分が戦うならどんな武器を使って戦うのか想像してみると良い」

「うわ、難しい事言うじゃん」

「見守っている」


 後ろの感覚が遠ざかる気配がする。釣られて後ろを向きたいけれど、相手がもう飛び込んで来そうなのでそれも出来ない。遠かった後ろの気配の代わりに、両隣に浮いた手首達が来た。

「お願いね」

 手首達が了と合図をくれた瞬間、目の前に居た巨躯が地面を蹴った。

 瞬間、目の前まで詰められて、一瞬身体が固くなる。

「うわっ!」

 背中の服を引っ張られる感覚がして、そのまま後ろにくるりと回る。どうやら手首が引っ張ってくれたらしい。

 身体は思ったより軽く、普段だったら出来ないような動きが出来るようだった。

「わわっ」

 相手が手を振り上げたのを見て、慌てて距離を取る。しかし相手は手をあげただけのようで、それ以上、何かをする気配がない。

 再び手が振り上げられ、地面へと突きつけられたので、咄嗟に飛び上がる。棒高跳びの世界記録を越えれそうな程、身体が浮いた事に驚いて、着地でばたばたしてしまう。手首達が慌てて身体を支えるようにしてくれたので、何とか転ばずには済んだ。

 溜め息が前から聞こえてような気がして、前を向く。そうして暫く互いに見つめ合っていたが、相手が何だか、盛大にチョコレート作りを失敗した私をみるイプシロンのような目でこちらを見ていた。怖いのかと思っていたが、そんな目も出来るのかと、つい大きく瞬きをしてしまう。

「もっと気持ちを落ち着かせろ」

「うえっ」

 何やら助言のような言葉と共に再び一瞬で距離が詰められた。振り上げられた拳に慌てて、地面を蹴って距離を空けようとすれば、腕を掴まれる。

 腕を離すよりも先に振り下ろされた拳は、けれども手首によって阻まれた。

「落ち着いて周りを見ろ。こいつらはお前を守ろうと動いている。そう怯えて避けなくとも受け止められている」

「た、確かに?」

「落ち着かなければ、己の戦う姿の想像も出来ない。もう少し心拍を落ち着かせろ」

「なっ、んで、助言?」

「あの方は公平さが必要だと言った。我々の神も公平さのためにお前を選んだ。俺もそれは必要なものだと思っている。一方的に滅ぼすべきでは無い」

「う、うん?」

「お前は戦士だ。抗う術を持っている。だがそのお前が戦士として何も分からないのなら、教えるより仕方がな……っ!」

「それは俺の役目だ。お前はお前の役目をしろ」

「いや、なんで蹴ったの。戦えないんじゃなかったの?」

「今のは折檻だから許される。それに戯れ程度の当たりだ問題ない」

 突如横から相手の脇腹へと伸びてきた長い足に面食らう。目の前にいた巨躯はぐらりと揺れて、距離が取られた。戯れにしては鈍い音が出たのだが、良いのだろうか。

「ほら、手を前にだせ」

「あ、教えてくれるんだ」

「他の奴に教えられるのが癪なんでな」

「いや、じゃあ最初から教えてよ」

「教えてるだろう、武器を想像しろ、と。ほら、見ててやるから目を瞑って想像しろ。攻撃はあの手首連中が抑えてくれる」

 四つの手首が構えるように前に出てくれる。

「目を瞑れ。お前さんはどんな武器を使う?」

 言われた通りに目を瞑る。

 武器、自分が戦うとしたらどんな武器だろうか。

 剣、は扱えるだろうか。刃物は使う者の力量がそのまま表れると言うけれど、攻撃できるまでに扱えるか分からない。

 銃や弓だったら遠くからでも攻撃できるけど、近づかれた時はどうしたら良いだろう。それに射った事のない弓なんかは使えなさそうだ。

 槍や薙刀、だとどうだろう。棒は振り回したことがあるけれど、その先に刃物が付いたものは扱った事がない。

 いっその事、バットとかメリケンサックみたいなものの方が良いだろうか。

 うんうん、と頭を捻るが、一向に戦う姿が思い描けない。

「もっと柔軟に、自由に考えろ。お前さんが一番、戦う姿を見たのは何だ? 子供の頃に戦いごっこで使っていたものは何だ?」

 問いかけられた言葉に、記憶を手繰り、想像を働かせる。

 一番戦う姿を見たのは魔法少女だ。記録媒体で何度も見た。昔、この世界にもいたとされる魔法少女。世界を救ったとされる少女達。彼女達は空を飛び、魔法を使っていた。

 幼い頃、戦いごっこでしていたのは、確か妖怪の名前を呼びながら、火を風を土を魔法を操るような、そんな遊びだった筈だ。大好きだった魔法少女と、同じく大好きだった妖怪を合わせた自分だけの技を考えていた。

 確かあれは、何のことはない拾った鉄パイプを持って、そうして技を繰り出し、時には鉄パイプでチャンバラをしていたのだ。

 瞑った瞼の外側に光の粒が浮ぶ。手の中にあの頃持っていた鉄パイプの感触がした。

 目を開けると、手の中には鉄パイプがあった。鉄パイプの周りで、熱くはない線香花火の火花がばちばちと散っている。

 何か出せそうだ、とそんな気がして呟く。

「狐火」

 ぼん、ぼん、ぼん、と火の玉が空中へと浮かぶ。

「出来たな。ほれ、お相手さんもお待ちだ」

 背を軽く叩かれ前に出る。相手も構えたようだ。

「お前、名前は?」

「えっ、名前?」

「抗う戦士の名前は知っていた方が良いだろう?」

「千堂千陽<せんどうちはる>です」

「そうか、俺は崩壊だ。名前ではないがそう言う役割の災害だ」

 崩壊は名乗ると、地面を蹴る。

 相手が一度、地面を蹴れば、距離は一瞬で縮まった。やはり気圧されるが、退く事無く足を踏ん張る。落ち着いて周りを見ろと言われた事が効いているのか、武器を持った事が効いているのかは分からないが、先程よりも肝が座っていた。

 先程、繰り出されたものよりもずっと速い動きで、拳が飛んでくる。一つ目の手首が掴み損ねたが、二つ目三つ目の手首が拳を受け止める。

 息を短く吸って、お腹に力を入れる。

「狐火!」

 ぼん、と一つ大きな音がして、目の前に大きな火の玉が一つ現れた。そうして崩壊へと飛んでいき燃え広がる。

 小さな火の玉が出るものだと思っていたら、対象を包む程の火の玉が現れたので、一瞬面喰らう。だが、考えてみれば、言葉を口にした時に頭に思い浮かんでいたのは、確かに人一人包むような大きな火だった。

 なるほど、想像がある程度影響するのか、と鉄パイプを強く握る。

 手首達は火が付く寸前に手を離したようだった。再び私の元へ来ると、火の中心を警戒する。

 崩壊は、火の中で暴れているようだった。火の付いた巨躯が右へ左へと不規則に動いては、頭の部分が振れている。

 崩壊の右手が大きく上げられて、左上から右下へと斜めに払うように下ろされる。火が切れるように別れ、細切れに小さくなっていった。

「なるほど」

 効いているのか、効いていないのか、いまいち分からない反応を示す崩壊は、軽々と隣に現れた。同時に何かに亀裂が入る音が響く。

 手首達が反応し、私も一拍遅れて隣を向く。瞬間、地面に足を取られた。地面が割れている。

「うわっ」

 二つの手首が私の背中と手首を掴んで支えた。足は亀裂が入った地面の中に取り込まれている。

 だがその間に、守りに入った残り二つの手首の静止を振り切り、崩壊が真正面に拳を打ち出していた。

 体勢が悪いため、避けられない。出来るとすれば、受ける事だけだ。幸い真正面からのものなので、鉄パイプを前に両手で構えれば、受けるだけなら出来るはずだ。

 両手で鉄パイプをしっかりと抱えて、構えた。瞬間、大きな衝撃が襲う。

 受け切れない、と思った瞬間、守りを躱わされた手首達が鉄パイプの支えに回ってくれた。

「うっ……ぐぅっ!」

 手首達も一緒に受けてくれて居るはずなのに腕がびきびきと歪な音を立てる。その上、相手の力は更に増している様でどんどん押されていく。

「もう少し頑張れ」

 どこか少し楽しそうに崩壊は言った。

 頑張れって言ったってどうしたら良いんだ、と抱えられない頭で考える。足は瓦礫で嵌って避けられないし、このまま力の勝負をしていてはいずれ負かされる。

 さらにぐっと力が込められた。握る手はかたかたと揺れ、鉄パイプが不安定にこちらに傾き出している。

「思い切り技を出せ」

 囁くように告げられる。視線を動かして、崩壊の目を見れば、目が細まった。

「ぐぅぅううっ……き、っつね、びぃっ!」

 力の限り叫ぶ。思い描くのは轟々と燃える業火。

 ごう、と音がして、崩壊の足元から渦を巻くように業火が噴出した。

 打ち付けている手だけを残して、業火が崩壊の身体を巻き込み燃え上がると、先程までの力の均衡が崩れた。

 鉄パイプで手を弾くように上に振り上げ、手首達に手伝って貰い、足を抜く。そうして足場の安定した所まで、業火を正面に後ずさった。

 業火は残った手をもやがて巻き込んで、火柱を上げる。見つめていても熱いくらいの火の熱が周囲を包んだ。

 轟々と燃える炎は長い間燃え続け、やがて少しずつ収まっていった。

 火柱が細くなっていくと、中心から手が突き出した。手は火柱を裂くように真横に触れ、裂かれた火柱は形が崩れ、大きな一つの火から、火と火に別れていく。

「っ……まだ」

 のそり、と緩慢に火柱の中から、崩壊が歩き出した。周囲に焼けた匂いがひりつく。

 私は鉄パイプを強く握り直した。次の攻撃が来た時に、対処しなければならないと、背筋を正す。

 崩壊は、赤い目でちらりとこちらを見た。そうして。

「あ」

 その場でバランスを崩し、片膝を付く。辛そうに一度大きく息を吐くと、片手を頭へとやり、白い髪を掻き上げた。

「良いものを持っているな、千堂千陽」

 崩壊が口角を持ち上げれば、鋭い牙が覗いた。

「時間だな」

 呟くと、のっそりと立ち上がる。それに身構えていれば、崩壊はこちらを一瞥した後に、高く飛んだ。

「悪いが時間だ。これ以上の活動が不可能なのでな、下がらせてもらう」

 頭上から聞こえてくる言葉に、顔を上げてみれば、既にビルの向こう側に姿が見えなくなって行く所だった。

「待っ!」

 追い掛けようとした身体は、後ろから手を掴まれて縫い止められた。振り返れば、イプシロンが手を掴んでいる。

「追わなくて良い」

「でも」

「あいつらはこの星に歓迎されていない。活動範囲も限られていれば、活動時間も僅かだ。今回はこれ以上何も出来ない。それに」

 イプシロンは言いながら、手を掴んでいるのとは反対の手で私の指に嵌められた指輪を掴んだ。

「それ以前にお前さんも活動限界だ」

 無理に引き剥がすように、指輪が外される。指からは素直に抜けたと言うのに、まるで何かを無理やりに引っ張られたような感覚だ。

「あっ、え?」

 明滅するランプのように、瞬きをすればぱっと変身が解けていた。手の中にあった鉄パイプの感触がなくなり指が空振る。

 瞬間、身体の力が全て風船が弾けたように抜けた。息は浅く速いものへと変わり、全身に重い疲労感がのしかかる。

 立っていられず、足がもつれるように倒れ込むのを、手を引っ張られて大きな身体に抱えられた。

「ニイ、これ……なに?」

 舌がもつれて上手く言葉が出ない。身体には力が入らず、投げ出すように自身を抱える腕にもたれる。瞼を上げているのすら億劫で、ゆっくりと瞼を閉じた。

「活動限界だよ。力の出所があちらと一緒なんでな、あちらと同様にこちらにも制限がある。怪我を治す万能感の代わりに、精を吸われてるんだろう」

 持ち上げられる気配がして、足が宙に浮く。頭上から落ちてくる声が心地良くて、なんと言っているのかいまいち理解できていない。

「家に送り届けてやるから、寝てろ」

 とんとんと背中を規則正しく叩かれて、微睡に足を取られた。もう殆ど、意識は残っていなかった。

「お前さんの命が奪われるのなら、俺はーー」

 誰かが何かを言っていたような気がしたけれど、私の意識は完全に途切れた。

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